益岡徹&鶴見辰吾に聞く~ミュージカ
ル『ビリー・エリオット〜リトル・ダ
ンサー〜』で葛藤し成長するお父さん
像を通して見せる希望の光

ミュージカル『ビリー・エリオット〜リトル・ダンサー〜』(脚本・歌詞:リー・ホール、演出:スティーヴン・ダルドリー、音楽:エルトン・ジョン)が、2024年7月~10月に東京建物Brillia HALL(東京都)、11月にSkyシアターMBS(大阪府)で上演される。日本公演は今回で3度目となる。
本作は、バレエダンサーという夢を追う少年ビリーだけの物語ではない。ビリーをめぐる大人たちの胸のうちで繰り広げられるドラマ、そして1980年代のサッチャー政権下、イギリス北部の炭鉱町を揺るがす社会の、時代の変化をも描き、あらゆる方向から観る者の心に感動の火を灯す。息子ビリーによって、それまでの凝り固まっていた考えを見つめ直し、息子の夢を後押しすることになる父親像は、特にドラマティック。この役(ダブルキャスト)を、初演から演じ続けている益岡徹、そして今回初めての出演となる鶴見辰吾のふたりに話を聞いた。

■人生を取り巻く全ての要素が入っている
—— おふたりとも、この作品には並々ならぬ思いを抱いているとのことですが、まずはこの作品の素晴らしさ、作品への想いをお聞かせください。
益岡 もう最初から最後まで、どこを切り取っても見どころに溢れた作品なんですけれども、やはりミュージカルとしての一番大事な点は、全楽曲をエルトン・ジョンが作っていることです。初めてご覧になる方にも、2回目を観る方にも、或いは既にメロディーを全部覚えていて観る方にも、すごく心に染みるメロディー。もちろんストーリーも本当に素晴らしくて、そこには家族の話や、階級間の話、地域コミュニティの話、時代の流れの話、政治の話など、我々の人生を取り巻く全ての要素が入っているんです。だからこそ共感できるし、自分の身に置き換えて観る人も多い。皆さんはそこに感動してくださるのではないかと思っています。
鶴見 そう、夢をえようとする少年の話だけではないんですよね。世の中に夢を語るミュージカルはいっくらでもあります。でもこのミュージカルが面白いのは、感動を呼ぶいろいろな要素が、しっかりした説得力と物語によって描かれているからなんです。だからもう、この作品のことになると、ついベラベラ喋りたくなってしまいます(笑)。このキャストに入れたことは、ドリームチームの一員にしていただいたかのようで嬉しくてなりません。
おととし(2022年)、この『ビリー・エリオット』に触発された芝居も観ました。蓬莱竜太さんが作・演出を手掛けたモダンスイマーズの『だからビリーは東京へ』という作品です。『ビリー・エリオット』を見て感動した少年が小さな劇団に入る話なんですけど、これもすごく良かった。そういうところからも『ビリ−・エリオット』という作品自体のパワーといいますか、影響力の大きさを感じましたね。
益岡 『ビリー・エリオット』は、夏休みの子供が主演の冒険ミュージカルっていう感じの(ファミリー向けの)舞台ではないんですよね。年齢や性別を超えたところで人間というものを描いている。だから幕開けからいきなり、イギリスの政治の話から入るわけです。政府が、大きな船の舵を切るように産業構造を変えようという時に、「そんなことされてたまるか!」って抵抗する大人たちが必ずいる。もちろん、いていいし、いなきゃいけないんですよ。それでも舵は大きく切られてしまう。その時、それに唯々諾々と従う人もいれば、最終的にどんな目に遭わされても異を唱え続ける大人たちもいて、子供たちはどうしていいかわからない。「自分たちの将来なんかないんじゃないか」とみんなが思っているところに、夢を持ったひとりの少年がいて……というのが、このミュージカルです。
本来、成長して旅立っていく子供を、大人が後押しするという構造は、社会にとって永遠の願いだと思います。けっして次の世代をおろそかにしてはいけない。ただ、そういう状況でも古い考えにしがみついてしまう大人たちは、もちろんいる。ビリーのお父さんも最初は、息子の抱く夢に対して「何を、そんな馬鹿な」と怒ります。でも段々と、固定観念で凝り固まった男たちの、社会の見方がぐらついてきます。暗い色調の中にあるドラマだけど、1本、すっと明かりの線が当たって、それにみんなが気付き始める。大人も、子供もね。大人たちは抵抗運動に限界が見えてきて「もうダメだ」という諦めの世界の中に生きていたのに「ちょっと待てよ」と。「あいつ(ビリー)が羽ばたいていくのを見てやろうじゃないか」という心境になった時、救いが見出されるんです。そこが、この作品の魅力なんじゃないかと、そんな気がします。
鶴見 お父さんもある意味、成長を遂げるんですよね。変化が必要とされる時に、変化できる人なのか、 それとも停滞していくのかというところで。経済的な豊かさだけが幸せじゃない。やっぱりいろんな変化というのは必要になっていく。「伝統を守る人たちは、伝統を守るためには、むしろ変化していかなきゃいけないんだ」という話を聞いたことがあるんです。なるほど、と思いました。同じものを作り続けていくだけじゃダメ。常に探求して変化を遂げて、ようやく伝統は同じ状態でキープできるんだって。つまり、今の時代だけじゃなくて、昔から我々は変化してきたんです。勇気をもって変化していく。
益岡 勇気。そうだね。勇気の話だね、本当に。子供に教えられる勇気がある。
鶴見 この作品は、いろんな解釈ができるから本当に面白いです。イエス・キリストの誕生の話に重なっているようにも思えるし。希望を持ったビリーは、未来を変えていくような存在ですからね。希望ということがスポットライトを浴びて、ひとつの大きなテーマになっていく。
益岡 劇中には、ロイヤルバレエでプリンシパルになった、将来の成功しているビリーの姿も現れる。しかも同じ場面の中で少年のビリーと一緒に踊っている。そういうのも含めて、全部、父親が目にしてるという、あの絵。「うんうん、お前がなりたいのはこれか」というのが、舞台技術を駆使して具体的に表現されている。それって作劇的にもすごい。その場に(父親として)立てている自分は、とても幸せですよ。時間経過が当たり前じゃなくて、「ああ、こういう作り方があったのか」と驚いた。その素晴らしさは、衝撃だったよね。あの説得力っていうのは、この舞台ならではという感じがあります。
それから、ビリーが試験を受けるところ。あそこはもはや、芝居じゃない感じがしてくるんです。もし自分に息子がいて試験を受けたら、「お前こんなに頑張ったのか」という気持ちになって庇護すると思う。それはたぶん演技から逸脱しているかもしれないのですが、そんな気持ちが確実にそこで起こっている。その辺も見どころと言いますか……いや、見どころって言ったらおかしな言い方になるのかな(笑)。でも、ぜひ見てもらいたいところです。

■人間の心の動きがリアルに描かれている
—— 今回、鶴見さんも父親役を演じようとオーディションを受けられたわけですが、それもすごく勇気やチャレンジ精神がいることではなかったでしょうか?
鶴見 役者というのは、常にチャレンジなんですよ。常に何か新しい出会いを求めている。新しい作品との出会い、新しい俳優さんとの出会い、新しい演出家との出会いをね。
—— この作品のオーディションは、どういうものでしたか?
鶴見 僕は去年受けましたが、まず台本を抜粋したテキストで2つの場面を演じるんです。あと、歌が2曲と、ダンスのオーディションもありましたね。振付補の方が来ていまして。いやもう僕、ダンスが苦手でね(苦笑)。そこが一番のネックだったんですけど、結果的には大丈夫だったので。嬉しかったですね。芝居と歌と踊りを全部やって、それで「オッケー、鶴見を使おう」って言われると嬉しいですし、頑張ろうって気になりますね。僕はオーディションって、本来やるべきだなと思います。誰もが「この人がふさわしい」という人を選ぶシステムなわけで。落ちるのは別に恥ずかしいことじゃないとは、役者ならみんなもう知っているから。
—— 益岡さんも、この作品の前にはミュージカルに出演されたことはなかったんですよね?
益岡 はい、なかったです。僕も「オーディションを受けてみないか?」とホリプロの方に誘われて、最初は「えー?」と思ったんですけど、いいストーリーだということをわかった上で受けてみたんですよ。だからね、60歳を超えて、「合格したよ」と言われた時はもう、気持ちが「ええっ!」って若返るような気持ちになって嬉しかったです。「こんな人生が待っていたとは思わなかった!」というやつでした。まあ、もし落ちても「別に気にしないぞ」なんて強がったとは思うんですけど(笑)。
—— ビリーを演じる子どもは、長いオーディションを勝ち抜いてきています。稽古場で彼らと合流してから、大人キャストの方々にとってはどういう稽古場になるのでしょう?
益岡 この作品では2か月ぐらい稽古をやります。普通の舞台の稽古期間より長いですね。大人と子供が合流するまでの段階で、大人だけの稽古もするんです。そのとき、子供はこう動くみたいな説明があって、それで合体していくんですね。その時に「あ! 大人がここからこっちを使っちゃいけないっていうのは、そういうことだったのか!」というのがわかったりします。謎解きパズルみたいな部分もあって、それも面白いんですよね。安全の確保のために、そういうことをする。子供と大人で、やっぱり都合がありますからね。また、教え方もね、演劇としてすごくうまく考えられていると思います。短い会話で組み立てられていたりとか、自然にセリフが入っていくようにとか、本当に良くできてると思いますよ。
—— 製作発表の場で、初めて共演者の方たちと顔を合わせて、刺激を受けたのではないでしょうか?
鶴見 非常に受けましたね。まず一番最初に、ビリー4人のダンスを見て、あの初々しい緊張感が伝わってきました。僕らもステージの上に立つ者として、あの緊張する感じはわかるんです。ましてあの若さだし、まだ経験も少ないので、その緊張といったらいかほどのものであろうかと思って。その中で見事にやり遂げたから、もう嬉しくなっちゃってね。立派だった。あの初々しさはもう、あの時にしか出ない。僕らも「素晴らしいものを見せてもらった」と思ったし、その彼らとこれから11月まで一緒にできるというのは本当に幸せだなと思いました。
—— 益岡さんは、初演、再演とお父さんとして過ごしてこられて、何か印象に残っていること、特別な思い出はありますか?
益岡 初演に出ていたビリーたちが8年という年月を経て、今ではもうすっかり大人になっていることが感慨深いですね。実際に会ってみると、実感として、そのことをより強く感じる。人生の中では刹那ですけど、その子たちの人生の半年間を、確実に一緒に共有してきたわけですし。初演からバレエガールを演じた子が今回、大人の女性のバレエダンサーの役をやっているとか、配役の中でも成長してきているというのも含めて、確実に人生の時間を感じる物差しになりました。
再演の時はコロナ禍で。海外スタッフの誰とも、リモートでしか会えなかったんです、画面でしか。その隔靴掻痒な感覚も体験したけれども、それでもあれだけのものをまた作ったということで、チームにはきっと自信が生まれたんじゃないかと思います。そういうことが今度もまたできるというのは、ちょっと見ものじゃないでしょうか。
—— お父さんはいろんなシーンが印象に残るんですけれど、ウィルキンソン先生とのやり取りがとてもリアルでいろいろなことを考えさせられて、特に深いなと感じました。
益岡 ああ、そうですか。いいですよね、あの頑ななふたりの。
鶴見 ぶつかり合いなんですよね。ふたりとも不器用で、だけど両方とも愛情あってのぶつかり合い。だからいいんですよね、あそこは。
益岡 しかも、芝居の中で和解はしないからね、お父さんと先生は。でもビリーに「先生にありがとうって、お前言いに行ったのか」って言って、御礼に行かせる。すると、「そんなこと言わなくていいよ」ってビリーをロンドンに行かせる先生の姿とかね、見どころはもういっぱいあるんです。
鶴見 人間の生々しい姿があって。押し付けがましくもなく、紋切り型でもないんですね。そこがやっぱり共感を呼ぶ感動力なのだと思います。人間の心の動きがすごくリアルに描かれている。
益岡 そう、男の子を好きな男の子がいたりとかね。そういうマイノリティーにも愛情があるんですよね。そうした根本的なことが本当によく伝わってくるんです。
—— 作られたのはもう随分前ですけど、今の時代にこそ本当に合う作品ですよね。
益岡 そう、今の時代の方がむしろ遅れちゃってるんじゃないの、っていうぐらい(笑)、先見の明がある。
—— 今も変化を求められる時代ですし、男の子を好きな男の子のことも応援する時代になってきています。
鶴見 もしかしたら舞台の『ビリー・エリオット』や、その基になってる映画版の『リトル・ダンサー』、或いは他にも数々の、名作と言われる文学や映画、演劇が、徐々に徐々に、実は基礎工事のように、我々の意識を変えてくれているんじゃないかなと、私は自負したいですね。こういう演劇やミュージカルを観て「そうか、人間ってもっと自由でいいんだ」とか、「多様性を認めるべきなんだ」ということに気付いていく。これを観て影響を受けた子どもたちが大人になって、だんだんそういう社会を今から作り上げてくれるのだとしたら、自分たちのやってる仕事が本当に有意義なことだと思いたいです。

■息子を信じることの大切さ
—— 鶴見さんがお父さんを演じるにあたって思っているのはどんなことですか? もういろいろ想像したり、プランもおありなのではないでしょうか。
鶴見 何も語らずして、舞台の袖から出てきただけで、「あ、ビリーのお父さんってこういう人か」と、その背景が全部見えるように存在していきたいですね。「あ、この人は何か悲しみを携えているんだな」とか、いろんな何かが見えるような登場ができるように頑張りたいと思います。
—— 益岡さんが、お父さんを演じる上で大切になさってることは何ですか?
益岡 「この子たちを信じてやらなきゃいけない」と言うか、信じ合える関係性ですかね。もっとも、物語の中の父子の関係性と、同じ舞台に一緒に立ってる共演仲間としての関係性を、自分の中でちょっと混同しちゃってるのかもしれませんが……でも結局は、そういう部分こそが大切だと思うんですよ。息子がやりたいというものを信じて「やらせてやろうじゃないか」という思い。街の人たちも応援してくれているんだという、そのかけがえのなさを忘れないようにしたいな、とも思っていますね。
—— ビリーが夢を叶えようとひたむきになっている姿を見て、ご自身が夢を叶えようとしていた時代を思い出したりすることはありますか?
鶴見 僕はこの業界に入ったのが、あのビリーたちとちょうど同じ位の年齢だったので、自分の昔を思い出すような、夢の世界のようなところに立たせてもらっているような感じがありますね。希望に満ち溢れていた、その気持ちもなんだか懐かしく、ビリーたちは「緊張しているけど拍手をもらって楽しいんだろうな」と思ったり……。
益岡 そうだね、大したものだもんね。十分に拍手をもらっていい。もらう資格があるよね。もっともっと褒められていいですよね。
鶴見 本当に。そして、これからもっと、磨きをかけてくれそうだと思いますね。そういうのを見るだけでも、幸せ。この僕らの幸せとワクワク感と期待感をもっともっと増やして、観に来てくださるお客さまにもしっかり届けたいなと思います。
—— 益岡さんも、若い頃に役者を目指していた頃を思い出すことがありますか?
益岡 そうですね。周りのみんなが就職活動しているのに、「役者になるんだから」と自分だけ痩せ我慢をして何もしていなかった時、「こういうところがあるよ」って教えてもらって受けたのが無名塾でした。そこに合格した時の喜びっていうのは、やっぱり思い出します。「これで役者になれた」って……実際はそうじゃないですよ、たまたま入れただけで(笑)、でも、20歳ちょっとくらいの頃に、そういうことがあったのをすごく思い出しました。
—— ビリーたちの、あの合格した時の喜びは、きっと想像を絶するものなのでしょうね。
益岡 そりゃそうです、しかも1000人以上が選ばれなかったわけだから。選ばれたことの責任の大きさというか、重さというのはありますよね。
—— 最後に、読者の皆さまへ向けて、メッセージをお願いします。
益岡 役者がそんなことを保証したりなんかするのはおかしいんだけれども、観たら必ず何か、見つかるものがあるんだろうなと思います。お客さんにとって、そういう時間になってほしいというか、必ず何かを持ち帰ってほしい。そうなったら、こんな幸せなことはないなと思いますね。
鶴見 ご家族や親しい方と何か思い出に残ることをしたいという時、旅行とか、いろんな方法はあると思うんですが、ぜひ『ビリー・エリオット』を観ていただきたいです。人生のメモリアルな瞬間として、心にこの作品刻んでいただきたいなと思います。

取材・文=若林ゆり  写真撮影=池上夢貢

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