andropの10年間の歩みと成し遂げたこ
と――アニバーサリーライブの2日目
を回顧する

androp -10th. Anniversary live- 2020.1.12 人見記念講堂
定刻。場内がゆっくりと暗転する。薄暗いステージに、内澤崇仁がひとり姿を現わすと、客席から大きな拍手が送られた。内澤はギターを背負い、マイクの前に立つ。そして、ギターを柔らかく奏でながら歌い始めた。「Image Word」だ。ゆっくりと、情感を込めて一節歌った後、佐藤拓也が登場。ギターを手に取り、演奏を始めるための準備をする佐藤と、ギターを奏でながらその光景を眺めている内澤。そこから伊藤彬彦、前田恭介の順にそれぞれひとりずつ姿を表し、音に加わっていく。
androp 撮影=Rui Hashimoto (SOUND SHOOTER)
「Image Word」は、4人が初めてバンドとして音を合わせた曲──いわば、彼らにとって“はじまりの歌”だ。穏やかに、優しく届けられていた4人のアンサンブルは、徐々に力強さを増していき、場内に響き渡る。曲を終えると、内澤が「andropです」と一言。客席から割れんばかりの拍手が送られる中、彼らはバンドが初めて世に放った作品『anew』の1曲目である「Roots」を、力強くかき鳴らし始めた。
androp 撮影=Rui Hashimoto (SOUND SHOOTER)
2019年は、デビュー10周年を記念した様々な企画を行なってきたandrop。そのアニバーサリーイヤーを締め括るライブが、明けて2020年1月11日、12日に東京・人見記念講堂で行なわれた。このレポートでは、その2日目の模様をお届けしているのだが、オープニングから胸に熱いものが込み上げてきたこの日のライブは、そんなハイライトがひたすら続く、なんともドラマティックなステージだった。
androp 撮影=Rui Hashimoto (SOUND SHOOTER)
「Roots」の勢いそのままに繰り広げられたエネルギッシュなバンドセッションで客席の興奮をさらに煽った4人は、「Colorful」に突入。andropのライブといえば、とにかく圧倒的なまでに美しい演出面も見所のひとつだが、この日はステージ上に“箱型の照明”(サッカーゴールのような形で、ゴールネットやポストの部分が全てライトになっている造り)が設置されていて、彼らの演奏と明滅のタイミングが完璧に同期されたライティングが楽曲を彩ったり、オーディエンスが大音量のクラップを打ち鳴らした「MirrorDance」では、ミラーボールで乱反射した大量の光の筋が場内全体を覆ったりと、思わず感嘆の声が漏れてしまう瞬間が続く。また、「MirrorDance」の曲中では、伊藤がその場に立ち上がり、ドラムスティックをくるくると頭上に投げるパフォーマンスも飛び出すなど、メンバー達もこの瞬間をとても楽しんでいることが伝わってきた。
androp 撮影=Rui Hashimoto (SOUND SHOOTER)
androp 撮影=Rui Hashimoto (SOUND SHOOTER)
そこから「Bell」「Bright Siren」と繋げていたのだが、この日のセットリストは、内澤曰く「この曲順を追って聴いてくれたら、自分達がどういう10年間を過ごしてきたのかわかるようなもの」。つまり、彼らが世に送り出してきた楽曲を、ほぼ発表順に披露していくという流れが組まれていた。また、それは曲順だけでなく、演出面も同様で、「Bright Siren」のラストでは、先ほどの“箱型の照明”が点滅しながらステージ後方へと消えて行ったのだが、おそらくあの“箱型の照明”は、ライブハウスという空間をイメージしたもので、そこからより大きなステージに進んでいく当時の状況を表したものだったのだと思う。また、「End roll」を披露する際には、「音楽をやるのがつらくなって、終わりの歌を作ろうと思っていた」と、曲が生まれたときのことを言葉にもしていた。
「そのときは10年続けようとか、続けられるとか思っていなくて。今、自分がどう思っているかというと、音楽をやっていてよかった。今日このステージに立ててよかったなと思っています」(内澤)
androp 撮影=Rui Hashimoto (SOUND SHOOTER)
ほぼ発表順に楽曲を披露していくセットリストゆえに、これまで彼らがどんな挑戦をして、どう変わっていったのかがまじまじと伝わってくる。それが色濃く表れ始めたのが、サポートキーボードの森谷優里を迎えて進行し始めたライブ中盤のこと。エレクトロニックなダンスミュージックを大胆なまでに打ち出した「World.Words.Lights.」や、激情的なバンドサウンドを叩きつける「Boohoo」といったタイプの異なる高揚感を持った楽曲や、客席のクラップとシンガロングで幕を開ける「Voice」では、佐藤と前田の2人がステージの前にまで歩み出てきて、内澤も合唱を促すようにメロディーを歌い上げる。さらに、力強く疾走するバンドサウンドがまばゆいまでの光を放つ「One」や、客席に大量の花吹雪が舞った「Yeah! Yeah! Yeah!」と、ライブという空間を通して開かれていった内澤の心境やバンドのモードが刻まれた楽曲達が、次々に繰り出されていった。
androp 撮影=Rui Hashimoto (SOUND SHOOTER)
androp 撮影=Rui Hashimoto (SOUND SHOOTER)
そんなポジティヴな空気に満ちた空間を「Kaonashi」が一変させた。彼らが音楽で描き続けている「光」や「希望」をより強いものにすべく、その正反対に存在する「闇」を敢えて描いた作品『blue』に収録されていたこの曲は、怪物のうめき声のような不気味な音を出す内澤のボウイング奏法に始まり、暗闇の中を怪しく蠢くようなベースや、切迫感や焦燥感を駆り立てるようなビート、悲痛なまでに絶叫するギターと、すべてを黒く塗りつぶすようなダークな雰囲気が立ち込めている。また、客席の足元まで届くように焚かれていた大量のスモークや、おびただしいほどの数の人間の瞳がステージを覆い尽くすプロジェクションマッピングも、楽曲への没入感を凄まじいものにしていた。『blue』は、彼らの歴史の中でもとりわけ異色作だったこともあり、様々な意見があったそうだ。しかし、いつもとは異なるアプローチに果敢に挑んだからこそ、そこで得たものはとても大きかったと思う。事実、そんな壮絶な世界を描いた後に生み出された「Prism」は、瑞々しさと煌めきに満ち溢れていて、身も心も多幸感に包み込まれるようだった。
androp 撮影=Rui Hashimoto (SOUND SHOOTER)
数々の音楽的トライを繰り返してきた4人だが、androp史上、最も全力でその殻を打ち破りに行った楽曲(MV含めて)も披露された。大量の紙吹雪がステージに降り注いだ「Ao」を終えた後、ステージにターンテーブルが運び込まれてきた。そこに書かれていたロゴに、客席からは驚きの声があがる。そして「ツァラトゥストラはかく語りき」が流れる中、サプライズゲストのCreepy Nutsがステージに呼び込まれた。曲はもちろん「SOS! feat. Creepy Nuts」。前田と伊藤が生み出す躍動的なグルーヴの上で、夏への恨み節満載のリリックを畳み掛けていくR-指定に、「今を楽しむ奴こそ勝ち組!」と歌詞を変えて叫ぶ内澤、世界一に輝いた妙技を見せつけるDJ松永に、そのスクラッチからなだれ込む佐藤のギターソロと、見せ場のオンパレードで凄まじい熱狂を巻き起こしていた。
androp 撮影=Rui Hashimoto (SOUND SHOOTER)
Creepy Nutsの2人を送り出した後、昔からandropを聴いてくれていた人達、最近自分達のことを知ってくれた人達にそれぞれ感謝を告げる内澤。そして、「これからも自分達が最高だと思うものを作り続けていきたい」、「音楽に救われた人間として、これからも聴いてくれた人の心に届くもの、悲しいときや辛いときに側にいられる音楽を作り続けていきたい」と、自身の思いを伝えた後、「Hikari」を届ける。たくさんの柔らかな光が昇っていくプロジェクションマッピングと共に、一音一音にじっくりとその思いを込めた名演で、本編を締め括った。
androp 撮影=Rui Hashimoto (SOUND SHOOTER)
アンコールに応えてステージに戻ってきた彼らは「Koi」と、現時点での最新曲となる「C」を披露。「C」では、オレンジ色の照明がステージを灯す中、前田が奏でるユーフォニウムの音色や、美しいコーラスがとても心地よく、ロマンティックな空気が会場を包み込んだ。そして、彼らの今の心境が綴られた「Home」を演奏する4人。ステージから届けられるアンサンブルを聴いていると、以前、当サイトのインタビューで、4人にandropの軌跡を振り返ってもらったときのことが蘇ってきた。
androp 撮影=Rui Hashimoto (SOUND SHOOTER)
取材を行なったのは、ワンマンツアー『Image World』を控えていた時期。結成時からリリースする作品の頭文字を繋げるとバンド名になるようにネーミングしてきた彼らだったが、それが完結し、セルフタイトルアルバムを発表した後、ここからandropはどうなっていくのかと訊ねたのだが、そのときに内澤は、「ここまではandropっていう土台というか、家を建てるときの基礎をずっと作っているような感覚でやってきた」と話してくれた。それは、andropという造語のバンド名であり、まだ何の意味も持っていないものに、自分達の音楽で意味を付けていきたいと思っていたからであり、「セルフタイトルまで出したときに、やっとバンドの土台に意味をつけられた感覚が、今はある。だから、ここからはその礎となっているものの上に、家を建てるというか。その土台の上に立派なものを作りたい」と答えてくれていた。
androp 撮影=Rui Hashimoto (SOUND SHOOTER)
そしてこの日、「Home」を披露する直前のMCで、内澤は「自分達の音楽もライブも、いつでも“おかえり”と言える場所でありたいと思っている」と、客席に話しかけていた。この10年間で、彼らは様々な挑戦を続けつつ、「Home」の歌詞に綴られているように、<いくつもの別れと出会いを繰り返し>ながら、ここまで歩いてきた。そんな中で築き上げた<君のために作った場所>は、彼らの音楽を求めるリスナーにとって多くの意味を持ち、その人達を優しく抱きしめるような光に満ち溢れたものになった。そんな場所で、4人はこれからも私達の心に寄り添う音楽を作り続けてくれるだろう。
現在、andropは新しい音源を鋭意制作中で、本来ならばこの2デイズライブで詳細を発表したかったそうなのだが、妥協せずにより突き詰めていくことを選んだとのこと。そんなところも彼ららしいのだが、嬉しいことに、できたばかりの新曲をダブルアンコールで披露してくれた。まだタイトルも付けられていないこの曲は、トリッキーな音色のギターや、前田が操るシンセベースが印象的。また、身体を心地よく揺らせるものになっていたところは『daily』から続く流れではあるのだが、それをより洗練させた仕上がりになっていた。曲を終えた後、「俺らはまだまだやりたいことがたくさんあるので、これからもよろしくお願いします!」と、大きな声で告げた内澤。ひとつの節目を超え、これからも続いていく彼らの未来を期待させるエンディングで、10周年ライブの幕は下ろされたのだった。

取材・文=山口哲生 撮影=Rui Hashimoto (SOUND SHOOTER)

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