振付家ノエ・スーリエインタビュー~
観る者の記憶に語りかける新感覚のダ
ンス作品『The Waves』

フランスのアンジェ国立現代舞踊センター(Cndc-Angers)のディレクターを務め、ネザーランド・ダンス・シアター2(NDT2)の委嘱で振付を提供するなど、世界のダンス界で注目を集める振付家ノエ・スーリエ。
スーリエが手掛けた『The Waves』(2018年初演)が、今年春に彩の国さいたま芸術劇場とロームシアター京都にて日本初演を迎える。ヴァージニア・ウルフの小説『波』(1931年)からもヒントを得て創られた本作は、6人のパフォーマーの緻密なムーヴメントと現代音楽アンサンブル・イクトゥスのパーカッションが響き合い、観る者の記憶に語りかける新感覚のダンス作品。日本公演に先駆け、スーリエのインタビューをお届けする。
『The Waves』      (c)José Caldeira
ーー『The Waves』が生まれた背景を教えていただけますか?
私はまずフランスとカナダのバレエ学校で古典やネオクラシックのバレエやマース・カニンガムの振付を学び、その後ブリュッセルにあるP.A.R.T.S.というコンテンポラリーダンスの学校でトリシャ・ブラウンらのポストモダンダンスのアプローチを学びました。幾何学的なフォルムのカニンガム、重力等の物理の力を使うブラウンという根本的に異なる二つの身体をダンサーとして経験した後、私は自分自身のムーヴメントを探し始めました。『The Waves』は、私の振付の第1作から続くムーヴメントの探求の中にあります。
ーー第1作『Le Royaume des ombres(影の王国)』(2009)以降、独創的な作品を次々と発表していますが、日本初演となる『The Waves』は、どのように振り付けたのですか?
『The Waves』では、私が「空間にある架空のオブジェを叩く」「叩く動作に本来は使わない身体の部分で叩く」などの指示を出し、ダンサーが動きをつくり、それを最初の「叩く」動作が見えなくなるまで変化させました。こうして複数のムーヴメントをつくり、それらをつないでいきました。指示は具体的ですが、現実には無い状況です。でも「叩く」という日常的な動作は、ダンサーの内部にその人独自の感覚や感情を生みます。動作は変形されるのでこの感覚や感情は表には出ず、ストーリーを語ることはありませんが、実際の行為がベースにあるので完全に抽象的でもない。一方で、これらのムーヴメントをつなげる方法には、ダンサーの個性が強く現れます。こうしてダンスはムーヴメント自体の美とダンサーの個性、形式と感情の両面を含む豊かさを獲得します。この探求から生まれたムーヴメントをとおして記憶から身体の経験や感覚を呼び覚まし、観客と共有することが『The Waves』の振付の狙いなのです。
『The Waves』     (c)José Caldeira
ーー現代音楽のアンサンブル・イクトゥスとのコラボレーションでも、独特な方法を取ったそうですね。
リハーサルの最初の3週間、スタジオに振付家、ダンサー、ミュージシャン(パーカッショニスト)が集合してクリエーションを行いました。普通は各自で仕事を進めて本番直前に合わせるので、とても珍しいことです。スタジオでは振付家の指示からダンサーが動きのフレーズを作り、それをミュージシャンに見せて説明し、振付と音の関係を探り、音楽をつくっていきました。多様な音が欲しくて、楽器も木や金属、革を使って自作してもらったんです。このプロセスによってダンスが展開する特殊なエネルギーと音楽が一貫し、互いに響き合うようになりました。さいたまでのダンス・ワークショップには初めてミュージシャンが参加するので楽しみです。参加者は『The Waves』の創作の過程を追体験することができるでしょう。
ーー『The Waves』という作品タイトルは、1931年に同じ題名の小説を発表した英国の作家、ヴァージニア・ウルフへのオマージュでしょうか。
この作品ではウルフの小説『The Waves』(邦題『波』)からテキストの一部を引用していますが、「波」というテーマは多義的です。この作品でダンスの動きが舞台を次第に覆っていく振付は波を思わせるし、音楽も音の波と言えますね。振付と構成をなかなか上手く描写したタイトルだと思っています。
『The Waves』      (c)Helge Krückeberg
ーー小説『波』は、あなたのダンス作品とどのように関係していますか?
ダンスは小説のアダプテーションではありませんが、形式において共鳴しています。私たちは個人的な経験を語るときに、言葉を使います。でも言語はすべての人が使うので、私の経験の“特別さ”を表現できません。だからといって詩のような凝った言い回しで個性的に表現しても、それも結局は使い古された言葉に過ぎない。だからウルフは、心や身体の感覚をそのまま他者に伝達できるパーソナルな言語を探求しました。たとえばウルフは、身体を洗ってお湯が肌の上を流れるシーンを「私の身体は温かな肉に覆われている」と描写します。奇妙だし、視覚化するのも困難ですね。でも一種暴力的な言葉を使い、あえて言語と現実の落差をつくることで、ウルフは“私”独自の感覚や感情を読者の内に呼び覚まそうとするのです。私が『The Waves』で試みるのは、言語ではなく、ダンス、身体によって、ごく私的な記憶や感覚を蘇らせ、観客が内に秘めた感覚や感情と共振させることです。
ーーウルフの『波』を初めて読んだのは、いつでしたか?
はっきり覚えていませんが、この小説が書かれた時代の文学に強い関心を持っていました。ウルフ(1882-1941)の他にもジェイムズ・ジョイス(1882-1941)、マルセル・プルースト(1871-1922)らが、個人の過去の経験と言語の接近を試みた時代です。ある瞬間の人間の無意識は多層的ですが、小説は直線的にらなければならない。このずれに彼らは注目しました。プルーストは文をおびただしい挿入節で引き延ばし、極めて繊細な経験に含まれる驚くべき豊かさを理解しようと試みています。ジョイスは現実の時間に、その可能な限りの変奏やさまざまな思考の動きを追い、文章も直線的でありません。ウルフの『波』は、また方法の異なる探求です。
私が面白いと思うのは、ダンスも言葉のように、過去の意識や失われた身体のある状態を再び捉え、再び生きることを可能にしてくれる点です。言葉では再び立ち上げるのが困難な経験の一断面を、ダンスは捉え、強調できる。とはいえ、たとえばクラシックバレエのパ(ステップ)のようにムーヴメントを形式的に定義し規範化すると、出発点であるごく私的な経験から離れてしまう。どうしたら確固たる方法論に基づきながら、極めて私的な経験の感覚を観客と共有できるか? それが私がこの作品で試みている問いかけの一つです。
『The Waves』     (c)José Caldeira
ーー哲学の修士号も取得され、身体、芸術を多様な視点から考察されています。でも、なぜダンスを選んだのですか?
自分は記憶にないのですが、母によると、4、5歳のときに偶然テレビで放送されていたカニンガムのドキュメンタリーを見て「同じことをやりたい」と言ったそうです。その少しあと、住んでいた町でカニンガム舞踊団の公演があり、母が連れていってくれました。これは覚えていて、観るもの聴くものすべてに完全に魅了されました。ダンサーは身体のあり方を変えて他者になれること、私たちはダンスをとおして新しい身体を創造できることが幼い私を魅了したのです。その後、地元のコンセルヴァトワールでダンスを始めました。ダンスによって、ムーヴメントによって、私たちは新しい自分を発見できる。あの日の魅惑が、今の私を導いています。
ーー京都では関連企画として屋外パフォーマンスの『Passages』(パッサージュ)も上演されます。劇場での上演とは、どのような違いがありますか?
『Passages』では原則として動きのフレーズは既にあり、ダンサーたちは与えられた空間に合わせて、既存のフレーズをどう組み立て、構成するかを判断し、素早く再調整していきます。ダンサーは大気、環境音、地面といった現実のマテリアルとコンタクトし、観客とその場の現実を共有するのです。劇場という枠組は舞台と客席という二つの分離した空間を作り、舞台と客席では見えるもの、聞こえるものに大きな違いがあります。でも『Passages』のような公共空間での上演は同じスペースをシェアし、全く異なる近さによる共鳴、共感の可能性があります。
『Passages』     (c)Bruno Simao
ーー近年の活動について教えてください。
2023年は、ニューヨークのトリシャ・ブラウン・ダンスカンパニーで制作した『In the Fall』が11月に初演されました。春には、オランダのNDT2(ネザーランド・ダンス・シアターのジュニアカンパニー)で『About Now』を制作しました。NDT2のダンサーは古典的な技術の基礎がかなり強く、バレエのパ(ステップ)やエネルギーに着目した作品になりました。私のムーヴメントに対する二つの異なるアプローチを、大きく異なる二つのカンパニーと共有できた、豊かな一年でした。今後は、Cndcで新プロジェクトが始まります。バロックのアンサンブルと協働し、バッハを用いる予定で、これまでとはまた異なる仕事になるでしょう。
ーースーリエさんは、フランス西部アンジェにある国立現代舞踊センター(Cndc)のディレクターを2020年から務めていらっしゃいます。ご自身の創作と、Cndcの仕事はどのように関係していますか?
Cndcには付属カンパニーがありませんが、自身の創作は定期的にダンサーを集めて行っています。他のカンパニーのクリエーションも、Cndcはレジデンスで受け入れています。また、Cndcには国立コンテンポラリーダンス学校もあります。3年間の課程で学士資格が取得でき、卒業生にはフランス、ヨーロッパのコンテンポラリーダンスのネットワークへの扉が開かれます。生徒の約半数はフランス以外の出身で、日本人もひとり学んでいます。加えてアンジェの劇場と、3月開催のフェスティバルのダンスのプログラムを決めるのもCndcのディレクターの仕事です。レジデンスの選定、劇場のプログラム、学校という3つの仕事と自分自身の創作は、循環し、豊かなシナジーを生みだしています。

『The Waves』     (c)José Caldeira
取材・文=岡見さえ(舞踊評論家、共立女子大学准教授)

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