ダンサー森下真樹がソロデビューから
15年の軌跡と未来を見せる『てんこも
り』を神奈川県・スタジオHIKARIオー
プニング記念で上演

僕(いまいこういち)はダンサー・振付家の森下真樹の追っかけをささやかに公言している。2017年末に踊ったベートーヴェン『運命』全4楽章がさまざまなに展開し、最近は各楽章がそれぞれ独立して各地で踊られるなど、関連の企画が続いていた。そんなところに直接、森下からメルアドを教えてほしいという連絡。今度は森下を生んだ発条トという伝説のカンパニーから独立してからの15年とこれからの未来とを凝縮した公演、森下真樹 現在・過去・未来『てんこもり』を行うという(2019年3月19日〜21日、神奈川県青少年センタースタジオHIKARI)。それを聞いて、久しぶりに森下のfacebookを覗くと、何やら衝撃の写真が……。
「てんこもり」チラシ写真 (c)️427FOTO
――facebookを拝見したら、何やらこの寒さのなか、驚くような写真を発見しました。
森下 この間、北海道の知床に出かけて、マイナス7度の中、MIKIKOさん振付の『運命』第一楽章を踊ってきたんです。写真家・冒険家の石川直樹さん(『運命』第三楽章の振付を担当し、富士山の頂上で強風に飛ばされそうになりながら踊る森下の映像が上映された)が一緒で、流氷の上で踊って、それで穴が空いてドボンと落ちる絵が撮りたいと言われたんです。「この流氷に穴が空くまで踊るんですか?」と聞いたら、「そうだ!」っていつものスパルタで言われて。「ツルツル滑ってもうダメです」と言った途端にドボンと海の中に落ちました。
――この先、石川さんと森下さんはどこへ向かっていくんでしょう。
森下 石川さんすごく変わっていて、すごく面白いんですよ(笑)。富士山の次はエベレストにも誘われたんですけど、それは予定が動かせずに断ってしまったんです。今回の知床での映像も『運命』プロジェクトの一環として公開できたらなあとは思っているんですけど。全楽章を劇場でやる、オーケストラの生演奏で踊るというのは変わらず夢としてありますけど、最近はそれぞれの楽章を独立させていろんなところで上演しているんです。第一楽章を氷の上で踊ったり、第三楽章を石川さんの御殿場での展示会場で踊ったり、第四楽章を青森の田んぼをステージに踊ったり、いろんな広がりを見せています。
若手の登竜門「スタジオHIKARI」のオープン記念で森下真樹ベスト版
――ところで、神奈川県立青少年センターで『てんこもり』という作品を上演されます。
森下 この会場は、高校や大学の演劇部、ダンス部のみなさんが必ずここでやるというほど、登竜門的なホールなんですって。前川國男設計の建物のある空間を「スタジオHIKARI」という小劇場にすることになって、ここをより若者がステップアップするための場にしたいそうなんです。それでオープン記念公演をやってくださいと去年の年末にお声がけいただいたんですが、大急ぎでいろんなことを調整して企画したのが『てんこもり』です。
――『てんこもり』というタイトルが、森下さんらしいユーモアにあふれたものです。どんな作品を目指しているのですか?
森下 私がダンスを本格的に始めた発条トというカンパニーは去年結成20年で、発条トの企画で自分でソロ作品をつくってから15年なんです。『デビュタント』というタイトルのデビュー作で、もういろんな国で100回以上踊っています。15年も踊り続けている作品なんてすごいですよね? 
――デビュー作を変わらず踊り続けるって確かにすごいことだと思います。何かいろいろ発見することもあるんじゃないですか?
森下 いわば『デビュタント』は自分にとっての物差しになるんですよね。踊りもそうですし、衣裳が入らないというのも一つ(笑)。
――ということは、デビュー当時の衣裳を今も使っている?
森下 そうなんです。破れてほつれたところを母親に直してもらって初代のまま使っています。自分の身体がどう変化しているか、この衣裳を着るとわかる。ある動きをするとブチっと破れたりするわけですよね。公演のたびに衣裳に身体を合わせるように頑張るわけですけど、今回はまだ怖くて着てないんです。あの衣裳を着られる身体をつくるということが、再現するということにもなりますよね?
――いえ、僕はそこまで求めようとは思いませんけど。
森下 いえいえ、自分ではそういうことだと思っているんです。また『デビュタント』には無音のシーンがあって、その時間をどう使うかも変化してきた部分です。昔はせっかちで、間が持たなくて短かった。ところが10年くらい経ってたっぷり間を取るようになりました。何もない気まずい時間を楽しめるようになってきたというか。観客と向き合う余裕、遊びみたいなものですが、一概に良くなったとも言えないかもしれません(苦笑)。『デビュタント』は社交界に初めてデビューする娘という意味で付けたタイトルですが、図々しくなり、貫禄がついてきてしまいました。
――そのデビュー作のほかはどんなふうな構成ですか?
森下 この公演をやるにあたって自分にどんな作品があるか振り返ったんですよ。15年間ですごい数の作品をつくってきたはずなのに、意外と再演、再現できる作品がない(苦笑)。つまり地域に滞在して、そこでしか上演できない作品ばかりだったんです。必ずしも劇場空間ではなく特殊な場所でもやってきた。人のお家で踊ったり、野外も多かった。美術館で評論されながら踊ったりなんていうこともありました。だから選ぶほどでもないというか。最近の代表作で言えば『運命』ですが、第四楽章だけやろうと思っています。第四楽章は歓喜の踊りなんですけど、それを幕開けに「リニューアルオープンおめでとうございます!」という思いとともに踊って、まずは盛り上げようと。そのあとは森下スタンドのメンバーを紹介するようなダンスがあったり、私のソロがあったり、私のソロだったものを3人で踊ったり、ベートーヴェンの『第九』を群舞で踊ったり、いろいろ織り交ぜた森下真樹ベスト版になる予定です。そういうわけでがっつり踊るんですけど、今90分くらいになっています。なんとか70分くらいにしたいんですけど。
撮影:石川直樹
撮影:石川直樹
若い優れたダンサーの肉体を料理したくなった森下スタンド
――そうそう、森下スタンドについて教えてください。
森下 2016年にオーディションをして……
――そう言えば、これだけ森下真樹の記事を書いてきたのに、プロフィールに入れたことありませんでした。
森下 はい、今回初めて入れました。2年ほどみっちり稽古をして、森下スタジオの大きいスタジオでお披露目、旗揚げトライアル公演をやったんですよ。それでようやく「森下スタンド主宰」という肩書きを入れてみようかなと。そういう意味では、フルメンバーではないんですけど、今回が初めて名前を出してやる公演になりますね。
――どうしてカンパニーを持とうと思ったんですか?自分の遺伝子を残そうとか。
森下 遺伝子をとはまったく思っていないんですけど。私はダンス以外の分野のアーティストさんと一緒につくることはいろいろやってきました。その中で踊るのも一人とか、多くても3人くらいなんです。だから森下スタンドでは、群舞作品をつくってみたいなと思ったんですよ。実は群舞には苦手意識があって、ずっと避けてきたんですけど、あえてそこにチャレンジしようと。経験を積んできて自信がついたんでしょうか? もう一つは自分の振り付けで自分が踊るということに飽きたのかもしれません。それで新しい風を吹かせたくなったというのもあります。『運命』で4人の振付家にお願いしたのもその流れです。ほかの振付家にお願いしてソロを踊る、自分が多くのダンサーに振り付けをしてみたい、この二つが現在の思いです。
――若いダンサーさんはいかがですか?
森下 もうスポンジのようですね。吸収が早い。それは(発条ト主宰の)白井剛君も言ってました。森下スタンドのメンバーに発条トの作品を踊ってもらう機会があったんですけど、2、3回稽古すれば、私たちが何年もかけてやってきたことができちゃうんですよ。自分たちの若いころはそんなに踊れなかったですから、それに比べるとダンサーとしてとても器用です。私、あるコンペティションの審査員をやったときに感じたんですけど、今の若いダンサーは素晴らしい身体能力を持っていても、作品をつくるときに面白いものをつくれるかは別なんだと。見ていて私だったらもっといい方向に持っていかれるんじゃないかなと。めっちゃ動けるその身体を借りて料理をしたくなったということですね。自分にはできない動きをするし、自分の知らないことを見せてくれるので、そこが魅力です。でも今の若い子は忙しい(笑)。聞くとスケジュール帳が真っ白だと不安らしくて、みんな2カ月前には予定を埋めるって。だから直前に稽古を入れたいと言っても難しい。学生の子もいるし、ユニット組んでいたり、ソロで作品を発表している人もいるんです。忙しいし、お金もないけど、とにかくがむしゃらで、やる気、ガッツがあるんです。なんかガッツってすごく久しぶりに口にしましたね。若いメンバーに言ってもわからないかもしれない(笑)。
――改めて『てんこもり』に込めた思いを教えてください。
森下 私の15年の軌跡を見ていただくというコンセプトですが、どう見えるんでしょうね? 自分としては振り幅の広い踊りをそろえたつもりなんですけど、意外に「全部、森下さんだね、そのままだね」と言われるかもしれない。そして私の未来がお見せできればと思います。
《森下真樹》幼少期に転勤族に育ち転校先の友達作りで開発した遊びがダンスのルーツ。高校創作ダンス部、大学モダンダンス部を経て、卒業後、OLをしながら「Study of Live works発条ト」「伊藤キム+輝く未来」「まことクラヴ」などのカンパニーでダンサーとして活動。2003年ソロ活動を開始、以降10か国30都市以上でソロ作品を上演。近年は様々な分野のアーティストと積極的にコラボレーションを行う。2013年には現代美術家 束芋との作品『錆からでた実』を発表、第8回日本ダンスフォーラム賞を受賞。2016年には若手ダンサーと実験的な場を求め新カンパニー「森下スタンド」を発足。100人100様をモットーに幅広い世代へ向けたワークショップや作品づくりも盛んに行う。周囲を一気に巻き込み独特な「間」からくる予測不可能、奇想天外ワールドが特徴。
取材・文=いまいこういち

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