MOROHA “絶対に勝ちたい、俺は勝ち
たい……でも、勝つってなんだろう"
阿部真央との戦いの果てに下した決

MOROHA自主企画『怒濤』阿部真央 2018.5.17恵比寿LIQUIDROOM
事件だ。悔しさ、怒り、痛みを歌ってきた2組のライヴを観て、こんな気持ちになるなんて誰が想像しただろう。
——5月17日、MOROHAの自主企画『怒濤』が恵比寿LIQUIDROOMで行われた。5カ月連続で開催してきたイベントのラストを飾ったのは、シンガーソングライターの阿部真央だ。
阿部真央
たった1人、アコギ1本を持ってステージに現れた阿部。「まずはデビュー曲から始めます……」そう言って、最初に歌ったのは「ふりぃ」。この日はMOROHAのお客さんが多いであろう、とふんで「阿部真央という人間を、阿部真央という歌手を一から見せつけにやってきた」僕はそんな意気込みと潔さを感じた。そして2曲目の「K.I.S.S.I.N.G.」を歌い、MCへ。
阿部真央
初めてMOROHAのライヴを観たのは、SUPER BEAVERとの『怒濤』(2月14日に東京・新宿LOFT)だったそうだ。「(あの日は)本当に熱いライヴで。今日はどんな感じなのかな? って思ってました。ケンカは嫌いですけど、この『怒涛』は良いケンカな気がしてるので、招いていただいたこと、皆さんにお会いできたことを嬉しく思ってますし、光栄に思っております。私なりにパッショナブルなステージが出来たら」。その言葉の後に披露したのは「じゃあ、何故」。高校生の頃に作ったというこの曲は、10代の阿部が綴った感傷的な歌詞と、辛辣な想いが詰め込まれている。本当は好きじゃないのに寂しい時にだけ甘える女の子。自分が都合の良い男だと分かっていても、彼女を愛してしまう男の子。<誰でも良かったクセに>そんなことを思いながら、好きな人のために尽くすことがどれほど辛いことだろうか。僕もそんな気持ちになって、どうしようもなくなったことが何度もある。彼女にとって、自分が寂しさを紛らわせる程度の存在だと分かっても、その気持ちに応えてあげたいと思うのが愛なのだ。
阿部真央
そのあと、最新アルバムに収録されている「喝采」と、1stアルバムに収録されている「デッドライン」を歌い上げて、過去と現在の彼女を織り交ぜた。こうして聴いてみると、10代の阿部は他人に傷つけられることへの恐怖心が強くて、現在は<この人生は 決まってんでしょストレート一本勝負よ>と言えるほど戦う覚悟ができている気がした。作品毎に人間力の強さを感じさせられる理由はいったい、何なのだろう……。
阿部真央
MCに入り、7月6日に公開される映画『虹色デイズ』の挿入歌に「17歳の唄」が起用されることが発表された。「改めて歌い直してみると、17歳らしい多感な気持ちを曲にしているな、と思います。今、17歳真っ最中な方、17歳間近な方、17歳をとうに過ぎた方も、その時の気持ちに引き戻してもらえるような、真空パックしたような曲です」。誰もいない部屋の中でうずくまっている少女が尋ねる。<大人になれば強くなれるの? 大人になれば自分を守れるの?>17歳の頃に抱いた疑問について、彼女はどう思っているのだろう……。この曲を聴きながら、高校生の僕が今の自分の姿を見たらどう思うのか考えた。もしかしたら外見は立派に見えるかもしれない、だけど中身は昔よりもよっぽど脆い。パッと見は堂々としていても、中身は寂しくて弱い、それこそが大人だ……。彼女のステージを見ながら、そんな出口のない自問自答をしていた。
阿部真央
再びMCに入り、「MOROHAさんの曲って、素晴らしいじゃないですか。そして、アフロさんのワードって強い言葉でしょ。“負けんなよ”とか“お前、それじゃダメだろ”みたいな鼓舞されるじゃないですか。強い言葉は、ともすれば反発したくなるんですよ。“言われなくてもわかってるよ!”って。だけど初めてMOROHAさんのライヴを観た時に、強い言葉を言われても摩擦がないっていうのかな。心にスッと入ってくる、崇高なヒーリングミュージックみたいに心が浄化される感じ。語り部とも違う、ラップだけど歌ではないし、MOROHAというカテゴリーだと思いました。(世間には)たくさん売れている曲はあるけど、私は理屈抜きで今の時代に必要な音楽だと思ってます」。改めて、MOROHAに対する彼女なりの賛辞の言葉を送った。
そして、最後に演奏したのは彼女がデビューをしたきっかけでもある「母の唄」。「私の母のことを歌った曲です」。強くて、逞しい母を想ったその曲は、まるで賛美歌のようにフロアに響いた。そんな計10曲に及ぶライヴは締めくくられた。思春期の葛藤、家族愛、大人になって生まれた覚悟など、阿部真央とは何なのか?その答えを教えてもらった60分だった。
MOROHA
続いて登場したのはMOROHA。「待ってました!」という声援と温かい拍手に迎えられて「勝ち負けじゃないと思える所まで俺は勝ちにこだわるよ」を歌った後、アフロが会場を睨みつけながら口を開く。「恵比寿LIQUIDROOM、ケンカしに来たぜ。阿部真央はきっちり相手になってくれたけど、お前はどうなの、お前は、お前はどう? ケンカ、相手してくれるかい? 相手する気あんのかい?」、先ほどまで歓声をあげていたオーディンエンスが、アフロの一言で見事に静まる。「……ヘラヘラしてんじゃねぇぞ。何を観に来たんだよ? MOROHAを観に来たんだろ。ヘラヘラしてんじゃねぇぞ」。そんな張り詰めた空気の中、歌ったのは「俺のがヤバイ」。「阿部真央だけじゃなくて、お前ら含めてぶちのめしに来たんだよ」そんな気迫を感じた。
最初の緊迫した空気とは変わって、MCではUKがスタッフから誕生日プレゼントにマイクをもらったことを報告。そしてアフロが「なんで俺のマイクより高いんだよ」と笑いを誘う場面があり、会場の空気を温めた。
MCの後、アフロが「革命」の出だしで<乾杯>と言って腕を差し出すと、オーディエンスからも「乾杯ぁ〜い!」と声が上がり、<誕生日おめでとう>と言えば、歓声とお祝いムードが生まれた。あれ?……今日はいつもと違う……。僕は妙な違和感を感じていた。こんなに幸せな空気がするMOROHAのステージは初めてだ。正直、戸惑っていた…‥。
MOROHA
中盤に披露したのは「ハダ色の日々」。UKがギターを弾く中、アフロが話す。「この曲は映画『虹色デイズ』の挿入歌……には残念ながらなれませんでしたが、それでも、僕とあの人の日々の主題歌だったと、そう思っております」。<幸せは なる ものではなく 今ここに ある と気付くのである>のフレーズを聴いて、自分の大事な人が頭をよぎった。曲が終わる間際、UKの演奏をバックにアフロが語りかける。「どうしていますか? どうしていますか? どう、過ごしていますか? どこにいますか? 誰といますか? 時々は俺のことを思い出したりはしますか? 俺から伝えたいのは、ただ1つです。俺は、元気です。俺は、元気です……」。夕日のようなオレンジ色に照らされたステージを、観客みんなが優しい表情を浮かべて観ている。やっぱり、今日のライヴはいつもと違う。
演奏が終わり、アフロが話す。「あの、いつも思うんですけど……」。その瞬間、話を遮るように“ギャ〜ン”と音が鳴った。UKがペットボトルのフタを閉めようとして、手が滑りキャップがマイクに当たったのだ。「ちゃんとキャップを閉める時はペットボトルを持ってな、キュッと閉めないと。だからお前はメシを食べる時もしょっ中こぼしたりとかさ。あと、お腹空いてるからと言って、いっぱい頼んで後半“食べれない”とか言い出して、お前が残したのを俺によこして。それを食べるから、俺がどんどん太って」、「……マジなやつ言うなよ」。そんな二人のやりとりに終始、笑いが絶えない会場。この日の『怒濤』は全体的に和やかなムード。やっぱり僕は、この状況をどう観ていいのか分からなかった。会場から笑い声があがるライブが、ダメと良いとかそういう話じゃない。だけど『怒濤』に関しては、MOROHAのライヴに関しては、バチバチのケンカを見せてほしいと思った。だって「ヘラヘラしてんじゃねぇぞ」って、自分で言ったじゃないか。
MOROHA
そのあと、「GOLD」と「ストロンガー」を演奏していよいよクライマックスへむかう。「今日は『バズリズム』という番組の撮影が入っていて、テレビに出るんです。きっとですね、これからテレビに出ることが増えるんですよ。……だけどテレビで観ただけで(俺らのことを)分かったように言われるのが嫌だなって思っております。愛されるなら目と目を合わせて愛されたいし、嫌われるなら目と目を合わせて嫌われたいなと思っております。ここにいる俺たちだけが真実です。今日しかない俺たちと、今日、出会ってくださって、ありがとうございました」。そう言って最後に演奏したのは「四文銭」。「今日はありがとうございました」そう言うと、アフロは観客に向かって深々と頭を下げた。2人には誰にも音楽を受け入れてもらえなかった時代がある、歌い方を人に茶化されたこともある、ここまでの道のりは決して緩やかではなかった。だけど、彼らの音楽は今、多くの人たちに認知されつつある。曲の終盤でUKが力強くギターを弾く中、アフロが叫ぶ。「戦いを始めよう!戦いを始めよう。戦いを始めるからには勝とうぜ、勝とう。戦うからには勝とう。俺は勝ちたい、勝ちたいって歌ってきた。絶対に勝ちたい、勝ちたい、勝ちたい。俺は勝ちたい!……でも、勝つってなんだろう。勝つってなんだ!うまいメシを食うことか!?テレビに出ることか!?いっぱい金をもらうことか!?デカイ会場でライヴをすることか!?違う!違う!!俺が望んでる勝ちは、ずっと、命が燃えてることだよ!俺、もっと燃えたい!もっと!もっと燃えたい!」。
MOROHA
今、MOROHAは大きなターニングポイントに迎えている。彼らの音楽に背中を押されている人が大勢いる一方、2人が楽しそうに喋る姿が好きなお客さんもいる。テレビに出て、ラジオに出て、どんどん名前が広がりつつある。これからアフロはどんなことに悔しさを感じるのだろう?これからどんなことがMOROHAを待ち受けているのだろう?そんなことを感じた。
阿部真央
そして、アンコールではUKと阿部が登場。「企画に呼んでいただくにあたり、アフロさんが私にくださったお手紙がありまして。そこに“この曲に感動しました”という一文を書いいただいて」。アフロがリクエストしたのは「母である為に」。阿部が2015年に第一子を出産した時に作られた曲だ。大事な子供の為に、母親としてどんなことがあってもあなたを守る。そんな力強い、親子の愛を描いている。曲を聴きながら、僕の心のスクリーンに母の映像が流れた。——思い出す。小さい頃、体が弱くてすぐに体調を崩していた僕を寝ないで看病してくれたこと。——思い出す。朝、目を覚ましたらボロボロのジャージを縫ってくれていたこと。——思い出す。僕の頬を叩いた時に実は目を潤ませていたこと。——思い出す。誰にも真似できない母親の料理の味を。「母である為に」を聴いて、かつての思い出が走馬灯のように駆け巡り、気付いたら僕は唇を震わせていた。
続いてアフロがステージに姿を現わす。MOROHAがアンコールのラストに選んだのは「Salad bowl」。なんでもない日々の生活が大事な人といることで輝いて見える、そんな人生のバラードを歌い上げて合計2時間30分におよぶ『怒濤』は幕を閉じた。改めて、この日のライヴはみんなが笑顔になれて、心のろうそくに火がともるような温かい1日だったと思う。いつもの鬼気迫る感じや、心臓を力強く握られる痛みがなかった。…‥これからのMOROHAは、今日のような温かいライヴが増えるのかもしれない、そう思った。
——原稿を書き終えて数時間後、1本の電話が鳴った。相手はアフロからだ。彼から電話がかかってくることは初めてだったので、ただごとではないと思った。あの日のライヴを通して思うことがあり、ある決断をしたという。
電話の内容については、アフロのTwitterに全てが書いてある。
<以下、アフロTwitterより抜粋>
時折な、自分に対してバカヤローつってな。
なんか上手にやってんじゃねぇよ、クソッタレなんつってな。
思うんだよ。
計画練って、順序立ててやってる事が一気に下らなく感じたりすんのよ。
そん時は突発的な衝動に従ってグワーッとやっちまうしかないのよ。
ってなわけで。
6/4(月)中野MOON STEP
思い立って急遽、会場手配。
最初から最後まで緩めない。
緊張感のみMCなしで曲のみ。
LIVEは緊張と緩和を操り、生きる事の厳しさと膨よかさを晒す事だと思う。
ただ、時に厳しさだけで満たされた部屋にこもりたくなる。
今、そこです。
この日は一切、和まない。
人によっては苦痛。
それでも俺が俺の為にやります。
ありていに言えばそういう気分なんす。
自分勝手が利く単独で。
MCなし曲のみ。
公演名は「尋問」。
……正直、5月17日のライヴを観れた人は本当に貴重だと思う。間違いなく、今後、あんな幸せな空気を放つMOROHAを体験することなんてない。6月4日、戦いの狼煙が上がった。もう笑うことのできない、もう温かい拍手なんて生まれない。今までで一番怖いMOROHAを観ることがハズだ。やるからにはとことんぶっ潰せ。
取材・文=真貝聡 写真=MAYUMI-kiss it bitter-

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