「もはやこれは“ディレクターズカッ
ト”です」──舞台『モノノ怪~座敷
童子~』中村健治&新木宏典が稽古場
で明かす葛藤

謎めいた存在の薬売りが立ち寄る先々で巻き込まれていく「モノノ怪退治」の顛末を描く、舞台『モノノ怪』シリーズ第二作・舞台『モノノ怪~座敷童子~』の稽古場で、主演の薬売りを演じる新木宏典と原作アニメーション『モノノ怪』の監督である中村健治の対談が実現! アニメーションと舞台、フィールドは違えど作品作りにかける情熱は同じ。互いの矜持を持ち寄って語り合った“それぞれの『モノノ怪』”とは──
薬売り役:新木宏典 (c)舞台『モノノ怪~座敷童子~』製作委員会
──舞台『モノノ怪』、前回の『化猫』を観劇された感想からお聞きできますか?
中村:今回の『座敷童子』につながる点で言うと、『化猫』を見たときに一番僕が「もう一声」と思ったのは、薬売りが舞台に立ってる時間がちょっと短いなぁと感じたんです。なんというか……僕もお客さんもせっかく物語にのめり込んでいたのに、そこに薬売りがいない時間が長く続くと熱量がちょっとだけ冷めていってしまう気がしたんです。やっぱりみんななんだかんだ薬売りがいないと物足りないなという気持ちになっていくので、なるべく薬売りはいて欲しいなぁと思いました。「黙ってても立っててほしい」みたいな。なので今回脚本の方向性として「とにかく薬売りさんを舞台の端でもいいから出してください」とお願いしました。脚本チェックの際も「ここにもいて欲しいです」「もう5ページくらい登場していないのでそろそろお願いします」みたいな(笑)。
──どんな妖怪の物語だとしても薬売りがそこにいてこその『モノノ怪』である、と。
中村:起きていることに対して、薬売りは何となくでも常に見ている。だからそこにいるだけでも……背景に溶け込んじゃっててもいいから、なるべく舞台上に薬売りがいるのがいい。今回の『座敷童子』の脚本ではそういうニュアンスが増えていて、それがまず嬉しかったですね。
──『座敷童子』はアニメシリーズでの最初のエピソードです。新木さんは初めにこのお話を観たとき、どんな印象を持ちましたか?
新木:僕はアニメ『モノノ怪』が大好きで、最初に触れたのがこの『座敷童子』であり、原作を好きになれたのも『座敷童子』のインパクトが素晴らしかったからです。なので自分の中では『モノノ怪』=『座敷童子』というイメージでしたし、舞台化のお話をいただいた際も『座敷童子』のあの薬売りをやるんだろうなと思い込んでいたので、「『化猫』です」と言われた時はびっくりしました(笑)。その時に『モノノ怪』の前に『怪 〜ayakashi〜』があり、その中で薬売りが登場する『化猫』というお話があったのを初めて知って……なので当時の自分にとっては一作目が『座敷童子』じゃないんだってことのほうが、驚きが大きかったですね。
中村:ハハハ(笑)。
新木:で、次は「え、第二弾で『座敷童子』をやる!?」という衝撃ですよ。まさに僕がこの作品に惚れ込んだあのアニメーションの色味を……個性的な色の使い方と空間の演出を、劇場でどうやるんだ!? と。前作の『化猫』は「270度プロジェクションマッピングがある飛行船シアターという空間で『モノノ怪』の世界を表現します」と聞いて、ああなるほど、だったらエンタメのひとつのショーケースとして成立するだろうなと思いました。それが今回は旅公演もあり、先々の違った劇場で同じパッケージの作品をお届けしなければいけないという中での『座敷童子』ですから、演劇として前作以上に非常にハードルが上がっていますよね。原作の魅力的なポイントと舞台というアナログ的表現とのミスマッチ、それはさらに非常に大きな課題になっていくと思いますし、プレッシャーも大きいです。
──『モノノ怪』の『座敷童子』は広く知られている 「棲む家を繁栄させてくれる子供の姿の妖怪」とはちょっとニュアンスの異なる座敷童子たちが出てきます。アニメ製作時、どういうアイデアから物語を作っていったのでしょう。
中村:すごくシンプル。最初に何にも決めずに話数に合わせてばーっと妖怪だけ決めたんです、全部で5匹。ただ、『怪 〜ayakashi〜』の『化猫』もそうだったのですが、元々それぞれの妖怪にまつわるモチーフのお話はあるんですけど、それはほぼ使ってないんですよね。むしろ「世の中に知られているこの妖怪をどう見立てたらどんなドラマが作れるか?」というところから新たに物語を考えて……思考ゲームじゃないですけど、まず常識を外し、座敷童子にどんな可能性があるのかというところからディスカッションしていきました。で、脚本を担当してくれた高橋郁子さんに「座敷童子でどんなお話を書きたいですか?」と聞いたら、「子供の話、書きたいです!」とおっしゃって、子供→童→座敷童子……いける! って、すごく単純なところで決めてしまって。そこから「座敷童子と言ったらこういう話にならざるを得ないよね」という説得力みたいなものを後から深掘って探しながら進んでいった。最初にすごく粗い地図を置いて、ちょっと見切り発車で出航するみたいな感じでしたね。
──今日は対談前に稽古も見学していただきました。俳優たちが表現する『座敷童子』の世界はいかがでしたか?
中村:自分は監督業や演出業をやってるので、やっぱりディレクションでの「なるほど、こうやるんだ」という面白さはまずすごくあって。アニメーションを作っていてすごく歯痒いのが時間のコントロールなんですよね。『座敷童子』で言うと、志乃さんがいる部屋の中で同時にいろんなことが起こってるのに、カメラは常に一部ずつしか切り取れない。そこで徳次が騒いでいても志乃さんを映している時点では画面外での声でしか表現できないわけです。もしくはそこは騒がせずにいて、次の徳次のカット割りで初めて騒ぎ始める、というような演出をすることで繋ぎながらなんとか無理やりリアルタイム感のある映像を作るんだけど……やっぱりアニメーションは同時多発のリアルタイムな表現には、向いてないんですよね。向いてないんだけど、でも僕はそれがやりたいんです(笑)。一方の舞台は全体がワイドで全部が見える。それは僕からするともうめちゃめちゃ快感で、なんか………「みんな待ってないな」という感じがあって。アニメーションは「待つ」んですよ。「この人が叫んでからモノノ怪さん出てきてください」みたいに。それが舞台だとみんなが「うわーっ」てなってるところにドーンッ! ってくるので、観ていても「これは気持ちいい」となる。だから僕、お世辞でも何でもなく、さっきも「わ、めっちゃいい」と思って稽古を観てたんです。「これ! こういうことがやりたいんだよな、自分も」と。アニメーションのときにやりたかったことが、舞台だとかなりそのままできてるぞと感じてました。
新木:(頷く)。
中村:それに、これまでもほぼ出来上がった段階のものを見せていただくことはあったんですけど、稽古の最初のほうにお邪魔するのが初めてで……だから余計に現場で作って、判断して、音とかみんなの移動とか、間とか、掛け合いが渾然一体となってまさに作られていく様子は本当に「ああ、この気持ち。危ない危ない、自分は忘れかけてた」みたいな心情になったし、すごく勉強になりました。もう一回自分の作る思いに力をもらった感じがして、今日はそこもすごい良かった。
新木:ありがとうございます。
中村:舞台はやっぱり役者さんが生で表現するフィジカルの世界だから、アニメーションのようなある意味「安定して配布できる記録表現」とのいい意味での違い……表情とか体温とかが直接削ぎ落とされないまま全員が呼吸を合わせてるところが僕はすごい面白かったし、それがやっぱり舞台ならではの緊張感を生むのかなと思いますよね。全体のリズムにもグラデーションがある感じでリアルタイムに流れていくワクワク感とでもいうんでしょうか。変な話、俳優さんも日替わりで「自分は今日ちょっと体調悪いけど、演じてるこの人は体調悪くないから、体調悪くなくやってる」凄みみたいなのを感じますよ、やっぱり。客席も、舞台と近いとちょっとドキドキしすぎて話が入ってこないから遠くの席にすると落ち着いて観れるとか(笑)、そういう味もあるのがいいんじゃないのかなぁ……と。ま、めちゃめちゃ素人意見ですけどね。
新木:いや、すごく嬉しいです! 監督が舞台を肯定してくださって、楽しんでご覧いただけているんだなというのが伝わってくるので……2.5次元作品と呼ばれる舞台は、原作のアニメーションや漫画、2Dを観て好きになった世界を3Dでも観てみたいという、原作への愛情が強いからこそ劇場に足を運んでくださってる方が一定層いるところがあって。その方たちに対しては、やはり僕たちがどれだけこの原作をリスペクトした上で、こういう表現をしているのかという部分での説得力であったり熱量が絶対的に必要なんだろうなと思うんですね。なのでそこに演劇に慣れてはいないけれど好きな作品を2.5次元として楽しんでくださる方々……演劇というアナログの表現を受け入れてもらえるお客様がいることには、僕らは毎回すごく救われてはいるんですけど、同時に、そこに甘えてはいけないな、とも思っています。
──原作の面白さを舞台芸術の作法で変換した際の「誤差」を埋める作業、これは2.5次元作品の宿命とも言えますからね。
新木宏典
新木:アニメ原作を舞台化する際にどうしても課題になってくるのはマイクの距離なんですよね。動画はマイクがすごく近くてカット割りもあるから、声の距離が……音圧であったり重厚感であったりっていうところの表現のレンジが広くなるんです。でも舞台ではどんな声でも1階席の一番後ろ、2階席の一番奥のお客様にも届く表現にしなければいけないですし、舞台上だと表情には寄れないので、アニメではほんの少し右へ目元を動かしたようなシーンでも、ある程度身体を切る、もしくは首だけを切ることによって、同じような効果のアクションに見えるわけです。派手に動くキャラクターではなくても、声も身体も誇張し、キャラクターの根幹にある性格や癖などは活かしつつ舞台版にデフォルメしていかなければいけないのは必然ではありますが、そこでどうしてもアニメのキャラクターとの差が出てきてしまうので、原作をリスペクトする役者であればあるほど、常にそこに歯痒さや戸惑いも付き纏っています。
──「舞台化の歯痒さ」。監督が先ほどおっしゃっていた「アニメ表現の歯痒さ」と、対になるように聞こえてきます。
中村:うんうん。
新木:自分が演じる上でその上手い落としどころというのは常に考え探っていますし、原作ファンのお客様にも受け入れていただける舞台版の薬売りになるようにアプローチしていく身としては、監督には迷いが晴れるすごく救いになる感想をいただけたなぁと、とても嬉しいです。近頃は状況もどんどん良くなって、普通に2.5次元俳優を応援してくれてる方もいてくれるし、もちろん演劇好き、俳優好きという方もいるので、原作の舞台化に対して肯定的な見方をしてくださる方の割合は増えているとは思います。当たり前ですが、原作ファンの方だけを向くのではなく、そういった方々にも飽きさせない表現をしなきゃいけない。そこは役者をやっていく上で最も責任を持つべきポイントだと思っています。
中村:アニメーションも全く一緒です。ユーザーの方は本当にたまたま見た人から、もう文脈までめっちゃわかってて1から100を考え出し考察するような人まで同時に来るので……同じなんですよ、お客さんのレンジとしては。なので今も新木さんのお話し、「ああ同じ産みの苦しみだな」と思って聞いてました。
──新木さんは今日監督にお会いするにあたり質問してみたいことなど考えていたりは……。
中村健治
新木:いや……さっきご挨拶の後で冗談まじりに「映画、気になります」とお伝えしましたけど、もうそれくらいしか言えないですよ。それは単純に原作ファンの特権、新作どうかなぁ〜というレベルですね(笑)。というのも、役者が考えることを放棄したら意味がないと思うんですね。監督の意図を直接聞いて答えをもらってしまうのは非常に時短にもなるし効率のいいことではあるのですが、僕たちが表現しなくてはいけないのはあくまでも「アニメーションを観て惚れ込んだ人たちを相手にする舞台作品」ですので、まずはその人たちよりも理解を深めるために自分自身が原作のアニメーションと向き合っていき、本当に簡単に手に入る答えがすごく近くに置かれていたとしても、その答えはちゃんと僕自身で導き出さなくてはいけないものだと思っています。
中村:わかります。
新木:アニメを観た人も自分自身で「ここどうなんだろう」と考えて楽しんで作品と向き合いながらより愛情が深くなってファンになっていくのかと思うので、僕が何かを聞くとしたら『モノノ怪』で放送された1話と2話に、なんだろうなと。ファンのみなさんと同じくらい……いや、それ以上の愛情を持った上で表現しきらなくてはいけないと自分は思うので、目の前に監督がいらっしゃってもなるべくこちらから核心はお伺いしないようにしてるのかもしれないです。
中村:新木さんはね、本当に甘えない方なんですよぉ。
新木:ハハハ(笑)。強いて言えば「こぼれて出たヒント」。監督がポロポロっと仰ったことを「そういう考えがあったんだ。これは今自分が解消しきれない、永遠の課題になりそうなポイントだったところの解決の糸口になりそうだな」と拾っていくっていうのはありますけど……舞台というアナログの表現に合わせて再構成された台本を紐解いて、原作という資料と照らし合わせ、それでもまだ説得力が足りないと感じた瞬間の表現をどう芝居で埋めていくのか、どう辻褄を合わせていくのかという作業がやはり俳優には必要なんです。勝手に答えを聞いて、理解できてもいないのに「そういうもんだから」とやってしまった場合、やっぱりお客様には伝わりきらなかったりすることもあるんですよね。
中村:いやぁ〜、アニメーションでもそうですよ。自分もスタッフに最も要求することは「考えること」なんですよね。「考える」ことは実は一番削れることだし、数値化もできないから目に見えないし、そこに対して周りから褒められることも少ない、すごい個人的な作業だったりもするんだけど、でも結果には如実に表れるんですね。そしてやっぱりそれ、お客さんには伝わります。あと自分は監督とか演出とかで客観的にキャラクターのことは把握しているけど、これ、本当に普段から僕が言ってることなんですけど、声優さんに対して期待を込めて「演じる方は絶対僕より詳しくなってください」と思ってるんですよ。キャラクターについて僕の知らないことを声優さんのほうが知ってることがね、すごく嬉しいんですよ。
新木:そうですね。
中村:「たぶんこの人は子供の頃こういう子供だったから、このセリフおかしくないですか?」とアフレコ現場で声優さんから指摘されて怒る監督もいるんですけど、僕はそこでなんかニヤニヤしちゃう。「きたきた。よしよし、この人本気だ。いいぞー」と(笑)。だって、相手が本気じゃないとそんなストレスのかかることを言ってこないですよ。だから僕も真面目に聞かなきゃなって思うし、逆に言うと、それでよりいいものができる予感がする。だから何が言いたいかと言うと、新木さんはやっぱり優れた役者なんだなと思いました。携わっているメディアは違うけど、僕が演出・映像のヨリコ ジュンさんにすごいシンパシーを感じるように、やっぱ役職は繋がってるんだな、同じようなところにみんな向かってるんだなと思っていますし、新木さんのお話聞いて、僕はもうすごく感銘を受けています。
新木:いや、そう言っていただけるなんて嬉しいです。僕らは監督や演出家に申し立てるなんて、非常に、本当にストレスがあるんですね。で、なるべく、「いや、自分がまだ読み切れてないんだ、考え切れてないから疑問になってしまうんだ。この台本なんだから、このセリフを言うんだから、このセリフが言える人格の人間として辻褄を全て合わせて言えるようにしなきゃいけない」と思うようにはしてるんですけど、でもキャラクターに関しては誰よりも詳しくなることが当たり前だと僕は思っていたので、監督はそこをわかって考えてくださっていて、すごくありがたいです。僕もそういうふうに取り組んできたことが間違いじゃなかったと再確認できたし、ああ、こういうのって、すごく嬉しくなる瞬間ですよね。
中村:うん。新木さんは「聞かない」とおっしゃってましたけど、逆に言うとこちらも教えられるものでもないんですよね。だから自分で「考える」んだけど、それは誰かに言われてやることでもない。この話はいろいろあって、自分の中で軸が欲しくなって、自分は何を真剣にやれば、何を信じればいいんだろうと追い詰められた人じゃないと出てこないんですよ。それは役者も、たぶん演出家も、絵を描かれる方も、ストーリーを作られる方も多分みんな一緒だし、他の仕事の方も一緒だと思いますよ。「この人は信用できる」と思える人って、こっちの想像を超えたところ、こっちが考えてもいなかったその「外側」の答えを考えてポンと出せる人なんですよ。それがやっぱり僕の中では優れたクリエイティブな人というイメージがあって。だから今日の新木さんの言葉に、僕はもう「同じ世界で戦う戦士だな」と思いました。
新木:「シビアなエンタメ界」でね。若い頃のこととかいろいろ呑みながらお話ししたら盛り上がりそうだなぁ。
中村:ホントにね。ハハハハッ(笑)。
──同じ思いを抱くおふたりのリレーが生み出す舞台版『座敷童子』。3月21日(日)の東京IMM THEATERを皮切りに始まる本番を待ってくださっているお客様にメッセージをお願いします。
中村:僕は今日のお稽古を見ただけでもお世辞でなく確信したのは、「『化猫』より面白い」です。それはまず間違いないです。なぜなら練度が違います。手探りの領域がものすごく広かった1作目でうまくいったこと、そして「次はこうしたい」ということが確実に2作目に反映されているので……なんか上から目線ですね(笑)。でも最初っからかなり研ぎ澄まされたものを観ることができるはずなので、続編を持っていた方は当然ですが今回初めて観るという方もすごく入りやすいと思いますし、どうぞ期待していてください──ま、ちょっとみなさんにプレッシャーかけちゃうみたいですけど(笑)。
新木:ハハハッ(笑)。
中村:それとこれは脚本的な見どころなんですけども、アニメーションの『座敷童子』では時間の限界があってかなり落としたドラマだったり設定だったりが実はたくさんあったんです。で、今回、脚本の高橋郁子さんがそれを舞台用にかなりいい意味で戻して描いてくれていて。アニメの『座敷童子』に感動された方が観たら「本当はこんなことがあったんだ」みたいな部分、より「わ〜っ」と思うところがいろいろ書き込まれています。「行間」じゃなく「欠番」の復活。ある意味、この舞台版の『座敷童子』にはアニメーションのディレクターズカット版的な魅力があるので、そこはぜひ見てほしいなと思います。
新木:そう。「これは私の知ってる『モノノ怪』じゃない。『座敷童子』、アニメと舞台で全然違うのでは?」と捉えられてしまうくらいに改めて深掘りしてもらっているシーンもあるので……でもそれをアニメオリジナルの高橋先生がここで描いてくれているということで、原作ファンからしてももう納得せざるを得ないでしょうね。そこは今回の舞台『モノノ怪〜座敷童子〜』の大きな強みになってるんじゃないかなと思います。
──オリジナルチームの力で舞台版の強度が増している。
新木宏典
新木:そういう点でも僕はまず監督をはじめ、アニメ『モノノ怪』を作ってくださったスタッフのみなさんに感謝したいです。カンパニー的にも初演に出演していたキャストが今回はまた違う役を背負って続投ができてる。2.5次元作品ですと、ビジュアルも変わりますからなかなかハードルが高いんですけど、でもそこに許可を出していただけたのもまた、非常に感謝すべきポイントだと思っています。いわばこの座組で「劇団モノノ怪」ができているわけで、そういう作品への理解度と経験があるメンバーなら新作に対してもスタートダッシュがかなり早いし、練度という点でもとても有利だと思います。こういう幻想的なシーンや、SF感の強いものは、実はアナログを武器にした表現=演劇と意外に相性がいいんです。アニメのあの空間が「うわ、今、舞台上でも見えた!」と、お客様が楽しんで錯覚できるぐらいの刺激を与えられるような舞台にしたいと思います。まずは今精いっぱい稽古を積んで、今回大阪公演が実現したように、「今度は九州にも来てくれるかな」「名古屋にも来てくれるかな」「北のほうにもぜひ……」と、日本中の作品ファンの方に更なる未来への期待値を持ってもらえるような作品になるよう、精一杯務めていきたいです。
──未来への想い、素敵ですね。原作のストックはまだいくつもあります。監督は舞台でどのエピソードを観てみたいですか?
中村:全部です。
新木:うわっ(笑)。やれたら、面白いですよね。
取材・文=横澤由香

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