もう見た？レンタル店で人気の映画　
「靴職人と魔法のミシン」

都内近郊では夏まで、地域によっては先月まで劇場公開をしていたところもある。まだホットな本作を、すでに配信開始している。なんともお茶目でコミカルな作品だ。ニューヨークなのに、日本のシャッター街のような話。親近感がある。ファンタジーをベースにして描かれる、しょっぱい現実。そして、最初から計算されたクロスワードパズルのような展開。先の読めない、極上の大人ファンタジーコメディだ。

主人公・靴職人のマックスに、アダム・サンドラー。派手な受賞作は無いものの、ハリウッドでは著名な人気コメディ・スターだ。ボンクラな佇まいから徐々に開花していく俗物っぷりに、めちゃくちゃ共感してしまう。
作中、精力的にピクルスをかじる姿に、ピクルスが食べたくなる。

マックスは、ある日突然蒸発した父の後を継ぎ、仕方なく小さな靴屋を一人で細々と経営している。店はマックスで4代目の老舗だが、仕事に誇りは持っていない。
家で待つのは認知症になりかけた母。
隣の理髪店の店主・ジミーは父の代から仲良くしている理解者。
ジミーも母も、恋人一人作ろうとしない、人生を諦めたようなマックスを心配しているが、マックスは人生を楽しむような覇気は無い。

ある日、マックスはチンピラのレオンから急な靴修理を受ける。
しかし、靴底を直すためのミシンが壊れ、仕方なく店の地下に眠る、100年ほど前からある古いミシンを使う。慌てて修理したが、結局その日レオンは靴の受け取りに現れない。
気まぐれにレオンの靴に足を入れてみたマックスの身に驚く変化が…。

マックスの蒸発してしまった父親・アブラハムに…ダスティン・ホフマン！
母役のリン・コーエンとのシーンは、台詞なんか無いのに、ただただ涙が出る。あの愛情あふれる眼差しがやばいのよね。お父さんと呼ばせて！
隣の理髪店主が、なんと、スティーヴ・ブシェミ！　ブシェミ、久しぶり！　歯並び悪そうな悪役や変な役が多いので最初気付かなかった。彼がいなかったら、この作品の深みや面白味は半減してたかもしれない。

とにかく本作のキャストは、悪役も脇役もみんなチャーミングだ。
だからひどいシーンも、どこかドライに見られる。
そして、群像劇のようにたくさんの脇役が出てくるのだが、思いがけない有名人が出ていたりして、思わず画面を止めて凝視してしまうことも。
誰が出ているのか探してみるのも面白いかもしれない。

現代のニューヨークで、子ども向けじゃなく、こんなファンタジーが描かれるなんて、本当に素敵だ。さらに劇中音楽が絶妙なコミカルさでその世界観を彩っている。
本作の脚本・演出・プロデューサーを一手に勤めたのは、トム・マッカーシー。
アニメ映画「カールじいさんの空飛ぶ家」でアカデミー賞脚本部門ノミネートを受けている。納得！　「カールじいさん…」でも描かれる深い愛情と突拍子のない展開が特徴的だった。

そして、型にはまらない、それぞれのハッピーエンドは見ているこっちが幸せになる。だからだろうか。彼の描く愛に溢れた世界観は中毒性があるように思う。本作も一年間がんばって疲れた心に、栄養をあたえてくれるだろう。

一見毎日変わらない、偉大なる平凡な日々を過ごしてきた人にこそ、見て欲しい。
「靴職人と魔法のミシン」。綿菓子のようなひと時の夢を見せてくれる作品だ。