【編集Gのサブカル本棚】第33回 「
また」やってると、「まだ」やってる
「イカ天」は日本武道館でライブが行われるほど人気を博してバンドブームの立役者となり、「さよなら人類」で紅白歌合戦にも出場した「たま」など、「イカ天」出身のバンドが多数メジャーデビューした。人間椅子も、おどろおどろしい楽曲と、「ゲゲゲの鬼太郎」のねずみ男に扮したベース担当の鈴木研一氏の衣装でインパクトを残し、バンドブームの追い風をうけてメジャーデビューをはたした。バブル経済期らしい陽気なノリの「イカ天」のなかで、人間椅子は今でいう“陰キャ”枠の色物バンドという扱いだったが、当時からたしかな演奏技術と、唯一無二の世界観をもっていたことをプロのミュージシャンもいた審査員らは評価していた。なお、みうら氏も「大島渚」というバンド名で「イカ天」に出演し、そのときにギター担当の和嶋慎治氏と知り合っている。
筆者は「イカ天」きっかけで中学2年のときに人間椅子に興味をもち、デビュー直前の1990年1月、「THE FUSE」というビジュアル系バンドと2マンで行われた観覧ライブに参加した。人間椅子の出番になると前列の観客が激しくヘッドバンギングしだすのにギョッとしながらも、テレビやCDで聴くよりも何倍もパワフルで格好いい演奏に魅了されてファンになり、その場でファンクラブに入会する。当時のファンクラブは入会費100円、会費半年600円と中学生にも払える額だった。デビュー直後の7~11月には渋谷エッグマンで毎月ライブが行われ、アンコールまでは観客全員が座布団に座って演奏を聴く「座布団ライブ」があったり、チューリップの「心の旅」にインスパイアされて名付けた新曲「心の火事」がライブで初披露されたりして、夜の渋谷の街にちょっとビクビクしながら通っていた。
当時の人間椅子は女性ファンのほうが多かった印象で、ライブ終了後、都内の大学生と思われる女性たちが、会場内で人間椅子の同人誌(たしか300円ぐらい)を自主的に売っていた。思えばこれが初めて買った同人誌で、インターネットがない当時は、地方で行われたライブのレポートなどファン同士の交流のアイテムとして貴重な情報源だった。当時はそういうことをしても許された大らかな時代で、もしかしたらメンバーに話を通していたのかもしれない。ライブでは熱心なファンたちがスピーカーの前にテープレコーダーを置き、ライブを録音しても何も言われることはなかった。
ギター・ボーカル担当の和嶋氏による自叙伝「屈折くん」(角川文庫刊)には、レコード会社との契約終了後、和嶋氏とベース・ボーカルの鈴木氏がアルバイトをしながらバンド活動を続けていた日々がつづられている。レコード会社との再契約後もアルバイトをしながらの活動が長く続いた。
地道な活動のはてに現在の再ブレイクにいたった要因はさまざまあるが、そのひとつは2004年に4代目ドラマーとして加入したナカジマノブ氏の存在が大きかったように思う。ファンから「アニキ」と呼ばれて慕われるナカジマ氏は“陽”の人で、その人柄と多くのバンドにドラムとして参加してきた経験で、ライブのブッキングなどバンド運営の要とも言えるマネージャー的な役割も担うようになった。
2012年には和嶋氏が「ももいろクローバーZ」の楽曲にギターとして参加し、13年には人間椅子が敬愛するブラック・サバスのオジー・オズボーン主催の音楽フェス「Ozzfest」に出演。この頃から人間椅子の音楽が再び注目を集めるようになり、19年にリリースしたアルバムのリード曲「無情のスキャット」のミュージックビデオが、YouTubeでの公開から1カ月で100万回再生を突破する(2023年12月末時点で1466万回再生)。海外の音楽ファンに人間椅子の音楽が届き、それをきっかけに国内でも新たなファンが増え、ライブを行う会場も広くなり、2020年には初の海外ワンマンツアーも実施された。
人間椅子の再ブレイクも、まさに「また」が「まだ」になる過程でおきたもので、再ブレイク前、筆者が人間椅子のファンで今でもライブに行っていると知人に話すと、「イカ天」を知っている人は存在ぐらいは知っているため、「まだ活動していたんだ」と驚かれることが多かった。実質1枚目のアルバム「人間椅子」(1989)と最新の「色即是空」は、いい意味でまったく変わっていない。自分たちの好きなハードロックを変わらぬ姿勢で貫き続けている人間椅子の音楽は、筆者にとって常に格好いいものであり続けている。「KEEP ON ROCK'N ROLL」を体現し続ける人間椅子をこれからも応援していきたい。(「大阪保険医雑誌」2023年10月号掲載/一部改稿)
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