瀬奈じゅんがアルドンザ役に初挑戦、
日本初演から半世紀、松本白鸚が手掛
ける『ラ・マンチャの男』

日本初演から50年を迎えるミュージカルの金字塔『ラ・マンチャの男』。原作は『ドン・キホーテ』。舞台は16世紀のスペイン・セビリア、教会を侮辱した罪で投獄されたミゲール・デ・セルバンテスが囚人全員を配した即興劇をおこなうことに。セルバンデスは劇中劇として、田舎の郷士アロンソ・キハーナと、キハーナが創り出した人物ドン・キホーテを演じるという三重構造を持つ物語。田舎の郷士、キハーナは本の読み過ぎで狂気の沙汰ともいえる計画を思いつく。それは、何世紀も前に姿を消した幻の騎士ドン・キホーテになり、悪を滅ぼさんがために世界へと飛び出していくことだった。
松本白鸚26歳の年、帝国劇場にて日本初演された本公演。この10月19日(土)には通算上演回数1300回を突破する予定だ。記念すべき今年、ドン・キホーテが「憧れの麗しき姫」と慕うアルドンザ役に、元宝塚歌劇団月組トップスターの瀬奈じゅんが挑む。
アルドンザを霧矢大夢が務めた年に初めて『ラ・マンチャの男』を見たというが、バレエ作品や祖父の家にあったピカソの絵を通して『ドン・キホーテ』に魅力を感じていたという瀬奈。「舞台では、始まりのギターの音色と、そのギターに合わせて踊っていらっしゃるシルエットが浮かび上がったところから演者の皆さんの気迫を感じて鳥肌が立ちました」と表情豊かに語る。
稽古が始まり、アルドンザに接して、本当にパワーが必要な役と実感したという。「劇中劇なので、囚人がアルドンザを演じているという設定です。短い時間に彼女に起こる様々な出来事が凝縮されていて、瞬発力が必要。体力的にも精神的にも力の要る役です」。アクロバティックな場面もあり、「稽古が終わって家に帰ると、何でこんなところにアザが?みたいな状態です(笑)」と体当たりだ。
アルドンザ役はオーディションで掴んだ。白鸚も同席したというオーディションは充実していたと振り返り、「落ちても悔いはない」と思うほど濃密な時間を過ごしたという。草笛光子や、上月晃、鳳蘭、そして松たか子らも演じてきた役だが、瀬奈は「その役を生きることで個性が生まれてくると信じて、とにかく役として生きようと思います」と語る。「ラバ追いの男性陣に羽交い絞めにされて乱暴された後、絶望の中でドン・キホーテに向かって歌う曲の稽古では、最後の方で目の前を白いチカチカしたものが飛びました(笑)。そんな経験は初めてで、相当なパワーがいると実感しました。このご縁を大切にして演じたい」と思いも語った。
稽古を重ねるごとに作品への見方に変化が生まれるという。「ドン・キホーテやアルドンザの台詞一つ一つが、その時の自分の心情や状況によって捉え方が全然違います。初めて観劇させていただいた時とは違うことも感じられて、幅広い魅力を持った作品だと思います。白鸚さんご自身が、歌舞伎界からミュージカル界に新しい風を吹き込んだ開拓者。ブロードウェイで活躍された日本人の第一人者という歴史を感じますし、夢って叶えられるものなのかな、自分も頑張ろうと思わせてもらえる作品でもあります。見るたびにいろんな捉え方ができるので、一度のみならず、二度、三度、見てください!」と誘った。
最後に、今、抱いている瀬奈の夢を聞いてみた。「私は小さい頃から宝塚に入りたいと思っていました。そして入団後はトップスターになりたいという夢が心の中にずっとあり、叶えることが出来ました。つい最近まで、頑張って努力すればいつかなりたい自分になれて、夢は叶うものだと信じていたのですが、そうじゃない、頑張っても頑張ってもどうしようもないこともあるということも経験しました。今は具体的な夢はないのですが、今を精一杯生きて、今を楽しんで、今を充実させること。それがいつか大きな夢を叶えることになるんじゃないかなと思っています」
取材・文・撮影=Iwamoto.K

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