小泉今日子と男たちが紡ぐ”太陽のよ
うな女”の物語~ゴツプロ!『向こう
の果て』観劇レビュー

「……雨がバタバタうるさいの」
昭和60年、東京の小さなアパートで一人の男性が刺殺され、アパートに火が放たれた。被害者は小説家の君塚公平(塚原大助)。容疑者として逮捕されたのは、公平の幼馴染で同棲相手の池松律子(小泉今日子)。
事件を取り調べることになった検事の津田口(泉知束)は、事務官の南川(渡邊聡)とともに、律子と関係のあった男たちに会いに行く。火事で両親を亡くした彼女を引き取った叔父の行島(佐藤正和)、最初の夫・京波(かなやす慶行)、2番目の夫・山之内(44北川)、律子と公平の幼馴染でもある刑事の村上(浜谷康幸)。
男たちはそれぞれ律子との過去を語り、彼女が自分にとってどんな女だったのかを津田口に吐き出す。「贅沢な女」、「娼婦のような女」、「残酷な女」、「柔らかな女」、「嘘つきな女」……。次第に律子に傾倒していく津田口は、律子と公平、村上が育った津軽に向かい、そこで律子の父・池松喜平(皆川暢二)と公平の父・君塚隼吾(関口アナン)の関係に加え、彼女の隠された過去を知ることになるーー。
(c)ゴツプロ!  撮影:渡邉和弘
2021年4月23日(金)に本多劇場にて開幕したゴツブロ!第六回公演『向こうの果て』。これまで男性メンバーのみで公演を打ってきたゴツブロ!が、初の女性ゲストを迎えて上演する意欲作だ。
抽象的な舞台美術の中、時と場所とがさまざまに交差し物語が紡がれていくのだが、検事・津田口の取り調べにおいて、律子はほとんど自らのことを語らない。彼女について話すのは律子と関係のあった男たちのみ。つまり「池松律子」という人物を他者が外側から形づくり、観客に提示していく構成である。
律子を演じる小泉今日子。その全身から何とも言えない凄みと孤独とが醸し出される。地獄をさんざん見てきた人間のみが宿す空気。自分の人生をとうに捨てているからこそ、相手が望む女に一瞬でなりきれるという複雑な人物像を小泉は多面的に魅せていく。どんなにやさぐれていても、その奥に透明な芯が現れる律子像に心震えた。

(c)ゴツプロ!  撮影:渡邉和弘

同じくゲスト出演の皆川暢二と関口アナンも、凍てつくような冬の津軽で身を削りながら生きる男たちの姿を生々しく体現。本作のひとつの肝である津軽三味線の音が生で本多劇場に響き渡るさまは壮観だ(演奏=小山豊ほか)。
そして、作品を礎の部分で支えながら、個性をきっちり前に押し出すゴツブロ!のメンバーたち。
泉知束は、律子との出会いで自らの心の闇と向き合い、それを乗り越え前に進む津田口を誠実に演じ、彼とコンビを組む南川役の渡邊聡は老いを体全体でうまく表現しながら軽妙な笑いも取っていく。

(c)ゴツプロ!  撮影:渡邉和弘
(c)ゴツプロ!  撮影:渡邉和弘

律子を引き取り育てた叔父の行島役、佐藤正和の気弱さと狡さ、さらに誠実さが混在する役作りや、最初の夫・京波を演じるかなやす慶行の人の良さと甘さ、俗物感とを同時に表す巧さ、2番目の夫・山之内役・44北川の明るさと弱さを両立させる技量など、各キャラクターの連携と際立ち感は彼らならでは。
また、刑事でありながら、過去の事件の重要なカギを握る村上役・浜谷康幸の、物事をどこか斜めにとらえながら、じつは誰よりも真っ直ぐな目で律子を見つめる造形や、律子と本当の部分で理解し合った唯一の存在・君塚公平を演じる塚原大助の澄んだ瞳と相手を受けきる「静」の演技が突き刺さる。

(c)ゴツプロ!  撮影:渡邉和弘
池松律子と関わった男たちは、きっとその全員が「本当の律子を知っているのは自分だけだ」と信じているのだろう。そんな彼らの姿が切なく、愛おしい。

昨今、大掛かりな仕掛けに頼る演劇作品も多い中、生身の人間が紡ぐせりふで人の心の深層を表出させ、人間の業を露わにしていく『向こうの果て』。そこに見えるのは少人数精鋭にこだわり、作品を送り出すゴツブロ!の演劇ユニットとしての姿勢だ。どこか“昭和”の香りがする男たちのアツい芝居と、若手ゲスト、そしてこれまでアイドル、女優、アーティスト、文筆家、プロデューサーと、さまざまな“顔”を私たちに見せてきた小泉今日子の唯一無二の化学反応を楽しんでほしい。
(c)ゴツプロ!  撮影:渡邉和弘
(c)ゴツプロ!  撮影:渡邉和弘
と、ここまで文章を綴った直後にゴツブロ!の公式から「4都府県への緊急事態宣言発令を受け、4月25日(日)以降、有観客での公演を中止する」との決定がリリースされた。
本作で君塚公平役を演じ、ゴツブロ!の主宰者でもある塚原大助によると『向こうの果て』は竹田新(=演出家・山野海)の小説✕WOWOWでのドラマ✕本舞台と、3つの柱で2年前から準備を進めてきた企画とのこと。
ほんの1時間弱、稽古場に入れてもらった人間が語るのはおこがましいかもしれないが(ゴツプロ!『向こうの果て』小泉今日子にインタビュー「あえていうなら……私は”揺れる女”です」 https://spice.eplus.jp/articles/285380)、2年の準備とさまざまな調整、感染症対策を徹底しての稽古と本番……それらが「有観客での公演中止」の9文字で表される関係者の無念や、生の舞台に出会えなかった観客のことを想像すると胸が痛む。
(c)ゴツプロ!  撮影:渡邉和弘
今回は本来の千穐楽を前に、4月30日(金)、無観客・生配信にて幕を閉じることになった『向こうの果て』だが、ここで倒れることなく、なんとか立ち上がって、彼らにしか作れない世界をまた見せてほしいと強く思う。不器用でアツくて、真摯に前を向く男たちの物語。そんな願いを込めて、今はこの文章を閉じたい。
取材・文=上村由紀子(演劇ライター)

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