英の演出家ジョー・ヒル=ギビンズ「
歴史劇ではなく現代の演劇として上演
したい」~『橋からの眺め』への抱負
とは

『セールスマンの死』『るつぼ』などで知られるアーサー・ミラーの代表作のひとつ『橋からの眺め』が広田敦郎の新訳、イギリスの演出家・ジョー・ヒル=ギビンズの演出で上演される。ブルックリンで暮らす主人公と妻と姪と3人暮らしの家庭に、シチリアから移民してきた妻の兄弟が居候することになる。主人公が溺愛している姪が妻の弟と恋愛関係になったことから家族の関係はぎくしゃくして……。移民や法律や家族の問題を見つめる物語は現代にも通じるものがあると語るジョー・ヒル=ギビンズ。彼は英国ヤング・ヴィック・シアターの副芸術監督を務めたこともある気鋭の演出家で、シェイクスピアなどの古典に斬新なアプローチを行っている。まだ日本での上演作はないが、『リチャード二世』は2019年、ナショナル・シアター・ライブとして日本でも上映され、その演出が注目を集めた。今回、はじめて、日本人キャストと共にどのようなクリエーションを行うか、初来日したばかりのジョー・ヒル=ギビンズに抱負を聞いた。
ーー今回、日本で演出することになったお気持ちを教えてください。
日本からオファーを受けたことは大変光栄です。今回、日本のキャストと仕事をすることがはじめてであるのみならず、日本に来ることもはじめてなんです。これをきっかけに未知なる日本の文化と出会うことができると思うとワクワクしています。
ーーオファーを受けた経緯はどういうものでしょうか。
PARCO劇場さんから、大好きな『橋からの眺め』の演出をオファーされて、作品に興味があったのでお引き受けしました。優れた作家・アーサー・ミラーによる情熱や危険に満ち、血の通ったヒューマンドラマを日本人キャストと作ることで、どのようなものが生まれるか興味を持ちました。
ーー事前に日本人俳優とワークショップを行ったそうですが、いかがでしたか。
先日、すばらしい3日間を過ごすことができました。俳優は皆、熱心で努力家で、集中力がありました。このワークショップは『橋からの眺め』のプロジェクトとはまた違うプロジェクトではありましたが、そこでも『橋からの眺め』から一部テキストを抜粋して演じてもらいました。それがとても有意義でした。あとで俳優たちに意見や疑問を聞いたところ、文化が違っても私と同じ目線でこの戯曲を捉えていることを感じ、日本で上演しても、伝わることがあるに違いないと勇気をもらったのです。『橋からの眺め』に描かれた人間の人生に対する様々な問いかけに、日本人の観客の皆さんも反応してくれるのはではないでしょうか。
ーー問いかけにはどんなものがあるのでしょうか。
その問いは、イタリアのシチリア島とアメリカ、ふたつの異なる世界の対比によって描かれます。シチリアは、主人公の妻と兄弟の祖先の出身地で、そこは古い慣習が残る世界、対してアメリカは新しい世界です。シチリアからアメリカへ、主人公の妻や兄弟が移民としてやって来て、新たな人生を送ることによって、ふたつの異なる行動規範が対立します。
登場人物のひとりで、語り部のような役割をする弁護士が語るセリフに、法律は全部書物に書かれている、それ以外の法律はない、というものがあります。このようにアメリカでは法律が重視されることに対して、シチリアからやって来た移民たちは異なる考え方をもっています。たとえば、報復に関して、“目には目を”という考え方——被害に遭った側は相手に報復する権利があるという考え方です。たとえ法ではそれが許されずとも、です。それがこの戯曲のなかで描かれている重要な問いかけのひとつです。哲学的な問いでもありますし、実際に、私達は人生を歩むにあたってどの法律に従うべきかという問いかけでもあります。人間の感情や情熱は、法律にとって制御することができるのだろうかという問いですね。
ーー今の時代にも通じるとても興味深い問題ですね。
もうひとつ、大きな問いかけがあります。観る方によって好き嫌いはあるとは思いますが、家族のなかでセクシャリティというものがどのように機能するかということです。この戯曲の悲劇の中心は、姪っ子に夢中の男性です。我が子同然に育て上げた姪っ子が大人になって、移民の男と恋に落ちたことに主人公は耐えられなくなっていきます。1950年代のアメリカを舞台にした戯曲ではありますが、禁じられた性的欲望を描いたギリシャ悲劇の時代へとさかのぼっていくことで、この問題が時代や国の違いに関係なく、普遍的であることがわかります。
ーー異なる価値観という点では、日本の俳優とイギリス人のギビンズさんは価値観が違うかもしれません。どう思いますか。
私自身、演劇のキャリアにおいて、イギリス以外で働く幸運な機会に恵まれてきました。例えばドイツでも演劇を上演しています。様々な国の俳優と演劇を作る経験を行ってきたなかで思うのは、もちろん文化的な違いはありますが、どの国であろうと、俳優という職業についている人たちには共通項があるように感じます。それが日本の俳優にも当てはまるかどうか、これから稽古をしていくなかでわかる気がします。
また、共通点だけではなく、違いもあります。同じ英国人俳優でも、演じる前に役や戯曲についてたくさん対話することを必要とする人もいれば、逆にそれがいやで早く立って動きたいタイプの人もいます。また、演じる役の内面について、サブテキストを探る俳優もいれば、そういうアプローチに興味のない俳優たちもいます。立ち位置や所作をすべて指示してほしい俳優もいれば、自由に、即興で演じたい俳優もいます。演出家の仕事は、そういう異なる一人ひとりの役者の一番いいところを引き出したり活かしたりするためにはどうしたらいいのか、考えることです。サッカーの監督のようなものでしょうか。いずれにしても戯曲を理解することも俳優を理解することも、根底にあるものは人間を理解することで、それはとても興味深いことです。
ジョー・ヒル=ギビンズ     (c)Sandra Then
ーー『橋からの眺め』の出演俳優たちとは会いましたか。
一部の出演俳優たちとはお目にかかり話を聞く機会がありました。1時間ほど話をし、そこから彼らがどんな性格で、何を好ましく思っているか少しずつわかりました。今後、稽古を通して、彼らをより知ることができると作品にも影響を与えるでしょう。私はまだ、日本についてそれほど理解できてないので、これから学んでいきたいと思っています。多くの面で日本と英国は違うでしょうけれど、日本の地理的位置づけが文化やメンタリティに影響されているか考えてみたいです。島国であるということを含め、イギリスとの類似点もあるかもしれません。
ーープランナーたちは英国から参加しますか。
イギリスチームと日本人チームの混合です。イギリスからはふたり、衣裳と装置をデザインするアレックス・ラウドと、ムーブメント・ディレクターのジェニー・オギルビーが参加します。ジェニーは身体によって表現する部分の演出を助けてくれます。
ーーギビンズさんと3人、少数精鋭ですね。
そう思っていただけるようなものにしたいですね。
ーー今の段階で、演出プランは考えていますか。
まだ模索中です。いずれにしても、歴史劇ではなく現代の演劇として上演したいと考えています。1950年代のブリックリンのリアリティを再現するのではなく、装置も衣裳も現代風にするつもりです。なぜかといえば、この戯曲の登場人物たちが直面している困難は、私たち現代人が直面している困難と通じるものがあるからです。例えば、戯曲に描かれた不法移民の問題をイギリス人の目で読むと、何年もの間、イギリスでは移民をどう受け入れるかが大きな課題となっていることが思い起こされます。イギリスがEUを離脱するかどうか話し合いが行われたとき、移民問題もひとつの火種になりましたし、いまだに盛んに議論されていることです。日本では移民問題がどのように響くか私にはわかりませんが、戯曲のなかに、今の日本人に響くことがあるはずです。今、まさしく起こっているようなことを想起させるようなものにしたいと思っています。
ーー今、起こっているようなこととはどういうことでしょうか。
それをこれから考えていくつもりです。例えば、以前演出した『リチャード二世』は、装置も衣裳も、戯曲に描かれた時代を再現したものとは違っていたので、保守的な批評家からは批判されました。私は、大きな監獄を舞台装置にして、俳優はそこに閉じ込められていて最後まで退場できないようにしました。リチャード二世が王座から追われ独房に入れられたときに語るセリフから発想したもので、決して、奇をてらったりおしゃれなものを目指したりしているわけではありません。なるべく、おなじみのパターンを避けるようにしているのと、戯曲の本質をつくようにしているのです。衣裳や装置を戯曲に沿って古いものにすると、現代の観客は埃がかかったもやのなかにいるようになるので、演出家としては、その埃を吹き払い、埃が何を隠していたか浮き上がらせることで、生き生きした作品にすることを目指しています。
その点では今回、『橋からの眺め』をアメリカでもイギリスでもなく日本で上演することによって、もともと戯曲が描かれた時代や社会に囚われずに済み、戯曲の制約から自由になれるかもしれません。1950年代のアメリカの戯曲を2023年の日本に生きる俳優たちが演じることでどんな表現が生まれるか期待してください。
取材・文=木俣 冬

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