『メシ喰うな!』/INU

『メシ喰うな!』/INU

町田町蔵率いるINUが
ポストパンクサウンドに宿らせた
日本人としてのアイデンティティ
『メシ喰うな!』

衝撃的なタイトル、
自由でユニークな歌詞

これにヤラれたリスナーは多かったと思う。本当なら歌詞を書き出したいところだが、「つるつるの壺」「おっさんとおばはん」「メシ喰うな!」「ライト・サイダーB(スカッと地獄)」「インロウタキン」「気い狂て」。収録曲のタイトルからだけでも、いわゆるロックのマナーから解き放たれ、肥大化した自意識の下、自由に自分の思いを綴った歌詞のユニークさは伝わるだろう。
“写真屋のおっさん”(「つるつるの壺」)、“このたにし!”(「おっさんとおばはん」)、 “ライト・サイダー”(「ライト・サイダーB(スカッと地獄)」)、“インロウタキン”(「インロウタキン」。後に“金太郎印”という看板を逆から読んだ言葉だと判明。ガクッとなった)、“石炭まみれの305”(「305」)、“まんじゅう屋のおっさん”(「気い狂て」)という謎めいた言葉の数々と歌詞カードに載らない呪詛とともに、小市民的な幸福や血脈の呪縛に対する違和感や疎外感の裏返しとしての苛立ちを、場合によっては諧謔も交えながら狂おしい歌声で歌っていたのが19歳の若者だったという事実に改めて驚かされる。
その後、日本のロックの世界では洋楽に接近することが評価の対象のひとつと考えられるようになり、英語で歌うバンドも増えていったが、この『メシ喰うな!』からは洋楽の影響を受けた上でなお、日本…いや、それこそ彼らが暮らしていた大阪でしか生まれえないロックが聴こえてくる。もっとも、メンバーたちがどこまでそれに意識的だったかは分からない。しかし、閃きに満ちたフレーズを奏でるギターをはじめとする演奏とポップフィーリングも内包した楽曲のクオリティーの高さもさることながら、歌謡ロックとは全然違うかたちで日本人としてのアイデンティティを深く刻み込んだという意味で、この『メシ喰うな!』は日本のロックを代表する名盤のひとつに数えられるべきだと思うのである。

著者:山口智男

OKMusic編集部

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