【熊木杏里】
取材:石田博嗣
人に体当たって正直なことを言ってみたかった
ニューシングル「こと」は言葉が、すごく訴えかけてきますよね。
確かに、そうですね。正直になろうって思ったら、そういう言葉しか出てこなくて…歌いながら歌詞も全部一緒に出てきたぐらいなんで、痛いフレーズもいっぱいあると思います。すごく好きな人に、想いの全てを告白しようっていう感じだったから、自分にとってもすごく正直な曲ができたと思います。
“強くあるなら弱くあること”というフレーズが印象的でした。
そういう言葉が自然と出てきた…だから、曲が完成した時に“こういうことを、あの人からもらったんだな”って思いましたね。
ピアニストの清塚信也さんをフィーチャリングしているのですが、このコラボはやってみてどうでしたか?
清塚さんはクラシックの人なんで、どんな感じになるのかなって思ってたんですけど、より人の温もりや感情が入ってきたから、“すごいものをもらったな”って。清塚さんって心でピアノを弾いてる…やっぱりアーティストなんで、いい感じでコラボできましたね。曲の中に、もうひとり誰かがいるっていうか。
両A面となっている「誕生日」は、どんな曲を作ろうとしたのですか?
ある女の子からメールをもらって…彼女は盲目なんですけど、ずっと私のファンでいてくれたみたいで。で、その子に何かを届けたいと思ったんですよ。それも嫌なことじゃなくて、うれしいことだけを伝えてあげられないかなって。
“あなたという人がいることでいいんだよ”という言葉に、救われた気分になりましたよ。
それが言いたかったんですよ。そこが一番届く…他にその子には何も言えないなって。自分の境地は彼女とは違うから。
この2曲を、なぜ両A面にしようと?
『こと』にしても、『誕生日』にしても具体的な相手がいて、相手が見える歌っていうのは、初めてだったりするんですよ。すごく人肌の強い楽曲だったから、早い段階からリリースするなら、この2曲は一緒にって思ってました。
そんな2曲も収録する5thアルバム『ひとヒナタ』が完成したのですが、アルバムを作る時はテーマとかは立てるのですか?
“こんなアルバムにしたい”というのは、いつも漠然としか見えてなくて…毎回、アルバムを作り終った後に“次はこんな自分になっていたい”と思うんですね。今回は“生きる”とか“あなたがいるということ”に接点を見い出すことが多いんですけど、それは前作から“人と触れ合いたい”と思っていて、“もっと温もりがある曲が書きたい”っていうのが目標だったから、気が付かないうちにどんどん人と会っている自分がいたんですよ。そうすると生まれて来る曲も正直なものだったりして…それは今の私にとって自然なことなんです。だから、“こんなアルバムを作りたいから、こういう曲を?”という感じではなくて、“現在”をどれだけ出せて、それをガサッと詰め込められるかって感じですね。ほんと、どうしていいのか分からなかった時期もあったし、以前は死んでましたからね(笑)。“どうせ私なんて?”って思ってたんですけど、そこから立ち直ることができるんだなって。気持ちひとつで変われるんだって自分で曲を作ってて思いました。
“他人と比べても仕方ない、自分は自分”というようなことを何曲かで言ってますよね。でも、それはメッセージというよりも、自分に向けて言ってるように思ったのですが。
まったくその通りです。とりあえず自分に一回言ってますからね。完全に人に向って言えることはないです、“好きだよ”ぐらいしか(笑)
それだけ熊木さんの生き様や人となりが出ていると?
出てると思います。“熊木杏里はこういう人です”ってのが、誤差のない感じで出てるかなって。今は人と触れ合いたい…私は閉じこもっている時期が長かったんですけど、その頃と今とは見ているものも全然違いますね。誰かと一緒にいて、そこではね返ってくるものと、誰にも会わずにひとりで考えているだけのものとでは、当然ながら違うというか。誰かを介して感じたもの…それは“温もり”でも“痛み”でも何でもいいんですけど、そうやって感じたものがすごく出てると思います。人に体当たって正直なことを言ってみたかったんですよ。そういう意味でも、いろいろな感情が出せたし、届く言葉がいっぱいあると思いますね。だから、前とは“人にぶつかっていく”感が違う。今までは、そういうのが怖かったんですよ。
怖いと感じていたものも克復できたのですか?
どうなんだろう? できたのかな? 他人がどうのってじゃなくて、自分が“こうでありたい”ということだけで立てているような気がする。今までは寄りかかりすぎたり、変に顔色をうかがってたりしたから、人の輪の中にいることが辛かったりしたんだけど、“ひとり浮いててもいいから、私は輪の中に居たいんだよ”って。“そこに居たいんだ”っていう気持ちが強いんですよ。対面じゃなくても、隣でもいいから。
その想いがアルバムタイトルの“ひとヒナタ”になるんですね。
そうです。“ひとつのヒナタ”っていう意味にもなりますしね。アルバムを作ってる時から、なんとなく“日向”って言葉が浮かんできてて…でも、それだけってのも何だなって(笑)。これまでのアルバムも“無から出た錆”とか造語系だったりするから。で、何がいいかなって考えた時に“いっぱい人と出会ったな”と思って、“人”っていいなって思ったんです。人が日向だって。
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