いまアイドルをどう語るべきか 必読
の書『アイドル楽曲ディスクガイド』
執筆者座談会

●ピロスエ「1971年から現在まで、すべて掘り下げました」

——まずは今回『アイドル楽曲ディスクガイド』を作ろうと思ったきっかけを教えてください。
 
ピロスエ:近年、ヲタ的な属性を持ちつつ、それを仕事と関連づけてめざましい成果を挙げているという方々が増えてきています。代表的なのはタワレコの嶺脇社長ですね。そのようにファンと職業の境が揺らいでいる中で、自分も何か面白いことがやりたいと考えて、この本を企画しました。企画自体は2012年の春くらいには立てていましたが、夏頃にアイドル専門のディスクガイド本『アイドルソング・クロニクル』が出ました。しかしこの本は2002〜2012年をカバーしている本だったので、こちらのコンセプトとは少し違います。2010年あたりからアイドル戦国時代と言われていますので、そのあたりから取り上げていくのがセオリーだとは思いますが、それでは当たり前すぎて面白くないと思いました。2000年代以前にも、アイドルカルチャーがずっとあったことを、若い人たちは知識として知っていても実感としては忘れがちです。そこで、さらに遡った歴史に目を向けるきっかけになればいいなと思って、この本では女性アイドルという概念が成立したとされる1971年から現在まで、すべて掘り下げました。71年から今までずっと現役でアイドルファンをやっている人って、いるかもしれないけれどごく少数ですよね?
 
栗原:中森明夫さんくらいですかね(笑)、メディアに出る人では。90年代にやはり断絶があって、80年代、90年代の歌謡曲やJポップ、アイドル評論で前線を張っていた人で、現在のアイドルシーンでも存在感のある人ってすごく少ない。ファンのほうも、リアルタイムのアイドルヲタは過去にあまり目が向かないものだし、往年のアイドルマニアも昔の思い出に浸りがち。それはまあ、しょうがないことですよね。
 
ピロスエ:たいていの人はどこかにピークがあって、そのテンションはずっとは続かないと思います。どこかで夢中になった時期がある人なら誰が読んでも面白い、という本にしたかったので、このような全年代対応型のアイドルディスクガイドになりました。
 
——では、レビュアーの方を集めるにあたっても、その時期に精通する方を選ぶ、という形でしたか。
 
ピロスエ:そうですね。レビューを書くにあたって、そのアイドルに愛情を持っている人が書く方が絶対に面白いですよね。なるべくその時代、そのアイドルが好きな方に書いていただきました。たとえば70〜80年代は、その時代のアイドルシーンに詳しい馬飼野元宏さんという方に書いていただきました。
 
栗原:馬飼野さん、いっぱい書いてますよね(笑)。最近は、70〜80年代のアイドルというと馬飼野さんに依頼が集中している印象があるんですけど、本当なら『よい子の歌謡曲』の人たちがもう少し出てきてもいいんじゃないかな、とは思います。80年代の歌謡曲~アイドルのミニコミでは、『よい子の歌謡曲』と『季刊リメンバー』が双璧で、対立というんではないんだけど、指向がずいぶん違っていた。『季刊リメンバー』が研究的というか実証性重視だったのに対して、『よい子の歌謡曲』はどちらかと言うと主観的に「アイドルを面白く語る」という方向でした。
 
ピロスエ:レビュー執筆をお願いするにあたって、具体的なことを客観的に書いていくという方向性と、文章として面白く書く、という2つの方向性の、どちらが正解なのかというとけっこう難しい問題です。どちらにも正解はあると思うのですが、あまりに客観性がないのは自分の好みではなかったので。
 
栗原:アイドルは調べ倒されている人が多いので、ネットで検索すれば、情報は大方出てきてしまうことが少なくない。そういう意味では、もちろん人によりますけど、情報の煮詰まった過去のアイドルについてはそれほどデータを載せなくてもいい、というケースもあるかもしれない。特に短いレビューなんかの場合、データの優先順位が絞られるので、Wikipediaの要約のようになってしまうときがあって、これが書き手としてはけっこうつらいんですよね。読者からも「ウィキのコピペじゃねーか」とか言われるし(笑)。なので、昔のものに関しては、あえて主観を前面に出すようにしたものもあります。バランスが難しいところですけど。
 
岡島:僕と岡田康宏さんで書いた『グループアイドル進化論』でもそうでしたが、よくこういうデータ性の強い本に対して「ただのネットのまとめ」というようなことを言う人がいますが、それはそのアイドルの情報をネットなどで見たことがあるから言うことなんです。つまり誰に向けて書くのか、ということを意識しないといけなくて、ディスクガイド本ならディスクガイドを欲している人のために書くわけです。これからアイドルを知りたい人、そのうちの誰かのことは好きだけれど他の人のことは知らない人を視野に入れて作るものです。だから「Wikipediaに書いてあることが載っている」ということを指摘するのは意識が低くて、「その情報とこの情報をつなげるとこういうことが言える」ということが書いてあれば、それは意味のあるテキストになります。それがわからない人にはWikipediaに書いてあることが載っていると「ネットのまとめ」としか読めないんでしょうね。編集の意識や、自分の見方や切り取り方にオリジナリティは出てくるので、それを心がけるだけでも資料性がありつつ最低限オリジナリティがあって意義のあるテキストになります。そしてもちろんアイドル楽曲に詳しい人も読者層に入るので、その上でプラスアルファのテキストをできるだけ入れ込むことを心掛けました。
 
——『アイドル楽曲ディスクガイド』は、2010〜12年が最初にあって、過去を掘り下げ、最後に2013年に戻る、という面白い構成になっていますね。2010〜2012年を象徴的に取り上げたことの意味はどういうものでしょう?
 
ピロスエ:第1章の概論にも書きましたが、2010年の5月にNHKの番組でアイドル戦国時代特集が組まれました。当時のシーンを的確に捉えた番組内容でしたが、そこで初めて現状を知った、気付いた、という人は多いと思います。だから2010年から始めるのがいいかな、と思いました。キリもいいですしね。最初に言ったように、本当は2012年内に出したいと考えて企画を立てていました。それがずれ込んでしまったので、2013年の扱いをどうするかは二転三転しました。最終的に2014年2月の発売になったので、2013年も本書の中で取り上げることができるようになりました。
 
●岡島「ピロスエさんの本だからピロスエさんがセレクトするのが面白い」

——2010年以降のシーンというのは、楽曲の質も含めて80〜90年代とは明らかに違うものですか?
 
ピロスエ:ガラッと変わった、というわけではないと思います。2010年に限らず、やっぱり歴史っていうものはグラデーションを描いて変化していることは、この本をザッと眺めるだけでもわかってもらえるかな、と。2000年代後半にAKB48Perfumeが出てきて、それがその後のアイドル戦国時代の予兆だったんだと、今になれば言えるのではないかと。そういうものの積み重ねで歴史が紡がれているんだ、ということは何となくみんな思っていることでしょうけれど、個々の楽曲や実際の発売日も含めて並べてあると、それが大きな説得力を持つんじゃないかと考えました。
 
岡島:セレクションはどういう観点でやられたんですか?
 
ピロスエ:256ページでオールカラー、と、まずページ数を決めました。その中で1ページ5枚というレイアウトを決めました。それで950タイトルという数が決まったんですけれど、選盤の作業が一番大変で時間かかりましたね。でもそれがディスクガイド本の背骨になる部分なので、そこは妥協せずに念入りにやりました。
 
岡島:目次に「選盤協力」と書いてある人たちに手伝ってはもらったんですよね?
 
ピロスエ:僕が出したタイトルに「これじゃなくてあっちの方がいいんじゃないですか?」と提言してくれた人たちがここに書いてある人たち(笑)。まあ本数的にはちょっとでしたけど。
 
岡島:僕は、ピロスエさんの本だからピロスエさんがセレクトするのが面白いと思いました。「僕はこれを入れたい」というのもありましたけど、そうすると意味がわからなくなってきます。それに、たぶん読んでそう思う人ってたくさんいるってことですよね。そうすると「俺の好きな○○が入ってない」とかツイッターで書くじゃないですか。そうやって情報が拡散していけばいいと思います。どうせ全部入れることはできないし。
 
ピロスエ:「知られていない名曲」を紹介するというのは、もちろんディスクガイド本の機能の一側面です。一方でこの企画の元々のテーマで、アイドルの歴史を表現したい、というのがあって、そのコンセプトに基づいて選曲したラインがある。この2つの要素のバランスにはけっこう悩みました。最終的にはレア曲紹介的な要素は全体の1割くらいでいいかな、と考えました。それよりも「基本中の基本」というような曲をすべて載せないことにはしょうがない、という。
 
岡島:そこのバランス感覚は素晴らしいと思います。レアなものをピックアップして「俺はこんなに知っている」とひけらかすような本もありますけれど、それは自己満足で外に広がらないので、ネットや同人誌でやる面白さはあるし僕も好きですが、現状出版社から書籍として出す意味を、僕自身はあまり感じません。さっきも言いましたけれど、ディスクガイドである以上は、ガイドしてほしい人が読むべきものになっていないといけません。AKB48はほとんどの全シングルが載っていますよね?
 
ピロスエ:最終的にAKB48とモーニング娘。のシングルは(2012年までの分は)すべて載せています。どちらも活動期間が長いです。すべて載せることでその変遷のグラデーションがわかるようなものがいくつか欲しいと考えました。それから単純にページ数の都合もありますね。たとえば広末涼子はシングル全7枚でちょうど見開き2ページに収まるので、そういう場合はすべて載せています。
 
●栗原「この本の一番の批評性は『網羅した』というところ」

——歴史を追うということは、ガイドとして網羅するという面と、時代を象徴するものをセレクトする、という批評的な側面があると思いますが――。
 
栗原:この本の一番の批評性は「網羅した」というところだと思いますね。
 
岡島:それでもピロスエさんの視点が出ていますよね。僕は昔のアイドルはわからないけれど、広末以降では、例えばさっき言ったように、楽曲派のDJがかけるような定番曲が全て入っているわけではなく、AKB48が全曲入っているように、普通に売れたアイドルの曲を入れていく。そういうバランス感覚です。それが昔からピロスエさんの一番の特徴だと思っています。『エスロピ』という個人ニュースサイトで、ハロプロのニュース情報を網羅するとか、菊地成孔の情報を全部リンク貼るとか、そもそもハロプロ楽曲大賞、アイドル楽曲大賞もそうなんですけど、ものすごい作業量なのに、情熱でやってしまう。だからこの本も、ピロスエさんだからこその本になっていると思います。
 
栗原:世代なのかな、ピロスエさんには「網羅してアーカイヴにしたい」欲望というか性癖(笑)がある気がする。過去の批評とか評論って、恣意的で独善的な傾向が強かったんですね。むしろそれがいいんだとする時代風潮もあった。僕は仕事柄いろんなジャンルの批評や評論を大量に読んでるんですけど、その反動で、「もっと事実に即して押さえるべきところは押さえなきゃ駄目じゃないか?」という機運が、ジャンル問わず、あらゆる方面で起こっている印象はあります。
 
さやわか:現在、アイドルについては、自分の体験や愛情に根ざして語る語り方しかほとんど存在しません。それが歴史を語るような語り口になっていても、結局は自分たちあるいは自分の個人史に近いところになっていました。ピロスエさんはそうじゃないことをやろうとしているのが面白いところですね。これはいわば、全体性をカバーすることを意識されているということかなと思います。批評というものはある種、全体性をカバーした書き方をしなければならないんだけど、情報量が増えるに従って限界が出ています。そこに抗うような作業をピロスエさんはやっているのかな、と。だからアイドル楽曲の非常にポピュラーも、逆にマイナーな楽曲も、両方をカバーする、という視点があります。

 たとえば松田聖子のことでも、今さらこれだけの枚数の楽曲を持ってきて語る必要はないと思う人も多いはずです。どうかすると今アイドルを好きな人たちは、昔のアイドルの話なんてどうでもいいと思っているかもしれない。だけどこの本は、今自分が立っている地平は昔と接続されているんだ、という話をしたかったんだと思うんです。それはこの本の第1章が2010年から始まるところでわかりますよね。ここですでに批評的な意図が働いていると思います。単なるディスクガイドであり、カタログであるなら2010年代は最後でいいはずですから。「今、私たちが立っている場所は、どうやって作られたのでしょう?」という問いを感じさせる。書き手はたくさんいるけれども、企画や本の構成の時点でピロスエさんがきちんと批評的意図を込めているわけです。
 
●さやわか「楽曲というものがアイドルを包括的に語る上でひとつの軸になれる」

栗原:レイアウトが決まった状態で依頼をもらっているんですが、そのリストアップの時点でもう流れができていた。例えば、90年代のアイドル冬の時代に入ると、アイドルの本職が歌手じゃなくて女優になっていきます。かつては「アイドルは歌を歌うもの」だったのが、90年あたりを境に「アイドルの本業は女優でついでに歌も歌う」というふうに変わっていくんですけど、そういうストーリーがレイアウトの流れとして暗に示されている。だから、別に何の注文もされていないんだけど、書いていると自然に、そのストーリーを文章で完結させる形になるわけです。「ああ、ピロスエさんに踊らされているなあ」と何度か思いました(笑)。
 
ピロスエ:自分でそういうストーリーを作ろうと思って作ったわけじゃなくて、「ここは押さえておくべきだ」と選盤していったら結果的にそうなった、という部分が大きいですね。もちろん意図した部分もあります。でも誰がやってもある程度はこういうストーリーになるんじゃないかな?
 
さやわか:いや、どうかな? 例えば栗原さんが仰った時代のように、宮沢りえ観月ありさってアイドルの楽曲のディスクガイドに入ってこなくてもいいかもしれないじゃないですか? でも、この本はそこに文脈を込めて紹介していて、順番に読んでいくと「ああ、なるほどな」と思わされる。
 
ピロスエ:狭義のアイドルと広義のアイドル、という風に考えると、アイドルがすごく好きな人は前者を重視すると思うんです。安室奈美恵SPEEDも微妙なところで、「アイドル」と言わずに「アーティスト」という言い方もできるし。そういうところは全て「広義のアイドル」と考えて全部入れました。
 
さやわか:さとう珠緒とか釈由美子も入ってますからね(笑)。
 
ピロスエ:最終的には「若い女の子が歌っていれば全部アイドルなんじゃないか」というところに行き着いちゃいますよねー。
 
さやわか:非常に明快な定義ですね。それと同時に、ディスクガイドということもあってすべてが「音楽」に紐つけられている。そういうやり方で扱う対象を広くできたからこそ、全体的な文脈がうまく築けたのかな、と思います。扱う対象が狭いと、必然的に自分の興味のあるアイドルの話になってしまいますから。
 
岡島:選盤や企画にあたって参考にしたアイドル関係の本はあるんですか?
 
ピロスエ:アイドル関係では昔の本をけっこうあたったんですけど、「これはいいな」というより反面教師が多かったですね(笑)。ある80年代アイドルの本は、最初の方にレビューがあって、80年代の10年間を150枚くらいで取り上げていたんですけど、そういう切り口だと本当に恣意的で浅いものにしかならなくて、やはりある程度の分量・範囲がないと面白くならないと考えました。そういう意味で影響を受けたのは、いくつかあるんですが一冊挙げると、2003年に河出書房新社から出た『テクノ:バイヤーズ・ガイド』という本です。あの本はテクノのアルバムや12インチを4000枚レビューしていて、頭おかしいなと思いましたが(笑)、やっぱりそういう方が面白くて美しいですよね。
 
さやわか:そうやって表紙がレコードのジャケットで埋まっているような90年代サブカルチャー的なディスクガイド本は、昔はいっぱいあったじゃないですか。でも今、流行っているグループアイドルのファンは、そういう網羅性よりもそれこそ「接触」のように現場中心で、作品よりアイドル本人の方が重視されていると思います。だから僕が『AKB商法とは何だったのか』という本を書いた2013年初頭には、結論として「もう楽曲にこだわることはあんまり意味がない」ということを書きました。この本はそれに抗ったというか、むしろこの本が成立すること自体が、少し状況が変わってきているのかなと思わされました。楽曲がどんなものでも構わなくなった結果、むしろいい曲を作ってもかまわない状況になっているというか。アイドルファンの中でも楽曲派、在宅派、現場派と分けたときに、楽曲派ってここ10年くらいマイナーな位置づけだった気がするんだけど、これだけアイドルブームが安定して広がってくると、楽曲は普通によくなってるし、こういう本が成立してもいいじゃん、という風潮になっているんじゃないかな、と思いました。
 
栗原:現場の数はもちろん市場規模が大きくなりすぎて、個々人でフォローできる状況ではなくなってきたことが、楽曲自体の存在価値を押し上げている面もあるかもしれないですね。楽曲が良い悪い以前に、もう何だかよくわからないという状況があるんだけど、すると受け手の尺度として逆説的に楽曲が浮上してくるというか。ピロスエさん主催の「アイドル楽曲大賞」でも、昨年末の2013年度インディーズ楽曲部門の1位が、福岡のローカルアイドル・青SHUN学園だったじゃないですか。発表された瞬間、会場はコアなヲタばかりなのに、「まるで想定外」「誰それ」みたいにどよめてましたよね。ピロスエさんも「青SHUN学園という名前は知ってるけど、この曲は聞いたことない」って漏らして。それが1位になるという。
 
さやわか:そうなんですよね。昔は単純にメジャーなアイドルがハイクオリティなものを作っていて、地下ではよくわからないチープな曲をやっている、というのがわりと普通だったんですけど、今は地下でも全然いい曲があったり、逆に地下の方が時間を掛けてクオリティの高いものを作っていたりします。そんな感じで、少なくとも楽曲で見た時にアイドルの質が一定になってきたからこそ、楽曲というものがアイドルを包括的に語る上でひとつの軸になれるんでしょうね。地下だろうとメジャーだろうと、全部を並列に並べて論じることができます。これは、こういう時代になったからこその強みかもしれません。(リアルサウンド編集部)

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