笠井叡にインタビュー~澁澤龍彦『高
丘親王航海記』を黒田育世、近藤良平
ら豪華キャストで舞台化

時は貞観7年(865年)、平城天皇の皇子である高丘親王は唐から天竺を目指し従者たちと航海に出る――。澁澤龍彦(1928‐1987年)の小説『高丘親王航海記』は作家の最晩年に書かれ死後刊行された幻想的な物語だ。そのカルト的名作を澁澤と親交の深かった舞踏家・振付家の笠井叡が「迷宮ダンス公演」として舞台化する。出演が笠井の他、黒田育世、近藤良平、酒井はな/寺田みさこ(Wキャスト)ら豪華な面々なのも目を引く。2019年1月11日(土)、12日(日)に京都、1月24日(木)~27日(日)に東京で行う公演を前に笠井に取材した。
澁澤龍彦という人の身体的存在の大きさ
――澁澤龍彦の『高丘親王航海記』を舞台化しようと思われたのはどうしてですか?
澁澤さんが亡くなられたのは1987年、今から約30年前です。澁澤さんの最後の作品ですが、すぐに舞台化する気にはならず時期を待っていました。去年(2017年)、澁澤さんの没後30周年でしたので、そろそろかなと思いました。実をいうと、ちゃんと読みこんだのは公演をやろうと決意してからです。澁澤さんの本は出るとすぐに読んでいましたが、『高丘親王航海記』だけは遺言的なメッセージが入っているだろうし読むには勇気が必要だったんです。
――澁澤とは土方巽(1928‐1986年)の『バラ色ダンス』(1965年)等に出られていた頃から交流があったかと思います。どのような存在でしたか?
渋澤さんの周囲で言われていたのが「澁澤さんの本が好きなのか、あるいは澁澤さんという人間が好きなのか」ということ。澁澤さんは文学者でありながらそれを超える身体的存在があり、土方さんも嫉妬するくらいでした。(コンスタンディノス・)カヴァフィス(1863‐1933年)というギリシャの詩人がいて、若い人たちの体を神々のように礼賛し、若い女性の肉体的存在の美しさを愛でましたが、それは言葉よりも体が先にあるから書けるんですね。それに近いと思います。私にとっても澁澤さんの存在は身体的な意味がありました。
笠井叡 (撮影:高橋森彦)
――澁澤に間近で接した印象はいかがでしたか?
会話が絶妙で一言ひとことが決定的意味を持ちます。それも、ふとした言葉で。たとえば「俺と一緒に結婚するか?」みたいな言葉って大きいですよね。一言一言がそれに近いような、ある種の存在の重みをもって発せられる。カヴァフィスも書いていますが、高級娼婦というのは、その人と1日いられるだけで百万円払ってもいいというような人のこと。もちろん澁澤さんは娼婦ではないですが(笑)、そういう存在性を持っている。なので『高丘親王航海記』を踊りにするとなると、どうしても澁澤龍彦という存在を踊るという側面が出てきます。
――『高丘親王航海記』を読んで、どのような感想を持ちましたか?
一番大きいのは高丘親王が動物たちと出会うことです。儒艮(ジュゴン)に出会い、大蟻食に出会い、犬に出会い、獏に出会いというように、動物がこの物語の主役だと思うんです。澁澤さんがこう言ったことがあるんですね。「俺は人間ではなく動物に生まれたかった」と。本気だったみたいです。変な言い方ですが、澁澤さんは動物を人間だと思っていたのではないかと。人間では出せないある種もう一つの人間を動物に託し、我々にファンタジーとして提示する。『高丘親王航海記』は見方によっては道徳的な物語で、最後に悟りを開くような仏道を歩く小説です。ある程度史実に基づいていますが、ファンタジーを組み合わせているのがポイントですね。澁澤さんは他の作品でも現実に起きたことをファンタジーに変える手法を用いました。でも澁澤さんは幻想作家ではないんです。彼自身が生身で動物になりたいという衝動を持ち、人間そのものが幻想だと思っていた。『高丘親王航海記』を書いたのは、生涯をかけて追求したヨーロッパの異端思想を日本語に完全に生かしたかったからでしょう。澁澤さんの集大成だと思います。
『今晩は荒れ模様』2015年 (撮影:bozzo)
本番当日に何が起こるか、そこにすべてを賭ける
――『高丘親王航海記』は「儒艮」「蘭房」「獏園」「蜜人」「鏡湖」「真珠」「頻伽」という7つの章から成り、高丘親王の前に次々に動物や女性たちが現れます。どのように舞台化するのですか?
正直なところ、まだ実感をつかめていません。最初は自分一人で踊ってもいいかもしれないと考えました。お話に忠実に伝えるやり方もありますが、それならば小説を読めばいい。踊りがあり、音楽があり、舞台美術があり、必要なところに語りがある形で創るので、体を通して一つのイマジネーションを伝えることはできると思います。
――「語り」というのは?
7つの章の冒頭の言葉が入ります。大体それを聞けば流れが分かる。要所要所に言葉が入るので、筋を追えるし、音楽も聞こえてくるし、面白い感じにはなると思います。
――振付をどのように進めていますか?
私以外の20人の出演者に対し全部振付します。台本は映画台本と同じくらい厳密ですし振付も緻密です。でも、それだけではどうしても済まない。実は私が踊る高丘親王に関しては何をするか決め事はありません。自分一人で踊った『冬の旅』(2016年)は即興のように見えるけれど“セルフコレオグラフィー”と銘打って全部振付しました。今回は逆で全部即興です。本番当日そこで何が起こるかにすべてを賭けています。
『冬の旅』2016年 (撮影:bozzo)
――音楽にモーツァルトの『魔笛』を使うそうですね。
澁澤さんには、いい意味でモーツァルト的な軽やかさがあります。特に『魔笛』は明るくて、ほとんど長調で書かれていますし、内容も一人の男がさまざまな女性と出会って最後にエジプトの神殿の中で生まれ変わるというお話なので『高丘親王航海記』と似ていなくもない。そこで『魔笛』の音楽と澁澤さんの言葉を混ぜてみたら意外に合うんですよ。
――意匠・舞台美術・衣裳デザインはクリエイティブディレクターとして活躍されている榎本了壱さんです。
榎本さんと出会ったことも『高丘親王航海記』をやろうと思ったきっかけの一つです。榎本さんは寺山修司さん(1935‐1983年)の天井桟敷で活動していましたが、私は寺山さんとあまり一緒に仕事していないんですね。だから接点がなかったんです。2013年に大駱駝艦の麿赤兒さんと一緒に日本ダンスフォーラム賞大賞を受けた時の授賞式で出会い、それから彼の展覧会(2016年11月~12月「榎本了壱コーカイ記」)に行きました。すると澁澤さんの『高丘親王航海記』がテーマになっていて正直びっくりしたんです。「どうしてあの当時我々と一緒に活動しなかったのかな」と。榎本さんの書かれた絵は私のイメージとは違っていたのですが「こういうイメージがあってもいい」と思えたのでお願いしました。
――榎本さんとどのように打ち合わせをされていますか?
榎本さんの見方はかなりはっきりしていて、物語がきっちりと出る。どういう筋書きでどうなっているかがまず見えてほしい。それぞれの動物の特性が美術として現われますし、彼の中でイメージを具体化する方向で統一されています。だから、でっかい船や大きな虎も出てきます。衣裳に関しても稽古着だけというのは嫌なようです。
笠井叡 (撮影:高橋森彦)
――配役について伺います。笠井さん扮する高丘親王をめぐる人々は多彩ですね。藤原薬子を黒田育世さん、安展/狂王世隆を近藤良平さん、円覚/航海天文士カマルを笠井瑞丈さん、陳家蘭を上村なおかさん、秋丸を岡本優さん、パタリヤ・パタタ姫を篠原くららさんが踊り、春丸/迦陵頻伽を酒井はなさん(東京公演)、寺田みさこさん(京都公演)が競演します。日本を代表するバレリーナの酒井さんは笠井作品初登場となります。
はなさんを見ていると、あんなに柔らかいオーラを出すバレエダンサーは珍しいと感じます。春丸の役は一番柔らかい動きをするのでぴったりなんですよ。みさこさんも同じ春丸を踊りますが、はなさんと全然違って面白いですね。踊りに芯があります。育世さんには明るい面と暗い面、女性的な面と男性的な面があり、ナイーヴな感性と意志の強さを持つ人です。良平さんもソロになると激しいですね。彼には(主宰している)コンドルズとは全然違った新しい側面を出してもらいたい。(三男でダンサー・振付家の)瑞丈も少年っぽい感じがありましたが、ある種の落ち着きが出てくればいいなと。くららさんはd-倉庫でやった『白鳥の湖』に出てもらいましたが面白い人です。揺るぎない精神力と少女性を兼ね備え、舞台上では恐れおののく初々しさとしっかりとした自制心をもって踊るダンサーです。
――黒田さん率いるBATIK、それにオイリュトミーの方々が出られます。
BATIKの人たちは動きで魅せます。動物たちの出てくる場面は彼女たちにやってもらいますが、大江麻美子さんの儒艮とかいいですよ。オイリュトミーはBATIKとは正反対の空気感を出す踊りなので、水の霊とか地水火風とか風水的に気を出すシーンに出てもらいます。それと人がその中にいると血を吸われミイラになってしまう死の花も表現します。
『冬の旅』2016年 (撮影:bozzo)
一人ひとりの一番個性的な部分が出る舞台をやりたい
――高丘親王は真珠を呑み込んでしまい、死の病を得たと感じてから「死」を意識します。『冬の旅』でも「死」が色濃く感じられましたが、死に対してどのように考えられていますか?
第6章「真珠」で真珠は貝の病という言葉が出てきますが「一番高貴で綺麗で美しいものは病から生まれる」ということなのでしょう。50代の頃はこういうものがやりたいとは思いませんでした。澁澤さんが『高丘親王航海記』を書いたのは50代後半で、小説の中で高丘親王は67歳、そして私が現在75歳なので、自分が一番年寄りです(笑)。若い時は死を観念的に考えてしまいがちですが、今は現実です。だからちょうどいいのかなと思います。
――以前取材させていただいた折に「ダンスは時代を反映する」という信念をお持ちだと伺いました。今のこの時代に何を感じますか?
ダンスは確実に均一化されています。そこそこ説得力があり、面白く、諧謔的で、ユーモアもあり、明るくて、楽しくてという、そういう均一化されたものの中に入る傾向が多いですよね。皆あまり変わらないんじゃないかなと。そうじゃないものをやりたい。マイナーでもいいから、一人ひとりの一番個性的な部分が出てくるようなものをやっていきたいです。
笠井叡 (撮影:高橋森彦)
――最後にあらためて『高丘親王航海記』の公演への抱負をお聞かせください。
私の傾向として即興、出たとこ勝負の舞台も結構多いのですが、今回はものすごく緻密な振付を中心にした部分もあります。その両方がドッキングするといえるかもしれません。自分でもどうなるか分からないので怖いのですが、『高丘親王航海記』をやることを通して澁澤龍彦という人間そのものに結び付けられたら良いなと願っています。
取材・文・撮影=高橋森彦

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