LOVE×FREEの祝祭劇! 松竹とのコラ
ボでますます加速する革命アイドル暴
走ちゃんにヤラれっぱなしの1時間~
『暴走ちゃんの暴走』

これほどまでにレポートを拒む舞台が他にあるだろうか。レポートなんて全く無意味、行けばわかるとつい放言してしまいたくなるほどの疾走と狂騒。J-POPとアイドルソングとアニソンが轟音で鳴り響く中、スクール水着を着た男女が一糸乱れぬ統率でヲタ芸を披露し、観客席には豆腐とわかめとマロニーが投げ込まれ、バケツの水をぶっかけられ、金ピカの紙吹雪が舞い落ちる。やがて観客は、右も左も分からないカオスの激流に飲み込まれていく……。2019年7月10日(水)から7月16日(火)までの7日間、花まる学習会王子小劇場にて「革命アイドル暴走ちゃん」の新作公演『暴走ちゃんの暴走』が絶賛上演中である。
演出・構成の二階堂瞳子率いる革命アイドル暴走ちゃんは、アイドルや初音ミク、漫画やアニメといった日本のサブカルチャーやオタク文化をバックボーンに、客席と舞台の境目が失われて一体となる驚きのライブパフォーマンスで異彩を放つ注目の劇団だ。2013年4月に旗揚げ後、ドイツ・スイス・オランダを巡業するヨーロッパツアーを敢行し、その後もイギリス・中国・韓国・イスラエルと活動の場をグローバルに広げていった。
そして2019年、暴走ちゃんの暴走は、さらに大きな野望へ向けて動き出した。インバウンド向けの常設劇場展開を見据えて、松竹株式会社とのコラボレーションを実現したのである。このレポートでは、その記念すべき第一歩となる『暴走ちゃんの暴走』、その公演初日の模様をお届けする。
 (撮影:鏡田 伸幸)
地下へとつながる階段を降り、会場に入ると、客席にはレインコートが置かれている。飛んでくる豆腐やわかめやマロニーから身を守るための防護服だ。「レインコートが暑くて脱ぐ人が居るんですけど、ダメ絶対」。開場から開演までの30分間は、前説担当・樺澤良が念押しに念押しを重ねて諸注意事項を観客に伝えていく。そのユーモラスな語り口に乗せられて30分はあっという間に過ぎていく。観客からは笑い声が上がり、一体これから何が起こるのだろうと、客席のボルテージはフツフツと高まっていく。
舞台前面には三本のスタンドマイク。舞台上の壁は白幕で覆われ、三面スクリーンとして活用される。浮き輪やウォーターガンなど様々な小道具を持つアイドルっぽい仕草のカワイイ女性のPV映像が終始流れている。樺澤が開演の合図を出すと、20人ほどの出演者を従えた二階堂瞳子が舞台に上がり、前口上。「この先も芸道に精進いたす覚悟でございますれば、何卒ご贔屓お引き立てのほど隅から隅までずずいと乞い願い、揚げたて奉ります〜!!!」と、高らかに謳い上げられると同時に、舞台上のテンションは一気に爆発した。
 (撮影:鏡田 伸幸)
突然の爆音。「情熱大陸」が鳴り響くなか、サイリウムを手にした役者達が超ハイテンションでヲタ芸を繰り出し、一斉に掛け声を上げ始めた。出演者ひとりひとりが舞台前方に立ち、その名前と顔がスクリーンに映し出されるメンバー紹介タイムが終わると、彼ら・彼女らは観客席に割って入ってきて、観客ひとりひとりに「お兄ちゃん」と声をかけたり、握手をしたり、サイリウムを渡したりと、忙しなく動き回る。そのあいだにも、舞台上のライブパフォーマンスはどんどん進行している。十数秒から2分程度にカットアップされた楽曲が、暴走ちゃん専用のノンストップメドレーとして一瞬の切れ目もなく流れ続け、それに合わせて役者たちは一糸乱れぬ踊りと歌で観客の知覚をダイレクトに揺さぶり続ける。舞台から目を外して横を見ると、ビニール製のサンドバッグを手にした役者が、舌をベロリと出しながら、それを左右に降っている。ふと気がつくと、観客は頭から水を被っているのである。
次々と切り替わる目の前の光景が、観客の理解と知覚の限界を猛烈な勢いで追い越していく、フルスロットルなハイテンションロードムービーを観ているようだ。このように言うと、あたかも本作には、内容がまったくないのではないかと思う人もいるかも知れない。しかし、そうではない。確かに、ひとつひとつのネタは、オタクカルチャーを養分としているだけあって、ハイコンテクストで理解しがたい部分も多々ある。だが、例えばチアリーダーのようにキビキビとした動きで「B」「O」「S」「O」の文字を掲げ、その後、「松竹」の文字入りの富士山の絵を掲げるといった松竹株式会社との契約をネタにしたラブコールなど非常にわかりやすい。さらに、その狂乱に惑わされずに、ネタの流れだけを追っていくと、そのラブコールの前には「プリセンス」が主題の曲、そしてその後には「シンデレラ」が主題の曲というように、その契約が一種のシンデレラ・ストーリーとしてアイロニカルに提示されてもいる。こうした物語を暗示する箇所は、おそらくまだまだあるだろう。それを発見することの喜びも、暴走ちゃんを観る楽しみのひとつなのだ。
こうして、『暴走ちゃんの暴走』は、エンディング曲として「Butter-Fly」を歌い上げ、幕を閉じる。かと思いきや、もう少しだけ舞台は続くのだけれど、そこは自分自身の身体で確かめてほしい。暴走ちゃんの舞台では定番となっている主客逆転のラストシーン。観客は戸惑いながらも、普通では味わえない開放感に、思わず笑みを浮かべている人も多かった。
 (撮影:鏡田 伸幸)
さて、もしもあなたが、革命アイドル暴走ちゃんの暴走っぷりにヤラれてしまったのなら、本作をさらに味わい尽くすために、こんな問いを立ててみるのも面白いかもしれない。それでは一体、なぜ暴走ちゃんは暴走するのか? これほどまでに規格外のパッションとエモーションを爆発させるパフォーマンスを、二階堂瞳子は、前身となる劇団・バナナ学園純情乙女組を2008年に立ち上げてから、もう10年以上続けている。並大抵の意志と決意では、到達不可能な域の熱量を持続させ続けているのだ。
『暴走ちゃんの暴走』というタイトルの元ネタに、そのヒントが隠されている。このタイトルは、おそらく、cosMo(暴走P)が、「ボーカロイドにオリ曲を喋ってもらった」シリーズ第一弾として2007年に動画共有サイト・ニコニコ動画にアップした『初音ミクの暴走』のパロティになっている。いわずもがな、初音ミクは、人が歌っているような楽曲を自由に制作することのできるVOCALOIDというDTMソフト。cosMoは、この初音ミクに超高速の電波ソングを歌わせた。人間らしさを再現した初音ミクを、もう一度、純粋な打ち込みソフトとして転用し、人間には不可能な速度で初音ミクが「暴走」して歌唱する楽曲を作り出した。その暴走するリズムのなかで、初音ミクはこんな風に歌っている。

ボクは歌う あなたのために
伝えたい想いがあるのならば
たとえそれが未知の世界
混沌カオスの楽園だとしても

まさに、暴走ちゃんの世界観に対する、これ以上ない注釈になっている。こうしてみると、暴走ちゃんの暴走とは、あなたに向けられた全力の想い、つまりLOVEではないかと思える。LOVEは、伝えようとして伝わりきるものではない。余剰が残る。暴走ちゃんは、あなたに確かに伝わる意味を超えた混沌カオスの楽園に突き抜けることで、その余剰の部分に現れる純粋なLOVEを観客のひとりひとりへダイレクトに届けようとするのである。
過去公演
加えて、黎明期の初音ミクはニコニコ動画のコンテンツ生成環境と優れたシナジー効果を発揮していたことを指摘しておきたい。初音ミクは、ニコニコ動画をプラットフォームに、匿名ユーザーが寄ってたかって新たな文脈や使い方を発明することで、有象無象のコンテンツを生み出し続ける集団的想像力の賜物でもあったのだ。そこでは誰もが初音ミクというキャラクターの観客であり、誰もが初音ミクに新たな演技=歌唱を付け加えることができ、ニコニコ動画のコメント機能を使って、その動画を支持して盛り上げる支援者になることもできる。匿名ユーザーのアマチュア精神に支えられ、初音ミクが一大コンテンツへと成長していくプロセスのうちには、消費者と創作者の垣根が取っ払われてしまったような自由があった。
こうした視点を持ってみると、暴走ちゃんの舞台が生み出すカオスは、初音ミク✕ニコニコ動画のプラットフォームが実現した匿名であるがゆえの自由を体現しているように見えてこないだろうか。そして、暴走ちゃんの自由とは、単なる役者たちの自由ではなく、役者にもなりえる観客達の自由であると。暴走ちゃんが、豆腐やわかめやマロニーを観客席に投下して、わたしたちを傍観者ではいられない立場へと誘い込むのも、この舞台の主役は他でもない、あなたであることを知らしめるためではないだろうか。暴走ちゃんのパフォーマンスは、想像だにしなかった未知なる世界へとあなたが踏み出すためのエネルギーを充填するのである。
過去公演
松竹創業のきっかけともなった歌舞伎は、江戸時代に世間の異端児であるかぶき者を真似ることから生まれた芸能であり、芝居小屋は遊郭と並ぶ二代悪所と言われていた。そして、社会にとって役に立つ有用性から遠く離れて、有象無象のアマチュアたちが活動していたニコニコ動画も、いわば現代の悪所だった。芝居小屋の集団的想像力は、芝居小屋2.0としてゼロ年代のニコニコ動画に受け継がれ、それはいま、松竹✕暴走ちゃんのコラボレーションとして、LOVE✕FREEの新たな化学反応を起こし始めている。もしかしすると21世紀の悪所では、日常の怒りも悲しみも喜びも暴走の激流に投げ込んで、カオスの狂騒を突き抜けたLOVE✕FREEの祝祭劇が生まれるのかもしれない。
過去公演
取材・文=渋革まろん

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