【藤津亮太の「新・主人公の条件」】
第7回 「きみと、波にのれたら」向
水ひな子
ひな子は大学生1年生。大学進学に合わせ、子供の頃に住んでいた海辺の町に戻ってきて、一人暮らしを始めたばかり。彼女がこの町に戻ることを選んだのは、好きなサーフィンができるからという理由もあった。
そんなひな子の住むマンションが火災になる。サーフボードを抱え、屋上に逃げたひな子の前に現れたのが、消防士の雛罌粟(ひなげし)港だった。ふたりはほどなく恋に落ち、一緒にサーフィンを楽しむようになる。2人が楽しい時間を過ごすうちに、季節は冬へと移り変わっていく。だが楽しい恋人たちの時間は突然終わる。ひとりでサーフィンにでかけた港は、水難事故を目撃し、その救助を行う過程で命を落としてしまうのだ。
突然の別れに、ショックで沈み込むひな子。そんなひな子に不思議な現象が起きる。港との思い出の歌をひな子がうたうと、水の中に港の姿が現れるのだ。それはまるでひな子の断ち切れない思いが、港をこの世につなぎとめているかのようだ。ひな子は、大きなスナメリのバルーンに水を入れ、その中に港を呼び出して一緒に出歩いたりもするが、それは同時に「港が生き返ったわけではない」ということを実感することにもつながってしまう。
映画の後半は、そんなひな子がいかに、「喪の仕事」(喪失を受け入れていく心の動き)を行うのかをめぐって進んでいくが、本作はそこに、ひな子の自己発見の物語を組み合わせたのだ。
ひな子は、ずっと港のことを「なんでもできる人」だと思っていた。消防士としても優秀。オムライスをはじめ料理も得意で、コーヒーも美味しく入れられる。それに対して、自分はなにものでもない。波に乗ることは得意でも、なかなか世間の波には乗れていない。そんなふうに自分をとらえていた。
ところがひな子が港の実家に足を運んだことで転機が訪れる。ひな子が知った港の子供のころのエピソードは、港との関係を新たにとらえなおすことにつながった。ひな子は港からもらうばかりだと思っていたが、決してそうではなかったのだ。
誰かが誰かに手を差し伸べること。そんな連鎖で世界は繋がっている。それを実感したことで、ひな子は自分の足で立とうとするようになる。その第一歩はひな子にとっては、ライフセイバーを目指すことだった。こうしてひな子は自分がなにをなすべきかを自力でつかみ、自分の力で徐々に傷を癒していく。
そして映画のクライマックスが終わり、港が姿を消した後、また冬がやってくる。そこで、ふいに港を思い出させるような出来事があり、ひな子はようやく大きな声で泣く。それは、これまで泣けなかったひな子の、「喪の仕事」の締めくくりだ。そしてそれは同時に、新しいひなことして生きていくための産声でもあるのだ。
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