優勝を飾った国際コンクールから5月
に控えるリサイタルまで~ピアニスト
・森本隼太ロングインタビュー

ピアニストの森本隼太は、2020年のピティナ・ピアノコンペティションの特級部門で第2位を獲得。そして、2022年2月にイギリスのヘイスティング国際ピアノ協奏曲コンクールで優勝の栄冠に輝いた。
森本さんは現在17歳で、ローマで研鑽を積む日々を過ごしている。この5月に浜離宮朝日ホールで開催されるリサイタル「十代の演奏家シリーズ」に出演する。
森本隼太
森本 隼太 (もりもと・しゅんた)
2004年生まれ。京都府出身。ヤマハ音楽支援制度奨学生として単身イタリアに留学。国内ではピティナ・ピアノコンペティションにて2018年G級金賞、2020年特級銀賞および聴衆賞、第8回福田靖子賞等を受賞。海外では2019年PIANALE International Piano Academy & Competition審査員賞、特別賞KNS Classicalを受賞。2022年Hastings International Piano Concerto Competitionにて一位受賞。2020年AOIDE Scholarshipを取得。令和3年度新進芸術家海外研修制度高校生研修員。コモ湖国際ピアノアカデミーにて特別生としてWilliam Grant Nabore氏、日本にて関本昌平氏、サンタ・チェチーリア音楽院にて伴奏をGiovanni Velluti氏の各氏に師事。学校法人角川ドワンゴ学園N高等学校に在学。

――現在、ローマに留学しているそうですね。
昨年4月(16歳)からです。学びたい先生がいて、イタリアへ来ました。ローマにいるって素晴らしいことだと思います。生きているだけで歴史を感じますし、オープンな社会なので、いろんな人とたくさん関わることができるのです。
イタリア風景
――今回、浜離宮朝日ホールでリサイタルを開催されます。過去に、このホールで演奏したことはありますか?
初めてです。とても素晴らしいホールと聞いているので、とても楽しみです。
――ショパン、ベートーヴェン、フォーレ、シューマンというプログラムですが、この選曲の理由を教えてください。
作品のスタイルはそれぞれ異なっていますが、どの曲にも、作曲家の魂が込められているのが感じられます。特に興味深いのは、いま勉強しているショパンの《幻想ポロネーズ》です。
この曲が書かれた1846年にも、ポーランド人は独立国家の復活を目指し、ロシア帝国に対抗して蜂起を起こしています。この作品には、ポーランドの宮廷舞踏の音楽であるポロネーズが用いられており、ショパンのポーランド人としての誇りを感じます。祖国への忠誠心が音楽を通して描かれているところに、僕はとても感動しながら勉強しています。
G級にて金賞を受賞した2018年度PTNAコンペ全国決勝大会での演奏。22歳以下のカテゴリに当時中学2年生で参加し、金賞を受賞した(ショパン/エチュード 嬰ハ短調 Op.10-4)
シューマンの《交響的練習曲》も、いま勉強している最中です。エチュード(練習曲)ではありますが、ショパンのそれとは違い、主題と12の練習曲という構成です。当時の彼の恋人のお父さんが作ったメロディをテーマとして、さまざまに展開していきます。でも、最後の曲だけはそのテーマではなく、ドイツの作曲家ハインリヒ・マルシュナー のオペラ『聖堂騎士とユダヤの女』から「誇らしきイギリスよ、歓喜せよ」というロマンスの主題の変奏曲となっています。
――シューマンのこの作品には、遺作がつく版もありますね。
リサイタルでは、ブラームスが出版した5つの遺作を収めた版で演奏しようと思っています。コルトーやゲザ・アンダの演奏を聴き、構想を練っているところです。遺作は自由に挟めるので、どこに入れていくかを考えています。
――ベートーヴェンの《ピアノ・ソナタ 第13番》も演奏されます。この選曲って結構渋いと思っているのですが。
作品27ですから、ベートーヴェンが遺書を書いた時期です。作品27の2曲は、「幻想曲風ソナタ」というタイトルがあり、1曲目(第13番/Op.27-1)はこのソナタ、2曲目(第14番/Op.27-2)は「月光」ソナタです。この曲の魅力って、それまでの古典的なピアノ・ソナタのようには作曲されていないところです。4つの楽章は途切れることなく続けて演奏され、1つの大きな作品と捉えることができ、そのソナタを通していろんな背景を見ることができます。第4楽章の終盤には第3楽章の冒頭にあるテーマが戻ってきて、そのあとはモーツァルトのオペラのように結ばれるのです。すべてを肯定して前へ進んでいこうという雰囲気が感じられます。
師匠のウィリアム・ナボレ教授(コモ湖国際ピアノアカデミーの主宰兼芸術監督)と。
――フォーレ《ノクターン 第6番》も、森本さんの世代ではあまり人前では演奏されない作品ではないでしょうか。
この曲は、へイスティングのコンクールで演奏しました。作品に込められている意味を具体的に引き出していきたくて、コンクールの前、この曲に歌詞をつけてみました。息の長いフレーズラインや寛容的なハーモニー、そして中間部ではとても透明な液体のような雰囲気と、つねに歌を感じさせる素敵な曲です。伴奏とメロディはかけ離れているわけではなく、つねにまじり合っていて、ハーモニーもとても繊細に変化していきます。
僕はフランス音楽、特に歌曲がとても好きなのです。フランスの歌曲は、オペラでもリートでもなく、深いけれど至福のような音と言いますか、声と言いますか……羽で飛んでいるようなものでもなく、かといってドイツのようにドーンという感じでもなく、その中間のような、透明な声が求められていると僕は思います。その声をどうピアノで表現するかを考えています。
――お話をうかがっていると、歌や声を感じさせるプログラムのように思います。
それはあると思います。サンタ・チェチーリア音楽院では伴奏科に在籍していて、そういう音楽に触れる機会がたくさんあります。伴奏は、駆け引きが必要なところが面白いです。
ちなみに、僕が伴奏しているのは歌手で、実は今日はこのあと、歌う予定があるのです。先生から「歌って」言われまして(笑)。いまは、プッチーニの《ラ・ボエーム》を勉強しています。例えば、ルバートのかけ方など、オペラ独特の拍感と言いますか、オペラの自然な音楽の流れを捉えるのが大事なポイントだと思っています。
――フランス音楽のなかでも、どんな作曲家に憧れていますか?
勉強する上でベルリオーズやデュパルクなども聴きますが、いまの時点ではフォーレが好きです。それから、フランクも!
――ヘイスティングのコンクールでも、フランク(プレリュード、コーラルとフーガ)を演奏していましたね。
そうです。審査員の先生方に「フランクの演奏は本当に素晴らしかった」と言っていただきました。
フランクの音楽は、最初のテーマが最後に回帰するようなスタイルで書かれています。それから、ハーモニーとともに現われる苦悩のような情感に僕は心を寄せています。フランクの音楽はよく転調しますが、その転調がどこへ向かっているのだろうかと。僕も、前に進んでいこうというより、フランクの音楽のような気持ちを思うことが多いのです。フランク独特の、ゾクゾクするようなハーモニー感も好きです。
――でもフランクのこの作品は、最後に救われる感じもありませんか?
そう!最後は何とかなるんです(笑)。コラールとプレリュードも、ずっと「許してください、許してください」と。神から「これはこうなんだ」と言われつつも、最後は頑張って生きていこうみたいに救われる……それも好きです。
――2次予選(30分のソロリサイタル)は、大好きなフランクとフォーレで固めたプログラムでしたね。この流れでコンクールのお話も伺いたいのですが。コンクールでは、セミファイナルとファイナルの2回、コンチェルトを演奏できるとうかがっています。
セミファイナルはロイヤルカレッジの卒業生や在校生で結成されたオーケストラ、ファイナルはロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団と共演しました。
ヘイスティングス国際コンクール ファイナルの様子
コンチェルトは、準備するのがかなり大変でした。特に、セミファイナルで演奏したモーツァルトの22番(K.482)は、ひと月くらいで急いで仕上げました。短期間で、いろんな観点から曲を探らなければならず、ものすごく集中して音楽を一気に創り上げました。モーツァルトのコンチェルトは、小さい頃に弾いたことはありましたが、しっかりと取り組んだのは今回が初めてです。まず、モーツァルトにはどういう音色が求められるかに始まり、モーツァルトと言えばオペラですが、オペラの要素をどのように音楽に結びつけるか……いまイタリアの伴奏科で学んでいることと合わせて勉強しました。
――ファイナルでは、シューマンのコンチェルトを演奏したのですね。
そうです。イタリアでは、リストやラフマニノフといった、指をたくさん動かすようなヴィルトゥオーゾ的な作品ではなく、モーツァルトやバッハ、ショパン、シューマンなどを勉強しています。自分がイタリアで受けた影響や音楽に対する姿勢から、愛情をいかに引き出していくかを表現するためには、シューマンを選ぶべきだと考えました。
――このコンクールには、褒賞としてのコンサートなどはあるのでしょうか?
今年7月、イギリスでコンサートがあります。来年も、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団との共演が3月にあり、ほかにもいくつかのコンサートで演奏する予定です。彼らと再び、今度はロンドンで演奏できるのがとても楽しみです。
E級・金賞受賞時(2016)の入賞者記念コンサートでの演奏。(シューベルト=リスト編:魔王)
――今後の、目標としているコンクールはありますか?
いまのところコンクールはありませんが、目標にしているレパートリーはたくさんあります。もっとレパートリーを増やしていきたいです。
シューベルトのピアノ・ソナタや室内楽、それからブラームスの室内楽……今は、とにかくシューベルトを弾きたいのです。ブラームスの2番のコンチェルトにも取り組みたいですし、モーツァルトのコンチェルトのレパートリーも増やしたい。あと、今年はベートーヴェンの最後の3つのピアノ・ソナタ(第30番から第32番)を勉強したいと考えています。少し古典的なスタイルの音楽を中心に勉強していきたいですね。
――レパートリーや勉強の場を広げていらっしゃるのですね。
最近、本を読み漁っています。イタリアへ来るまでは、あまり本を読んでいなくて、歴史や哲学、宗教のことも何も知りませんでした。でも、まわりにいろんなバックグラウンドを持った人がたくさんいるのに、表面的な部分しか理解できないのは残念だと感じて、とにかく勉強して、いろんな可能性を広げていきたいと思うようになったんです。
――最後に、リサイタルへかける思いをお聞かせください。
僕がイタリアで精いっぱい努力していることを、曲それぞれに込めて演奏したいと思っています。音楽を通して人と何かができる、僕が感じていることを共有できることを実感しながら演奏したいです。
取材・文=道下京子

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