半﨑美子 かつてないほど“前のめり
な歌”を導き出した、「ロゼット~た
んぽぽの詩~」の化学変化

しっとり、静かに語りかけるようないつもの半﨑美子の歌とは違う。洋楽的なエッセンス、ビートを生み出すような斬新なBメロの展開。新曲「ロゼット~たんぽぽの詩(うた)~」での半﨑美子の歌は、いままで聴いたことがないほど前のめりで、聴き手に届いてくる。閉ざされた世界を静かにこじ開けていくマーチングドラムで視界が少しづつ広がるなか、遠くから風のようにエレキギターが流れてきて、どんどん強さを増していくベースとともに、力強く立ち上がっていくバンドサウンドが描くのは広大な大地。とにかくいまのこの状況をなんとか凌いで生き延びよう、というメッセージをたんぽぽの葉に重ね合わせた新曲「ロゼット~たんぽぽの詩(うた)~」は、半﨑美子の楽曲とは思えないほど、バンドサウンドが曲の物語を奏でていくアレンジが施されている。今作でタッグを組んだ島田昌典によるプロデュースが、彼女にどんな化学変化をもたらしたのか、話を聞いた。
――昨年末に出したカバーアルバム『うた弁 COVER』(2020年12月9日発売)では新しい半﨑さんの“歌”の発見を楽しませてもらったのですが、今回も新しい歌を見つけてしまいました!
(手を叩きながら笑顔で)ホントですか!?
――ええ。半﨑さんが作る曲って、揺るがない形をすでに持っている、いい意味で頑固じゃないですか。
あはははっ。そうなんです。
――それを島田昌典さんは果敢に壊しにいっている。
(なぜか小声で)分かりました?
――わかりましたよ。
そうなんです。だから、いつもと違うんです。
――そこに衝撃を受けました。ストリングスを主体にしたアレンジでいけば、この曲もいつもの半﨑さんに落ち着くはずなんですよ。だけど、それをせず、逆にストリングスは控えめにして、バンドサウンドに壮大なドラマを描かせているんですよね。島田さんは。
なるほど!
――これほどまでに島田さんが攻めたアレンジをしてサウンドを仕上げたからこそ、半﨑さんの歌も、サウンドが描く物語と並行して、途中でぐいぐい前のめりになるんですよ。
島田さんに“Bメロが4拍子じゃなく3連で歌ってる?”みたいな話をされたんですけど、そういうことなんでしょうね。私は感覚で歌っているから分からなくて。
――Bメロを、前のめり、食いぎみで歌う。こんな歌のアプローチって、これまでの半﨑さんの歌ではなかったと思うんです。
うん、そう! もっと珍しいのは、いつもの私はBメロって抑え気味なんですよ。Aメロとサビが先にできるから、Bメロは最後にそれをつなぐ感じで作ることが多いから。だけど、今回はなぜか、Bメロが先にできたんですよ。
――曲の作り方からして新しかったと。
そうなんです。だから、いつもよりもBメロが際立っいてるんです。サビの前にすでに花開くような、希望みたいなものが滲み出ちゃってるんですよね。だから、歌もああいうものになったのかもしれない。
――その歌い方が序章となって、1番のサビ頭なんて、さらに食い気味で歌っていくんですよ。
ああー。そうです、そうです。
――そこを聴いて、半﨑さんはまだまだ新しいキャラを隠し持っていたのかと驚かされました。
あはははっ。
――それを後押ししているのがバンドサウンドなんですよね。マーチングドラムが幕開けを知らせるように入ってきて、2番からエレキが遠くから風が吹いてくるように聴こえてきて、ベースが大地を進むようにどんどん歌い出し、ドラマを描いていく。半﨑さんが書く曲は、それをだいたいが……。
ストリングスで持ち上げていく感じですね。
――だけど今回は、そこを島田さんはバンドに委ねた訳じゃないですか。こういうバンドサウンドのなかで歌うのはどうでしたか?
普通だったらいままでと違うから違和感があるはずじゃないですか? だけど、それがなかったんですよ。
――えーっ! そうなんですか?
はい。自分としては歌で引っ張っていきたいという思いがあるので、演奏がグイグイくるアレンジだと“ちょっと違うな”と感じるときはあるんですよ。でも、今回はまったくそれがなかったので、もしかしたらこの曲そのものが、そういうサウンドを求めていたのかなと思います。最初はピアノの弾き語りデモを島田さんにお送りしたんですけど、そのときに、北海道の広大な大地が見えたとおっしゃっていて。そこからわりとすぐ、このいまの形ができたらしいですね。歌詞とかメロディの持つメッセージを、島田さんはバンドの楽器の旋律を通して昇華してくれたんだと思います。島田さんには『うた弁2』の「次の空」をアレンジしていただいたんですけど、そのときにあがってきたものも、歌が求めているバンドサウンドだったんです。普段の私だったら違和を感じるぐらいエレキの音がしっかり出ているアレンジだったんですけど、そのときも私は違和は感じず“これだー!”って思ったんですよね。
――そもそも、なぜ今作のアレンジを島田さんにお願いしようと思ったんですか?
なぜか“この歌は島田さんだ!”と思ったんです。島田さんにアレンジしていただけたら、この歌の世界をさらにスケールアップさせて、万物の声が聴こえるような逞しい生命力をアレンジで表現してくださるんじゃないかなと思ったんですよね。
――逞しい生命力は、優雅なストリングスよりも、地鳴りのするようなバンドサウンドのほうが圧倒的に感じられますもんね。
うんうん、そうそう。だからこのアレンジは大地を感じますし。サビの《地を這うように》という歌詞にすごくフィットするんですよ。
――その“地を這う生命力”というのを島田さんはベース音に託しているんじゃないかと感じていて。後半にいくにしたがって、ベースがどんどん逞しいメロディを奏でていくところに、歌詞の“いまは一緒に風を凌いで、手を繋いで身を守って、みんなで生き延びよう”というメッセージを重ねている気がしたんですけど。
たぶん、そうだと思います。今回は“足元の世界”がテーマだったんですね。綺麗な緑が広がるところではなくて、うら寂しいなかの逞しさって、私自身惹かれるんですよ。雨に濡れて落ちて踏まれた葉っぱとか、ゴミ捨て場の横に咲いている小さな花とか、そういう足元の世界に、自分自身であったり、いまのこの状況を生きている私たちというところが勝手にリンクしていったんです。見過ごされてしまいがちな景色、おいてけぼりにされてしまう人とか。私は、自分自身もそうですし、小さな声なき声を拾って歌にしたいので、そういう見過ごされがちな植物たち、そのなかでも、自分自身を変化させて、生きる知恵をもっているたんぽぽの葉の逞しさは頼りになるなと思ったんですよね。
――タフだな、と。
そうそうそう。そう思ったら力が湧いてきたんですよ。いまコロナ禍だからなのか、この歌詞を書こうとしたとき、前向きな言葉が出てこなかったんですよ。例えば“乗り越えよう”とか“切り開こう”という言葉が。私はどんなテーマの歌でも、小さくても希望が入っている曲しか書きたくないんですね。だけど、これは前向きな希望の言葉が出てこなくて。自分自身がどう頑張ってもどうしようもないものじゃないですか。このコロナというのは。
――抗ってもどうしようもない。
そういう抗えないものを目の前にしたときに、この歌詞にもあるように“一緒に風を凌ごう”とか“朝を分け合おう”というワードが出てきたんですよね、いつのまにか。意識しなくても、絶対にみなさん、このコロナ禍で生きるもどかしさや無力感は感じていると思うんです。それが歌詞になるときに、私の場合はこういうワードとなって出てきた。
――《朝を分け合い生き延びよう》とかね。
普段なら“生き延びよう”とか出てきたことないんですよ。私はどっちかというと前に切り開いていくタイプなんですけど、今回はそうじゃない部分。なんとかしてみんなでこの時期を凌ごうとか。ある種の“守り”じゃないですけど、そういものが自分も出てきたのかなと思いました。
――ほほぉ。
“守り”とはいっても、決して後ろ向きではないんですよ。たんぽぽは、最初は茎がない咲き方をしているんだけど、花を咲かすたびに茎を伸ばしていって、綿毛になるときには綿毛を遠くまで飛ばすためにものすごく茎を伸ばす。雨の日や夜は花を閉じるという省エネ的な活動とか、綿毛を飛ばすときだけ立ち上がるとか。この歌詞にも《背を伸ばす時が来た》というのがあるんですけど。それはまさに綿毛のたんぽぽで。そのときまで、いま私たちは力を貯めたり分け合ったりしながら凌いでいく。いまはそういう感じなのかなって。それは、書いた後に思いました。
――歌詞のアプローチもこれまでの作風とは違うんですね。
そうなんですよ。サウンドだけではなくて。
――すいません、そこに気づかなくて。いろんな意味で新しい半﨑さんが詰まった作品だったんですね、今作は。
はい。それも、こういう状況じゃないと生まれなかったと思うんです。たんぽぽのロゼットのことは知っていましたけど、歌にしようと思ったことはなかったですよ。でも、半﨑美子は“根っこ”のイメージなんです、自分のなかでは。だから“根をはる”という言葉もよく使うんですけど。
――“心根”とかね。
そうです、そうです。植物だと、花とか実よりも、根っこのほうが。
――性に合ってる。
合ってる(笑顔)。冬の間はよくお散歩をしていたんですけど、そのときにいろんな植物のちょっとした変化が目に止まって。たんぽぽは、あの黄色い花がなくても、あの葉っぱの形を見ると“ここにたんぽぽがいるな”というのは分かるじゃないですか。それで、ふと自分と重ねたんですよね。
――いつものようにライブができない状況があったからこそのお散歩ですよね?
そうです、そうです。
――しかも、こういう状況に置かれた心境でなければ、たんぽぽの葉も目に入らなかったかもしれないですよね?
そう。だから、私自身もお散歩をしているときにそういうところに心を傾けたくなるような心境だったんだと思います。明日ライブがあると思ってそのことを考えながらお散歩していたら目に入っていなかったかもしれないから。
――この歌の始まりがたんぽぽの根っこ、葉っぱの部分だったからこそ、ジャケットにたんぽぽは描かなかったんですか?
そうです。たんぽぽがあるバージョンもあったんですけど、ないバージョンに惹かれて。これこそがこの歌を象徴していると思ったんですよね。歌詞の中に《花のように手を広げて》ってあるんですけど、それって、この葉っぱのことなので。俯瞰で見ると、花のようにも見えるし、太陽のようにも見えて。この仰向けになって全方位で光を受け取る姿勢にも惹かれますよね。
――ミュージックビデオは阿蘇に行って撮影されたそうですが。
凄かったです。
――パワースポットのようなエネルギーを感じたとか?
はい。私は鈍感なほうなんですけど、「押戸石の丘」というところに日の出を撮影しに行ったんですけど。明らかに何かしらが宿っている感覚がありました。万物の声が聞こえるような感じで。岩なのか植物なのか太陽なのか、いろんな声が聞こえてくるような場所だったんですよね。だから、すごくこの歌にピッタリだなと思って。
――単純にスケール感があるMVというだけではないものが、映像には含まれていると。
はい。ダンサーさんの踊りも含め、自分自身も地球というのか、大地のエネルギーを足元から感じてリップシンクは撮影したんですよ。
――うわー。そのエネルギーを感じながらアカペラで歌ってる半﨑さんの映像とか撮らなかったんですか?
ああー、ないんです。それ撮っとけばよかった。あの日は早朝だったのに、おかしいぐらい声が出たんです、よく考えたら。撮影日は、夜中の2時にホテルを出発して、現地に着いてから押戸岩まで息切れしながら登って、登りきったと思ったら、なんの準備もしないでいきなり歌のサビパートを撮影したんですけど。そのときに初めてダンサーさんは私の生歌を聴いて、感動して下さって。よくよく考えたら、よくあの状態であんなに声が出たなっていま思いました(笑)。MVのリップシンクだからライブほど歌う必要はないんですけど、あのときは全身全霊で歌ってしまったんですよね、なぜか。
――半﨑さん、それ絶対撮らなきゃいけないやつじゃないですか!
本当ですよね。全然撮ってなかった。私もいま、相当ショックを受けてます(苦笑)。
――でも、このMVのなかで半﨑さんが万物のエネルギーを感じながら歌っているシーンを見ることができますからね。
なので、それを見てください。

――このシングルは、タイトル曲以外にも3曲が収録されているんですが。これが、よくできてるんですよね。「ロゼット~だんぽぽの詩(うた)~」の地球規模の大地を感じさせる視点のから、みんなの日常生活へと視線を落としていく「特別な日常」(イオン北海道CMソング)、そこから個々が自分の声に耳を傾けていく「草笛の声」、さらに自分の記憶のなかにある大切な思い出へとフォーカスしていく「サクラ~卒業できなかった君へ~2021ver.」と。このシングル1枚で、マクロな視点からミクロな視点へと美しく切り替わっていく構成になっているんですよね。素晴らしい!
ああ~。流れがそうなってるんですね。
――えっ!? そう考えて作ったんじゃないんですか?
まったく考えてなかったです。あはははっ(笑)。「草笛の声」を入れるところは、他にも候補曲があったんですよ。スケールな大きな曲とささやかな日常の次なので、ここは素朴な素朴な曲を入れたいなという思いがあってこれにしたんですけど。そこまでの流れは考えていませんでしたね。たしかにそうなってますね。
――このあと、この新曲も聴けるだろうライブが大阪と横浜のビルボードライブで開催されます。今回は両会場とも半﨑さん初のビルボードライブ。会場的にも、前回お話しさせていただいた、セクシーなスリットが入った赤いチャイナドレスを着た半﨑さんを見られるチャンスなのかなと。
「紅い花」のカバーをセットリストに入れるとしたら、考えてみます。……ウソウソ(笑)。
――ビルボード仕様のライブになるんですか?
そうです。なのでサウンドを含め、ジャジーなテイストだったり、普段、自分のコンサートではカバーを歌ったりしないので、オリジナルだけではなくて、そういうテイストも入れながらやろうかなと考えています。1回のライブで全部を出し切って、出がらし状態になってしまうタイプの私が、今回1日2回公演に挑戦するところも新たな試みではあります。あのステージの雰囲気、客席との距離感、ああいう場所だからこそ、声のほんのちょっとしたニュアンスまですごく伝えられる距離じゃないですか。なので、そういういものを活かすセットリストにしたいなと思います。
――通常のコンサートとは違うものが見られそうですね。
はい。ビルボードライブならではのものになりそうです。

取材・文=東條祥恵 撮影=鈴木恵

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