プリミティヴなプログレッシヴ・アル
バム『虚無回廊』制作記<前編>~金
属恵比須・高木大地の<青少年のため
のプログレ入門> 第36回
第36回 プリミティヴなプログレッシヴ・アルバム『虚無回廊』制作記<前編>
2022年12月7日、我らプログレッシヴ・ロック・バンド「金属恵比須」が4年ぶりのフル・アルバムをリリースした。
『虚無回廊』。
SF作家・小松左京氏の遺作で未完の大作『虚無回廊』を音楽したもので、小松氏の元マネージャー・乙部順子氏のご協力をいただき、小松左京ライブラリ公認で制作を進めることができた。
手前味噌ではあるが、最高傑作を生み出すことができたと自負している。よって、制作者の一人として忘れないうちに書き留めておこうと思い筆を執った。思えばキング・クリムゾンのCDの解説書にはリーダーであるロバート・フリップの日記が公開されている。筆者も日記を公開することによって、少しでもロバート・フリップに近づければと思った次第である。
2022年12月――樋口真嗣監督と対談
「『小松左京音楽祭』を引きずりすぎだね(笑)」
とのご指摘をいただいた。「小松左京音楽祭」とは、2019年11月30日に行なわれたコンサートで、小松左京映像作品の音楽をオーケストラで再現した。金属恵比須はバンド・パートで参加しオーケストラ・トリプティークと五木ひろし氏と共演した。この主催者が前述の乙部氏と樋口監督だった。
プログレ・バンドとしてオーケストラと共演することは中学1年以来の憧れ。ディープ・パープル『ロイヤル・アルバート・ホール』やエマーソン・レイク&パーマー『四部作』を聞いて育った筆者にとってはまさに夢の出来事だったのだ。引きずるのは当然の心境。なかなか“卒業”できないでいる。
「みんなとっくに卒業してるよ! 参加したみんなが高木くんを見て『まだ文化祭やってるの?』ってツッコミ入れられるって(笑)」
そうか、悦に入ったまま3年間思考が停止していたのか。
「音楽家は常に前に進まなきゃならないのに、一人だけ引きずられて心配になっちゃう(笑)。どこが“プログレッシヴ(前進的)”なんだよって(笑)」
――むしろ、“プリミティヴ”なのか。樋口監督とお話をしたことによって初めて気がついた。『虚無回廊』は、「何もかもを引きずるプリミティヴ・ロック作品」であると。
2019年――パンデミック前夜
リリースから遡ること3年前の2019年3月23日。
金属恵比須は高円寺HIGHにてライヴ「猟奇爛漫FEST Vol.3」を催した。プログレ・アイドル「キスエク」ことXOXO EXTREMEとのジョイントだった時である。特撮ライター・編集者の友井健人氏が差し入れに持っていきていただいたものがあった。『アニメムック 別冊映画秘宝 昭和メカゴジラ鋼鉄図鑑』。
筆者は幼稚園年長の誕生日(1986年4月5日)にテレビで初放映された『ゴジラ(1984)(通称:84ゴジ)』を見て、お絵かき帳の半分はゴジラ、三原山、そしてソ連の原子力潜水艦を描いていたぐらいゴジラが好きだった。幼少時代の熱情をその本によって思い出し、過去の東宝特撮映画を漁る毎日を過ごす。音楽的に直接の影響を受けるわけではないが、コンセプトの萌芽となる出来事だった。ゴジラ、いいね。
2020年――パンデミック、始まる
「ニュー・アルバムつくりましょうよ」
と宮嶋。それに対し、
「戦国時代というコンセプトをやり切った後、次なるコンセプトが、思い浮かばなくて……」
と、中ジョッキをちびちび飲みながらしどろもどろになる筆者。
「じゃあ今興味あることはなんですか?」
「と、特撮――ですかね」
「だったら次のコンセプトは特撮でいきましょうよ」
「が、頑張ります」
筆者は、純粋に音楽を創出することができない。「こんな音楽をつくりたい」というのが衝動として皆無である。「こんな物語や世界に音楽をつけたい」というのが音楽を作る時の衝動であり、コンセプトを決めない限り何も動けないのだ。2018年発表の『武田家滅亡』も2016年12月から作家の伊東潤氏とコンセプトを練り、それに沿って作曲していく形となった経緯がある。この時、音楽で描きたい物語を見つけられていなかったのだ。
「『虚無回廊』をロックで聞いてみたいな」
小松左京氏の遺作をテーマに? これはかなりの難題である。とりあえずテーマは「特撮」と宣言してしまっているので、今後の参考として心の奥底にしまっておこう。
とにかく「巣ごもり」の雰囲気が世の中を覆っていた時期。日記のニュース欄を見ると第2波のピークがこのころで「休業要請拡大」とある。繁華街のレコード屋も行けず、近所のレンタルCD屋で特撮主題歌のオムニバスを片っ端から借りて研究に勤しむ毎日。
「キスエク用作曲。変に歌謡曲っぽくするとモー娘。みたいに。思いつかん」
とある。これが後の『虚無回廊』カセット版のみ収録の「Hibernation〜冬の眠り〜」となるのだが、これは次回にとっておきたい話題である。つまり、『虚無回廊』収録曲で最も早く着手した曲が「Hibernation」となる。
2021年――渡辺宙明と出会う
「まさかの渡辺宙明先生の対談決定!」
この日の昼に、前日に始まった特撮番組『機界戦隊ゼンカイジャー』に関するツイートをしたら、30分以内にスリーシェルズの西耕一氏より連絡があり決定したのだった。昔からそうなのだが、好きになったものはついついネットに書き込むタイプで、そこから話が発展することがままある。
「作曲:渡辺宙明」の曲に的を絞り研究し直す。『秘密戦隊ゴレンジャー』『人造人間キカイダー』『キカイダー01』、『素ッ裸の年令』から『太陽が大好き』に至る日活映画の音楽まで意識的に聴く。
「暖かい。終日緊張。トイレ3回。お腹痛いの治らず」
と切迫した雰囲気が感じられる。その次に、
「宙明先生、顔色いい!」
とだけ。緊張しすぎて何を喋ったのかまったく覚えていないのだった。それからは再び特撮音楽の研究に勤しむ。特に力を入れたのが伊福部昭の研究である。「ゴジラ」シリーズのほかに『座頭市』や『眠狂四郎』などの大映映画にも及び、実質的に特撮の枠外にまで研究対象が広がっていく。
ということで、この日より、実質的な『虚無回廊』制作が始まったのである。が、アルバムをつくろう意識したものではなく、いつものように浮かんだフレーズを楽譜に書き留める一連の作業だった。
2021年11月――アルバム制作を決意した1週間
「ダミアン風の曲をかっぱ寿司に行く車で思いつく」
駐車場に車を停めるなり、運転席でメモ帳の「野帳」を開く。方眼紙なのでそれに合わせ線を引けば楽譜になるので重宝しているのだが、この時ばかりは興奮を抑えられず乱雑な五線を引っ張った。そこにオタマジャクシを書いていく。「魔少女A」のイントロのリフレインが誕生した。続いて日記にはこうある。
「カニ食べる」
100円以外の皿を注文しない筆者にとっては贅沢品。おそらくご褒美だったのだろう。
サントラを聞きながらコピーを始める。
――ギドラ風をつくろうとするのではなく、「ゴジラvsキングギドラ メインタイトル」をカバーすればいいではないか。
ELPがバルトーク「アレグロ・バルバロ(未開人)」やヒナステラ「トッカータ」など現代音楽をカバーしているのだから、金属恵比須は日本の現代音楽をカバーしようではないか。ELPの“精神完全コピー”である。東宝スタジオを後にして、仙川を自転車で遡上している時の頭の中で、
「特撮をコンセプトにしたアルバム、つくれるかも」
と思い浮かんだ。カヴァー曲を収録することによって、日本のプログレ・バンドらしさと特撮というコンセプトを両立することができると考えたのだった。その日は南アフリカでウィルスの変異株が猛威を振い始める。3日後、「オミクロン」と名づけられる。
2021年12月――特撮からSFに
「どこらへんを『トッカータ』っぽくアレンジしていくんですか?」
と質問噴出。“精神完コピ”をしたいことを熱弁した。
それと同時に、メンバーにそれぞれ曲の提供を申し出る。特にドラムの後藤マスヒロには「ブルース・ロックを作ってください」とお願いをした。想定として頭に思い浮かべていたのは人間椅子「不眠症ブルース」。マスヒロが作詞作曲し、1999年に『二十世紀葬送曲』に収録された曲だ。筆者が高校卒業時の多感なころに発表され、こういう音楽をつくりたいと野望を抱く浪人生だった。そうか、樋口監督に「3年間思考が止まっている」と指摘されたけれども、22年間止まっているのか。
その後、ヴォーカルの稲益宏美と後に「星空に消えた少年」のMV監督となる佐野雄太と忘年会を。3人は高校の同級生である。佐野は『映画 えんとつ町のプペル』でアニメーション監督を担当し、『ベルセルク 黄金時代篇 MEMORIAL EDITION』の監督を務めている。佐野は仕事で遅れるとのことで稲益と2人で先に飲み始める。そこで稲益が一言。
「『我ら改臟人間』ってタイトルはマズくない? いいタイトルはないかな」
たしかに。そこで筆者が答える。
「サビのメロディ、どことなく中森明菜っぽくない? 『魔少女A』は?」
「それいいね!」
「あ、小松左京の『虚無回廊』を読んでいるんだけど、その主人公がアンジェラという女性で、イニシャルが”A”だな」
「『虚無回廊』をコンセプトでいこう!」
ということで、20分ほどでアルバム制作において重要な2点が決定した。その後佐野も合流し飲み始めるが、ニュー・アルバムを発売することすら決まっていない状況なので、当然MVの監督の依頼はしておらず、「文化祭みたいに一緒に何かできると面白いね」と話すぐらいだった。『虚無回廊』発売から1年前の話である。奇しくもその数日後、前述の特撮ライター友井健人とも忘年会。その半年後、アルバムで重要な役割を担うこととなるのもつゆ知らず……。
「ひたすら『魔少女A』の作詞。完全に明菜調」
とある通り、この時「魔少女A」をまず完成させた。中森明菜になぜここまで固執するのかといえば、3歳のころ、『ザ・ベストテン』のファンで毎週見ており、初恋の人だったからだ。40年前のことまで混ぜ込むとは、樋口監督が思っている以上に引きずっているのかもしれない。どうでもいいが樋口監督と中森明菜、同い年である。どうでもいいが。
とにもかくにもこうして2021年が過ぎ、アルバムを制作することが決定したが、揃った曲は「魔少女A」と「ゴジラvsキングギドラ メインタイトル」のみ。不安を残し2022年となる。
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