【Emerald インタビュー】
ネオソウルなポップサウンドが
さらにポップに

L→R 藤井健司(Manipulator&Cho)、高木 陽(Dr)、藤井智之(Ba&Cho)、中野陽介(Vo&Gu)、中村龍人(Key)、磯野好孝(Gu)

ブラックミュージックのマナーを基調に聴き手に寄りそうポップミュージックを追求しているEmeraldが前作アルバム『Pavlov City』から1年振りにミニアルバム『On Your Mind』をリリース。配信シングルの「東京」と「ムーンライト」を含む全5曲に込めた想いを、バンドを代表して中野陽介(Vo&Gu)と藤井智之(Ba&Cho)のふたりに訊いた。

Emeraldの結成は2011年だそうですね。

中野

僕が10年間ぐらいやっていたバンドがあったんですけど、そのバンドが解散するちょっと前に、智之とめちゃめちゃ仲良くなって。でも、最初は彼のお兄ちゃんの健司(Mani&Cho)と仲が良くて、彼を介して出会ったんです。その直後に、それまでやっていたバンドが解散して。もうバンドではできないかなと思いながら、家にこもって曲を作ってたら、またバンドでやりたくなってきちゃって(笑)。そんなタイミングで智之が“何かやりましょうよ”って声をかけてくれていたのを思い出して、デモを1~2曲渡して、智之が当時組んでいたインストバンドとスタジオに入ったのが最初でしたね。

藤井

ネオソウルがまだ今ほど浸透していない時代に、ギターの磯野とキーボードの中村がそういう音楽をやりたいって言い出して始めたバンドだったんですけど、始めたと言っても曲を作っているだけでライヴもやらないまま1年ぐらい経っていて。陽介さんのバンドが解散したあと、フィッシュマンズのコピーバンドをやろうって話して陽介さんとスタジオに入ったんですけど、コピーは一切やらずに中野陽介のオリジナルをひたすらやらされるっていう(笑)。

中野

ははは。その時にちょうど友達が僕のことを心配して、ライヴに誘ってくれて。初めてのリハで“めちゃめちゃいいバンドだな”って僕が痺れちゃったんですよ(笑)。やっぱりバンドをやりたいって改めて思いました。

さっき藤井さんからネオソウルという言葉が出ましたが、中野さんが最初持って行った曲は…

中野

全然ネオソウルじゃなかったです。フォーキーだったり、ロックな曲を持って行きました。ダブやレゲエも好きだったからそういう曲もありましたけど、最初の1年ぐらいは僕の曲をそのまま演奏してましたね。そこから“もうちょっとバンドのカラーを出していこう”ってなった時に、メンバーがもともとやりたかったネオソウル、R&B、ヒップホップといったブラックミュージックをベーシックにした音楽も入れていきたいってなって、僕も一生懸命引き出しを開けて作っていきました。

藤井

陽介さんは苦戦してたみたいですけど、絶対に声の質感や発声は合うはずだからリズムだけとらえられればすごくはまるだろうと思って、“とにかく頑張ってやってみよう”って発破をかけ続けて(笑)。

中野

挑戦し続けてものになった時に、今までロックで叩き付けてきた歌とは違う、スムーズに人に寄り添えるものが作れた気がして。それが気持ち良かったというか、新しい自分を見つけたような気がしましたね。最近になってネオソウルに影響を受けて日本語と英語を織り交ぜて上手にフロウを組み立てるアーティストが増えてきたけど、邦楽ロックをいっぱい聴いてきた僕が日本語で歌う強さが、周りが上手くなればなるほど逆に際立ってきたので、続けてきて良かったなって思います。

前のバンドが解散したあと、弾き語りでもライヴをやってきた中野さんにとって、バンドでやる良さというのはどんなことなのでしょうか?

中野

ほんとに、単純にいいバンドなんですよ。メンバーの人間性もいいし、僕がそこで学ぶことがたくさんあると思えるんです。自分が引っ張っていくというよりも、一員としてみんなが対等に参加できる容れ物になっていて。そういう関係性を作っていくことがそのまま音楽と直結しているというか。Emeraldは自分が成長したり、新しい引き出しを開けたり、今まで出会えなかった人と出会えたりっていう可能性を持った船だと思っているんです。“バンドっていいな”って幻想でバンドを組んでいるわけではなく、怒られたりしながらも(笑)、やっていこうって気持ちになれるくらい音が素晴らしい。客観的に聴いている時もステージに立っている時も、そう思うんですよ。贔屓目なしにすごいといつも思うし、自分もテンションが上がるし…そういう場所が人生にあるって素晴らしくないですか?

逆に中野さんが加わったことでメンバーの意識はどんなふうに変わりました?

藤井

スタジオに初めて入った時、僕らもびっくりしたんですよ。中野陽介の歌の力に。すげぇ上手いと思いました。それまでも陽介さんが前やっていたバンドのライヴを観ながら客目線で上手いとは思ってましたけど、一緒にやってみたら“この人、すげぇな!”って(笑)。インストバンドと言いながら、実はネオソウルをがっつり歌えるヴォーカリストを探していたんで、僕らとしてはすごく強い武器を手に入れたみたいな感じでした。

お話を聞きながら、ひょっとしたらブラックミュージックの要素がここまで濃くならない可能性もあったんじゃないかと思ったのですが、おふたりにとってのブラックミュージックの魅力って何なのでしょうか?

中野

みんなジャンルみたいに言うけど、僕個人としてはジャンルだとは思ってなくて。ブラックミュージックってこの世の中の音楽カルチャーのレイヤーだと思っているんです。ブラックミュージックのマナーは人を気持ち良く踊らせて、アジテートしてもいいし、慰めてもいいしっていう言葉を浸透させる上での強い武器なんですよ。ビートの中で自分の人生を肯定的にとらえるチャンスをくれるものだと思い始めて、気付いたら自然とそっちに流れていくから、作る時にもそれがスムーズに自分の中に入ってくるようになっていったっていう。

藤井さんはどうですか?

藤井

もともと日本のダブミュージックが好きで。そういう人たちってそもそもどういう音楽をやっていたんだろう?って遡っていった時にブラックミュージックに興味を持ったんです。陽介さんも言ってたように独特のビートの強さがあって、それが理屈抜きに身体の芯に伝わってくるというか、それが自分の体感に合っていたんですよね。

Emeraldの音楽は徐々に受け入れられると同時に活動も軌道に乗ってきたようですね。

中野

この間、LUCKY TAPESのサポートでサックスを吹いている大ちゃん(村上大輔)に“こんなに掛け値なしに最高と言えるバンドっていない”って言われてすごく嬉しかったんです。そういう人が何人かいて、いろいろな人に僕らのことを話してくれたことで、少しずつ広がってきたんです。その中でSpotifyがいろいろなプレイリストに入れてくれて、“聴いたことがある”“名前知ってる”っていう人たちがじわじわ増えてきて。10月に配信リリースしたシングル「東京」もすごく再生してもらえて嬉しかったです。

その中でバンドの目標も変わってきたのですか?

中野

いい音楽を作りたいという想いは変わらないんですけど、ファンベースをもっと広げていきたいという想いが強くなってきました。聴いてくれる人を増やしたい。そうすれば、できることも増えると思うんですよ。

その想いは今回のミニアルバム『On Your Mind』にも反映されているのでしょうか?

中野

そう想うようになったきっかけが、今回収録している「ムーンライト」と「東京」だったんです。その2曲は智之の作曲なんですけど、彼は“いろいろな人に聴いてもらうためには、押し付けがましくなく寄り添えるような音楽でなければ”とずっと言っていて。だから、そういう歌詞とメロディーを付けたつもりなんですよね。自分の作家性よりも、すっと入ってくるような気持ち良いものを作ろうと目指してやっていったら、結果的にすごくいろいろな層の人たちに届いたという感覚があったんです。そういう広がりを無駄にしちゃいけないなっていうのが今の僕の想いですね(笑)。 

“押し付けがましくなく”というのは、どういうところからの発想なのでしょうか?

藤井

“自分はこれを表現したいからこれをやる”っていう気持ちはエゴだと思うんですよね。聴く人たちにも音楽を選択する権利があるとはいえ、何かを発信していくならしっかり聴き手のことも考えないと。どういうものを聴きたいと思っているのか、客観的にとらえながら自分たちの音楽に落としていきたい。僕はそういう想いのもとで音楽を作ることが多いんです。自分が作った曲を持っていくのは今回が初めてだったんですけど、陽介さんや他のメンバーが作った曲をアレンジする時もそういうことは常に意識してますね。「ムーンライト」と「東京」を作るにあたっても、自分の頭の中に広がっている音をいかに押し付けがましくなく、客観的に見た状態でどれだけ自然に広げられるかを意識しながら作りました。だから、いろいろな人に“聴きやすい”“気持ち良く耳に入ってくる”と言ってもらえるものにできたのかな。

中野

以前は、“アーティストに答えを提示してほしい”とか“自分と同じぐらい傷付いている姿を見せてほしい”と思いながら音楽を聴いていたところがあったんですけど、この歳まで音楽をやっていると、自分の中に答えがあるんですよね。今36歳なんですけど、自分の中にある答えをやんわり照らしてくれるものに惹かれるようになるんです。灯台みたいに何を照らすわけでもなく光を放って、“あ、何か光がある”ってみんなが自分で見つけていけたらいいのになって。そういう価値を、この歳になるとすごく感じるんですよね。

藤井

それをどうとらえるかは自由ですからね。そのために明確な答えを提示しない。それが大事だと思ってます。むしろ、いろいろなかたちでとらえられないと面白くない。答えが分かっている映画なんて全然面白くないじゃないですか(笑)。いろいろなとらえ方ができるから深さや意味があるわけで、音楽もそれと同じだと僕は思ってます。

中野

とはいえ、ひとりの人間としての作家性やソウルも絶妙に楽曲の中に込めることも大事だと思っていますけど。

5曲それぞれに違う魅力を打ち出していると思いましたが、『On Your Mind』ではバンドのどんな姿を打ち出したいと考えたのでしょうか?

中野

扉を開けた実感はあるよね。

藤井

うん。僕らは全然メジャーでも何でもない、しがないインディーズバンドのひとつですけど(笑)、やっぱり広い世界を観たい。その気持ちはかなり込められていると思います。かつ“もっと分かりやすく、もっとポップに”ということを、どんどん追求していったらどういうふうになるんだろう?って想いも詰まっているんです。実は前作の『Pavlov City』の時もそういう想いを持っていたんですけど、それでもやっぱり“難しい”とか“すごくいいんだけど、疲れちゃう”とかと言う人もいて。もっと分かりやすくしたらどうなるんだろう?って考えたから結構ド直球なところも多くて、2曲目の「Heartbeat」なんて泣きメロも入れてみたりして、前回とはまた違った色というか、違った聴きやすさがあると思います。Emeraldの音楽は、コアなところに届いた時に突き刺さる深さはかなりのものだと思っているんですよ。ただ、その範囲が狭いので、今回はそれを広げるってことを突き詰めた曲ばかりですね。

中野

ドライブしたり、ランニングをしながら聴いてもらえたらいいですね。前に進んでいる時のスピードに合う曲が多いから、みんなの通勤だったり、通学だったり、いろいろな時に聴いてもらえるかな。5曲目の「Feelin’」は僕の作詞作曲なんですけど、この曲だけは最後にすっと落ち着くような感じを意識しました。

確かに歌詞の世界観が他の4曲と違いますね。

中野

もちろん、するするって入ってくることも大事なんですけど、気持ち良さだけを考えるっていうのもちょっと考えものだなって最近思うんですよ。ひとりの人間がそこにいて、何かを思っている。何かを感じている人間がいるっていうことを照らすことが必要というか。そういうものを残したいっていう気持ちもあったから、メンバーが“「Feelin’」を入れよう”と言ってくれた時は嬉しかったです。今作は、ただただ元気に最後まで楽しく駆け抜けるんだと思ってたんですけど、最後にこういう曲を入れさせてくれるところもEmeraldのいいところだと思いました。

かなりの自信作になったのではないでしょうか?

中野

そうなんです。いいですよ(笑)。

藤井

個人的にはこれまでで一番の自信作だし、一番広げていきたいものになっています。変な話、これを広めるためなら何でもしますぐらいの気持ちはあります(笑)。アルバムタイトルの“On Your Mind”は、実は“What's on your mind?”で、“これを聴いて何を思うか?”という問いかけなんですよ。

リリース後はどんな活動をしていこうと?

中野

『On Your Mind』のレコ発を4月ぐらいにやれたらいいなと思って、今はそこに向かって動いています。それが終わったら、またいろいろなものを打っていこうと考えているんですけど、常に話題が途切れない感じで、お客さんがEmeraldの音に触れられるような状況を作っていけたらいいですね。

取材:山口智男

ミニアルバム『On Your Mind』 2018年12月12日発売
Maypril Records

  • MPLR-004
    ¥1,944(税込)

Emerald

エメラルド:2011年結成。ジャズ、ネオソウル、AORといったジャンルを軸にした楽曲群に中野陽介の持つJ-POPの文脈が加わったサウンドで、新しいポップミュージックのかたちを提示している。17年にリリースした2ndアルバム『Pavlov City』はSpotifyにて複数のプレイリストにピックアップされるなど、各方面から高い評価を受けている。

「ムーンライト」MV

アーティスト