先日、ある麻布にあるレストランに訪れる機会を得た。その名は「キャンティ」。1960年に開いた、半世紀以上つづくイタリア料理店。
歌謡曲を遡っていくと、ときどき強烈な磁場のような場所に出くわすことがある。その時代における「台風の目」といえる存在。少なくとも1960年代、キャンティはそうだった。当時の芸術家や文化人、芸能人が夜な夜な集い、そこでの交流からインスピレーションを得て、それぞれ作品を発信する、そこは活気あるサロン的な場所だった。三島由紀夫、安部公房、岡本太郎、小澤征爾、黛敏郎…そしてそこから名を馳せていった、当時はまだ無名の若者たち。この店に通ったひとりの少女が「荒井由実」というアーティストとして誕生したのもこのキャンティだった。そこにいた誰もが、ここから始まるものの大きさを肌で感じていたんだと思う。考えるだけでワクワクする、特別な場所。数年前、初めてキャンティの存在を知ったときから、その場に行って当時の雰囲気を想像しながら、彼らと同じように食事をしたいとずっと思っていた。
調べてみて分かったことだけれど、感度の高い人たちをことごとく吸い寄せたキャンティの秘密は、間違いなくオーナーの存在にある。川添浩史・梶子夫妻は、海外生活が長く、彼らが出会ったのもイタリアだった。彼らはそれぞれに、日本の文化を海外に持ち出し、また海外の文化をさかんに日本に紹介することに奔走した人たちだった。歌舞伎の初の海外公演に尽力したり、イヴ・サン=ローラン、ロバート・キャパなどと付き合いがあるなど国際人として交友関係も広く、海外旅行もままならない時代に、文字通り文化の橋渡しをしていた。そして文化は溜まり場から生まれるということを理解し、パリのカフェ・ソサエティを連想させる、立場や役割を超えて自由な交流ができるカジュアルなレストランをつくった。
「誇りを持て。それは慢心とは違う」
これは浩史さんがよく言っていたことで、文化交流って一体なんだろう、と興味を持ちはじめていた私にとって、光が差すような、そして目の醒めるような言葉だった。卑下するのではなく、自分の国のことをしっかり良く理解した上で、相手を受け容れる。それは異文化交流である前に、すべてにおいてコミュニケーションの基本だけれど、擦り込みが多いこの国では大切なことがかすんで見えなくなることが多い。サムライ・ソウルを持った男だと、内面も海外で賞賛された彼の言葉は、実感を伴って重く響く。
この当時先進的な考え方、そしてたしかな審美眼を持った2人の元に集まり、交流し、さまざまな才能が結びついて生まれてきたものを私は信じる。それは建築であり、絵画であり、そしてもちろん、歌謡曲であった。素晴らしいところを素直に取り入れ、インスパイアされ、面白いものを生み出そうという熱を帯びた時代。それは、相手を理解するのと同時に、自分たちの素晴らしさに気づく大切なステップだったように思う。それはオリンピック、そして万博開催へとつづく時代の流れと強くリンクしている。ひとつづきの歴史として、現代に連なる過去を知ることは、今を知ることでもある。
そして今、再びの東京オリンピックまであと3年。
私が生きるこの時代、果たしてそのような役割を果たす場所って日本のどこかにあるのかしら、そんなことをぼんやり考えながら名物のバジリコをフォークにからめて、ほおばる。初めて食べるバジリコは、なぜかとても懐かしい味がした。

伊藤美裕のミユダマ 〜MIYUDAMA〜

日時:8月27日(日) 開場 12:00 / 開演 12:30
会場:赤坂グラフィティ
料金:前売り 4,600円 / 当日 5,100円 +1drink
予約:スネークミュージック(03-3260-8535)

伊藤美裕

生年月日:1987年4月4日生まれ
血液型:A型
出身地:大阪府池田市
特技・趣味:バイオリン、古着屋散策
座右の銘:in dreams begin the responsibilities(責任というものは夢見ることから始まる)

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