東京二期会『サロメ』ゲネプロレポー
ト〜妖艶な美女、サロメの歪んだ愛

6月5日(水)から9日(日)まで東京文化会館で上演されるリヒャルト・シュトラウスのオペラ『サロメ』。フランス語で書かれたオスカー・ワイルドの戯曲をそのままドイツ語にした〈文学オペラ〉である。
キリストの時代のユダヤ。義父ヘロデ王の執拗なまなざしに耐え切れず宴席を抜け出してきた王女サロメは、幽閉されているヨカナーン(預言者ヨハネ)に魅了される。だがヨカナーンはサロメの愛をはねつける。そこにサロメを追って出てきたヘロデ王が、「自分のために踊ってくれたらお前が望むものをなんでも与えよう」と約束するのを受けて、彼女は〈7つのヴェールの踊り〉を踊る。踊りの後でサロメが要求したのは、銀の盆に乗せたヨカナーンの首であった。サロメはついにヨカナーンに口づけする。
耽美的な題材のオペラ『サロメ』は、リヒャルト・シュトラウスの扇情的な音楽とあいまって、発表された当時大きなスキャンダルになると同時に、爆発的な人気を得た。それから100年以上たった現在においても、『サロメ』はやはり私たちの心をゆさぶるオペラだ。
3日に東京二期会『サロメ』公演のゲネプロ(総稽古)が行われたので、写真とともにレポートをお届けする。今回の上演の特徴の一つはドイツ演劇界の重鎮ウィリー・デッカーが、かつてハンブルク・オペラのために演出した『サロメ』のプロダクションを採用していることだ。東京文化会館の舞台が大階段で埋め尽くされ、そこでは登場人物たちが走り回り、時に階段に転がりながら心理劇が演じられる。
もう一つ注目は、読売日本交響楽団の常任指揮者に就任したばかりのドイツ人指揮者、セバスティアン・ヴァイグレが指揮をすることだ。ヴァイグレは東京二期会で2年前に同じシュトラウスの『ばらの騎士』を指揮しており、歌手たちの信頼も絶大なマエストロだが、今回はより強烈な『サロメ』の音楽をドラマチックに指揮して素晴らしい。音楽的なクライマックスは、独立して演奏されることも多い〈七つのヴェールの踊り〉だが、次々と楽器がフィーチャーされ、ピットとは思えない迫力の演奏だった。
この日のゲネプロは初日組キャストが出演していた。主人公のサロメは森谷真理。声の美しさ、迫力、歌唱、演技、どれをとっても出色の出来栄えである。スキンヘッドに白いドレスという不気味なスタイルだが、それでも美しさと色気を感じさせるのはさすが。もう一人、声も存在感も素晴らしかったのがサロメの母ヘロディアスを歌った池田香織。娘が執拗にヨカナーンの首を要求するところで喜ぶ姿は、やはりこの母にしてこの娘と納得させる悪女ぶりであった。
神経症的なヘロデ王を演ずる今尾滋、神々しいヨカナーンの大沼徹も好演。また、オペラの冒頭に登場するサロメに恋する隊長ナラボートの大槻孝志もリリックな美声が際立つ。ヘロディアスの小姓を歌う杉山由紀も巧み。そして、このオペラには兵士たち、ユダヤ人、ナザレ人、カッパドキア人などが何人も登場しアンサンブルが多いが、それぞれ歌も演技も水準が高かった。
5日からの本番では、歌手たちの演唱もいっそう迫力のあるものになるだろう。演出に関して誰もが気になる〈七つのヴェールの踊り〉については、観てのお楽しみになる。いずれにせよ、デッカーの演出はシュトラウスの音楽と見事に呼応して、登場人物たちの妖しい心の内を観客の目の前にさらけ出すのだ。1時間40分休憩なしの舞台だが、濃厚な音楽が描き出すドラマが、息もつかせない時間である。
取材・文=井内美香 撮影=長澤直子

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