古川雄大インタビュー 『ロンドン・
ナショナル・ギャラリー展』音声ガイ
ドで知った美術館の魅力

上野の国立西洋美術館で、展覧会『ロンドン・ナショナル・ギャラリー展』が開催される。展示されるのは、英国が誇る世界屈指の美の殿堂、ロンドン・ナショナル・ギャラリーの所蔵作品だ。レンブラント、フェルメール、ベラスケス、ゴヤ、さらにゴッホ、ターナー、モネ、ルノワールまで、時代を横断した名画61点のすべてが日本初公開作品とあり、アートファンの間で注目を集めている。

そんな展覧会の音声ガイドでナビゲーターをつとめるのが、俳優の古川雄大だ。帝国劇場のミュージカルで主演をつとめ、テレビドラマや映画でも存在感を放ち、音楽でも才能を発揮する古川が、どのような語りで展覧会を案内し、作品を解説してくれるのか。会場を訪れた古川に話を聞いた。
※開幕が延期となりました。開幕後も混雑対策のため鑑賞券の販売方法や展示室への入場方法が変更となる場合がございます。最新情報を展覧会公式サイトで必ずご確認ください。
『ロンドン・ナショナル・ギャラリー展』音声ガイド・古川雄大
古川雄大と巡る、ロンドン・ナショナル・ギャラリー展
──音声ガイドは、初めての挑戦だったそうですね。レコーディングはいかがでしたか?
一言でいうと、とても大変でした(笑)。「説明する」って難しいですね。レコーディングに入る前まで、わりと抑揚のある読み方を想像していたんです。でも現場で「少し淡々と読んでみてください」とアドバイスをいただいたり、「その中で、ときにはちょっと感情を入れて」などご指摘いただいたりしながら、やらせていただきました。たしかに誇張しすぎるよりも、淡々と読みながら、際立てたいところは意識的に普段とイントネーションを変えて……としたほうが、聞いてくださる方の頭にスッと入っていくんでしょうね。でもその度合いが難しくて! どこまで感情を込めるか。どう変化をつけたら、より聞きやすくなるか。ナレーションの難しさを知りました。
──音声ガイドを聞かせていただきました。たしかに淡々としたクールな中にも親しみやすさのある、舞台やテレビドラマで聞くよりは、いまお話を伺っているのに近いトーンで解説をされていました。
それはあるかもしれません。「役を演じるより、聞いている方と一緒に歩いて解説をするように」ともご指導いただいたんです。音声ガイドのイヤホンを耳につけている側のそばにいて、話しかける距離感をイメージしました。
『ロンドン・ナショナル・ギャラリー展』音声ガイド・古川雄大
本物の名画から伝わってくること
──『ロンドン・ナショナル・ギャラリー展』を、実際にご覧になっていかがでしたか?
やっぱり面白いです。古いものは500年以上前の絵もありますが、長年この品質を保ってきたということに驚かされました。色鮮やかで、パパッと書かれたサインもきれい残っていて。自分がナレーションをした内容について、「こういうことか」とあらためて理解するところもありました。レコーディングの時にいただいた資料で、言っている意味はもちろん分かっていたのですが、実際に本物を鑑賞してみると、細かい部分までリアルに伝わってきます。
たとえば最初の展示室にある《聖エミディウスを伴う受胎告知》。ナレーションでは「立体的に描いています」「林檎と瓜が落ちそうです」といった説明をします。その奥行きの表し方、実際に絵の具が厚塗りされているところから、あえて薄く描かれているところまで、生の作品だからこそ見て、感じられることがたくさんあるんですね。
カルロ・クリヴェッリ《聖エミディウスを伴う受胎告知》1486年カルロ・クリヴェッリ《聖エミディウスを伴う受胎告知》(部分)。林檎と瓜が立体的に描かれている。
──厚塗りといえば、先ほど古川さんは、ゴッホの《ひまわり》を色々な角度からご覧になっていましたね。
《ひまわり》を観るのは初めてだったのですが、絵の表面がこれほどゴツゴツとしているなんて、知らなかったんです。とくに花の部分は厚く塗られていて。この質感によって、黄色の見え方も変わってくるんですよね。ゴッホは、ここにものすごくこだわったんだろうな、と感じました。
『ロンドン・ナショナル・ギャラリー展』音声ガイド・古川雄大/フィンセント・ファン・ゴッホ《ひまわり》1888年
──3/19に発売された古川さんの写真集『Gradation』にちなみ、グラデーションを感じる作品はありましたか?
どの作品にもグラデーションは感じますが、中でもモネの《睡蓮の池》。一枚の絵の中に、色んな緑が使われているんですよね。植物だけでなく、池にかかる橋まで。橋はきっと実際にはその色ではないけれど、光を浴びたり、色が混ざったりして、緑に染まってますよね。まさにグラデーションですね。
クロード・モネ《睡蓮の池》1899年
──他に興味を惹かれる作品はありましたか?
人物画は、描く人の個性が出て面白いと思いました。細かくリアルに描く方もいれば、ルノワールのように揺れるように描く人もいる。《劇場にて(初めてのお出かけ)》は、劇場の熱気を表すために、揺らぐように描いているのかなと思いました。
ピエール=オーギュスト・ルノワール《劇場にて(初めてのお出かけ)》1876-77年
音声ガイドをきっかけに面白いと思ったのは、ゴヤの《ウェリントン公爵》です。肖像画だから、勲章をたくさんつけて立派な人物として描かれるのが普通ですし、それがステイタスになる。なのに、この絵は違うんですよね。「なんでこんな表情をしているんだろう」と想像をふくらましていく楽しさを知りました。自信満々に描いてほしい公爵、人の本質を見ぬいてリアルに描きたいゴヤ。そういう見方もあるんだなって。
フランシスコ・デ・ゴヤ《ウェリントン公爵》1812-14年
作品に対して作家の思いがあり、色々な解釈があり、想像していく面白さもある。美術鑑賞には、音楽と通じる楽しさがあるんだなと思いました。
何かをきっかけに本物に触れて
──役作りを意識して、美術展や美術館に行くことはありますか?
ミュージカルのために、ということは、経験がありませんでした。ニューヨークでMoMA(二ューヨーク近代美術館)に行ったり、オーストリアに行った時に美術館に寄ることはありました。でも日本の美術館は……正直、美術館に敷居の高さを感じてしまっていたんです。絵を前にして、一体何を感じたらいいのか、想像できない部分もありました。でも音声ガイドの仕事をやらせていただいたおかげで、「1枚の絵から、こんなに多くことを語れるんだ」、「画家はそんなことを考えながら描くんだ」と勉強できました。そして今日、本物を目の前にして、感じ方や楽しみ方を実感できた気がします。これは僕のように、普段美術館に行かない方でも、音声ガイドを聞きながら観ていただくことで、同じように発見があり、楽しんでいただけることだと思います。
『ロンドン・ナショナル・ギャラリー展』音声ガイド・古川雄大
──ミュージカル鑑賞と美術鑑賞で、何か通じるところはありましたか?
ここ何年かミュージカルがブームと言われていますよね。これはミュージカル界で先頭に立つ方々が、テレビにもたくさん出て、世間に広く認知されて、ミュージカルに興味をもつ方を増やしてくださったおかげです。ただ、ミュージカル自体が良くなければ、その先には続きません。人気が広がったのは、敷居を感じていた皆様が何かをきっかけに劇場に来てくださり、作品を観て、“ミュージカルそのもの”の魅力に触れることができたからなんじゃないかと思うんです。この展覧会では、それと似たものを感じました。美術館に訪れてみないと、名作と言われる絵画を生で見る機会ってなかなかありません。でも一度本物に触れたら、すごく引きこまれてしまう、面白く感じられる世界だと思いました。理解が深まれば、楽しみは倍増するのだろうなとも思います。
──古川さんをきっかけに、この展覧会に興味を持ってくださる方も大勢いらっしゃると思います。
そういう方がいてくれたら、嬉しいですね。今まで美術館に興味のなかった人にも、音声ガイドと一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。もともと美術鑑賞がお好きな方にも、より深く楽しんでいただけるガイドになっていると思います。
『ロンドン・ナショナル・ギャラリー展』音声ガイド・古川雄大
『ロンドン・ナショナル・ギャラリー展』は、国立西洋美術館(東京・上野)で6月14日まで、その後、国立国際美術館(大阪・中之島)へ巡回予定。古川雄大による音声ガイドは、収録時間約35分。展覧会のエントランスにて貸し出しされる(予約不要、600円)。
取材・文=塚田史香 撮影=大橋祐希

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