「日常に浸透するような音楽を作りた
い」TAIHEIが語る、バンド・賽(SAI
)の成り立ちと可能性

Suchmosの鍵盤奏者であるTAIHEIが中心となり結成したバンド・賽(SAI)。2021年に佐瀬悠輔(Tp)、岩見継吾(Ba)と共にドラムレスの3人組バンドとして活動をスタートし、今年に入ってドラマーの松浦千昇が加わり4人体制となった。賽(SAI)というバンド名はサイコロからきているとTAIHEIは語る。Suchmosが活動休止をした後に、自分がこんな渋いシャズバンドをやると思っていなかった、人生はサイコロのようだと。今回はTAIHEIに賽というバンドについて、ニューアルバム『Yellow』について、そして鍵盤奏者であるTAIHEI自身について語ってもらった。
ーー賽というバンドはどういう風に始まったのでしょうか?
Suchmosで活動している時からよく取材で使わせてもらったり、プライベートでもよく行ってる横浜のBAR THREE MARTINIというお店があるんです。そのお店のマスターに「Suchmosの活動休止が決まってこれからどうしていこう」という相談をしたところ、「うちのピアノを使ってライブやればいいじゃん」と言われたんです。でもずっとバンドで活動してきて、いきなりピアノソロでライブをやるというよりは仲間と一緒に演奏をしたかったので現在のメンバーである岩見さんに声をかけました。
ーーピアノソロでライブをやらないかと提案されたのが活動の始まりだったんですね。
はい。SANABAGUN.やSuchmosで活動していて、ずっとバンドをやっていたので、自分の人生=バンドだったんです。バンドの活動ができなくなって、一旦ミュージシャンをやめて他のことをしようかな、とも考えていたんですが、マスターにその提案をされて、賽としての活動がスタートしていきました。
ーーTAIHEIさんが鍵盤を弾き始めたのは何歳くらいからですか?
2歳です。母がピアノの先生で、その影響でピアノとエレクトーンを始めました。母ではない別の先生のレッスンに通い、家では母にしごかれるという毎日でしたね。家にはピアノ2台とエレクトーン2台がある演奏専用の部屋もありました。母が厳しかったので小学生の時にはやめたくなったりしたんですが、今思えば凄くありがたい環境ですね。
ーーそこから賽で見られるようなTAIHEIさんのジャズのバックボーンはどういう風に作られていくのでしょうか?
エレクトーンのコンクールで勝ち上がっていくには、クラシックを弾くということが非常に重要なんです。でも僕はそれが凄く嫌いだったんですよ。小学校の時に習っていた先生がとてもいい先生で、それならばクラシックだけでなく、自分が今好きで聴いている曲の全てのパートを自分で譜面に起こして、それをエレクトーンで弾いてみよう、というレッスンの方向性になりました。最初は東京スカパラダイスオーケストラの楽曲などで、それを実践しましたね。MP3プレイヤーを何度も何度も巻き戻しながら、耳で全パートを譜面に起こして、演奏していくということをやっていました。ジャズが好きで、それを耳コピして演奏するというのが一番最初にやっていたことですね。
ーーその後、バンドを始めることになると。
高校生の時にはバンドを組んで、エレクトーンの習いこともやめました。その後に入った音大ではレコーディング・エンジニアの勉強などをしていました。同じ大学の先輩にSuchmosのHSU(スー)がいたのがキッカケで、SANABAGUN.とSuchmosの活動に繋がっていきます。賽のメンバーの佐瀬も大学の同級生なんです。Suchmosでホーンセクションを入れるなら佐瀬を中心としたメンバーでやりたい、とずっと話していたくらい凄いやつなんですよ。最初は岩見さんと二人で始めた賽でしたが、佐瀬を入れたいなと思って6年ぶりに連絡を取りました。その3人がそろって活動し始めたのが2021年の2月くらいですね。
ーー3人でドラムレスという形で活動がスタートしました。なぜドラムレスというスタイルを取ったのでしょうか?
ここ数年の、海外のチャートにランクインするようなポップミュージックを聴いていると、ビートとちょっとしたシンセサイザー、それに加えて歌もしくはラップ、という曲が凄く多いと感じたんです。でも、いい曲でいいグルーヴをちゃんと出すことができたら、ビートレス、ドラムレスでも人は踊らせることができる、というカウンターのような気持ちでこの編成になりました。そして賽としての一番大きなテーマは「聴いている人の日常生活の色々な場面に浸透していく」ということなんです。日常生活で賽の音楽を聴いてもらって、いつもと同じ風景が少し輝いて見えるたり変わって見える、そういう音楽を作りたいという気持ちが強くあります。みんなの日常に溶け込んで、色んなシーンで聴きたくなる曲というのが大きなテーマですね。
ーーそれぞれの生活で、色んなストーリーの中で聴いてほしいということですね。
はい。そして賽の楽曲は基本的にはインストなんですが、楽曲にはストーリーが存在します。ジム・ジャームッシュの映画のような、1曲をショートフィルムみたいなイメージで作っています。アルバムはそのショートフィルムが集まった短編集ですね。全ての曲にそのストーリーを記した文章を作って、そのストーリーに沿ってアレンジをしながらレコーディングしていくんです。でもそのストーリーはあくまで僕たちの中だけのものなので、公にする必要はないと考えています。僕たちの曲を聴いて、聴いた人が生活の中でまた新たなストーリーを感じてくれたら嬉しいです。
ーーリスナーの方からこういうシチュエーションで聴きました、などと教えてもらったこともありますか?
プロポーズの時にお店の人に頼んでこの曲を流してもらった、と言われたのは嬉しかったですね。自分はまた違うイメージで作った曲だったんですが、確かにそう捉えることもできるよなと思いました。バンドも社会もそうですが、色んな人が集まって構成されているので、必ず違う目線が存在します。色んな目線があるから面白いと思うんです。自分の中の世界観を押し付けることがあまり好きではないので、自分の脳一つで完結させた音楽があまり好きじゃないんですよ。
ーーそれで言うと曲のタイトルは聴く人のイメージに影響を与えるので、非常に重要になってきますね。
まさにそうなんです。曲のタイトルは、一番最後にメンバー全員でかなりの時間をかけて考えます。こういう気持ちで作ってるので本当に難しいですね。
ーー無機質なタイトルをつけるという案は出てこないんですか?
もちろんあります。シガー・ロスのアルバム『()』のような「Untitled」という楽曲名にしたり、数字だけの楽曲名にしてはどうか、という案もありました。でも日常の中で聴く曲に無機質に番号をつけたい訳ではないんですよね。こちらのストーリーを提案して、それを自由に聴いてもらいたい、という思いがあるので。
ーー今回リリースになったアルバムタイトル『YELLOW』にはどういう意味があるでしょうか?
ぜひみなさんに想像していただきたいです(笑)。 実際のところは、色んな意味をこめていますよ。日本人はヨーロッパやアメリカに憧れを持つことが多いと思いますが、萎縮せずにこのメンバーならそういうシーンでも戦える、向こうにも負けない素敵な音楽をたくさん作ることができると思っていて。そういう文脈で、黄金の国ジパングから連想する『YELLOW』だったり。Yellow Monkeyから提案するという『YELLOW』も含まれていたり。あとヨーロッパやアメリカと比べて、時差の関係で日本は朝日がのぼるタイミングが早いので、そういうものもアルバムジャケットのイメージには盛り込まれています。
ーーTAIHEIさんの世代は海外のシーンと比べても遜色のない凄腕のアーティストが多いですよね。
多いですね。ドラマーの石若駿、 映画『BLUE GIANT』主人公の演奏を担当したサックス奏者・馬場智章、WONKの江﨑文武なども同じ1992年生まれですし、King Gnuのメンバーもみんな同い年ですね。(井口理のみ1993年生まれで、あとは全員1992年生まれ)
ーーそういうアーティストが生まれてくる世代的な背景はあるのでしょうか?
どうなんでしょうね。でも他にもSuchmosやSANABAGUN.のメンバーもそうですし、もっと言うとYogee New Wavesnever young beach、D.A.Nなども同世代で、互いに影響を受け合ったというのはあると思います。お客さんが数人しかいない時から一緒だったりするので。King Gnuもバンドを結成したばかりの時にSuchmosのライブに来てくれて、一緒に話したのを覚えています。音楽だけでなく写真、映像、絵、陶器など、同世代に色んな素晴らしい表現者がいて、特に1992年、1993年早生まれの同じ学年に多いので影響されています。
ーーその世代が30代に入ったということですね。
Suchmosでは横浜スタジアムをやらせてもらったり、最高の20代を過ごすことができたと思っています。今は第二章に入った感覚があって、引き続き好奇心は止まりません。今年新しくメンバーに入った松浦千昇は世代が少し下で、高校生の時にSuchmosを聴いていたそうです。この間は、小学生の時にSuchmosを聴いていたという人とセッションをして、それは驚きでした(笑)。
ーー賽はドラムレスというのが一つの大きなポイントであるバンドでしたが、今年ドラマーの松浦千昇さんが加入しました。これはどういう経緯だったのでしょう?
以前にも楽曲の本質としてビートが入った方がいいと思う曲はビートを入れてリリースしていたんですね。昨年リリースした2枚のミニアルバム『Family』と『The Bottle』では、『Family』がドラムレスのアンサンブル、『The Bottle』はビートが入り、NAGAN SERVERSTUTSにも客演参加してもらう、というように違った形でリリースしていました。そして2年の活動の中でドラマーを入れた方が賽としていい形になるんじゃないかと思ったんです。元々はビートレス、ドラムレスでも人は踊らせることができる、というカウンターのような気持ちで始めたんですけど、その活動を経たことでまた感覚も変わってきて。それを岩見さんと佐瀬に提案したら、「助かります」と言われました(笑)二人はいつドラムを入れるんだろうと思っていたみたいです(笑)。
ーー松浦千昇さんとの出会いはどんな感じだったのでしょうか?
20代の後半くらいから自分と下の世代との交流を深めたいと考えるようになって、色んなセッションBarに足を運んでいた時期があったんです。色んな場所に足を運ぶ中で、圧倒的にみんなの噂になっていたのが千昇でした。実際に千昇の演奏を初めて見て、そのプレイに圧倒され、僕から「1曲一緒にセッションやろうよ」と声をかけました。フリーセッションをやったのですが、彼の反応の速さ、引き際、グルーヴ感、全てが素晴らしくて、しかも喋るようにドラムを叩くんですよ。それで初めてのセッションの後には、賽に入ってほしいと伝えました。その後、岩見さんと佐瀬も入れてセッションをしたのですが、二人はセッションの後「もうドラムレスには戻れない」と言っていましたね。もちろん僕も同じ気持ちでした。それくらい凄い演奏なんです。
ーー松浦千昇さんが入り、アルバム『Yellow』では音楽表現の幅が広がったように感じます。「Rabbit’ s」ではテクノ的な表現も印象的です。
デトロイトテクノやイギリスのクラブミュージックがSuchmos時代から本当に好きだったので、僕の趣向が強く出た曲だなと思います。人力でこのサウンドをやっているのもポイントだと思います。僕たちのスタジオには打ち込みのサウンドをレコーディングする機能がなくて、「Rabbit’ s」も全く打ち込みを使わず生音だけで制作しています。もっというと賽のサウンド全てがそうですし、僕がやっている他のレコーディングも打ち込みの音は全く使っていません。
ーーライブも全て人力だから大変ですよね。
大変です(笑)。12月には東京・大阪の2都市でライブが行われますが、音源でリリースするものは日常に溶け込んで欲しいと思っているものの、ライブでは一緒に最高の夜を作ろうぜというまた違った感覚で捉えています。それはSuchmosの時も同じ感覚でしたね。ゲストではNAGAN SEVERとSTUTSが来てくれます。ここ最近知り合った中で一番仲がいいのはNAGAN SERVER君かもしれません。僕とドラムの千昇は、NAGAN SERVERのバンドセットでも一緒に演奏しています。
ーー当日はどんなライブになりそうでしょうか?
賽のメンバーは僕以外はガチのジャズマンなので、音源で出した楽曲を柱としながら、その場でしか繰り広げられないインプロビゼーション(即興)だったり、ぶつかり合う感じになると思います。この4人だからこそ生まれた曲を、この4人がライブでやることで生まれるライブを楽しんで欲しいです。
取材・文=竹内琢也 撮影=Hoshina Ogawa

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