小室哲哉はJPOPのリズムをどう変えた
か 現役ミュージシャンが「TKサウン
ド」を分析

参考:aikoのメロディはなぜ心に残る? ミュージシャンが楽曲の“仕組み”をズバリ分析

 小室哲哉さんはJ-POPにダンスミュージックの要素を定着させた第一人者と言われています。TM NETWORKが台頭した80年代後半から、「小室ファミリー」がチャートの上位を賑わせた90年代後半までの10年間で、ダンスミュージックは広く世間に浸透し、JPOPシーンは大きく変化しました。そして今なお、小室さんはその音楽的探究心を失わず、超新星SMAP北乃きい浜崎あゆみといったミュージシャンに楽曲を提供する一方、音楽フェスティバルなどではプレイヤーとしても活躍しています。5月1日には、日本レコード協会が運営する「STOP!違法ダウンロード広報委員会」の啓発活動の一環として、マウスのクリック音で作った新曲をライブ演奏するビデオ「グッド クリック クリエイツ グッド ミュージック!(GOOD CLICK CREATES GOOD MUSIC!)」をYouTubeで公開、大きな話題となりました。

 さて、お馴染みの「TKサウンド」に対し、多くの人は「ノリノリ」で、「カラオケで歌いたくなるようなキャッチーな歌メロ」といったイメージを抱くのはないでしょうか。そこで今回は、「TKサウンドにおけるノリノリとは何か?」ということを紐解き、その音楽的特徴をダンスミュージック的な側面から考えてみたいと思います。

・フックの効いたボーカルメロディ

 まずはわかりやすいボーカルの特徴から分析してみます。細かいことはおいおい語るとして、プロデュース作品(小室ファミリー)のボーカルメロディで、みなさんが印象に残るのは、例えば次のようなところではないでしょうか?

TRF『CRAZY GONNA CRAZY』の歌い出し
「『ダ』イヤを『散』り『ば』めてるよう『な』 『夜』景を『く』るまから『見』てるよ」。

安室奈美恵『Your're my sunshine』の中頃
「1『にち』中 ゆ『めに』まで 楽『しい』 きお『くが』 よみ『がえ』ってたよ」。

華原朋美『Hate tell a lie』のサビ
「なにからなにまであなたがす『べ』て 私をどうにか輝かせる『た』め 苦しんだり悩んだり『し』て 『が』んばってる」。

 これらのフレーズは「いかにも小室哲哉」という感じがします。『』の部分にアクセントがありますが、共通して言えるのは、ボーカルが強調して歌っているだけでなく、そこが各フレーズの一番高い音で、しかもその音だけが高くなることです。さらに言えば、アクセントの音程は1フレーズの中でほとんど同じです。

 次に同じフレーズをリズム面から分解してみましょう。

 『CRAZY GONNA CRAZY』は「『ダイ』『ヤを』『ちり』」というように、同じリズムを繰り返しながら「ばーめてる」のフックに向かっています。

 『Your're my sunshine』では「いち『にーちぃー中』 ゆ『めーにーまで』」と1小節ごとのリズムを繰り返してから「たの『しーい』きお『くーが』」と先ほどのリズムの前半だけ、つまりループの単位を半分にします。スピード感が出ますね。

 ラップの手法を取り入れている『Hate tell a lie』のこの部分はもっと単純で、ほとんど16分音符で、音階もアクセント以外ほぼ変わりません。「何から何まであなたがす『べ』て」のように、「4拍目にアクセント」という1小節ごとのループを繰り返して「がんばってる」に向かいます。

 何となくお分かりでしょうか? ここで紹介したフレーズは全て、1小節以内で1単位となる短いフレーズのループでできているのです。メロディのアクセントが毎回同じ音階なのも、同じフレーズのループだからです。各ループはリズムかメロディ、あるいは両方による強いアクセントで明確に区切られていますし、その連続で出来ている大きな1フレーズも、後半に明確に向かう先があります。この傾向は歌謡曲として作られているプロデュース作品に顕著ですが、小室さんのメロディラインはとてもフックが強いのです。

 「フックって何?」と思われる方も多いでしょうけれど、特にリズム的な変化による「強く耳に引っかかる部分」程度に考えてください。例に出したメロディを思い浮かべていただければ、だいたいわかりますね?

 美しいポップソングはたいていメロディが印象的ですが、小室哲哉さんの歌は、フレーズがループで出来ていて、そもそもループの1単位ごとのフックが強いので、あまりコード進行とは関係なくメロディの印象の強さが作られています。つまり、よりリズム的なアプローチでボーカルメロディが考えられているということです。

 では次に、それに何の意味があるのか、ということを紐解くためにも、一旦ボーカルパートから離れて、サウンドの全体像について解説します。

・実は引き算で作られている「TKサウンド」の本質

 TKサウンドの重要な要素を最小限の音で体現している、という意味で、このコーナーにうってつけの曲があります。TM Networkの1987年のヒット曲『Self Control』です。

 この曲は主に、「ドラム」「ベース」「シンセサイザー」「ボーカル」の4トラックでサウンドが構成されている、とてもシンプルな曲です。もちろん他にも、ストリングスやギターなどのトラックが入っていますが、それらは、「その音がないと曲が成立しない」というパートではないので、全て装飾的な「その他の音」とします。

 この曲はとにかく軽快で、ビートが前に進む力が強いです。ざっと構造を書くと、ドラムはストレートな8ビートで、イントロや間奏などではキックの4つ打ちになります。ベースはコードの基音(ルート)から動かず、ひたすら8分音符を刻みます。シンセサイザーは複数入っていますが、サウンドの中核にあるのは、イントロから鳴り続けている印象的なテーマフレーズです。基本的にこの曲は、たったこれだけの要素で出来上がっているのです。

 ここで、この構造を捉えるためのひとつのセオリーをご紹介します。それは「低い音ほどリズムに対する影響が大きい」というものです。

 この曲でもっとも低い音はドラムのキック、次いでベースです。メインのトラックでは、だいぶ高くなってドラムのスネア、ボーカル、シンセサイザーという順番です。その他のトラックも含めて、低音と呼べる周波帯にあるのはキックとベースだけです。この曲の軽快なノリは、ドラムとベースというリズムに大きな影響を与える低音楽器が、両方ともごくシンプルでストレートな8ビートに徹していることによって作られているのです。

 一方シンセサイザーのテーマフレーズは、はっきりとしたリズム的なフックを繰り返し提示しています。リズム的には「よっこいしょ感」を生みやすい重めのフックですが、なにぶん高音ですし、低音楽器で作るストレートなリズムのほうがはるかに影響が強いので、曲のスピード感には影響しません。

 このように高音と低音ではっきりと役割が分かれたアレンジが、意識的かどうかはともかくはっきりと意図的に、そして非常に慎重にアレンジされていることは、イントロからのドラムパターンの遷移を聴けばわかります。

イントロ:キックの4つ打ち
Aメロ:4拍目にスネア追加
Aメロ2週目:キックの4つ打ちをやめ、普通の8ビートパターンに

となっています。ここにはそれぞれ、

イントロ:テーマフレーズのフックを重く聴かせないための最小要素としてキックのみ
Aメロ:1小節ごとのリズム的な解決を提示する最小要素として4拍目のスネア
Aメロ2週目:本来のビートの提示

という意味があります。

 このような慎重なパターン進行からも、この曲のシンプルなリズムが「ただ疾走感があればいい」ということでぼんやりと作ったビートではなく、ストレートな8ビートの中でも、そのセクションで「何を聴かせたいのか」ということを意識して巧みにスピード感をコントロールしていることがわかります。また、ベースはときどき16分音符を混ぜることで、はっきりと分かれた高音と低音のリズムを、こっそりとつないでいます。

 TKサウンドというと、ついつい派手なものを想像してしまいます。しかし『Self Control』からわかることは、小室さんが、論理的に配置した最少のトラックと最小のシーケンスで、曲が伝えたいリズムイメージを最大化する技術に非常に長けている、ということです。安易に音を増やさず、その曲が伝えたいことを最小限の音数で作る、という意味で、作曲やアレンジなどではよく「引き算が大事」と言われます。『Self Control』のグルーブはまさに、引き算によって作られています。

・TRF楽曲に見る、足し算のアッパーチューン

 「低音楽器はシンプルに刻み、高音楽器がフックを入れまくる」という小室さんのアプローチを『Self Control』を題材に分析しました。そしてこの論理は、トラックも多く、より派手な印象のプロデュース楽曲にも応用できます。

 例えばダンスミュージック的なサウンド構造がもっとも生かされているのはTRFの楽曲でしょう。『CRAZY GONNA CRAZY』『BOY MEETS GIRL』『EZ DO DANCE』『survival dAnce』などのヒット曲には、「キック4つ打ち」「ベースは動かずに細かい刻み」「シンセフレーズはリズミカル」という『Self Control』と同じようなサウンド構造でリズムの基本構造が作られています。では、それ以外のプラスアルファのトラックがどのような意味を持っているでしょうか。

 『Self Control』の「その他のトラック」は、メロディ面ではもちろんそれぞれ不可欠なものですが、リズム的にはシンセサイザーのテーマフレーズが提示しているリズムを見事に踏襲していました。TRFの楽曲ではリズム的にも重要な役割を果たしている「その他のトラック」がいくつかあります。それらのトラックの役割を大雑把に言えば「埋めること」です。

 まず、音符の長さが長いものと短いものに二極化される場合が多いです。多くの色を混ぜるとどの色でもなくなっていきますが、リズムもそれと同じで、細かい16分音符まで隈なくリズムを埋めていくと、それだけひとつひとつのアクセントが相対的に目立たなくなります。例えば『CRAZY GONNA CRAZY』では高音のシンセピアノリフとブラスフレーズが印象的ですが、どちらもリズムパターンとしては同じ位置にアクセントがあります。ハイハットは裏打ち(「ン チッ ン チッ ン チッ ン チッ」という裏拍の4つ打ち)です。普通に考えると、拍の裏に強いアクセントがあることになります。さらに、シンセサイザーが歌のないところで16分音符3つごとのアルペジオを奏でています。いくらキックが4つ打ちで、高音楽器はリズムへの影響が少ないとはいえ、流石にこれらのトラックを真面目に考えると「ゴチャゴチャ」としか言い様がないはずなのです。しかしそれでもこの曲のトラックが前に進む力を失わないのは、別のシンセサイザーがアクセントのない16分音符を刻んでいるからです。さらに言えばこのシンセサイザーは、「その他のトラック」の中ではもっとも音が低く、中低音域です。このトラックの「埋める役割」によって、相対的に他のアクセントやフックの強さが低下し、ゴチャゴチャすることなく曲のスピード感を上げています。基本的な考え方はベースの8分音符と同じで、これによってスピード感がさらに増し、いよいよ高音楽器が「何でもできる」ようになる、ということです。

 同じようなことが長い音符でも言えます。小室さんは特にゆったりとした歌ものなどで、ギターやピアノのように強いアタック感を持たない、シンセサイザーやストリングスの長い音符で埋めるトラックを、よく使います。そこでは「ノリさえ良ければいい、というわけにはいかない」「歌を前に出すために、あまり細かい音符で埋めたくはない」という、アッパーなダンスチューンと違う条件があるので、ボーカルをでしゃばらずに補佐しつつ、リズム的な空白を埋めて曲に流れを与える、という役割の長い音符が効果的なのです。

 『Self Controll』で、「小室さんは引き算が上手」と書きましたが、TRFの楽曲などからは「引き算が上手な人は足し算も上手」ということがわかります。

・歌はシンセサイザー?

 ここまででTKフックとそれを支えるTKビートによってTKサウンドが作られている、という全体像は見えてきました。最後に、冒頭でやや宙吊りなまま終わったボーカルパートについて再び考えてみます。

 冒頭では、ボーカルフレーズが短いフレーズのループで作られていることを説明しました。これは何かというとつまり、「リフ」なのです。

 リフとはリフレインの略で、要するに繰り返しのことです。繰り返せば何でもいい、というわけではなく、一般的にリフと言う場合、「短いフレーズ」が繰り返されているものを指します。「コードは変わっても同じメロディが繰り返される」「メロディは変わってもリズムパターンが同じ」などというように、変化するものとしないものの対照がリフの気持ちよさ、という理屈になります。

 そんなリフの典型的なものが、ご紹介した『Self Control』のシンセサイザーのテーマフレーズです。解説したように、このシンセリフとキックの4つ打ちからイントロが始まり、その後何度も登場します。コーラスと宇都宮隆さんの歌うボーカルフレーズはメロディもリズムもこのシンセリフそのままですし、他のセクションも基本的にこのリフのリズムパターンの派生です。ドラムとベースがごくストレートな8ビートを刻み続けているのは、フックの強いこのリフを活かすためです。つまりこの曲のサウンドデザインのテーマは、「シンセリフ激推し」ということだと言えます。もちろん歌ものですから一見歌のためのトラックのように聞こえますが、その歌もシンセリフのテーマに従って作られていることを考えると、実はこの曲の中では歌よりもリフの方が上位の存在です。このように「リフがサウンドデザインの最上位にあり、歌もリフである」というような曲の典型は他にも、同じTM Networkの『Come On Everybody』などがあります。

 もちろん、より歌謡曲的な小室ファミリーの楽曲について、この理屈をストレートにつなげることはできません。ただ少なくとも、小室さんの楽曲のボーカルパートが、リフを作るのと同じ発想で作られているとは言えそうです。冒頭で解説したようにメロディ的なフックが強い理由もそこにあります。メロディの起伏が激しく、単純なボーカルメロディっぽくない違和感が、小室さんのボーカルメロディを印象的にしていますが、同じフレーズをシンセサイザーで弾いてみると、意外なほど違和感がありません。この要素をどのくらい色濃く出すかによって、ボーカルのノリがコントロールできます。引き算が上手な小室さんは足し算も上手、と書きましたが、同じように、サウンドデザインとリズムの受け渡しの妙によってトラック同士をつなげることが巧みな小室さんですから、当然ボーカルをトラックから離して浮き出すことも思いのまま、ということです。

 小室さんがやったことを後追いで言葉にしているので簡単そうに聞こえますが、実際にイメージ通りの曲を作るのはとてもむずかしいことです。小室さんが当時日本の歌謡曲になかったダンスミュージックの要素を持込み、10年間で作り手ばかりか聴き手まで教育してしまった背景には、スピード感であれメロディの目立ち方であれ、聴き手に与えたい印象を実際に思いのままに表現できてしまう、小室さんの恐ろしいほどのリズム感覚とサウンド構成能力の高さがあるのでしょう。(小林郁太)

リアルサウンド

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