【映画コラム】松本清張の影響を感じ
させられる『祈りの幕が下りる時』と
『嘘を愛する女』
東野圭吾原作の『新参者』シリーズの完結編『祈りの幕が下りる時』が公開された。
今回は、東京の下町の安アパートで中年女性の絞殺死体が発見され、荒川の河川敷ではホームレスの焼身遺体が発見される。また同じ頃、新進の女性演出家(松嶋菜々子)が手掛けた舞台公演が行われる。この、一見、無関係とも思える出来事が微妙に絡み合い、引いては、主人公、加賀恭一郎(阿部寛)の過去や、行方不明となった母親の消息とも関係があることが明らかになっていく、というストーリーだ。
冒頭の、刑事たちが少ない痕跡を基に、“足”を使って事件の謎を追う姿を見ながら、松本清張原作の映画『砂の器』(74)を思い出したのだが、実は、事件の背後に潜む暗い悲しみも、甚だ清張的であった。
『砂の器』に登場する不幸な父と子が、ここでは父と娘に変わってはいるが、虐げられ、故郷を追われた彼らが旅をする姿、あるいは、やっとつかんだ栄光の前に、過去を知る人間が現れる、という設定は、明らかに『砂の器』を踏襲していると思える。
一方、公開中の『嘘を愛する女』にも、清張の影響が垣間見えるところがある。
同居していたパートナーの素性が全て嘘だった…という、この映画は、キャリアウーマンの川原由加利(長澤まさみ)が、突然意識不明となったパートナーの小出桔平(高橋一生)の“正体”を探るべく、雇った探偵(吉田綱太郎)と共に瀬戸内を訪れる様子を描いている。
監督・脚本の中江和仁は、新聞に掲載された「夫は誰だった」という記事から着想を得たと語っているが、“別人”としての夫の痕跡と、正体を探るために、妻が見知らぬ地を訪れる、という設定から、清張原作の『ゼロの焦点』を思い出した人も少なくないのでは、と思う。
松本清張は、高度経済成期の前後に、犯罪の動機を、貧困や、弱者が抱く恨みやねたみに求め、犯人は、知られてはならない過去を隠すために罪を犯す、といった形の推理小説を多数書いてベストセラー作家となった。
バブルの時代には、「清張はもう古い」と言われたが、それはうわべだけのことで、実は人間が持つ影の部分は何も変わってはいないのではないか。時を同じくして作られた2本の新作映画を見ながら、そんなことを感じさせられた。(田中雄二)
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