5年間に渡る大阪フィルハーモニー交
響楽団の指揮者を離れる角田鋼亮に聞

現在、大阪フィルハーモニー交響楽団の指揮者のポジションにある角田鋼亮が、3月いっぱいで大阪フィルを離れる。
2016年4月の指揮者就任以来5年間、当時の首席指揮者 井上道義と現在の音楽監督 尾高忠明を脇から支えた角田と大阪フィルの出会いは、2013年までさかのぼる。
当時、音楽監督 大植英次の後を受けて、大阪フィルの首席指揮者に就任が決まっていた井上道義は、コンサート・オペラという形式でバルトークの「青ひげ公の城」を、グランドオープンしたばかりのフェスティバルホールで上演することを強く希望した。本番の指揮から、演出、全体の進行までを一手に担い、出演者、スタッフを牽引して来た井上道義が、急きょ副指揮者として角田鋼亮を抜擢したのだが、オーケストラと角田が顔を合わせたのは本番前日のリハーサル。急なことだったが、周囲の心配をよそに、角田に対するオーケストラメンバーの評判は上々。それ以降、数度の共演を重ね、2016年4月に大阪フィルとして9人目の指揮者に就任した。大阪フィルとして指揮者は常設のポストではなく、大友直人以来27年ぶりに復活した形だった。
大阪フィルの指揮者として過ごした5年間を、角田鋼亮に聞いた。
―― 明日の演奏会が、大阪フィルの指揮者として指揮をする最後の演奏会だそうですね。前日のリハーサルを終えて駆けつけて頂きました。
よろしくお願いします。明日は、門真の市民合唱団によるベートーヴェンの「第九」です。感染予防策を講じ、オーケストラの前に合唱団が並ぶといったイレギュラーな形ですが、スタッフ、メンバーの熱意や副指揮者の高井さんの支えもあり、素晴らしい演奏会になると思います。
言葉を選び、丁寧に取材に応える角田鋼亮     (c)H.isojima
―― 角田さんが指揮者に就任されたのが2016年の4月。この年は井上道義さんの首席指揮者最後の年。2018年から尾高忠明さんが音楽監督に就任されて、まもなく3年目のシーズンが終わります。この5年間で、大阪フィルのサウンドも変わりましたか。
すごくスタイリッシュになりましたね。贅肉が取れた感じで、朝比奈時代の重厚なサウンドと較べると、随分スマートになっていると思います。例えばモーツァルトやロッシーニ、ベートーヴェンから初期ロマン派の作品などにも見合う響きになったのではないでしょうか。ただ、面白いのが、たまに大植英次さんがお越しになって振られると、すごく分厚い音が出るんです。ドイツのオーケストラを思わせる良い音がします。正直それほどきっちり振られていないのに、音が集まる。最終的に音を出す瞬間をメンバーに委ねているのが良いのでしょうか。
―― 大植さんが久しぶりなので、皆さんが楽しんでいるのではないでしょうか。
なるほど、そうかもしれませんね。それにしても大阪フィルは、時として他のオケとは比較できないようなサウンドを奏でるので驚くことがあります。間違いなく日本で有数の個性派オケです。オーケストラはもちろん、ハーモニーや調和を求められますが、その中に一人一人の個性がないと私はダメだと思います。色々な人の音があるから、それが厚みになっている。量産型でロボットみたいに音が均一化されてしまうと、音の説得力が薄くなると思うのです。そういう意味で、大阪フィルは理想的なオーケストラだと思いますね。
大阪フィルは理想的なオーケストラだと思います     (c)飯島隆
―― 角田さんが考える、良いオーケストラの要件とは何でしょうか。
まず、一人一人の存在感があるということ。個性を埋没させないということですね。その上で、積極的に動いた上での失敗は許されるという空気感があること。最初から何かを恐れてみんなで進むのではなく、何かやってみようというポジティブな空気の中で、創造的な音楽が生まれると思います。そういう意味で大阪フィルは、同じ曲でも毎回違う形に出来上がります。これはアーティストの集団として理想形だと思いますよ。
―― 毎回何が出て来るかわからないドキドキ感は必要でしょうか。いつも同じクオリティを約束されていることが、お客様に与える安心感に繋がるようにも思うのですが。
安定したパフォーマンスは大切です。同じクオリティのものを生み出すことは、プロフェッショナルとしては当然です。しかしそれは、どちらかと言うとエンターテインメントの世界であって、アートではないかもしれません。予定調和ではない世界、関西の方なら阪神タイガースを通して、それを経験なさっているのではないでしょうか。勝てない、今日も負けるのかと思っていると、予期せぬ大勝で盛り上がる(笑)。
同じ曲でも毎回違う形に仕上がるのは、大阪フィルの魅力の一つ     (c)飯島隆
―― なるほど、意外性に反応するという意味では、確かに関西らしいのかもしれませんね。関西の聴衆に対してはどんな印象をお持ちですか?
皆さんとても温かいですし、距離感が近いです。
―― 馴れ馴れしく、直ぐに触って来るようなことはないですか?
お触りは多いですね(笑)。あと、地下鉄やコンビニでも、よく声をかけられます。演奏会でも、良いと思われると、凄く素敵な表情で喜んでいただけます。ストレートに気持ちが伝わってきます。
―― しかし現在、コロナでみんなマスクをしているので、マスク越しで聴衆の表情までわからなくないですか。
確かに、お客様と奏者の関係性に、少なからず影響はあるかもしれませんね。でも、喜んでいただいているのなら、ちゃんと思いは伝わって来るものですよ。 
マスク越しでも喜んで頂いているのはわかります     (c)飯島隆
―― コロナの自粛期間中はどうされていましたか。
家でピアノを弾いたり、ヨガをしたり読書をしたり、今までやりたくても出来なかったことを中心に、充実した時間を過ごしました。後で振り返った時に後悔するのが嫌だったので、できるだけ有意義に過ごせるようにと心がけました。
―― 世界中からナマの音楽が消える時間を経験するとは思ってもいませんでした。コロナによる自粛に入る前後の演奏会は何でしたか。
どちらも大阪フィルの学校公演で、2月25日の次が7月11日でした。再開一回目にはベートーヴェンの交響曲第7番を指揮したのですが、久しぶりの指揮台でオーケストラのナマ音を浴びて、自分の体内に音楽が染み込んでくるのがわかりました。自分が生きている意味はこれなんだなぁと実感しました。忘れられないコンサートです。
―― 忘れられない演奏会…。デビューとなった定期演奏会はいかがでしたか?
本当に大きな舞台を任せて頂けた事に、今でも感謝しています。マーラーの交響曲第1番「巨人」を指揮していて、大阪フィルのダイナミックレンジの広さを認識しました。心の奥に語りかけるような繊細な音から、全世界を包み込むような壮大な音まで体感しました。
大阪フィルのダイナミックレンジの広さを実感しました     (c)飯島隆
―― 大阪フィルは本番に強いオーケストラだ!みたいな言われ方をたまに耳にしますが、本番に何か起こる事を想定して臨まれていますか。
メンバーは、本番で一番良い状態を迎え、爆発するためのリハーサルの過ごし方を熟知しているようです。指揮者にとって、リハーサル初日の最初の1時間はとにかく大切で、そこに全神経を集中させて臨んでいますが、そこに照準を合わせ過ぎると、その後のリハーサルの中での構築が上手くいかないこともあります。最終目的地は、あくまで本番に在るんだということを、大阪フィルの皆さんが教えてくれたように思います。オーケストラの皆さんと最後、完全燃焼できる様に、今をどう過ごすかを考えてリハーサルを進めるよう、最近では心掛けています。
―― リハーサルの後などに、メンバーと飲みに行くようなことはありますか。
さすがにコロナの今は無理ですが、以前はよく行っていました。そういう付き合いは他のオーケストラとはあまりありませんが、大切なことだと思います。自分の気付いていないことを教えて頂いたり、違う意見をぶつけられる事もあります。そういうコミュニケーション無くして、自身の成長も、現場での良い音楽作りも無いように思います。現在40歳ですが、指揮者の世界ではまだまだ若手だと思います。一番怖いことは何も言われず、何も気づかず成長しないことです。いろいろな提案やフィードバックを頂くことは大切なことだと思います。
メンバーとコミュニケーションを取ることは大切です     (c)飯島隆
―― 角田さんは、日本のプロのオーケストラはほとんど指揮されているのではないでしょうか。指揮出来るオーケストラが有ってはじめて成立するのが、指揮者という仕事だと聞いたことがあります。とても恵まれていますね。
ある意味、器楽奏者の楽器が、指揮者にとってのオーケストラだとも言えます。おかげさまでほぼ全てのオーケストラを指揮させて頂きました。本当にありがたいことです。朝比奈隆先生が、「1回でも多く、指揮台に立ちなさい」と言われた意味がよくわかります。指揮台で学ぶことの多さたるや。現場の空気感の判断、言葉の選び方、指揮棒の動かし方1ミリの違いなどで、全然違う結果になります。
兵庫芸術文化センター管弦楽団を指揮する角田鋼亮     (c)飯島隆
―― 角田さんと話をしていて、とてもハナシが理路整然としています。最近では指揮者に、指揮するだけでなく、司会進行や、時にはレクチャーなども求めるケースもあります。角田さんのように話せるのは強いですね。
それはもう、大阪フィルのおかげです。文化庁の学校コンサートで随分鍛えられました。毎回、同じプログラムで1週間ほど学校を回ると、子どもたちは毎回変わりますが、オーケストラのメンバーは同じな訳で、そこに向けて飽きさせない工夫が必要になります。また、大阪だけにお笑いのレベルが高い(笑)。繰り返しているうちに、少しずつ自信が持てるようになりました。
トークは大阪フィルで鍛えられました     (c)飯島隆
―― そんな大阪フィルとの関係ですが、いったん3月末で任期が終了します。
この5年間で大小合わせて100回近くの演奏会で共演していますが、特にこの半年でオーケストラとの関係性の深まりを感じました。実は今日、皆さんから寄せ書きを頂きましたが、そこに書いてあるメッセージが「お元気で」や「頑張ってくださいね」ではなく、「これからもよろしく」や「また来てね」、「一緒に良い音楽を作りましょう」といったこの先の関係性に触れたものが多かったので、とても嬉しかったです。思わず泣きそうになりました。
大阪フィルとの新たな関係が楽しみです     (c)飯島隆
―― それは素敵な話です。これから大阪フィルとの新たな関係が始まるのですね。
ポジションを離れるタイミングで、次の公演が楽しみだと言える事が、本当に幸せです。既に4月、5月、7月と3回の共演が決まっています。
―― 既に決まっているプログラムもあると思いますが、この先、大阪フィルと演奏したい曲などぜひお聞きしたいです。
最愛の作品の一つ、マーラーの「復活」は是非大阪フィルと演奏したいです。あとは、ツェムリンスキー、シェーンベルク、シュレーカーなどの作品は、大阪フィルの濃厚なサウンドで味わいたいです。演奏会形式でもいいので、オペラを上演するのも夢です。ワルキューレの第1幕はいかがでしょうか。
―― 角田さんの指揮で大阪フィルによるワーグナーのオペラが演奏されることを祈っています。最後に皆さんにメッセージをお願いします。
いつも大阪フィルの演奏会に足を運んでくださりありがとうございます。5年間という期間でしたが、大阪フィルと大阪の街から学んだことを、さらに昇華して帰ってきます。成長した角田鋼亮を見て頂けるようしっかりと励んで参ります。どうぞ引き続き、よろしくお願い申し上げます。
これからも角田鋼亮をよろしくお願いします!     (c)H.isojima
取材・文=磯島浩彰

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