“悲劇を上回る希望”を描く──『光
より前に〜夜明けの走者たち〜』作・
演出の谷賢一、出演者の宮崎秋人、木
村了、和田正人の作品にかける思いと

東京オリンピック銅メダリストの円谷幸吉と、メキシコオリンピック銀メダリストの君原健二。ライバルであり友人だったふたりの人生を通じて“なんのために走る=生きるのか”を探求する本作。稽古に先駆け行なわれた取材会には作・演出の谷賢一、円谷を演じる宮崎秋人、君原を演じる木村了、円谷のコーチ畠野を演じる和田正人が出席。これから始まる創作の時間に向け、それぞれの思いを語ってくれた。
ーー円谷幸吉さんの生涯はドキュメンタリーで語られることはあったが、物語として描かれるのはこの『光より前に』が初めてだとお聞きしました。作・演出の立場から、今回、実在のアスリートを物語の題材に選んだ理由からおきかせください。
谷:円谷幸吉・君原健二というふたりの男の人生、こんなにもドラマチックな人生がなぜ今までドラマ化されてこなかったのかは本当に不思議です。本作にはたくさんのメッセージが詰まっていますが……僕にとって一番気になるのは、「なぜそこまでして走るのか」ということ。共に力のあるランナーが居て、片方のランナーは栄光を掴むことができたが、片方のランナーは死を選ぶことになってしまった。なぜ君原健二は一度失意の底に落ちながらも復活できたのか、そしてなぜ円谷幸吉のあの有名な遺書の言葉が出て来たのか……。もう、興味があるところだらけ。単純に物語として哀しいモノや美しいモノがたくさん詰まっているなぁとも思いますし、彼らランナーを導いたりマネジメントしたりケアしたり……というところでいえば、今の人間、観客、あるいは会社で働いている人とかにとっても非常に貴重で参考になるような、教訓になるようなこともあるはず。そこを体現しながらもドラマとして埋もれてしまっている素晴らしい人たち、円谷と君原に演劇でスポットライト当てたいと思ったのが、選んだ一番の理由だと思います。
ーー円谷を演じる宮崎さんと君原を演じる木村さん。実在の人物を演じる上での役づくりの準備などはありますか?
宮崎:時代劇とかではなく、ここ何十年かの次元で実在されていた円谷幸吉という人物を演じる……君原さんはご存命ですし、円谷さんのことももちろんご存知。そういう“知っている人”がまだ生きている中で円谷さんを演じるのは正直「どうしよう?」ってところはあります。先日、そんなことを和田さんに相談したら、「とりあえず(円谷の出身地の)須賀川へ行ってみたら?」って言ってくださって、そうか、まずは円谷さんがどういう土地でどういう空気を吸ってどんな道を走ってたんだろう、というところから触れていこうとか、ミュージアムにも行きたいな、とか……今はそういうことも考えてます。また、舞台上で実際に走る走らないに限らず、極力走っている人たちの精神状況になれるように、身体づくりもしないといけないですね。
宮崎秋人
木村:君原さんはご存命で今も走り続けていらっしゃいますし、現代のマラソン選手たちにとって偉大な存在だと思います。今の僕は資料として君原さんの書いた本を読みつつ、どんな方なのかなっていうのは頭で思い描きつつ……君原さんとの共通項を探しているところですね。あと身体づくりを。でもひとつ思ったのは、役者の仕事って役づくりするのも演じるのも一人だし、評価を受けるのも自分自身で……作品づくりはみんなでやるけれど、やらなきゃならないことには孤独に向きあっていかなければいけない。走っている人たちもそういうところはありますよね。レース中は一人だし誰にも頼れないし、何度も折れながら、それでも走り抜けなければならないっていうのは大きな共通項。まずはそこを自分に重ねてみたり、自分の気持ちを君原さんへと寄せてみたり。気持ちをいろいろな方法ですりあわせている状況です。
ーー今回、青山学院大学陸上競技部の原晋監督が特別監修についてくださっていますが、和田さんが繋いだご縁だそうですね。
和田:もともと僕が去年日曜劇場『陸王』(TBS)というドラマでお会いして、そこから親しくさせていただいてるんです。僕自身も今の陸上界のこととかとても興味があって個人的にお話しを聞いたりってこともして来た中で、今回、監修をお願いするに至りました。僕もまた原さんとお仕事したかったですし、快く受けていただいてとても嬉しく思ってます。原さんは先を見て、陸上界の未来を考えて、もっとよくするにはどうするべきかをどんどん発言されている。閉鎖的なところがあるのは否めない陸上界に於いて、まさに今そこを変えようとする力を持った方。発信力の強い原さんの存在は本当に本当に心強いですし、こういうところから陸上業界を盛り上げていくってことにも繋がればホントに嬉しいですね。ただ……本番がある11月はすごく大変な時期なんですよ。箱根駅伝を前にして全日本大学選手権とかをやっている頃なので、もし監督になにかあったら次の箱根駅伝が……なんてことになったら大変! そんな緊張感もありつつ、僕も死ぬ気でがんばっていきたいな、と思います。
ーー取材前のレクチャーワークッショップでも話題にのぼりましたが、本作で最も重要な要素、「走る」ことについての意識はいかがでしょう? 
谷:まず僕が今日みんなに会ってよかったなぁと思ったのは、それぞれが走ることについて考えたり準備し始めている、動かし始めていることですね。心強いです。演劇はやはり稽古場に入って言葉で立ち上げていくモノですけど、その言葉を吐く身体がどういう状態にあるのかっていうことでも出てくる言葉って変わってしまうんですね。今回はやっぱりランナーの身体、ランナーの筋肉はある程度稽古前に作っておかないと、ランナーの精神にまでたどり着けないんじゃないかと思っていたので……そこに関する危機感や目標みたいなモノもすでにそれぞれの目線で持っていてくれてたっていうのが、一番嬉しかったです。
宮崎:ワークショップのときにどう走るのかいいのかなって和田さんにアドバイスをお願いしたら、タイムや距離など目的を明確に持つのがいいとおっしゃっていたので、今後はそうやって走ろうかな、と思っています。
木村:僕は元々走ることは好きで、ちょっと悩んでるときとかなにも考えずに走ってます。でもそれは競技ではなく趣味。レースをかけた競技者となると精神も全然違ってくるので……これからちょっと追い込んだトレーニングをし、“辛いけど走る”っていうことをやっていこうかなと考えてます。
和田:僕は今回コーチ役。走る側を演じたことは何度かあるんですけど、教える側の役は演じたことがなかったので、また新鮮な気持ちだなって思ってます。
和田正人
ーー和田さんはかつて箱根駅伝を経験し、陸上選手として活躍していました。
和田:僕が「今の自分はなんのために走るのか」って考えたとき……ランナーとしての目的はもうないですからね、そこで走るという行為は“お祈り”と一緒なんだなって思ったんです。ただただ走る。そのことが、自分が夢とか目標とかに向かっているときにもう一個、手が届くように助けてくれるんじゃないかな。病気もなく健康に居られるんじゃないかとか……自分だけじゃなく家族や関わってくれている人たちみんなにとってもね。だからちょっとでもこの作品が成功しますようにっていう思いを込めて、稽古に向け、俺もまた改めて走らなきゃなっていう気持ちでいます。
ーー選手にとっての「なぜ走るのか」は、みなさんにとっては「なぜ演劇をやっているのか」という問いになりますね。
谷:なぜやるのか。僕は……世の中をもっとよくしたい、と思っています。
宮崎・木村・和田:おお〜っ。
谷:この世の中にある不幸と貧困と戦争と……ありとあらゆる悲しみを追放していきたいと心から思うし、そもそも人間はもっと豊かに結びついたり友情を育んだり、愛を共有できるはずだと思うんですね。そのわりにはみんな苦しそうに生きてますけど(笑)。そこで、演劇ってモノを通じて伝えられる感動とか教訓とかは多いと思うんです。僕自身演劇で人生救われた人間なので、これをどんどん促していけば、すくなくとも一人、二人、三人……と、その思いが伝わっていって、最終的にはどうやって生きていったらいいかわからないと思っている人たちを減らせるんじゃないかなって思うんです。口幅ったいかもしれないですけど、それは僕が演劇に多大に救ってもらった分だけ恩返ししたいなって思う気持ちでもある。特に今回みたいな、それこそ人生とか生きるってことについて率直に向き合えるいい題材にめぐりあえたのは、ホントに巡り合わせだと思う。この作品をこういう素晴らしいキャストと一緒に、また、円谷幸一、君原健二、ふたりのコーチ……と、実在した人たちの魂も背負いながらちゃんとお客様にボールを繋げることができたら、きっと世の中よくなると思うし、苦しく生きている人がちょっとでも生き方について、新しい知見を得られるんじゃないかなと思うんです。そういうことのために、僕は演劇をやっております。
宮崎:僕は初めて関わった舞台が……まだ養成所に通っていた時期だったんですけど、それこそ舞台とか全然わからず、漠然と役者になりたいなって思っているときに参加してた舞台の稽古中に東日本大震災が起こったんです。当時は直後からアレも自重これも自重みたいになって、その舞台もやるべきなのかどうかっていう話になったときに、スタッフさんやキャストのみなさんが話し合って「やっぱりやろう」ってなった。結果、お客様も満席でしたし、自分も初めて拍手を浴びて「日本がこんな状態のときにも求められてるんだこの世界は、演劇ってモノは」……って実感し、改めて「ずっと演劇やりたいな」と思いました。みなさんに求めてもらってるからやってる、というのは大きいです。
木村:僕はですね……14才くらいからこの仕事を始めたんですが、もともとはこの仕事をやるつもりもなく、芸能人になろうなんてことも思ってなく、お芝居をしようなんてことも思ってなく(笑)。それこそなんとなく始めた。でもこの仕事の面白いところは、自分の中でやってもやっても埋まっていかないというか、ひとつの役が終わってもまた次の役がきて、その役を探求していくとまたどんどんどんどん掘り下げられるし……その中ではっと気づいたのは、やっぱり知らないことが多すぎるということ。人を演じるというのはその人の人生を生きるってことだから、足りないんですよね、時間が。でもそれを追究し続けていたら……今、ここに座ってるっていう状態になりました。僕は知ることはとても好きなんですが、知らないことを追究していくのに俳優はすごく適した仕事だな、と思いました……辛いこともたくさんありますけど。自分はこの仕事に救われています。
和田:そうですね、谷さんがおっしゃっていたように、こんな僕でもこの仕事で世の中をよくすることに貢献できるんだっていう実感があって。世の中のいろんなお仕事がありますけど、死ぬまで食らい付いて一個のことを実現する、とことんつきつめてやった結果がいろんな人たちに活力を与える、チャレンジする気持ちを与えることができるかもしれない、いい仕事だなぁって思います。
(左から)宮崎秋人、木村了、和田正人
ーーライバルを演じていく宮崎さんと木村さん。お互いの印象はいかがですか?
宮崎:木村さんとは今日ホントに初めましてなんですけど、一方的にずっと拝見はしていて……僕的には「“あの”木村了さんとの共演だ」というところが大きいです。でもそこに臆することなく、円谷として君原としっかりと対になれる人間にならなきゃいけないなっていうか……ちゃんと同じ土俵に立ってる男として、円谷幸吉としていれるようにならなければ。稽古場では盗めるところはとことん盗んでいくつもりです。
木村:僕と宮崎くんは共通の知人が多いので、知人に「どんな人?」って聞いたら「すごく真面目で真っすぐで良い子だよ」言われて安心してました(笑)。実際の円谷さんと君原さんがどんな関係だったのかは本を読む中でしかわからないですが、このふたりでこの台本を読みながらセッションし、僕らの関係を新しく創っていけるんじゃないでしょうか。
谷:君原健二という男は立派だし記録に残る日本のランナーだと思うんですけど、かなりクセの強い人だった。木村くんとはそこの部分を愉しんで一緒に創っていけるんじゃないかな。先日ご本人にお会いしたばかりですが、変に恐縮せず、「僕たちは君原健二をこう読んだんだ」と、自信を持ってクリエイトしていく楽しさを共有できたらいいですね。円谷幸吉はホントに純朴で真っすぐな人だったと思うんです……真っすぐすぎて崇高だったり命取りになってしまうような人だったんじゃないか、と。宮崎くんもそういう気取らない朴訥さを持っているようにみえるので、そこをそのまま出していってもらいたいし、周りに好かれる愛嬌みたいなところも役の中で育てていければいいかな、と考えています。
谷賢一
和田:コーチとしては(笑)、円谷を演じるにあたって宮崎秋人っていう人間のまだ使い切れていないエネルギーとか葛藤が今回見られるような気がしていて、そこはもうとことん迷ってとことん苦しんでやって欲しいなって思います。そしてそこに僕がどう寄り添えるのかは……まだ想像つかないですけど、自分は畠野として円谷と同じかむしろ超えるくらいの力で向き合っていきたい。しっかり伴走していくためには、稽古場に入って一発目の向き合い方が大事になっていくのかなぁって、今は思ってます。
ーー君原は高橋光臣さん演じる高橋コーチとの関係も重要です。
木村:高橋くんとは十何年ぶりかの共演なんですが、そのときの自分はホント生意気だったので……たぶんイラッとしてたんじゃないかなぁ(笑)。
谷・宮崎・和田:(笑)。
木村:でもそういうところは多分実際のコーチと君原さんとの関係に似ているかも知れないですね。なので、甘えるところは甘えて、反発するところは反発して……っていうのを稽古場でもやってみようかな、と。プライベートでも(笑)。
ーー現実にあったことを辿りながらみなさんが新しく紡いでいくアスリートたちの人生。ここから形づくられていく物語が楽しみです。
宮崎:いろいろ文献があったりしますけど、君原さんから見た円谷幸吉という男だったりいろんな角度から見た円谷さんの像はあっても、それはあくまでも周りから見た円谷幸吉でしかないので……自分がちゃんと円谷幸吉になるには、今回の台本を通して見えるモノを大事にしていきたい。資料はあくまでも参考に留め、自分の中から生まれる円谷幸吉をしっかりと皆様にお届けできるように──頑張ります。
木村:2020年に東京オリンピックがあって、それを目前にこの舞台をやると言うのも意味があると思うし、若いお客様は円谷幸吉という人が居たことを知らない若い人がほとんどでしょうし、君原さんはご存命でまだ走られていてずっとその道を探求し続けている方。自分はその方たちのことをこういうカタチで伝えられる伝承者になれればと思うし、マラソンへの関心を広められる助けにもなれたらいいなっていう気持ちでいます。全力でやらせていただけたらと思っています。身体はこれから絞ったりしなきゃいけないですね。
木村了
和田:個人的にはランナーとして生きてきて、今、俳優として生きている意味をなにかこう……この作品との出会いから自分の中でひとつにまとめることができそうです。俳優としてもちろんいろんな準備はしていく中、それ以上に“自分”という存在、生き方っていうモノを素直に率直にぶつけてみたい好奇心がありますね、この作品に限っては。世の中的には「2020年に向けて」ってなりがちですけど、むしろ、大切なのはその先。演劇もスポーツも文化として先に先に進んで行くための何か大切なモノを……それを紡いで来た人がここに至るっていうリアリティを持って物語を描いていけるのが、素敵だなって思ってます。いろんな意味で大きな足跡を残す作品になるんではないでしょうか。
谷:円谷幸吉の人生は悲劇だと思います。でもその悲劇を上回る希望みたいなモノだったり、光みたいなモノだったりが彼の物語には付着していると思うので……ただ悲劇だったと思っている人にはそんな簡単なモノじゃなかったんだぞっていうのを見てもらいたいですし、そこに付帯する君原健二という男はどう生きているのか──やっぱりこの二人の人生を並べることで見えて来るモノがたくさんあると思う。彼らのことをまったく知らない人にももちろん観て欲しいですけど、ちょっと知ってるよっていう人にも是非観て欲しい作品。50年近く前の話ですが、やっぱり現代を生きるということに上手く接着できるようなお話にしたい。僕はランナーではないので、ランナーの思いをすべて描けるわけではない。台本はこれからですが、ランナーの人生を借りて僕らが知っている生きること、戦うこと、走ること、孤独というモノを描き、それが現代のお客様となにかのカタチで出会うことができればいいなぁと思います。
(左から)谷賢一、宮崎秋人、木村了、和田正人
取材・文=横澤由香 撮影=荒川潤

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