【前編】古楽、古典、民族音楽…フィ
ドル奏者 大森ヒデノリの「音楽」を
作り上げるものとは

踊りたくなるような軽快なリズム。行ったこともないのに懐かしい気がする不思議なメロディー。音大に入ってすぐの頃、つけっぱなしにしていたラジオからたまたま流れてきたその音楽は、フィドルとギターの30分近くもある長いメドレーでした。フィドルとは、アイリッシュミュージックを演奏するときに使われるヴァイオリンのこと。このときから私は、すっかりアイリッシュミュージックとフィドルに魅了されてきました。
今日インタビューするのは、フィドル奏者でありながらギターやマンドーラといった弦楽器、そしてニッケルハルパというスウェーデンの民族楽器をも弾きこなす大森ヒデノリさん。大森さんはアイルランドやスコットランド、スウェーデンの音楽に傾倒し、コンサートでの演奏や伝統舞踏の伴奏、さらに音楽教室のレッスンやワークショップなどさまざまな活動をされています。そして、すっかりフィドルの虜(とりこ)になり、ついにはフィドルを習い始めてしまったわたしの、先生でもあります!
大森さんがフィドルと出会い、このようにご活躍されるまでにはどのようなストーリーがあるのでしょうか。お話を伺っていきます。
大森 ヒデノリ(おおもり ひでのり)
関西学院大学 文学部 美学科(現 文化歴史学科 美学芸術学専修)卒後、約10年間にわたって「ダンスリールネサンス合奏団」のフィーデル奏者としてヨ−ロッパ中世・ルネサンスの古楽を演奏。その後アイルランドやスコットランド、スウェーデンの伝統音楽に傾倒し、この分野におけるフィドル奏者としては国内屈指の存在となる。これまでに Muriel Johnstone、Pete Cooper、frifot、Väsenら伝統音楽のトッププレーヤーとコンサートや音楽祭で共演。近年はスウェーデンの伝統楽器「ニッケルハルパ」にも取り組み、映画『キッズ・リターン 再会の時』のテーマ曲を演奏するなど活躍の場を広げている。
フィドルに出会うまでの紆余曲折
−現在主にフィドル奏者として活動されていますが、そこに至るまでいろいろな経緯があったとお聞きしました。
「もともと地元にヴァイオリンの先生がいらっしゃったので、小学生の間クラシックヴァイオリンを習っていて。でも子供の頃はスポーツしたり遊ぶのに夢中で、あんまり音楽を真剣にやっていなくて習い事という感じでした。地元の市民オーケストラでヴァイオリンを弾いていたという記憶はあるんですけど、中学に入ってからやめてしまって、趣味で中学の終わり頃からバンドでエレキギターとかキーボードを弾いていました」
−どんな曲をやっていたんですか?
「オリジナルもあったんですけど、コピーが多かったですね。一緒のバンドでギターを弾いていた友達が大好きだったレッド・ツェッペリンのジミー・ペイジが、アコースティック・アレンジをしているが曲がいくつかあって、その中に今フィドルでやっているような音楽の要素が強く入っていたんです。たくさんアルバムも聴く中で、その世界観にインパクトを受けましたし、その音楽の香りというか他のサウンドとは違う雰囲気にすごくはまっていったんです」
レッド・ツェッペリンIII
Amazon.co.jp
−その頃それがアイリッシュの要素であるということは知っていたんですか?
「いや、その頃はまだ知らなかったんですけど、後から考えてみたらそういうものがそこで刷り込まれていたんだなって。自分がフォークの方に行く、大きなきっかけとなってましたね。その後、大学に入ってからクラブをやろうと思ったんですけど、勧誘があるじゃないですか」
−あります、あります。
「その勧誘の中にマンドリンクラブというのがあって。当時はマンドリンクラブというのが何かも知らなかったんですけど」
−マンドリンという楽器自体は知っていたんですか?
「知っていました。それを知るきっかけとなったのがさっきのレッド・ツェッペリンのアルバムで、何曲かマンドリンを使っている楽曲があってね。ジミー・ペイジ自身もマンドリンを弾いてたりするので、だからそういうのをやってるんだと思ってました」
(画像参照元:メトロポリタン美術館)
−ロックをやっていると思ったんですね! じゃあ実際のところ、だいぶ違いましたよね?
「見学に行ったら、オーケストラのスタイルでやり始めたんでびっくりして(笑)、全然思ってたのと違ってましたね。でも体験したら楽器自体がすごく楽しくて。どちらかというとロックとは正反対で、なんかあんまり激しい人もいない感じで」
−人も正反対だったんですね(笑)。
「人も落ち着いたというか家族的な温かい感じで、全然思っていたロックとは違ったけど、やり始めてみたらおもしろいし居心地も良かったんで、大学の間はマンドリンクラブで演奏していました」
−マンドリンの運指はヴァイオリンとは全然違うんですか?
「全く同じですね。ヴァイオリンと一緒です。ギターも弾いていたので、すぐに音はだせたんですけど、ただマンドリンのトレモロという奏法は基礎から練習しました。その中で4年間、演奏やオーケストラのアレンジもやったりしていました」
フィーデル奏者として…
大学を卒業した大森さんは、マンドリンクラブの技術顧問をしていた岡本一郎氏の率いるダンスリールネサンス合奏団(中世・ルネサンスの楽器を使い当時の音楽を専門的に演奏する合奏団)にフィーデル奏者として参加することになる。
ダンスリールネサンス合奏団当時
−所属のきっかけはなんだったのでしょう。
「その岡本先生に、マンドリンクラブで演奏したりアレンジしたりしていた中で『おもしろいやつだな』と思っていただいていたみたいで。卒業してから、ちょうど阪神大震災の後ですね、フィーデルという楽器を弾いていたメンバーが被災されて、演奏活動を休止せざるをえなくなったときに、その代役として『大森君、ちょっとフィーデル弾けへんか?』って誘ってくださいました。その頃僕はもう全然ヴァイオリンも弾いてなかったんですけど…」
−フィーデルって、フィドルと名前がよく似ていますが…? ようやくここでフィドルとつながるんでしょうか!?
「語源は一緒なんですけど、フィドルっていうのはヴァイオリンになってからそれを民族楽器として使われたもので、フィーデルはヴァイオリンが登場する前の時代の弓奏弦楽器のひとつなんです」
−では全くの別物なんですね。ということはプロとしての活動は、フィドル奏者としてではなくフィーデル奏者として始まったと。ルネサンスや中世の頃の楽器を演奏するとなると、現代の楽器とは違う大変さがあると思いますが、いかがでしょうか?
「フィーデルは吟遊詩人とともに演奏していたという記述が昔の文献の中に残っていたり、教会の写本絵画にフィーデルを演奏している人の姿が描かれていたり、フィーデルで演奏されていた可能性のあるメロディが何曲か残されているんです。写本というのはその当時貴重な羊皮紙に記されているのですが、字や楽譜を残せたのもごく一部の知識人だったことを考えると、残っているだけで奇跡で。。そういうのを研究者たちが集めて楽譜にしたり、こんなテンポでこんなリズムだったんじゃないかとか、こんな構え方で弾いていたんじゃないかって。なんせ誰も見たことがないので手探りなんですよ」
−資料を元に想像力を使って…結構大変ですね。
「大変ですよ。本当にこれで正しいのかどうかわからないですから」
ようやくフィドルと出会う
海外の音楽フェスで演奏
「古楽の演奏っていろんなスタイルがあるんですけど、宮廷で演奏されていたものが民間に降りていっているので、フォークミュージックの中にそういった要素が残っているものがたくさんあるんです。たとえば、ルネッサンスのブランルっていう舞曲は、フランスのブルターニュではフォークダンスとして踊られていたり。フィドルの奏法でいうとスウェーデンの装飾の付け方や音の立ち上げ方はすごく古楽的な要素が入っていたりします。
だからフィーデルの奏法はわからないけど、民族音楽の中にスタイルの残照というかヒントが残っているんじゃないかなと思って興味が出てきて、いろんな地域のフィドルが入っている音楽を聴き始めたんです。フィドルを弾いている人がすでに周りにいらっしゃったので、そういう人とコンタクトを取るようなり、アイリッシュのパブに行ってセッションに参加し始めたのがアイリッシュの演奏を始めたきっかけですね」
−やっとフィドルが登場しましたね!! フィドルにたどり着くまで想像以上に長い道のりでした(笑)。アイリッシュを始めてからはどんどんそちらがメインになっていったんですか?
「そうですね、今は古楽器を専門にやっているという立場ではなくなりましたね」
関西学院大学 美学科での学び
−ところで先ほど大学時代にマンドリンをやってらっしゃったお話がありましたが、その頃美学科(現 文化歴史学科 美学芸術学専修)を専攻されていたんですよね。どういったことを学ばれていたんでしょうか?
「僕の通っていたところは総合大学の中の文学部の中の一学科でした。英文学、日本文学、という中に美学というのがあって、美学の対象領域はすごく広いんです。西洋美術、日本の工芸、演劇や映画を研究している人もいました」
−芸術全般といった感じですか?
「そうですね、芸術全般でその中に美学もあるんですが、演奏したり創作したりはしないんです」
−評論や分析したり?
「そうです、要するに音楽学ですね。音楽学にもいろいろなアプローチがあって、その作曲者を研究したり楽曲のアナリーゼをしたりするんですけど、僕の先生の専門だったこともあって、ベートーヴェンのピアノソナタなどの作品の研究をしていました。なので古典派の音楽はとても好きでしたし、今でも好きですね」
−それが今の音楽につながっている部分はありますか?
「ありますね。機能和声のトニックがあって、ドミナントがあってまたトニックに戻る進行があって、その音の積み方や和声進行に禁則があったり…。そういうのはやっぱり現代の人の耳にも心地よく響きますよね。堅牢な楽曲形式と合わせてひとつの完成形だと感じます。僕はアレンジしたり作曲するような活動もやってるんですけど、ベートーヴェンやモーツァルトの古典派の音楽に触れて和声や楽曲形式の勉強をしたものは自分の中でひとつの基準になっています。自分の作風となっている古楽やフォークの影響をうけた作品を作るときには、あえてそこから離れようとしてみたりもしますが」
ヴァイオリン、ギター、マンドリン、フィーデルとさまざまな楽器を経験されてきた大森さん。これまでの学びや経験などが全て現在の大森さんの音楽につながっているということがわかるインタビューになりました。そして、一見ばらばらに見える音楽遍歴なのに、結果としてすべてフィドルにつながっていく点もおもしろいですね。
さて、次回は楽器自体や奏法についてもお聞きしていきます。アイリッシュや北欧音楽がお好きな方、お見逃しなく!
大森ヒデノリさんプロフィール全文
関西学院大学 文学部 美学科(現 文化歴史学科 美学芸術学専修)卒後、約10年間にわたって「ダンスリールネサンス合奏団」のフィーデル奏者としてヨーロッパ中世・ルネサンスの古楽を演奏。その後アイルランドやスコットランド、スウェーデンの伝統音楽に傾倒し花形楽器であるフィドルを演奏。現地のミュージシャンやダンサーとの交流の中で伝承曲や奏法を修得。2007年にアルバム『白夜弦想』をリリース。邦人初の本格的な北欧伝統音楽によるコンセプトアルバムとして高評を得る。同アルバム収録の自作曲「順風満帆」は2010年1月よりTBSテレビのクロージング・コールサインに採用。長年にわたりスウェーデンやスコットランドの伝統舞踊の伴奏を担当。近年はスウェーデンの伝統楽器「ニッケルハルパ」にも取り組み、2013年10月に公開された映画『キッズ・リターン 再会の時』(原案:ビートたけし、監督:清水浩、音楽:遠藤浩二)テーマ曲を演奏するなど活躍の場を広げている。NHK文化センター 青山教室、さいたまアリーナ教室、名古屋教室講師。独自のメソッドによる伝統音楽のワークショップやレッスンには定評がある。
公式ホームページ : http://www.omorihidenori.com/

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