髙木竜馬&石井琢磨、成熟さ増し色彩
豊かに濃密に 二度目の二台ピアノコ
ンサートを振り返る

2022年10月の第一弾に続き、今回第二弾となる石井琢磨&髙木竜馬による二台ピアノコンサート。2023年6月9日(金)の名古屋公演を皮切りに、大阪(10日(土))を巡り、16日(金)に東京・紀尾井ホールで最終日を迎えた。事前のインタビューでは、第二回目にしてツアー形式が実現したことへの感謝の気持ちと力強い抱負を語ってくれた二人。最終日、紀尾井ホールの演奏会の模様を振り返ってみたい。
6月16日(金)、東京の紀尾井ホール。満場の客席からの鳴りやまない拍手に応え、二人が最後のアンコール曲 ブラームスのワルツを連弾し終えると時刻は21時15分を超えていた。コンサート中、おなじみの曲間トークでも石井、髙木ともに口をそろえて「今日のコンサートの内容はハンバーグ、とんかつ、カレーが同時にテーブルに出てきたようなもの」と語っていたが、その濃密さとド派手さに客席の聴衆も度肝を抜かれたのではないだろうか。では、二時間越えの演奏会を振り返ってみよう。

まずは手始めに両者ともにソロ演奏から。一曲目は髙木のソロでラフマニノフのワルツ作品10-2。主題部分ではサロン作品らしい軽やかな諧謔性をもてあそびつつも、時折、いかにも後期ロマン的ないぶし銀のような重厚感のある音の煌めきを放つ。次第に親密な対話を暗示するかのようなある種のストーリー性もほのめかせつつ、緩急を効かせた如才な駆け引きで第一曲目から会場空間にほのかな余韻を燻らせる。
続いては石井のソロ。チャイコフスキーのバレエ音楽「眠りの森の美女」からアダージョ。ロシア出身の偉大なピアニスト、プレトニョフ編曲によるものだ。石井はウィーンで長らく生活しているが、バレエ公演に身近に接する機会も多く、その世界観が何とも好きだという。
前半、オーケストラ演奏には響きの厚さではわない分、石井は見事な集中力と想像力で舞台背景を美しく描きだしてみせた。その詩情に満ちた音の世界は同時にあふれんばかりの色彩をも輝かせる。そして、突如としてピアニスティックな展開へと突入。プレトニョフ編曲と聞いて予想はしていたものの、石井は自身に満ち溢れたダイナミックなピアニズムを縦横無尽に駆使し、時折、ファンタジーも織り交ぜながら、いとも高らかに石井流の色で聴かせた。
髙木竜馬
石井琢磨
両者一曲ずつ弾き終えたところでトークタイム。まずは、髙木がツアーファイナルの公演を迎えての感謝を客席に述べる。そして、いつものように14年来の親友としての熱き友情、そしてウィーンでの切磋琢磨の日々を懐かしそうに語り合った。
次なるドビュッシー小組曲は連弾形式。演奏前に、かつてYouTubeの配信用に二人でウィーンのホーフブルク宮殿で演奏・撮影した時の想い出を語っていたのも印象的だった。「小舟(バルカロール)」、「行列」、「メヌエット」、「バレエ」の4曲から構成されるこの組曲。二人が一台のピアノ・一つの鍵盤上において寄り添うように奏でると、両者の音楽に対する細やかな愛情、そして互いの信頼と深い絆がよりいっそう感じられ、聴き手としても喜ばしいものだ。客席の一人ひとりもきっとそう感じたに違いない。
特に「バルカロール」と「行列」では、息づかいやダイナミズム(細やかなディナーミクに至るまで)など、そのすべてにおいて二人が同じベクトルを共有している様が感じられ、聴いていて心地よく、癒されるほどだ。決して、両者、意図的に“一糸乱れぬ感”を演出しているのではなく、そのすべてが呼吸するごとくに自然な流れなのだ。「メヌエット」で聴かせた極上かつ典雅な和声感、「バレエ」で聴かせた様式感など二人の音楽的知性もいかんなく発揮されており好演だった。
そして、前半最後を締めくくるのは、今宵のメインイベントの一つともいえる二台ピアノによるラヴェル「ラ・ヴァルス」。本来ならプログラムのフィナーレに配置されてしかるべき作品だが、あえて前半の締めに持ってきたところからも、今回のプログラムがいかに壮大なものであるかがわかるだろう。後半はまだまだ驚くべきコンテンツがラインナップされているのだ。
「ラ・ヴァルス」は昨年の第一弾公演でも拍手大喝采で迎えられた二人だが、今回はさらなるブラッシュアップを目指すべくあえて選んだという(二人による事前のインタビューでの談話)。前半部は恐らく後半の展開を睨んでだろうか少し抑え気味にも感じられたが、この作品が持つ古典的な優雅さを丁寧に保ちながら、鷹揚に、たっぷりと美しい響きと色彩を会場全体に響き渡らせる。
そして、後半。予想通りエネルギーも集中力もよりいっそう高まり、その熱気は客席にもいち早く伝わってきた。ダイナミックな動きの中にも、立体的な和声感を力強く浮き彫りにし、この作品の持つオーケストラルな醍醐味を存分に聴かせた。聴かせどころのグリッサンドの入れ方もとにかく洒脱で渋い。ディテールでの余裕の芸達者ぶりに、二人のよりいっそうの成熟ぶりを垣間見た。フィナーレに向かってはさらに互いに熱量を高め、多重な和声による倍音効果もいとも鮮やかに、スリリングに。ラテン的な色彩感の渦の中にもカタルシス的なものを感じさせ、見事に一つのオリジナルな交響詩を構築してみせた。ある種、混沌としたこの作品をここまで理路整然と理知的に、しかしダイナミックに情熱的に演奏されるのを聴くのは嬉しい限りだ。
休憩を挟んでの後半。いつものように「ただいま~」という合言葉でふたたびステージがキックオフ。冒頭に述べたように、二人はツアー開始直前で受けた新聞社のインタビューで今回のプログラムについて所感を尋ねられ、「ハンバーグ、とんかつ、カレーですと答えました」というエピソードを披露し、客席から笑いと共感を誘った。
どちらからともなく、「では、ここで胃もたれしないように爽やかな一曲を」と、後半一曲目は「美しく青きドナウ」を二台ピアノの演奏で。そよ風に揺れるさざ波の様子がつぶさに感じられるような臨場感あふれる演奏はさすがだ。ウィンナワルツ独特のリズム感の上手さといい、ウィーン育ちの二人としては自家薬籠中の一曲だろう。
演奏が終わると、ウィーン生活では「二人仲良く同じ釜の飯を食べた(文字通り、石井がよく砂肝やアックア・パァッツァなどの手の込んだ料理も作ってくれたそうだ)!」という小話を挟み、今宵、最も注目されるべき作品であるプロコフィエフのバレエ音楽「シンデレラ」から「ワルツ・レント」、「フィナーレ」の二曲の解説へとつなぐ。この作品もまた前半のソロ作品のようにプレトニョフ編曲によるものだ。
プロコのバレエ音楽と言えば10人中9人はまず「ロミオとジュリエット」を思い起こすことだろう。しかし、二人、特にバレエを愛する石井は、より知られていない作品のほうを演奏することに使命を感じ、あえてこの難曲「シンデレラ」からの抜粋を選んだそうだ(事前インタビューでの石井談)。
一曲目「ワルツ・レント」——清らかさに満ちたロマンティックなメロディから、スクリャービンの作品を思わせる神秘的で官能的な和声も内包する独特な雰囲気の作品だ。オーケストラによるオリジナル版と事細かく対照しなくては断言できないが、このようなところはプレトニョフ編曲らしさでもあるのだろうか?
髙木竜馬
二曲目「フィナーレ」ーー演奏前の事前解説によると、バレエ「シンデレラ」という作品全体の総集編みたいなものだという。確かに、作品全体の世界観が凝縮され、時系列的なシーン変化と二台ピアノ的手法による音楽的効果が相乗的に生かされた壮大な作品だ。
冒頭、トレモロのような速い音の連打とグリッサンドを効かせたドラマティックな情景描写から始まる。ピアノという楽器ならではの妖艶な世界観すら感じさせ、瞬時に聴き手をストーリーへと誘う。次第にクレツメルを思わせるコケティッシュで哀愁を帯びたワルツへと展開。これが予想だにせず、破壊的ともいえる強靭なテクニックをともなって発展してゆく。それは完全に”ワルツ”という範疇を超えるもので、気が付くとピアノと言う楽器のメカニズムの限界にまで挑戦し、またそれを心から楽しんでいる二人の意気揚々とした姿がひときわ光彩を放っていた。
石井琢磨
そんな思いに浸っていると、二台ともに奏でるピアニッシモの魅惑的なグリッサンドの応酬が夢の世界の終わりを告げる。二台ピアノの醍醐味や面白さ、そして難しさを存分に感じ、考えさせてくれる意欲的な作品だった。このような境地へと聴き手を誘うことを意図した石井と髙木の策略にしっかりと誘導されてしまったようで、何とも清々しい感じだ。コンペティションなどではたびたび演奏される作品だが、二人が持ち前のアクロバティックな技巧と若さあふれる瞬発力、そして頭脳的な冴えでこの作品に息を吹き込み、コンサートのステージ上で甦らせたのは快挙だろう。
そして、この驚異のプログラムを締めくくるのは、もう一つの重量級作品 ラフマニノフの「組曲 第二番」から、「ロマンス」と「タランテラ」だ。
一曲目「ロマンス」では息の長いフレーズをじっくりと練り上げる。ラフマニノフ特有の上行形の音形に込められた詩情、そして、クライマックスへと静やかに高揚感を高めていく様は悲壮感が漂うほどに美しかった。
二曲目「タランテラ」——前半、細やかな技巧を安定的に聴かせながらも、中間部では息の長いダイナミクスを生みだし、ウイスキーとシガーの薫り漂うような重厚感あふれる魅惑的なタランテラを聴かせた。フィナーレに向けては、持ち得るエネルギーのすべてを投じて交響曲とピアノ協奏曲を合わせたようなこの作品を、一種のトランス的ともいえる集中力で弾き上げた二人に満場の客席からは惜しみない賞賛が贈られた。演奏後、二人は友情の固い握手で会場の拍手に応えていたのも微笑ましかった。
アンコールは、お馴染みのポルカ「雷鳴と稲妻」。これだけの大曲を弾き切った後だけに、二人ともに肩の力が抜けきった自然体の演奏が最高の効果を生みだしていたのが印象的だった。
弾き終えると、今後の二人のプロジェクトをPR合戦。石井は髙木の『ピアノの森 コンサート』ツアーを、そして髙木は石井のリサイタルツアー『Szene』 をそれぞれ客席にPR。最後に石井のオフィシャルファンクラブ発足のお知らせも飛び出した。
最後の最後はブラームスの作品39-15の「ワルツ」を連弾で聴かせ、この盛りだくさんの若さ溢れるコンサートを、余韻と詩情を残しつつ粋に締めくくった。
取材・文=朝岡久美子 撮影=山口真由子

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