初の個展を開催する松尾スズキにイン
タビュー~「松尾スズキの芸術ぽぽぽ
い」はあの手この手で楽しめる展覧会

松尾スズキの生誕60周年記念art show、個展「松尾スズキの芸術ぽぽぽい」が、2023年12月8日(金)~15日(金)スパイラルホールにて開催される。
1988年に大人計画を旗揚げし、主宰として作・演出・出演を務めるほか、小説家・エッセイスト・脚本家・映画監督・俳優など多彩に活動してきた松尾スズキが、自身の原点である“アート”に立ち返り、初の個展を開催する。個展にあわせて書き下ろした作品も含め、これまで描いた絵を展示するほか、ゲストを招いたイベントも開催する。
近年はBunkamuraシアターコクーン芸術監督や京都芸術大学舞台芸術研究センター教授に就任するなど、昨年(2022年)に還暦を迎えますますその活躍から目が離せない松尾がどのような個展を開催するのか、本人に話を聞いた。

■コロナ禍がきっかけで描き始めたら楽しくなってきた
──今回の個展が開催されることになった経緯を教えてください。
コロナ禍で濃厚接触者になってしまった時があって、自分は健康なのに外出自粛で何もできず、家にずっといたら、部屋が殺風景なのが気になったんですよ。それで絵の一つでも飾ろうかな、と思ったんですが、買いに出かけることもできないから、じゃあ自分で描こうと思って。昔、書きかけのままにしていたキャンバスを塗りつぶして、久しぶりに1枚描いてみました。それが、この絵(↓)なんですけど。
──こちらの絵は、どういったところから発想されたのでしょうか。
屏風みたいな絵が描きたくて……自分が考える屏風絵、という感じです。屏風には雲があるだろう、みたいな。雲を描くのは元々好きで、自分の芝居の美術セットにも描いたりしていたんです。それで、描いてるうちに楽しくなってきちゃって、何作も描いていたらウチ(大人計画)の社長が「こんなに描いてるんだったら、個展でもやりませんか」と言い出したんですね。
──会場がスパイラルホールという、なかなか大きな場所です。
本当はもっと小さなところでやりたかったんですけどね(笑)。でも、還暦の企画ということで考えると、トークショーもやりたいな、上映会もやったらいいんじゃないか、といった話も出てきて、そうなると大きめな会場でやらざるを得なくなったんです。

■始まりは物心ついたときから描いていた絵
──松尾さんにとって絵を描くことと、それ以外の、例えば作家として書くことや、演出をすることや、俳優として演技をすることなどは、全部繋がっているものなのか、それとも一個一個切り離されたものなのか、その辺の感覚を教えてください。
絵は物心ついたときから描いていたんです。漫画の模写から始まって、ウルトラマンの怪獣を描いたり。小学校の頃から、コマ割りをしながら漫画も書いていました。漫画だとセリフもあるじゃないですか。登場人物には演出もつけられるわけですよね。だから、全体的に繋がってるという感覚はありますね。映画監督をやるようになったのも、知り合いの映画監督さんから「松尾さんは漫画を描いていたんだったら、カット割りもすぐにできますよ」と言われたことで背中を押された部分もありました。だから、始まりはやっぱり絵なんですよね。
──劇団を旗揚げしたことも、何か絵からの繋がりがあるのでしょうか。
絵から繋がっていった、と一言で言えるほどたやすいものではなく、そこに至るまでには紆余曲折がありました。学生時代に演劇をやっていましたが一回辞めて、上京してサラリーマンになってはみたけれど長続きせず、出版社に漫画の持ち込みをやってみたんですけど「ちょっと訳がわからない」と言われて「僕の作るストーリーは駄目なんだな」と諦め、その後に劇団を作って、もう一回演劇に賭けてみようかと思った……っていう流れがあったんです。そこで言葉の世界に入ることで、絵とは一回断絶してるんですよね。
──コロナ禍で再び絵を描くようになって、その中から何か演劇など他の創作にフィードバックされたものはありましたか。
昨年(2022年)上演した『ツダマンの世界』のときに、美術セットの屏風を描いたりとか、メインビジュアルのイラストを描いたりしました。また絵に戻っていってる感は自分の中にありますね。

■漫画と絵画の中間あたりの世界を攻めたい
──松尾さんのプロフィールを拝見すると、赤塚不二夫さんに影響を受けたとのことですが、赤塚さんのどういったところに魅力を感じられたのでしょうか。
身体性のあるドタバタコメディ、というところですね。もともと変な動きをするのが好きな子どもだったので、赤塚さんの描く「シェー」とか、六つ子がドタバタしている感じとか、ああいった、動きで見せるギャグが好きでした。赤塚さん以外にも、モンキー・パンチさんとか松本零士さんとかも好きだったので、いろいろな漫画家からの影響が混ざっています。
──画家で影響を受けた方はいらっしゃいますか。
ちょうど僕が美大に入った年に、横尾忠則さんが“ファインアート宣言”をされて、絵を拝見したらやっぱり発想がカオスで入り乱れてるというか、“宇宙”という感じを受けて。それで真似してコラージュを作ってみたりとか、そういうことはやっていましたね。でも影響を受けたかというと……受けたいなと思うんですけど、あんなしっかりした絵は描けないので(笑)。僕は僕の、漫画と絵画の中間ぐらいな世界で攻めようかなと思っています。
──絵を描くことの楽しさや魅力はどのようなところに感じていますか。
他人のことを考えなくていいところですね(笑)。バランスを取る性格なので、人前に出ると人のことばっかり考えちゃうんですよ。それはそれで別に楽しいんですけど、家に帰るとどっと疲れるみたいな感じで(笑)。文字と絵だけは自分の牙城というか、誰にも邪魔されない時間なんです。
──絵を通してだからこそ伝えられるものについては、どのようにお考えですか。
僕の場合、背景とか風景を描き込むことにあまり興味がなくて、まず出てくるのはキャラクターなんです。「僕の書いた物語に登場していないキャラクター」というのが心の中のテーマとしてあるんですよ。そのキャラクターたちがどんなバックボーンを背負っているんだろう、どんな物語を背負っているんだろう、ということを見ながら想像してもらえたらいいな、と思って描いています。それが一枚絵の強みかな、と思うので。「このキャラクターは描かれる数秒前に一体何があったんだ」みたいな、そういう想像ができるようなストーリーが感じられる絵が好きですね。

■展示作品は100点超の予定「物量で勝負しようかなと」
──今回展示される作品は、全部で何点ぐらいになるのでしょうか。
キャンバスだったり、キャンバスボードだったり、画用紙や木に書いたものや、小さなものも入れると100点を超えています。でも、スパイラルは空間が広いので、まだこれからできるだけギリギリまで書いて、物量で勝負しようかなと。いろいろ楽しめる展覧会にしたいと思ってます。
──12月13日から15日は三夜連続でトークセッションが行われます。現段階でどのような構想を持っていらっしゃいますか。
演奏を入れてちょっと歌ったりはしますけど、現段階ではほぼ白紙ですね(笑)。一日目の片桐はいりさんと二日目のKERAさんは共に還暦仲間なので、年を取った者の陥りがちなノスタルジックな会になるんじゃないかな、という気がしますけど(笑)。でも、僕らは20代の頃からの知り合いなので、当時の話なんかもできたらいいなと思います。トーク下手なんですけど、頑張ります。
──片桐はいりさんにはどのような印象をお持ちですか。
ストイックなイメージもありますけど、人生を楽しんでる感もありますよね。映画館で勝手にもぎりをやってるっていうのとかを聞くと「変わった人だな」って思いますけど、そういう一面は僕と会って話している時にはあまりないんですよね。常識人でありながら、表現に対してはある種の厳しさがある人です。そうじゃないとやっぱりあんな面白くはなれないですよ。最近はダンス公演にも出演したりとか、いろいろと実験的なことをされているので、これからはいりさんがどういう方向性に行くのか、その辺をちょっと聞いてみたいなと思いますね。
──KERAさんについてはいかがでしょうか。
なんであんなに新作をいっぱい書くんだろう、と思います(笑)。僕は書けないんですよね、本当に。その辺、ぜひ訊いてみたいですね。KERAさんと一緒に歌うのは初めてなので、そこも楽しみにしています。向こうはプロですからね。
──三日目は劇団員の池津祥子さんと伊勢志摩さんのご出演で「10大事件簿」が発表されるのも気になるところです。
池津と伊勢が立会人なので、何を聞かれるのか戦々恐々としている松尾をぜひ楽しんでください(笑)。本当にこの人たちは空気読まない発言をするから恐ろしいんですよ(笑)。
──11日と12日は松尾さんのひとり芝居『生きちゃってどうすんだ』の上映と、江口のりこさん・宮藤官九郎さんを日替わりゲストに迎えてのトークが行われます。このお二人がゲストに選ばれた理由は何でしょうか。
宮藤は、大人計画で一番喋れる人だからです(笑)。宮藤とこうやって人前で一緒にしゃべるのは、2018年の『30祭』以来ですね。江口さんは『生きちゃってどうすんだ』を気に入ってくれたようで、再演して欲しいみたいなことをよく言ってくるんです。だからどこが好きなのか、ということは訊いてみたいです。あと、江口さんも劇団東京乾電池に所属しているので、お互い劇団の人間同士ということでそのあたりの話もしたいですね。

■50歳で挑戦したひとり芝居が一つの転機に
──今回上映される『生きちゃってどうすんだ』は、松尾さんが50歳のときに挑戦されたひとり芝居ですが、当時を振り返ってみていかがですか。
元々、あがた森魚さんが一人で日本中をツアーしているドキュメンタリーを見て、その身軽さみたいなものに憧れて、50歳を機に一人でやってみようと思ったんです。一人なのにちょっと欲張りすぎて二時間近くのものをやってしまい、本当にくたびれて「二度とやるまい」と思いました(笑)。だから貴重な映像だと思います。
──それから10年を経て、ご自身の創作には変化があったと感じられますか。
それまでは、自分のやりたいことばかりやっていればいいんだ、という思いで生きてきましたが、今はもっと「お客さんは自分に対して何を望んでるんだろう」と考えながらやるようになったかな、と思います。やっぱりお客様ありきの世界だなと思っているので。今回の個展でも、展示作品が50点もあれば大丈夫だろうと言う人もいるんですけど、やっぱり自分が客ならもっとたくさん見たいだろう、と思ったりして。そうやって「自分が客だったら」ということはすごく考えるようになりましたね。
──それは『生きちゃってどうすんだ』を上演した後からそう思うようになったのでしょうか。
やはり一人でやってみて、人前で表現することの厳しさが身に沁みたといいますか、それはありますね。シアターコクーンなど大きな劇場でやることも多くはなってきていますし、特にコクーンの芸術監督になってからは、他の人の作品のことも考えなきゃいけないから、「商業演劇をやっているんだ」という意識が自分の中で強くなったんですよね。かといって、じゃあ大人計画でやる公演は商業演劇じゃないのかというと、厳密な意味で言ったらチケットを売ってるのならば何だって商業演劇だろう、という思いも最近はどんどん強くなってきています。
──ひとり芝居から10年経って還暦を迎えてみて、イメージしていた還暦とのギャップはありましたか。
昔、60歳ってすごく大人だなと思っていましたが、今自分を見返してみて……駄目だな、と思いますね(笑)。駄目っていうか、父親も母親も見送って、そういう意味では喪主も務めて大人な振る舞いはできたかな、という気持ちはあるんですけど……。最近チェーホフとかを読み始めたりしているんですよ。何か変わろうとしているのかもしれませんね。でも一方で、やっぱりネットのしょうもないニュースとか読んじゃうんですよね。これを読まずにいられたらもっと大人になれるんじゃないかな(笑)。まだそういうところで、地面を這いずり回ってる感はありますね。これを大人と呼ぶのなら呼べ、なんて(笑)。
──変わろうとしているのかもしれないとのことですが、どのように変わって行きたい、といったイメージはありますか。
いや、ないですね。自然にどうにかなればいいや、とは思いますけど。ジタバタしたってしょうがないんで。ただ、人生後半にコロナ禍というものを経験して、思うようにならない時間が長期間あって、未だに仲間が公演中止になったりもしていますし、望むと望まざるとに関わらず変化している部分があるとは思います。個展だって、コロナ禍でもなければ描く暇なんてなかったでしょうから、以前だったら思いつかなかったと思いますよ。今は割と時間があるからこういうことができるんです。
──最後に、個展を楽しみにされている読者の皆様へのメッセージをお願いします。
展覧会だけでは自信がないので、あの手この手をやると思います。これまで仕事で描いてきたものを展示したり、学生時代の作品とか、漫画の持ち込みをしていたときの作品とか、これまで表に出したことのないものも、この際全部見せます。60歳になったら一度0歳に戻る、なんて言われているようなので、一回白紙に戻すようなこともやってみていいのかな、と思ったんです。グッズも作ったり、立体物の創作をしたり、ものすごく大きな絵をこれから描こうと思っていますし、そんな感じで結局何をやってものたうち回る姿しかお見せできませんが(笑)、楽しみにお越しいただければと思います。

取材・文=久田絢子  写真撮影=池上夢貢

SPICE

SPICE(スパイス)は、音楽、クラシック、舞台、アニメ・ゲーム、イベント・レジャー、映画、アートのニュースやレポート、インタビューやコラム、動画などHOTなコンテンツをお届けするエンターテイメント特化型情報メディアです。

連載コラム

  • ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!
  • これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!
  • これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!
  • MUSIC SUPPORTERS
  • Key Person
  • Listener’s Voice 〜Power To The Music〜
  • Editor's Talk Session

ギャラリー

  • 〝美根〟 / 「映画の指輪のつくり方」
  • SUIREN / 『Sui彩の景色』
  • ももすももす / 『きゅうりか、猫か。』
  • Star T Rat RIKI / 「なんでもムキムキ化計画」
  • SUPER★DRAGON / 「Cooking★RAKU」
  • ゆいにしお / 「ゆいにしおのmid-20s的生活」