「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」
VOL.11 オリジナル・キャスト・ア
ルバムの変遷

ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story

VOL.11 オリジナル・キャスト・アルバムの変遷
文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima
 ミュージカル・ファン必携のアイテムと言えば、オリジナル・キャスト・アルバム。その作品のキャストが、劇中曲を吹き込んだ録音で、観劇の想い出にこれほど相応しいものはないだろう。現在は、輸入盤CDやダウンロードで簡単に楽しめるが、その歴史は古い。VOL.10でも記した通り、1943年初演の『オクラホマ!』が、オリジナル・キャスト盤第一号だったのだ。今回は、様々な名盤とエピソードを紹介しつつ、その歩みを紐解こう。

■ポップスとブロードウェイの蜜月時代
 実際は、『オクラホマ!』以前の1920年代から、ミュージカルの劇中ナンバーを録音する試みは行われていた。ただしこれは、レコーディング用に歌手を起用し、編曲に手を加えた変則版が殆ど。キャストとオーケストラ、さらに指揮者やアレンジも舞台のままで録音された、初めての作品が『オクラホマ!』だった。これによって、NYの劇場に足を運んだ観客はもちろん、遠く離れた地方の人々も、御家庭でミュージカル・ナンバーを堪能出来るようになったのだ。
『キス・ミー・ケイト』(1948年)のオリジナル・キャストLP。ジャケット下に、nonbreakable(割れません)と表示されている(昔のレコードは割れやすかった)。
 しかし、その頃はレコード盤での発売だった。しかも『オクラホマ!』は、10インチ(直径25㎝)のレコード6枚組でリリース。基本、片面には一曲しか入らないので、曲が終わるごとにレコードを裏返す手間が煩雑だった。だが、その後開発されたLPレコード(LPはロング・プレイングの略)の出現で、表裏の両面合わせて約40~50分まで収録可。1948年オープンの『キス・ミー・ケイト』が、LP用に録音された最初のブロードウェイ・ミュージカルとなる(リリースは翌年)。さらに1950年代中盤には、劇場の臨場感を再現したかのような、ダイナミックな立体音響のステレオ録音が登場し、オリジナル・キャスト・アルバムの可能性は飛躍的に広がった。

『ザ・ミュージックマン』(1957年)のオリジナル・キャストLP。一家に一枚の定番レコードだった。
 1940~60年代は、正にオリジナル・キャスト・アルバム黄金期だった。『アニーよ銃をとれ』(1946年)や『ガイズ&ドールズ』(1950年)、『王様と私』(1951年)に『マイ・フェア・レディ』(1956年)、そして『ザ・ミュージックマン』(1957年)と『ハロー・ドーリー!』(1964年)など、今なお再演を繰り返す傑作が続々とオープン。キャスト・アルバムの売上げも好調だった。また一方では、ビング・クロスビーやフランク・シナトラ、女性ならエラ・フィッツジェラルドにペギー・リーら人気ポップス&ジャズ歌手が、これらの作品で歌われた楽曲をカバーし、ヒット・チャートを賑わす。中でもリーは、全曲賑やかなラテンのアレンジで歌ったミュージカル・ナンバー集「ラテン・アラ・リー!」を発表し好評を得た。
ペギー・リーのアルバム『ラテン・アラ・リー!』(1960年リリース)

■過労の極致で臨んだレコーディング
 LP時代のオリジナル・キャスト盤は、発売を急ぐため、初日を開けた翌週、あるいは翌々週の休演日(日曜日)にレコーディングされるケースが多かった。当時は、ブロードウェイでの初日前に、NY近郊の複数地でトライアウト興行(試演)を行うのが通常。つまりトライアウトで、無数の演出や音楽面の変更に対応した後、緊張のピークのまま初日を迎え、心身共に疲労困憊している時の録音なのだ。そのため、声帯を傷めて録音に臨むキャストも多い。
 有名な例が、『ゴールデン・ボーイ』(1964年)のサミー・デイヴィス・ジュニア。20世紀を代表する黒人エンタテイナーだ。録音日は擦れ声で、名歌手として鳴らした彼は納得が行かず。ところが流石は大スターだ。LP発売後に、サミーのソロとデュエット曲のみ録り直して、再リリースが決まった。面白いのは、大人数のアンサンブルを率いて歌うナンバーは、全員を再度集めるのが難しかったのだろう、以前の擦れ声バージョンをそのまま収録。現在発売中のCDには、再録音テイクと初回の大人数テイクを両方収めている。ちなみにこの作品、『アニー』(1977年)のチャールズ・ストラウス作曲による楽曲が素晴らしく、一聴の価値ありだ。
『ゴールデン・ボーイ』(1964年)のオリジナル・キャストCD(輸入盤)。ジャケットのデザインが秀逸だ。

■傑出した楽曲をきっかけに評価を高める
 ただいくら曲が優れていても、失敗に終わった作品は多い。早期クローズの原因が、演出や脚本など、楽曲以外に認められる例が多いためだ。その中で、閉幕後約40年を経た今も、ミュージカル・ファンの熱心な支持を得て、オリジナル・キャスト盤がコンスタントに売れ続けている作品もある。代表格が、『ドーリー!』のジェリー・ハーマンが作詞作曲を手掛けた『マック&メイベル』(1974年/66回でクローズ)。もう一作が、今月翻訳上演される『メリリー・ウィー・ロール・アロング』(1981年/16回でクローズ)で、もちろん作詞作曲はスティーヴン・ソンドハイムだ(本連載の番外編『メリリー』特集も参照)。
『マック&メイベル』(1974年)初演キャストCD(輸入盤)。主演はロバート・プレストンと、若き日のバーナデット・ピータースだった。
 共にブロードウェイが誇る天才ソングライターの作品で、曲を聴いた限りでは、何故短命に終わったのか想像も出来ぬほど、そのクオリティーは高い。『マック~』の美しいバラード〈バラは贈らない〉と〈時は全てを癒す〉、そして『メリリー~』の〈オールド・フレンズ〉や〈ノット・ア・デイ・ゴーズ・バイ〉は、ジャズ&キャバレー系シンガーを始め多くの歌手がカバー。また両作品とも、改訂を重ね現在も再演を続けている。
『メリリー・ウィー・ロール・アロング』(1981年)初演キャストCD(輸入盤)
■甦るブロードウェイと新作への期待

 1970年代からのブロードウェイは、『フォリーズ』(1971年)や『リトル・ナイト・ミュージック』(1973年)などで、ソンドハイムが大いに気を吐く(後者からは〈センド・イン・ザ・クラウンズ〉がヒット)。同時に『ジーザス・クライスト=スーパースター』(1971年)や『エビータ』(1979年)など、英国のアンドリュー・ロイド=ウェバー作品に席巻されるも、音楽ジャンルの多様化で、以前と比べミュージカルからのヒット曲は生まれにくくなった。
『リトル・ナイト・ミュージック』(1973年)の〈センド・イン・ザ・クラウンズ〉は、フランク・シナトラを始め多くの歌手がカバーした。
 以降1983年にアメリカでCDが出現し、収録時間は約70分へと延長。往年の名盤も次々にCD化された。当初は、CD特有の金属的な音が耳障りだったが、今はリマスター技術も格段に進歩し、あたかも昨日録音されたかのように新鮮な音色を聴かせてくれる。もちろん現在に至るまで、ブロードウェイで上演された新作ミュージカルの多くがCD化。だが昨今の作品は、個々の楽曲は決して悪くないのだが、曲数が多すぎて、かえって印象が散漫になる傾向が強い。
 コロナ禍を経て、遂に復活の兆しを見せるブロードウェイ。才能ある若いソングライターが新作を発表し、劇場街が活気を取り戻す日を待ち望むばかりである。VOL.12は、再びロジャーズ&ハマースタインの名作陣の中から『回転木馬』(1945年)を特集しよう。

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