生演奏と一路真輝、田代万里生の豊か
な声による歌唱は必聴~芸術家を支え
た愛を描く『Op.110 べートーヴェン
「不滅の恋人」への手紙』東京公演が
開幕

2020年は“楽聖”ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン生誕250周年。12月12日(土)からよみうり大手町ホールで東京公演が始まった『Op.110 べートーヴェン「不滅の恋人」への手紙』は、ベートーヴェンがしたためながらも送ることはなかった「不滅の恋人」への手紙、その宛先のうち、諸説ある中から、これをアントニー・ブレンターノとする説を採った作品。ベートーヴェン自身は舞台に登場せず(声は段田安則が担当)、彼を取り巻く同世代の人々、そして、ピアニスト・作曲家の新垣隆が奏でる音楽によって、作曲家の人物像を浮かび上がらせようという試みだ(原案・小熊節子、演出・栗山民也、脚本・木内宏昌)。東京公演初日を観た。
『Op.110 べートーヴェン「不滅の恋人」への手紙』舞台写真

『Op.110 べートーヴェン「不滅の恋人」への手紙』舞台写真
『Op.110 べートーヴェン「不滅の恋人」への手紙』舞台写真
17歳のウィーン貴族の娘アントニー(一路真輝)はベートーヴェンの音楽に魅せられるが、金のため、貴族ではない階級の実業家フランツ・ブレンターノ(神尾佑)へと嫁がされる。――愛のない結婚生活。やがて彼女とベートーヴェンとの交流は深まり、互いを「ルートヴィッヒ」「トニー」と呼び交わすように。ロンドンでの生活を夢見る二人だったが、そこに“運命”が訪れて――。そんな物語が、後年、師であるベートーヴェンの伝記を書くこととなった弟子フェルディナント・リース(田代万里生)によって明らかにされてゆく。やはりベートーヴェンを愛したジョゼフィーネ(前田亜季)の存在や、ベートーヴェンの有名な肖像画を描いたシュティラー画伯(石田圭祐)の思い出話などを通じて、結ばれることはなかったものの、「不滅の恋人」として芸術家から愛を捧げられた女性が、愛ゆえに、彼の芸術を支えるべく生きた姿が描かれてゆく。

『Op.110 べートーヴェン「不滅の恋人」への手紙』舞台写真

『Op.110 べートーヴェン「不滅の恋人」への手紙』舞台写真

『Op.110 べートーヴェン「不滅の恋人」への手紙』舞台写真

アントニー役を17歳から演じる一路真輝がいい。深く落ち着いた声で発する言葉に重みがあり、稀代の作曲家に愛された女性としての魅力を体現している。貴族社会から市民社会へと移り変わる時代の中で、苦しみ悩みながらも、自らの愛と信念を貫き通す姿は優しくも凛として潔い。ベートーヴェンの伝記を執筆するフェルディナント役の田代万里生も、若き音楽家として、師を尊敬し、その音楽を愛する強い気持ちが伝わってくる造形。

『Op.110 べートーヴェン「不滅の恋人」への手紙』舞台写真
『Op.110 べートーヴェン「不滅の恋人」への手紙』舞台写真
劇中、ベートーヴェンが遺した芸術家としての壮絶な決意が秘められた言葉や、「交響曲第9番」の第四楽章の合唱部分で歌われるフリードリヒ・フォン・シラーの詩「歓喜に寄す」の詩句が登場するが、田代の熱情を帯びた声によって語られるとき、その言葉は深みをもって観客へと届く。田代リースに問われベートーヴェンの思い出話を語る他、アントニーとベートーヴェンをつなぐ手紙の受け渡し人としても象徴的に登場する「郵便馬車の男」を演じた久保酎吉に温かみとおかしみあり。
『Op.110 べートーヴェン「不滅の恋人」への手紙』舞台写真

『Op.110 べートーヴェン「不滅の恋人」への手紙』舞台写真
『Op.110 べートーヴェン「不滅の恋人」への手紙』舞台写真

舞台中央にはピアノがおかれ、作品は、第一幕も第二幕も、新垣隆の演奏によって始まる。作品のタイトルともなっているピアノソナタ「Op.110」はもちろん、ベートーヴェンのさまざまな楽曲を、全編にわたって生演奏で耳にすることができる。一路と田代がそれぞれ豊かな声で披露するソロ歌唱も聴きもの。日本では師走の風物詩となった感のある「交響曲第9番」の合唱も聴くことができる。
『Op.110 べートーヴェン「不滅の恋人」への手紙』舞台写真
『Op.110 べートーヴェン「不滅の恋人」への手紙』舞台写真

『Op.110 べートーヴェン「不滅の恋人」への手紙』舞台写真

舞台『Op.110 べートーヴェン「不滅の恋人」への手紙』は、26日(土)まで上演される。
取材・文=藤本真由(舞台評論家) 写真=オフィシャル提供

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