「特に好きだったシーンはブラーの『
テンダー』が流れるところ」[Alexan
dros]川上洋平、父娘ならではの関係
を描き、多数の映画賞を受賞した『a
ftersun/アフターサン』を語る【映
画連載:ポップコーン、バター多めで
 PART2】

大の映画好きとして知られる[Alexandros]のボーカル&ギター川上洋平の映画連載「ポップコーン、バター多めで PART2」。今回は、父親と過ごした夏休みを20年後当時の父と同じ年齢になった娘の視点からったヒューマンドラマであり、父役を演じたポール・メスカルが第95回アカデミー賞主演男優賞にノミネートされたことでも知られる『aftersun/アフターサン』を語ります。

『aftersun/アフターサン』
──『aftersun/アフターサン』はどうでしたか?
ため息が漏れるぐらい素敵過ぎました。すぐにもう一回観たくなりましたね。「ここはどう捉えればいいんだろう」と考えながら観てしまったりはしたけど。
──人それぞれの観方がある映画ですよね。
結構委ねられますよね。何かしらの問題を抱えている父親・カラムと娘・ソフィの幸せそうな描写があって。でもバックグラウンドが直接的には描かれてないから妙な緊張感と不穏感が終始漂ってる。
──ストーリーは31歳になったソフィが、11歳の時に父・カラムとトルコのリゾート地に旅行した時に撮影したビデオテープの映像を観て、父のことに想いを馳せるという内容なわけですが。
ロードムービー的な雰囲気もあったりするけど、実はぼんやり観るような映画ではなかったよね。大枠では「11歳の女の子」の視点から描かれてるんだけど、それは現在の父親と同じ年齢になった自分の記憶やビデオカメラの映像で、11歳当時は感じていなかった父親の苦悩が映ってたりして。家庭用ビデオカメラ特有の映像を通して、「あの時、父親はこんな想いだったのか……」という風に思いを寄せていく。当時父親はおそらくメンタルヘルスの問題を抱えていて、みたいな示唆が織り交ぜられてるわけやね。
──そうですよね。本棚にメンタルヘルス関連の本が並んでいたりして、伏線は張られています。
暗にね。カラムがベランダで手を思いっきり広げて立ってるシーンとか、「美しいなあ」って思いながらも、「死のうとしていたのかもな……」って思ってしまったりするし。父親がその後どうなったかは31歳になった時のソフィの表情とかにも出てましたよね。
──確かに。随所に挟み込まれる自然の景色だったり、光や音の演出だったりも示唆的ですよね。
ですよね。クラブで踊ってるシーンで映し出されるストロボの瞬間の表情で読み取れました。設定としては、どうしてもソフィア・コッポラの『SOMEWHERE』が思い起こされるよね。離婚して離れて暮らす娘と父親が一時的に一緒に過ごすっていう。ただ、全然違った。『aftersun』はどこか絶望をまとってるし、ほんわかしてるようにみえて、全く真逆。

『aftersun/アフターサン』より
■自分と父親の関係を俯瞰で見られるようになる映画
──物語が進むにつれて、どんどん「これは悲しい結末なんじゃないか」っていう風に予感していきますよね。
今回全くなんの予備知識も入れないで観たので、まさにそんな感じでした。あと、僕が自分の父親に抱く感情とは、娘が父親に抱く感情はまた違うんだろうなって思いました。しかも離婚してるわけだから、「私が奥さんの代わりにならなきゃ」みたいな感情も少し芽生えてたりするのかな。息子って父親に対して、大なり小なり「俺はこの人を追いかけるんだ」っていう気持ちが本能的にあるものだと思うんですけど。
──ある種のライバル的な。
そう。でも、『aftersun』のソフィは11歳ではあるんだけど、どこかお父さんを優しく包みこんであげようみたいな感じがあるっていうか。
──なるほど。
そこに違いを感じましたけどね。いやあ、それにしてもこの映画、前回のこの連載で発表した2022年のカワカミー賞を決める前に観ておきたかったですね! 超好きな映画でした。カワカミー賞でベストムービーに入れた『コンパートメントNo.6』にもちょっと通じるものがあるっていうか、絶妙なんですよね。『aftersun』を観て「セピアの色は人それぞれだな」と感じた部分はすごくありました。
──そうですよね。
ずっと自分の目線で過ごしていた人生を、父親の死後、自分と父親の関係を俯瞰で見られるようになる映画っていうか。まあ、そういう状況に置かれてしまったっていう言い方もできるけど。僕はソフィとは同じ境遇ではないので完全には共感できないはずなのに、何かグッとくるものがありましたね。監督のシャーロット・ウェルズさんは『aftersun』が初の長編監督作品なわけですが、素晴らしいなと思いました。

『aftersun/アフターサン』より
『aftersun/アフターサン』より
■特に好きだったシーンはブラーの「テンダー」が流れるところ
──ウェルズ監督の両親はかなり若い時に監督を産んで、父親がよく兄と間違えられたり、10歳くらいの頃、トルコに父と滞在したことがあるらしく、それが『aftersun』の着想に繋がったそうです。
そうなんですね。いやあ、秀作ですよね。僕が特に好きだったシーンはブラーの「テンダー」が流れるところ。「いいねー」と思ったら、どんどん曲が遅回しになって、デーモン(・アルバーン)の声が不穏な感じになっていくあのシーンは不気味で好きだったな。娘とリゾート地で過ごすことで癒されたらいいなと思っていたのに、結局うまくいかなくて、メンタルが悪化していく。その沼にゆっくりはまっていく様子を表わしているようで、良い曲なのにちょっと怖くなったよね。
──あの「テンダー」のアレンジはかなり印象的でした。
ね! あと監督がインタビューでも言ってましたけど、役者陣にはかなり自由に演技してもらったみたいですね。ソフィを演じたフランキー・コリオはオーディションで抜擢した演技未経験の新人ですけど、脚本ではなくセリフだけを渡したり、クランクイン前に父親役のポール・メスカルと二人きりで過ごす時間をたっぷり作ったりしたらしくて。確かにあの父娘が演技らしい演技をしてしまうと、別の緊張感が生まれちゃうもんね。結果的に2人の間にはすごく自然な空気感が漂っているんだけど、どこか「何を見せられてるんだろう?」っていう感じがあって。ソフィははっきりとは物語の全貌をわかってない方がむしろ良かったと思うし。そのスタイルを取ったシャーロット監督のやり方は成功してると思いました。
──父親を演じたポール・メスカルはアカデミー賞の主演男優賞にノミネートされてましたね。
ポール・メスカルは『ロスト・ドーター』っていう、『aftersun』にどこか通じる少し不穏な空気が漂う映画で知って、「すごく素敵な役者さんだな」って思ってました。ただ、『ロスト・ドーター』でもそうでしたけど、そこまで目立つタイプの人ではなかったと記憶してて。でも、『aftersun』は存在感がすごく際立っていて、アカデミー賞にもノミネートされて、なんか抜けた感じがしましたね。これからさらに良い役者さんになっていくんだろうなー。
──リドリー・スコット監督の『グラディエイター』の続編の主演に決まっているそうです。
いやあ、それね! 本当に良い。前作の主演のラッセル・クロウとはまた違う雰囲気があるだろうなー。でもなぜあれをリメイクするんやろ(笑)……とにかく『aftersun』は良い映画でした! というわけで、皆さん親は大切にしましょう。

※2022年カワカミー賞はこちら
取材・文=小松香里
※本連載や取り上げている作品についての感想等を是非spice_info@eplus.co.jp へお送りください。川上洋平さん共々お待ちしています!

SPICE

SPICE(スパイス)は、音楽、クラシック、舞台、アニメ・ゲーム、イベント・レジャー、映画、アートのニュースやレポート、インタビューやコラム、動画などHOTなコンテンツをお届けするエンターテイメント特化型情報メディアです。

連載コラム

  • ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!
  • これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!
  • これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!
  • MUSIC SUPPORTERS
  • Key Person
  • Listener’s Voice 〜Power To The Music〜
  • Editor's Talk Session

ギャラリー

  • 〝美根〟 / 「映画の指輪のつくり方」
  • SUIREN / 『Sui彩の景色』
  • ももすももす / 『きゅうりか、猫か。』
  • Star T Rat RIKI / 「なんでもムキムキ化計画」
  • SUPER★DRAGON / 「Cooking★RAKU」
  • ゆいにしお / 「ゆいにしおのmid-20s的生活」

新着