中山優馬主演、歌と笑いと涙でつづる
“反戦悲喜劇”が開幕!『The Silve
r Tassie 銀杯』ゲネプロレポート

アイルランドの劇作家ショーン・オケイシーが反戦の思いを込めて書いた『The Silver Tassie 銀杯』が、多くの受賞歴を持ち今や日本を代表する演出家の一人となった森新太郎の演出によって、11月9日(金)に世田谷パブリックシアターにて日本初演の初日を迎えた。それに先立ち、8日(木)にゲネプロが行われた。その模様をお伝えする。
第一次世界大戦にその人生を大きく変えられてしまった人々を描く今作は、「反戦悲喜劇」という言葉通り、戦争の悲惨さを描きながらも、歌や笑いがふんだんに盛り込まれた異色作となっている。森新太郎がこの複雑な構造を持つ戯曲に忠実に、力強く独創的な演出で見る者の心を激しく揺さぶってくる。
文化庁在外研修でアイルランドに留学経験のある森は、これまでも世田谷パブリックシアターおよびシアタートラムにて、リチャード・ビーン『ハーベスト』『THE BIG FELLAH ビッグ・フェラー』、ハロルド・ピンター『管理人』と、イギリスの劇作家の作品の演出を手掛けており、今回この戯曲を上演することになったのは、森自らの提案だったという。
『The Silver Tassie 銀杯』ゲネプロより 撮影:細野晋司
『The Silver Tassie 銀杯』ゲネプロより 撮影:細野晋司
1928年に書かれた今作品だが、同年ダブリンのアベイ劇場での上演はウィリアム・バトラー・イェイツによって拒否されてしまい、初演を迎えることができたのは翌年1929年、アイルランドではなくイギリスのウェストエンド・アポロ劇場においてだった。
国家のために戦地に赴いた兵士たちの多くは傷つき、不幸になり、中には命を落とした者もいる。その一方で、戦火を逃れた人々は何事もなかったかのように幸せに暮らしている。アイルランド・ダブリンを舞台に、戦争の無益さと市民の欺瞞・不寛容・残酷さを描いた今作品は、ダブリン市民にとって目を背けたい現実がありのままに描かれており、愛国者たちには耐えられない“問題作”だったのだ。
『The Silver Tassie 銀杯』ゲネプロより 撮影:細野晋司
『The Silver Tassie 銀杯』ゲネプロより 撮影:細野晋司
四幕構成のうち、戦場が舞台となる第二幕がポイントとなることを今作品の製作が発表された時点から森も示唆していたのだが、その通りあっと驚く意表を突いた手法で大胆に演出している。戦争に出征することで自分の未来を切り開こうと意気揚々と戦場に赴いた兵士たちは、その志に反して地獄の苦しみを味わい、もはや自身たちの意思など関係なくただ“戦争”に操られるだけの惨めな存在となってしまう様を、大げさにデフォルメされた“人形具”を用いることにより表現し、戦争の抽象化と戯画化に成功している。それと同時に第二幕は「歌」が重要なファクターとなるため、演技の延長上に歌がある、そんな難しい歌唱を見事にこなせる力のある出演者が揃っており、歌声に物語と説得力がある。

『The Silver Tassie 銀杯』ゲネプロより 撮影:細野晋司
『The Silver Tassie 銀杯』ゲネプロより 撮影:細野晋司
フットボールの選手として銀杯(優勝カップ)の獲得に大きく貢献しながらも、戦争によりその人生が一転してしまった青年・ハリーを演じる中山優馬は、そのナイーブな演技でハリーの深遠で救いのない苦悩をにじませる。憂いを帯びた歌声も魅力的だ。ハリーを取り巻く友人として登場する矢田悠祐、浦浜アリサ、安田聖愛が若さと生命力にあふれる瑞々しさを見せる。ハリーと同じく、やはり戦争によってその人生が変わってしまうテディを、横田栄司が深みのある演技で戦争前と戦争後の変化を鮮烈に演じ、戦争の経験が与える肉体的・精神的なダメージの大きさを見事に表現している。テディの妻役の長野里美が、夫に翻弄される様をコミカルさを持って演じているが、戦争後の夫との関係性の変化にはエゴが滲み、戦争で負傷した夫とその妻の異常な関係を描いた江戸川乱歩の短編小説「芋虫」を彷彿とさせる残酷さをのぞかせる。土屋佑壱扮する医師マクスウェルは、あくまで正論を吐きながらもそこに真心や慈しみは感じられない、権威の象徴を思わせる存在感を示す。山本亨と青山勝のコンビが、どこかこの物語を俯瞰して見ている狂言回しのような存在で、二人の息の合った掛け合いが喜劇性を引き立てる。三田和代演じるハリーの母の、息子を心配しながらもどう接してよいのかわからず、祈りただ見守ることしかできない切ない思いが、厳かな慈愛を感じさせ胸に響く。
『The Silver Tassie 銀杯』ゲネプロより 撮影:細野晋司
終盤のシーンでは、この作品のタイトルが『The Silver Tassie 銀杯』である意味が心に深く突き刺さる。歌と笑いに彩られ、テンポよく進む作品の中において、ハリーの栄光の象徴である銀杯の美しい輝きが、まぶたに焼き付きいつまでも離れない余韻を残す。戦争後の彼らの栄光の象徴であるはずの胸の勲章との対比が、より一層虚しさとやるせなさを感じさせる。
戦争によって得たものは何なのか。誰もが平和に暮らすことを望んでいるはずなのに、なぜ戦争へと突き進んだのか。そして多くの犠牲の上に成り立つ繁栄と幸福――。90年前に書かれた戯曲が鳴らす人間の愚かさへの警鐘を、重く受け止めたい。

取材・文=久田絢子

SPICE

SPICE(スパイス)は、音楽、クラシック、舞台、アニメ・ゲーム、イベント・レジャー、映画、アートのニュースやレポート、インタビューやコラム、動画などHOTなコンテンツをお届けするエンターテイメント特化型情報メディアです。

連載コラム

  • ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!
  • これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!
  • これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!
  • MUSIC SUPPORTERS
  • Key Person
  • Listener’s Voice 〜Power To The Music〜
  • Editor's Talk Session

ギャラリー

  • 〝美根〟 / 「映画の指輪のつくり方」
  • SUIREN / 『Sui彩の景色』
  • ももすももす / 『きゅうりか、猫か。』
  • Star T Rat RIKI / 「なんでもムキムキ化計画」
  • SUPER★DRAGON / 「Cooking★RAKU」
  • ゆいにしお / 「ゆいにしおのmid-20s的生活」

新着