楽器の持つ可能性を自らの表現力で更
新してゆくマリンバ奏者 布谷史人



13:00になると、まずは布谷ひとりで登場。拍手で迎え入れられるなか、前もって設置しておかれたマリンバの前に立つとマレット(ばち)を両手に2本ずつ持ち、静かに優しげなアルペジオ(分散和音)を紡ぎはじめる。1曲目に演奏されたのは、数多くのテレビや映画の音楽を手がける人気コンポーザーピアニスト村松崇継による「Land」という作品。この曲は、2001年頃にまだ駆け出しの作曲家だった村松がマリンバソロのために書き下ろしたもので、のちに国際コンクールの課題曲に選ばれたことで世界各地のマリンバ奏者がレパートリーとして取り上げるようになった(布谷もセカンドアルバム『種を蒔く人』に収録している)。

マレットの動きに目を奪われる

まるで景色が移ろいゆくように同じ旋律が何度も表情を変えてゆくなか、後半では転調することで雰囲気自体も変えていく……そんな繊細な音楽を、布谷はケレン味なく自然体で奏でる。その柔らかな空気感は客席にも共有されたようで、聴衆も静かに集中してこそいるが緊張感が張り詰めるほどではないという絶妙な雰囲気で会場が包まれていた。演奏が終わると、お客様へむけたご挨拶と自己紹介。布谷は「トークがとっても苦手なマリンバ奏者なんですけれども……」と謙遜するのだが、とてもそうは思えないほどスムーズに1曲目と2曲目の紹介をこなしていった。

MC

続いて演奏されたのは映画音楽の巨匠エンニオ・モリコーネが映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』のために作曲した「デボラのテーマ」だ。モリコーネが手がけた作品としては『ニュー・シネマ・パラダイス』ほど有名でないが、こちらもヨーヨー・マをはじめ、ジャンルを問わない多くのミュージシャンにカバーされてきた名曲である。布谷はこの曲をまるでコラールのようにアレンジし、木の温もりが感じられるマリンバらしい響きを立ち上らせてみせた。ただ、そのまま曲を演奏しただけのようにも聴こえるほど自然な演奏だが、その実は精密にコントロールされたマレットさばきから微細な陰影が描かれていたのだから驚くばかりである。

思い出の楽曲を

続いて3曲目に演奏されたのは高田明枝作曲の「赤とんぼ変奏曲」。こちらの作品は、作曲者自身がスランプだったときにお世話になった友人へ捧げた作品だというが、布谷自身にとっても「5~6年ほど前に、マリンバに全くさわることができないほど精神的に参った時期がありまして、ちょうどこの曲がスランプを抜け出すきっかけとなった作品です」と、思い入れの強い、大事な作品であるという。

変奏曲といっても一つひとつの変奏が明確に切れることなく、次から次へ新しい変奏が紡がれていく。次第に盛り上がってゆくとリズミックになり、サンバのごとく盛り上がるが、そうかと思えば突如「赤とんぼ」らしい望郷の念に駆られたりと、振り幅の大きな展開が特徴的。直線的ではない楽曲展開を、人の心持ちの変化に重ね合わせながら聴いた方もいたであろう。最後は「赤とんぼ」が遠くへ飛んでいってしまったかのように、余韻だけ残して消えてしまった。

車野桃子(ピアノ)、布谷史人(マリンバ)

車野桃子

ラスト2曲を残したところで、ピアニストの車野桃子も登場。布谷からは「実はこの方、副専攻で打楽器も専攻しておりまして、一緒に打楽器アンサンブルなども演奏した仲間」であると紹介がなされ、CD『ピアソラ・オン・マリンバ』でも実際にこの2人で録音している「ブエノスアイレスの冬」と「リベルタンゴ」が続けて演奏された。

まず最初に驚かされたのは、2人で演奏していることを思わず忘れてしまいそうになるほど、「ブエノスアイレスの冬」で2つの楽器のサウンドが緊密に混じり合っていたことだ。布谷のマリンバの響きが拡張されているかのようにピアノが鳴るので、2人でひとつの楽器を演奏しているかのように錯覚をしそうになったほど。反対に、マリンバの打鍵にあわせてピアノもリズムを際立たせた打楽器的なサウンドになってしまうと、減衰音同士で喧嘩をしてしまいがちなのだが、車野のピアノには一切そのようなことがない。まるでもう1台響きの豊かなマリンバが寄り添っているかのようなアンサンブルには、とにかく舌を巻くばかりだった。会場からは「ブラボー」掛け声もかかるなか、アンコールには東日本大震災のチャリティーソング「花は咲く」(菅野よう子作曲)が演奏された。

カフェにマリンバの音が鳴り響く

「実は明日のピアソラの誕生日が3月11日、そしてぼくの誕生日も3月11日で、この東日本大震災も3月11日に起こりました。ただの偶然だとは思うんですけれども、でもやっぱり誕生日ということで、なにか僕の中でも思うことがあって……」と語る布谷の声は、決して明るくない。「いろんな思いを込めながら弾かせていただきたいと思います」という言葉通り、万感胸に迫ってくるような、聴くものにイマジネーションを促す行間や余白を感じさせるような演奏でコンサートは終演した。

車野桃子、布谷史人

布谷は一体、どのようにしてマリンバという楽器の新たな表現を開拓しつつあるのか。演奏後に、詳しく話をうかがった。

――マリンバというと、大迫力のダイナミックでパワフルな演奏家も多いと思うのですが、布谷さんの演奏はどちらかといえば非常に繊細なところに耳が引き付けられました。

布谷:昔はダイナミックに派手な演奏をやってはいたんですけども、なんか自分の中で物足りなさをずっと感じていて……。なんでかなって思った時に、ピアニストとかヴァオリニストの方の場合、演奏を通して歌われていますよね。10年ぐらい前に、自分はマリンバでそれをやっていないことに気が付いたんです。

それからは、外の方にパフォーマンス豊かに演奏するのではなくて、内の方にどんどん入っていくようになりました。マリンバを演奏しながら、いろんな感情をもって歌うというのが音楽の醍醐味じゃないかなって思うようになったので、僕はそういう方向で音楽を作っていってるんです。

――そして本日の演奏を聴かせていただいたなかで最も驚いたのが、マリンバとピアノがまるでひとつの楽器であるかのようにアンサンブルしていたことです。

布谷:ピアニストの方ってクラシックを勉強されてきて、その延長でたまにピアソラを弾くって感じですけれども、車野さんに関しては最初から打楽器も弾けて、リズム感もばっちりだったんです。実は二人で共演していないブランクが10年ぐらいあったのですが、でもやっぱり録音するなら車野さんと……って、ずっと思っていたんです。こうして今日も一緒に演奏できて嬉しいです。

インタビュー中の様子

――なるほど。今度は車野さんにお伺いします。マリンバとピアノって両方とも減衰音ですから、正直あまり相性の良い音色の組み合わせではないと思うのですが、車野さんは全くそんなことを微塵も感じさせないほど、見事なサウンドを構築されていらっしゃいました。どんなことを意識しながら演奏されているのでしょうか?

車野:私もマリンバとピアノって合わないと思っていたんです。

布谷:(笑)。

車野:自分はいつも史人くんの伴奏をしていて、客観的に聴くことって今まであまりなかったのですけれども……。実際、客席でマリンバとピアノを聴いた時にもの凄くピアノがうるさく聞こえるイメージが染み付いていて、自分がそうなってはいないだろうかって常に気にしながら演奏しています。私から見ると彼は、聴き手に、ソロで聴いていたい!と思わせるマリンバ奏者だと思うので、その良さを消さずに……ということを漠然と考えながら、アンサンブルさせていただいています。

――やはり、かなり注意深く気をつけていらっしゃるのですね。加えて、もうひとつ驚かされたのが、アンコールの「花は咲く」で布谷さんが、均等ではないトレモロで絶妙な味わい深い表現をなされていたことです。

布谷:あの曲は歌詞も付いていますけど、歌うときって長く歌ったりとか、たまに歌詞のせいで短くなったりするじゃないですか。それをマリンバでやりたいというのが僕の思いだったりもするんです。たまに、本当にただ単に数が合わなくて手が止まっている時もあるんですけれどね(笑)。でもやっぱり、短い方が自分の中でしっくりくるときは、わざとそうしますね。全部つなげることがレガートだというよりも、たとえ途中で途切れていたとしても大きい流れがあれば繋がっていくのかなと思っているので。

――最後に、今後の活動に向けた抱負をお聞かせください。

布谷:以前から自分でマリンバ用に編曲してきておりましたが、最近さらに日本の唱歌や歌に興味がわいてきているので、自分の編曲や、どなたかに編曲をお願いして、マリンバで日本の歌をプログラムに取り入れて演奏していきたいと考えています。マリンバの持つ素朴な木の響き、そして時には広がりを持った包み込むような響きは、不思議と日本の歌にも合う楽器だと思っています。

そして今回CDでは編曲物を出したので、マリンバのために書かれたオリジナルの作品を新しく開発していきたいなと思っています。マリンバ協奏曲のCD録音についても考えているものがありますし、今やりたいことがどんどん湧いてきていますね。

マリンバのオリジナル作品って、多分、皆さんあまり聴いたことないと思うんのですが、その理由に演奏会で聴いていただく機会がなかったり、CDに なっていないことも理由にあると思うんです。例えばショパンのバラードが数え切れないほどの演奏家によってコンサートで演奏され、録音されていて、あの作品もどんどん演奏家によって曲の持つ芸術性が更に高められているところもあると思います。マリンバの作品も、僕の中で後世に残っていったら嬉しいなあと思う作品も増えてきていますし、奏者が演奏したりCDにしていく事で、沢山の聴衆の方に聴いていただけたら嬉しいと思っています。

――本日は素晴らしい演奏と、興味深いお話を有難うございました!

車野桃子(ピアノ)、布谷史人(マリンバ)

一流演奏家のパフォーマンスを間近で、しかも気軽に体感できる“サンデー・ブランチ・クラシック”は毎週日曜13:00から。是非あなたも一度訪れてみてはいかがだろうか。

取材・文=小室敬幸 撮影=荒川潤

サンデー・ブランチ・クラシック情報3月12日
藤原功次郎/トロンボーン&原田恭子/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE:500円
3月19日
松田理奈/ヴァイオリン&中野翔太/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE:500円
4月2日
鈴木舞/ヴァイオリン&實川風/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE:500円

■会場:eplus LIVING ROOM CAFE & DINING
東京都渋谷区道玄坂2-29-5 渋谷プライム5F
■お問い合わせ:03-6452-5424
■営業時間 11:30~24:00(LO 23:00)、日祝日 11:30~22:00(LO 21:00)
※祝前日は通常営業
■公式サイト:http://eplus.jp/sys/web/s/sbc/index.html​

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