「バレエ公演再開の先駆けにしたい」
第31回清里フィールドバレエ『白鳥の
湖』開催に向けて今村博明(総監督)
&川口ゆり子(芸術監督)にインタビ
ュー

2020年7月30日(木)~8月8日(土)、山梨県・清里高原の観光施設・萌木の村の特設野外劇場で第31回清里フィールドバレエ『白鳥の湖』が行われる。今村博明(総監督)・川口ゆり子(芸術監督)が主宰し東京・八王子市を拠点に活動するバレエシャンブルウエストが創立の年(1989年)以来30年にわたり上演してきた清里の夏の風物詩だ。新型コロナウイルスの影響でバレエ公演も中止・延期が相次ぐが、野外公演という特性を生かし対策を講じて開幕を目指す。今村・川口に今年の清里フィールドバレエに賭ける思いや近況を聞いた。

■ダンサーたちを信じて過ごした自粛期間
――川口さんは先日、第六十八回舞踊芸術賞(東京新聞制定)を受賞されました。「舞踊芸術の向上発展に寄与した邦舞及び洋舞の舞踊家」に贈られます。お気持ちをお聞かせください。
川口ゆり子(以下、川口) ここ数年、淡々と一生懸命好きな道を邁進していたので受賞の報に少し驚きました。しかし、清里フィールドバレエも含め今村と皆で30年間歩いてきたことを認めてもらい力をいただきました。ただバレエが好きで、どうすればお客様にバレエを分かりやすく伝えられるかを考えてきました。周りの方々が助け導いてくれるので恵まれています。
川口ゆり子 舞踊芸術賞授賞式にて
――コロナ禍で政府から公演自粛要請が出る少し前の2月23日(日)に『白鳥の湖』全幕を上演しました。その後3月30日(月)~4月1日(水)の第9回全国バレエコンクール in 八王子は中止。そして6月7日(日)の『コッペリア』全幕は10月に延期しました。2月末からどのように過ごされましたか?
今村博明(以下、今村) 最初はどうやって教えや公演をしたらいいのか答えが見えませんでした。人が密になることが一番の問題でしたので、バレエ団もスクールも緊急事態宣言発令の前に閉め、約2か月休みました。再開は6月1日(月)からです。
川口 お休みの間はリモートのレッスンをしていました。
今村 皆が次に向かう目標になればと思って。4月頭までは『コッペリア』のリハーサルをしていたのですが、これは無理だなと。中止よりも延期ということで早めに動きましたが、将来・未来のことが見えないので決断は大変でした。
『タチヤーナ』川口ゆり子&逸見智彦
――それぞれ一舞踊家・個人として何を考え、どう過ごされましたか?
川口 私はいつもと同じようにやっていました。スタジオでひとりだけで稽古をしていると、公演ができなくなってしまうのではないかという心配も忘れてしまいます。
今村 私は母親が亡くなったんです。コロナに感染したのではないですが。母は九州にいました。普段ならば私が東京を長く空けることはできません。でもバレエ団もスクールもお休みしていたので、母の最期の1週間を見舞うことができました。こういう時期ではありましたし、個人的には寂しかったのですが、バレエの神様がこのような時間をくださったんじゃないかなと勝手に思いました。
――団員の皆さんはどのように過ごしていましたか?
今村 それぞれ自分のやり方をしていたみたいです。踊る機会に備えて体を整えるために自分のメソッドを見つけたのではないでしょうか。
川口 LINEのグループを作って「皆を信じるから各自で頑張ってください」と伝えました。皆大人ですから。でも、リモートレッスンをすると皆から「ありがとうございました!」というメッセージがたくさん来るんですよ(笑)。
今村 自分たちの周りから感染者を出さないように努める時間は大事です。それを過ごしたから次に行ける。日本中のダンサーたちがそうして頑張ったのではないでしょうか。
『タチヤーナ』

■対策を怠らず、力を合わせて開催へ
――7月30日(木)~8月8日(土)に第31回清里フィールドバレエを行います。当初チャイコフスキー生誕180周年として『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』『白鳥の湖』の3演目を予定していましたが、『白鳥の湖』1本に絞ります。
今村 緊急事態宣言が解除されればリハーサルができるだろうと想像していましたが、なかなか難しい。人が密になってはいけないとなると、バレエのリハーサルはできないんですよ。3演目を稽古する時間はとれないと判断しました。そして、お客様に喜んでいただけるものは何だろうかと考えると『白鳥の湖』ではないかと。
内容的にはパ・ド・ドゥとか接触があるから難しいのではないか、コール・ド・バレエ(群舞)もあまりくっつかず離れた状態でないとまずいのではないかと考えたりもします。リハーサルでもコール・ド・バレエを8人ずつくらい集めるのを繰り返して最終的に一緒になれるようにします。バレエ団のクラスも人数を少なくして、2クラスだったのを3クラスするようにしています。
川口 チャルダッシュ(ハンガリーの踊り)の練習をしたのですが、男性と組まないようにしたり、手袋しながらやったり、いろいろ考えました。
今村 接触はいけないとなると手をつなげないので本番だけにしようかとか、そのあたりを模索中です。客席は全席指定席にして前後左右を開けます。人数も例年の半分しか入れません。お客様が不安にならずに楽しんでいただいてバレエ公演再開の先駆けになれば。
第31回清里フィールドバレエ チラシ表面
――制作の舩木上次さん(萌木の村株式会社代表取締役社長)は清里を全国にアピールするリーダー的存在です。舩木さんをはじめとする地元の方々と長年信頼関係を築かれていますが、今年の開催について皆さんとどのように話していますか?
今村 最初は無理かもしれないという話も出ました。でも野外の強みがありますし、楽しみにしてくださっているお客様もいらっしゃいます。
川口 医療関係の方から励まされ少し安心しました。もしかしたらできるんではないかという気持ちが出てきました。
今村 医療関係者も助言してくださり心が開きました。対策を怠らずにやらなければいけないので、今そこに取り組んでいます。更衣室も密にならないように3つくらいの場所を作って着替えをしたり、バーを掴むときも間隔を開けたり、精いっぱいの対策をしています。現地でもレッスンのクラスを分けたり、宿舎でも密にならないようにしたりします。
山梨の観光産業も下火になり上次さんも「少し元気にならないとだめだね」とおっしゃっています。やると決まったからには皆で力を合わせてやります。
清里フィールドバレエ『白鳥の湖』

■『白鳥の湖』を清里で踊る・観る喜び
――『白鳥の湖』へのこだわり、清里フィールドバレエで上演する魅力を教えてください。
今村 初めてバレエを見る方にとって衝撃的で素敵な作品だと思います。白いバレエの魅力というものがあって、萌木の村の自然のなかに白鳥の群舞が出てくると凄くきれいです。クラシック・バレエの代表作なので、多くのお客様に観ていただいて、バレエの振興につなげていければ。毎年やってもいいくらい素敵なバレエです。
川口 とにかく清里の舞台は白にはかなわないです。何をやっても夜空の下での白い衣裳のきれいさにはかないません。
今村 物語があるものって惹き込まれるじゃないですか。ただ踊りがあるだけよりも。だから清里フィールドバレエでも全幕バレエが好まれています。
川口 清里で踊ると(最後の)第4幕が何ともいえなくて。稲光が自然に出たり、露が降りてきたりして素晴らしいなと。お月様が出るときもありますし。
今村 劇場では辛さとか苦しみとかを忘れる時間を過ごせます。おまけに清里フィールドバレエでは自然に囲まれて生きているということを感じます。

清里フィールドバレエ『白鳥の湖』小野絢子&福岡雄大

――今年の『白鳥の湖』には新国立劇場バレエ団の小野絢子さん&福岡雄大さん、東京バレエ団の上野水香さん&柄本弾さんも登場します。近年は海外からのニーナ・アナニアシヴィリさんをはじめとしてゲストも入りますね。
今村 小野さん、福岡さんにはたくさんのファンがいるので、私たちが知らないお客様に観てもらえるチャンスです。水香さんには去年初めて出ていただきました。もっともっと外に向かって発信できることはうれしいですね。それに優秀で素晴らしい方たちと交流できます。ニーナさんが来てくれれば、ニーナさんのバレエに対する思いを皆が感じて、そこからそれぞれが学ぶことが多くなります。
川口 雄大さんたちはフランクで皆と話し合って一緒にやってくださる。うちの子たちもますます彼らのために踊ろうという感覚が出てくる。水香ちゃんは小さい頃から知っていますし、(昔一緒に踊っていた)逸見(智彦)くんや正木(亮)くんと楽しい時間を過ごしました。以前には(下村)由理恵ちゃんとかにも来てもらいました。皆さん違った感覚をお持ちです。だから『ジゼル』の解釈にしても、うちでは私が踊るものしか見ていなかったので、バレエ団の子たちにとって勉強にもなります。
今村 皆さん「もう一度出たい!」と必ずいってくれます。彼女たちのおかげもあり清里フィールドバレエを広く知ってもらえるようになりました。
(左から)上野水香(c)KENTARO MINAMI 柄本弾(c)Nobuhiko Hikiji
――清里フィールドバレエは昨年で30回を迎えました。実感はありますか?
今村 物事が私たちが知らないところで動くようになりました。旅行社がツアーを組んでくれますが、こちらからアピールしたわけではないんです。
川口 雑誌などでもたくさん取り上げていただけるようになりました。
今村 本当に広がってきたんだなという気がしますね。
――日本のバレエの観客層はまだまだ薄いのが現状かと思います。でも清里フィールドバレエは30年にわたって多くの一般観客を集め続けています。
今村 噂を聞いて駆けつけてきたお客様をがっかりさせないようにしなければいけない。来てよかったと思っていただける舞台を創りたいですね。
清里フィールドバレエ『白鳥の湖』

■「古典を大事に次の世代につなぎたい」
――今年の清里フィールドバレエには出られませんが英国ロイヤル・バレエ団の佐々木万璃子さんが出演する年もあります。そして、柴田実樹さん、川口まりさん、藤島光太さんといったスター性もある若手が育ってきました。さらに吉本真由美さん、松村里沙さんといったベテランが健在で、山田美友さん、染谷野委さん、土方一生さんら中堅も揃っています。また土田明日香さんも加わりました。層が厚くなってきましたね。
今村 そこに関しても清里フィールドバレエの存在が大きいです。公演期間が長いと、いろいろな役が踊れるし主役の機会もある。それを30年やり続けてきました。実践を伴わないとなかなか出てこられないんです。柴田もこの間初めて『白鳥の湖』に主演して今回2度目ですが自信になっていますね。
『白鳥の湖』柴田実樹
――指導も少しずつ後進に任せているんですよね。
今村 教師もバレエミストレスも育てなければいけません。人は財産ですから。バレエは皆でやる芸術です。信頼できるダンサー・スタッフとやることが芸術として皆さんにお見せすることだと思います。私たちにとって皆が財産です。
――バレエシャンブルウエストの団員の方々は長く定着しているという印象を持ちます。家族的というだけでなく、そうでなければ出せない味や芸術性があるのではないでしょうか。
今村 そこが大事です。皆の心が通じ合い皆で創り上げていくパッションがないとできません。
川口 清里があるから長い時間を過ごすことができるということもあります。
『ダイアナとアクティオン』川口まり&藤島光太
――川口さんは現役で踊り続けていらっしゃいます。そのことを通じて後進に伝えたいことは何ですか?
川口 長年踊ってきても毎回毎回違う感覚があります。前はただテクニックをやるだけだったんですが、感情が自然に変わってきたのが自分でも分かるんです。それを見て感じてくれたらなと。ちょっとの間(ま)とかの違いを一緒に動いて伝えることができるから。もう限界ですけれど伝えたいですね。
『白鳥の湖』柴田実樹
――最後にバレエシャンブルウエストの今後の展望や抱負をお聞かせください。
今村 古典バレエを大事にしながら、川口が最初にいったようにお客さまがよく分かるような作品を残し上演していきたい。それは多分不変で流行に左右されないので、地道にやっていければいいかなと。それから新しい世代の子供たちにバレエを見てもらうことをとても重視しています。八王子の小・中学校の生徒をオリンパスホール八王子での公演の3階席に招待しています。また、ここ5、6年は文化庁の巡回公演事業を行っています。『くるみ割り人形』を学校用に作り直してダイジェストをやるのですが、子供たちの反応はいいですよね。
川口 アンケートを送っていただくのですが、読んでいて楽しいです。
今村 もっともっと公演回数が増え、お客さんも増えてほしい。今観ている子供たちが大人になって劇場に行ってみたいなと思えるようにつなげていきたいですね。長いスパンでみていかないといけない。昔の先生方のおかげで今の時代があるので、私たちが次の世代につなげていく。良いものをきちんとやって次へと渡していきたいと思います。
取材・文=高橋森彦

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