プリミティヴなプログレッシヴ・アル
バム『虚無回廊』制作記<後編>~金
属恵比須・高木大地の<青少年のため
のプログレ入門> 第37回

金属恵比須・高木大地の<青少年のためのプログレ入門>

第37回 プリミティヴなプログレッシヴ・アルバム『虚無回廊』制作記<後編>

「プログレッシヴ・ロック」は「進歩する音楽」である――はず。
にもかかわらず、樋口真嗣氏からこのような指摘を受けてしまった。
「常に前に進まなきゃならないのに、一人(筆者のこと)だけ引きずられて心配になっちゃう。どこが“プログレッシヴ(前進的)”なんだよって(笑)」
しかも金属恵比須のニューアルバム『虚無回廊』発売直前に。樋口氏は『シン・ゴジラ』『シン・ウルトラマン』など、過去の特撮を現代の技術をもって昇華させた映画監督。過去と現代のマッチングで成功を収めた樋口監督からの忠告ということで重みが違う。
樋口真嗣監督、『虚無回廊』を語る
『虚無回廊』はプログレを標榜しているのに「何もかもを引きずるプリミティヴ・ロック作品」であるということに気づかされてしまった。であれば、どうして「引きずられて」しまったかを研究するのもプログレ・ミュージシャンの務めではないか。
ということで『虚無回廊』制作記の後編。日記をもとに構成してみる。日記準拠のエッセイ、まるでプログレの“教祖”ロバート・フリップのキング・クリムゾンの解説みたい。プログレッシヴではないか。
前編( https://spice.eplus.jp/articles/316119 )では、2021年冬に、小松左京の未完のSF大作『虚無回廊』をコンセプトとすることと、「魔少女A」「ゴジラvsキングギドラ」を収録することが決まったことを書いた。中森明菜、ゴジラという筆者の幼少期に執着していたプリミティヴなものをアルバムの要素に詰め込み始めた事実も発覚する。が、これではとてもアルバムの収録曲数を満たすことはできない。不安を抱えながら2022年に突入することとなる。

■写譜からできた「誘蛾灯」
とにかく不安な年明けだった。ニュー・アルバムの発売日は2022年11月下旬と定めたものの曲が足りない。だからといってすぐに思いつくものではない。
そこで新年一発目に行なったことは写譜である。義務教育時代、音楽の授業でやらされた、教科書の楽譜をひたすらノートに写す作業。
実は得意で好きだった。小学校2年の頃、映画『アマデウス』を見てモーツァルトが「ハハハハハ」と高笑いしながら高速で楽譜を書く姿に憧れたからである。当時、作曲はできなかったけれども、作曲気分にしてくれるのが写譜という作業だった。
つまり、曲を書かなければならないのに書けない、よって写譜をして作曲した気分を味わって心を落ち着かせる。まるで写経のよう。なんだかのっけからプリミティヴな要素満載だ。なお、写譜をしたのはショスタコーヴィチ「交響曲第10番」のオーケストラ譜。数十段にも分かれた楽器の譜面を写すだけで、まるで大曲を作曲したかのような気分だ。
それでは日記を追っていこう。情勢としては1月初旬よりパンデミックは第6波に突入し、1月20日には東京都などで蔓延防止措置が取られ、再び巣ごもりを余儀なくされるようになる時期。まずは「誘蛾灯」から着手。なお日記は当時の記述の通りとするため仮タイトルのまま表記しかっこで正式タイトルを付記する。「オスティナート」(原義は繰り返すフレーズのこと)、「ユダヤの葬送曲」がのちの「誘蛾灯」となる。
2022年1月17日「作曲。オスティナート(=誘蛾灯)思いつく。これは傑作かも」
2022年1月20日「オスティナート(=誘蛾灯)の発展が思いつき部屋にこもる。1ページ分のネタを書いたのはいつぶりだろう。5/8拍子から4/4拍子になるのだけ苦しみ。未定(曲展開の接着部分のフレーズが思いつかないということ)」
2022年1月21日「『オスティナート』改め『ユダヤの葬送曲』(=誘蛾灯)デモとスコア脱稿。久方の自信作」
「ユダヤの葬送曲」の名前の由来は、ショスタコーヴィチの使用したユダヤ音階から。この音階を使いながら、地をうねるようなブラック・サバス風のリフと宇宙を浮遊するような歌のメロディが完成した。もちろんこの時は『虚無回廊』に登場する巨大な宇宙船(天体?)の喩えである「誘蛾灯」というコンセプトをはめようとは露も思っていない。
とにもかくにも写譜というプリミティヴな作業が脳髄を刺激し、1曲完成させるに至ったのである。
なお、同時期にキーボードの宮嶋健一提供の「巡礼」の原型「The Secret Of Music」の歌の部分が提出された(1月18日)。また、ドラムの後藤マスヒロ提供のギター・インストゥルメンタル曲が提出され、ヴォーカルの稲益がそれに仮歌を入れたものが提出された。仮歌には「うらめしや」という言葉が入っており、それが「う・ら・め・し・や」となる(1月25日)。

■「虚無回廊」の骨格、できあがる
2022年1月27日。こんな夢を見た。
Damian Hamada’ s Creaturesのライヴがあるというので渋谷に向かう。するとそこで演奏しているのは人間椅子だった。憧れの存在だ。そんな彼らがMCで金属恵比須をネタにした。胸が高鳴る。
「金属恵比須は憧れてるバンドがあるそうなんですよ。その名も“左遷村”(笑)」
何が「(笑)」なんだかまったくわからない。なんだ、そのバンド。そもそも意味がわからない。否、夢の意味を考えるほど不毛なことはないのは知っている。起きてから「どうしてだろう」と考えるのは無意味だ。しかしこの時ばかりは夢の中ですでに意味がわかっていないと感じたのである。それにしても初めて聞いた言葉「左遷村」。いい語感センスしているな。
その夢を見たことにより天啓が。人間椅子「踊る一寸法師」とアネクドテンと中森明菜「難破船」を混ぜたら面白いのではないか、と。これが後の「人工実存」となる。
早速「難破船」の楽曲分析から始める。中森明菜が初恋の相手だというのはすでに書いたが、曲としてのベストはこれ。まずはメロディから採譜すると、男声並みの低い音域までカバーしているのに驚き。
日記を追っていく。
2022年1月28日「自信を持って作った曲を12弦(ギター)でデモ作りしたら『無限の住人』(人間椅子)になってしまった。ショック。『難破船』(=人工実存)の弦楽(アレンジ)分析し、もう一度やり直し」
2022年2月1日「アネクドテン風難破船(=人工実存)、続き作るが難航(平歌のメロディは完成)」
2022年2月4日「ギターの練習しようとしたら、思いついて『踊る難破船』(デモ)(=人工実存)レコーディング。北京五輪開幕。チャルメラバリカタ美味」
人間椅子に寄せすぎて「無限の住人」風になるなど紆余曲折がありながらも「人工実存」完成。仮タイトル「踊る難破船」は9月まで使われることとなる。それにしても、曲ができた直後には必ず食べ物の記載がある。今回は明星チャルメラだ。なお、アルバムの最後にこの曲を配置することに決めており、2月9日にはアルバムのラスト曲を想定して「虚無回廊 エンディングテーマ」を正式レコーディング。『虚無回廊』で最も早く録音したのが「エンディング」だった。
2022年2月15日。ふと、ディズニー映画『ブラックホール』を見たくなったのだがDVD化されていないことに気づく。すると樋口監督から、「ディズニープラスで見られるよ!」とアドバイス。オープニングを見る。小学2年生ぶりだ。この音楽、大好きだった。作編曲は「007」シリーズの音楽も手がけたジョン・バリー。プリミティヴな衝動。
映画『ブラックホール』を聴く
そして同日「"A.E.H.E.”の動機」完成。
“A.E.H.E.”とは、『虚無回廊』の主人公アンジェラ・エンドウとヒデオ・エンドウのイニシャル。また、A.I.の一歩先をゆくロボット「人工実存(Artificial Existence)」の略でもある。それをドイツ語の音階に当てはめ作ったメロディのことだ。A=ラ、E=ミ、H=シなので、「ラ・ミ・シ・ミ」という音型になる。結局この音型を「虚無回廊 オープニングテーマ」「魔少女A」「人工実存」で使用することとなり、このアルバムをコンセプチュアルに統一感を持たせることとなる重要なメロディとなったのだ。
これを思いつくきっかけをつくったのが、ショスタコーヴィチ「交響曲第10番」を写譜していた時の宮嶋の一言だった。
「『第10番』で使われている技法の“DSCH音型”の真似すれば?」
「第10番」では、ショスタコーヴィチの名前「Dmitrii SCHostakowitch」のイニシャルをメロディにして執拗に入れ込んでいたので、筆者のイニシャルを音型にすればとのことだったのだが、筆者自身、ショスタコーヴィチほど自己顕示欲は高くないので、登場人物の方にしておいた。アルバムのテーマができたことにより、創作意欲が急ピッチとなる。
2022年2月16日「ブックオフで『ウルトラクイズ』『ヘンリー・マンシーニ』CD購入。影響受けて“A.E.H.E.”を活かす。欧米も参考にしなきゃ。烏山の町中華でラーメンチャーハン800円。安い」
2022年2月17日「メロディが降ってきて作曲。『ブラックホール風』(=オープニング・テーマ)できる。欧米のサントラのオーケストラをイメージしてたのに横溝正史風に聞こえる。良いメロディと構成。インドカレー屋で店員に『辛さダイジョブ?』と聞かれる。顔覚えられた」
2022年2月18日「朝ご飯食べずに『ブラックホール風』改『虚無回廊 オープニングテーマ』のアレンジと採譜。やればできる。自信作。SEJ(セブンイレブン)の生姜焼き弁当」
わずか3日で「虚無回廊 オープニング・テーマ」を書き上げる。
同曲が完成したことで、アルバムの道筋が見えた。11月から4ヶ月間頭を振り絞ってきたことに一区切り。メロディやフレーズもアルバムに関係しないものが思いつくようになる。次回のネタになるだろうと楽譜にメモ。2月19日に「フラクチャー風」、20日に「ディシプリン風」を採譜。メンバーに聴かせたら宮嶋の曲に使えるのではないかという意見が出たのでベースの栗谷秀貴にその続きを作ってもらえないか頼む。3月2日にはそれらの改変版のデモが送られてくる。これが後の「巡礼」の後半部分となるのだった。
同日、「ゴジラvsキングギドラ メインタイトル」のアレンジも固め、楽譜に起こす。これで安心だ。パスタにいつもの2倍量のマリーシャープス(中米ベリーズ生まれの香辛料)をかけて頬張る。辛党なのだ。案の定お腹を壊す。でも大丈夫。ほんの一瞬でも重荷から解放されたので体が不調になっても問題ない。そういえばこの頃、作曲家・芥川也寸志のご婦人の眞澄さんより、「辛いものを食べると耳に影響するのでダメ」と忠告を受けたっけか。

■渡辺宙明、作曲指導!
2022年3月6日。マリーシャープスを食べずして、お腹を壊すような事態となる。スリーシェルズの西耕一氏より連絡。
「4日後(3月10日)に宙明先生のアポイントが取れました。作曲指導を受けられるそうです。先生が高木さんの曲を添削します。それまでに1曲作っていただけませんか? 歌詞はあります」
4日後? レッド・ツェッペリンの映画『狂熱のライヴ』では「ライヴが明日?」といって困惑するメンバーの演技があるが、それよりはマシなスケジュールだ。否、こちらは演技ではない。本気だ。
いてもたってもいられなくなって、新高円寺の町中華でチャーハン豚の唐揚げ付きを食べている時に思いついたのが「星空に消えた少年」である。そのメロディに2021年9月21日に作った「ジャンボーグELP」というフレーズをイントロとして加え完成。これだけでは怖いのでまったく別のメロディも作成するもこちらはお蔵入り。日記によると、作曲の後、そして宙明先生とお会いする1日前には蒙古タンメン中本で激辛ラーメンを食べている。お腹を壊すのはプレッシャーからではないという強がりの面を強調したかったのだろうか。とにかくこの時は辛いものに狂っていたのだ。
2022年3月10日。宙明先生の作曲指導を受ける。この時の模様は、連載第30回(https://spice.eplus.jp/articles/304323)に記録している。亡くなる3ヶ月前の貴重な記録である。お腹どころか頭も痛くなっていたものの、曲自体OKをいただき「星空に消えた少年」は完成となる。
渡辺宙明先生の作曲指導中
渡辺宙明先生の作曲指導中
渡辺宙明先生の作曲指導中
宙明先生のアドバイスを楽譜に書き込む
この時点で揃った曲は以下となる。
「虚無回廊 オープニングテーマ」
「魔少女A」
「誘蛾灯」
「虚無回廊 エンディングテーマ」
「星空に消えた少年」
「ゴジラvsキングギドラ メインタイトル」
「う・ら・め・し・や」
こうして、2022年3月26日と27日の2日間スタジオに初めて入ることとなる。7ヶ月ぶりに合わせることとなり、日記には「手が動かない」「パワーなし」「作曲もまるでダメ」と自らに手厳しい。頭で考えた曲と実際に演奏する曲は違うことを思い知らされる。
2022年4月9日。「『誘蛾灯』が好きになれない。なんかチグハグ。『魔少女A』は好き」とあるように「誘蛾灯」が好きになるまでアレンジを変え続ける。2022年4月30日。「魔少女A」「誘蛾灯」「星空に消えた少年」「ゴジラvsキングギドラ メインタイトル」をライヴにて初披露。難なくクリア。ホッとする(音楽評論家・山岸伸一氏によるライヴ・レポはこちら→ https://spice.eplus.jp/articles/302378)。
「猟奇爛漫FEST Vol.4」の様子。2022年4月30日、高円寺HIGH(撮影:木村篤志)
2022年5月21日。「巡礼」を初合わせ。
「『巡礼』クリムゾン臭さを抜く作業。いい感じになってきた。『難破船』(=人工実存)ノッペリしてる」
「巡礼」の歌の部分があまりにもキング・クリムゾンの影響が強くアク抜きをした。
2022年5月25日。栗谷より「巡礼」のクラシック・ギター・パートが送られてくる。その後のインストゥルメンタル部分も順次送られてくる。筆者が中学時代に好きだったクリムゾンの曲を元に冗談でつくったフレーズを深化させたものとなった。4日前にアク抜きをしたのにここでアクを再度大量投入(6月26日)。筆者としてはクリムゾン風になっていくのを憂慮し、「巡礼」を収録することをためらった。が、普段あまり意見を通そうとしない栗谷がこの件に関しては強く自己主張したので収録することとなった。結果的に良き判断だったと思っている。プリミティヴになったけれども。
2022年6月18日。相模原のvelvet room studioにてレコーディングが始まった。
「『魔少女A』イントロの音合せるのが大変。『ゴジラ』あっさりいく。『星空』一発OK。『誘蛾灯』マスヒロ節炸裂! リハテイクでOK。これが聞きたかった!」日記の通り4曲のレコーディングが完了する。
レコーディング第1回目の様子
レコーディング第1回目の様子
レコーディング第1回目の様子

■『さよならジュピター』の木星を使いたい
2023年6月23日。『シン・ウルトラマン』のロケ地として有名になった浅草の居酒屋「一文」でメディア関係者と会食。同日、渡辺宙明先生、逝去。頭が真っ白になる。つい3ヶ月前に作曲指導を受けたばかり。にわかに信じられず。26日のお通夜と27日の告別式に参加。「星空に消えた少年」が宙明先生にとって最初で最後の作曲指導となったそうだ。この時点で完成していない曲は「人工実存」のみで、伴大介氏の「人造人間キカイダー」50周年を記念したアルバム『春くれば2022』の制作に取りかかることとなり、音楽的な作業は一旦休止となる。
伴大介『春くれば2022』
だが、ここからが茨の道。金属恵比須は完全に自主制作ゆえ、マネージャーも筆者が兼任している。協力関係者とのあらゆる調整業務も筆者の仕事となる。今アルバムのコンセプトはSFであり、小松左京、そして特撮。これらの要素を思いきりぶち込みたい。まずはジャケットだ。ぜひとも島倉二千六(ふちむ)氏にお願いしたいと思った。初代から現在の「ウルトラマン」、「ゴジラ」シリーズ、「犬神家の一族」など数々の映像作品の背景を手がけるレジェンドだ。書籍『特撮の空 島倉二千六、背景画の世界』にある、小松左京総監督の映画『さよならジュピター』の木星の絵、これをジャケットに使いたいと強く思った。
『特撮の空 島倉二千六、背景画の世界』
幸い同書の編集者である友井健人氏は金属恵比須のライヴにお越しいただいている方なのでダメ元で相談し、2022年7月19日に打ち合わせ。すると1週間以内で島倉氏のOKをいただく。この後、各関係者からも許可をいただくのだが、乙部順子氏、樋口真嗣監督にご尽力いただいた。特にお世話になったのが特定非営利活動法人アニメ特撮アーカイブ機構だ。当機構が保存する『さよならジュピター』の保管資料を調べていただき、木星の絵を探していただく。が、残念ながら保存はされていない。ということで友井氏からご紹介いただき、映画撮影時に木星を撮影した特撮美術の大家・ににたかし氏の写真を使用させていただくこととなる。
そのほかにも調整する業務が盛りだくさんの夏〜秋だった。
2022年7月22日、小松左京ライブラリから『虚無回廊』のタイトル使用の許可をいただく。
2022年8月15日、「ゴジラvsキングギドラ メインタイトル」の著作権の許諾が下りる。
2022年8月25日、HMVからカセット版を発売することが決まる。
2022年9月5日、角川春樹事務所に赴き、文庫3巻とCDのセットを提案する。
2022年9月16日、佐野雄太監督とMV「星空に消えた少年」の絵コンテ打ち合わせ。
2022年9月22日、「ゴジラvsキングギドラ メインタイトル」の東宝ミュージックの許諾が下りる。
2022年9月29日、ディスクユニオンと調整し、文庫セットの販売が決定する。
2022年10月8日、MV「星空に消えた少年」のために荒川河川敷へロケハン。
2022年10月13日、乙部順子氏による歌詞チェック完了。
2022年10月15日、樋口真嗣監督に依頼していた帯の原稿をいただく。発売日が12月7日にもかかわらず、かなりギリギリまで調整をしていた。樋口監督の原稿をいただいた時点ですべてが揃い、告知に踏み切る。日記には「ソワソワ」と心境を吐露している。仙川周辺でコーラを飲みながら散歩して焼きうどんを食べて心を落ち着かせていた。
文庫3冊とCDをセットに
帯付きのデザイン
実は、幻のイベントも企画していた。2022年9月4日に「公開リハーサル」と称してスタジオでいち早く新曲を披露する計画だった。
今までアルバム発表に際しライヴでアレンジやノリを調整しながら曲に生命を吹き込むのが金属恵比須の作曲方法だったものの、今アルバムに関しては半分以上の曲をライヴで演奏していない。一度、オーディエンスの前で披露することで曲の調整ができるのではないかという意図があった。が、感染症対策や上記のような事務作業に追われており、企画する時間もなく中止となったのである。

■難産の「人工実存」
話は前後する。8月半ばに『春くれば2022』の制作を終え、残りの収録曲を仕上げていく。
2022年8月20日「スタジオ。『難破船』(=人工実存)いい感じに。新領域。『巡礼』もやっと(できてきた)。13分ぐらい。帰り、タカノに。チャーハン豚の唐揚げつき」
2月に作曲したものの、出来に不満を持ち続けていた「仮タイトル:踊る難破船」=「人工実存」が半年かかってやっと完成する。が、歌詞はまだできておらず。かなりの難産だった。なお、「タカノ」とは、スタジオの近くにある町中華で、高校時代から通っているソウルフードである。チャーハン豚の唐揚げつきも当時から食べるメニュー。25年経っても値上げ額がたったの50円(2023年4月現在)、コスパ抜群のチャーハンである。豚の唐揚げは甘く、ここでしか食べられない味だ。前述の「星空に消えた少年」のメロディを思いついたのもこの店である。金属恵比須を知るにはまずこれを召し上がっていただきたい。昔からの馴染みの店に行ってしまうのもまたプリミティヴな行動であることも付記しておく。
2022年8月28日「スタジオ『難破船』『巡礼』『うらめしや』『オープニングテーマ』すべて終了。良かった。ちょっと地味かな」
この時点でアレンジも決定。「ちょっと地味かな」というのは、メンバー間で今回のアルバムには「ハリガネムシ」や「武田家滅亡」のようなオーディエンスとともに歌えるキャッチーな曲がないという意見が出ていたことを考えて。
2022年9月8日「『魔少女A』、人間解体メタルにしたい」
ヘヴィ・メタルのアレンジに歌謡曲メロディを載せるという曲の性格上、レインボーのようなアレンジになってしまうことを危惧し、キーボードはあえてクラフトワークのようなシンセサイザーを入れてみてはどうかと提案。そのまま採用となる。
2022年9月9日「電車で『難破船』の歌詞書く。出だしはソフィーの世界みたい」
アレンジは確定したものの歌詞がまったく仕上がっていなかった「人工実存」。発売が遅れるかもしれないという切迫感から本気を出して作詞。
2022年9月10日「レコーディング。お腹を痛めるがキカイダー(=春くれば2022のプロジェクトのこと)ほどではない。『虚無回廊オープニング』から。いい感じ。(自分の)ソロ曲だな。マスヒロさん、さすが! マキマキ(早く終わらせるということ)。ドラのサンプルも(録音)。(マーシャル)JTM45(アンプ)で『Hibernation』『難破船』を。帰り(の車の中で)稲益と『マスヒロさんスゲー』と」
2022年9月11日「ギターのレコーディング続き。『難破船』セミアコ、『巡礼』レス・ポール、『うらめしや』ストラトとギターを変える。『Hibernation』はセミアコとしできくん(栗谷)のバッカス・ストラト。17:00から疲れて喋れなくなる。ローソンのソースカツ丼とコロッケパン、染みる」ということで疲労困憊の中、9月11日にスタジオでのリズム・トラック・レコーディングが終了する。
レコーディングの様子
レコーディングの様子
レコーディングの様子
レコーディングの様子
レコーディングの様子
レコーディングの様子
2022年9月14日「電車で『難破船』(=人工実存)作詞。困った。数行しか書けず。とりあえずH.E.2(『虚無回廊』の登場人物。人工実存であるヒデオエンドウ)の気持ちを羅列してみる。ニュータッチ20%OFFの味噌ラーメン」
2022年9月15日「『難破船』(=人工実存)歌詞、最後以外までできる。すずきのお刺身を富山醤油で」
2022年9月22日「『踊る難破船』を『人工実存』に」なお、他のタイトル案として「恋の人工実存」というのもあったが、すかんちのタイトルのようだということで却下となっている。
「人工実存」歌詞メモ
2022年10月1日「『オープニングテーマ』キーボード録音」
2022年10月2日「『巡礼』フリッパートロニクス録音。クランクアップ。タカノ食べる」
これにて筆者のレコーディングが終了する。発売の2ヶ月前。そしてやはりタカノに行っている。どうしても出てしまうプリミティヴ行動。
この後も稲益によるヴォーカルのレコーディングとジャケットのデザイン作業、宮嶋によるキーボードのレコーディングとミックス作業は続き、マスタリングが10月22日の予定だったものの10月30日に延期。宮嶋と稲益が立ち会う。同日、樋口監督より帯のデザインのチェック完了。
2022年10月31日、入稿。これにて約1年続いたニュー・アルバム制作が終わる。

■文化祭やってるみたいだよね
2022年11月5日。朝霞台駅にメンバーと佐野雄太監督が集合。荒川河川敷で「星空に消えた少年」のMVの撮影だ。朝霞台は、筆者の大学があった場所で思い出深い。
河川敷でヒーロー特撮風のポーズを撮影する。
「なんか文化祭やってるみたいだよね」と稲益。
「僕は高校時代、文化祭で映画作ってたから本当にこんな感じだったよ」と筆者。「変わらないよね」と佐野監督。3人は高校時代の同級生である。
「星空に消えた少年」MV撮影風景
「星空に消えた少年」MV撮影風景
「星空に消えた少年」MV撮影風景
「星空に消えた少年」MV撮影風景
2022年12月5日。前編の冒頭にもあった樋口真嗣監督との対談。佐野監督と稲益と高木で樋口監督の事務所に赴く。
「参加したみんなが高木くん見て『まだ文化祭やってるの?』ってツッコミ入れられるって!」
とご指摘をいただいたのは前編に書いた。バンドメンバーからツッコミを入れられても仕方ないかもしれない。が、少なくとも佐野監督と稲益からはツッコミを受けることはないだろう。3人は文化祭気分なのだ。時代が停滞している。数十年前を引きずるプリミティヴな気持ちが充満しているのだ。
樋口監督にアルバムの感想を聞いてみる。
「かっこいいよ! こんなにモーグ・シンセサイザーを使いこなして、“あんな音、いまだに出してるんだ”って。時代が停滞しすぎていてむしろ新しい!」プリミティヴこそ、金属恵比須の「プログレッシヴ」なのだということなのかもしれない。
樋口真嗣監督、佐野監督、稲益、高木の取材風景
樋口真嗣監督、佐野監督、稲益、高木の取材風景
『虚無回廊』に樋口真嗣監督のサインをいただく

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