草笛光子が、ミュージカル人生を語り
尽くす!~「ザ・ブロードウェイ・ス
トーリー」番外編

ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story [番外編]

草笛光子が、ミュージカル人生を語り尽くす!
文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima
 最近では、三谷幸喜脚本の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(NHK/2022年)で、大泉洋演じる源頼朝を支えた乳母・比企尼を演じ、毅然とした演技で強い印象を残した草笛光子。1950年代から現在に至るまで、舞台、映画、TVで幅広く活躍を続ける、日本のショウビズを代表するレジェンド女優だ。その長いキャリアを語る上で欠かせないのが、ミュージカル女優としての功績。ブロードウェイで多くの名作に刺激を受け、また翻訳ミュージカルの記念すべき本邦初演にも関わってきたパイオニア的存在なのだ。今年(2023年)発売された、ファッションフォト&エッセイ集「草笛光子 90歳のクローゼット」でも、ミュージカル愛を記している彼女に、主演作の想い出や、ブロードウェイへの熱き想いを語って頂いた。
「草笛光子 90歳のクローゼット」(主婦と生活社刊/税込¥1,870)

■『ラ・マンチャの男』の衝撃
 1950年に松竹歌劇団(SKD)に入団。退団後、初の翻訳ミュージカルへの出演となった『努力しないで出世する方法』(1964年)以前に、草笛が才能を発揮したのがテレビだった。テレビ史にその名を残す伝説のディレクター、井原高忠が演出した、ヴァラエティ番組の開祖「光子の窓」(日本テレビ/1958~60年)で、歌と踊りはもちろん、ゲストを招いてのトークやスケッチ(コント)をこなし、お茶の間の人気者となったのだ。
『努力しないで出世する方法』(1964年)プログラム表紙。共演は坂本九
 初めてブロードウェイを訪れたのが1955年。フランスの劇作家マルセル・パニョルの戯曲をミュージカル化した『ファニー』や、後にフレッド・アステアの主演で映画化された『シルク・ストッキングス』(映画化邦題は「絹の靴下」)を観劇し、本場のミュージカルの素晴らしさに魅せられた。以来頻繁にブロードウェイを訪れた草笛が、ミュージカルの概念を覆すような傑作と出会う。それが『ラ・マンチャの男』(1965年開幕)だった。彼女が当時を振り返る。
「実は1967年に、出演予定だったミュージカルから、到底納得の出来ない理由で急に降ろされてしまったんです。傷心のままNYへ行き、たまたま仕事で滞在なさっていた、翻訳家の倉橋健先生に勧められて観たのが『ラ・マンチャ』でした。とにかくショックだった。翌日先生に、『大変な作品を観てしまいました……』と話したのを憶えています。日本では未だ、健康的に歌って踊る娯楽性の強いミュージカルが多かった時代に、ブロードウェイはここまで進化していたのか。日本は遅れているなと痛感しました」

■ミュージカル女優開眼
 舞台は16世紀のスペイン。宗教裁判にかけられた詩人セルバンテスが、申し開きのために即興劇を披露する。そこで彼が扮するのがキハーナ老。この老人が幻想の中で、遍歴の騎士ドン・キホーテに変身するという凝った作劇の異色作で、芸術性においてもブロードウェイの歴史で群を抜くミュージカルだ。作品はもちろん、ドン・キホーテが想いを寄せる、安宿で働く粗野な女アルドンサに強く惹かれた草笛は、帰国早々、上演権を取るよう東宝に直談判する。
「まず菊田一夫先生(演劇プロデューサー&演出家)を訪ねたら、森岩雄さん(当時の東宝副社長)のところへ行けと言われた。ところが内容を説明するのが難しいのよ(笑)。『舞台は牢屋で暗いし、決して綺麗なミュージカルではないです』から始まって、『今これをやらないと、NYに追い付けません!』と一生懸命アピールしました。5、6回は通ったかな。ようやく森さんも折れて、上演権を取って下さいました。ただ私は出演が決まる前から、毎朝5時に起きて自宅の周りをウォーキングして、体力を付ける事から始めた。アルドンサは、男たちに逆吊りにされたり、髪を掴んで引きずり回されるダンス・ナンバーがあるから、体当たりでぶつからなければならない。同時に、芝居に近づけたリアルな動きと歌を求められるようになった。私のミュージカルに対する考え方も、あの作品で大きく変わりました」
日本初演の『ラ・マンチャの男』(1969年)でアルドンサ役に挑戦(写真は1970年の再演より) 写真提供=東宝演劇部

 『ラ・マンチャの男』日本初演は、今年の4月24日に最終公演を務め上げた松本白鸚(当時は市川染五郎)のセルバンテスで、1969年に帝国劇場で開幕。振付には、ブロードウェイ公演に出演した、ダンサーのエディ・ロールを招聘した。ただしアルドンサ役は、草笛の単独ではなくトリプル・キャスト。精神的にプレッシャーが大きかったはずだが、草笛は「プライドをかなぐり捨てて必死に演じました。今思い返して、自分でもよくやったと思うわ」と語る。

■ボブ・フォッシーの「粋」
シカゴ』日本初演(1983年)の舞台より。セット・デザインは朝倉摂 写真提供=草琇舎

 『ラ・マンチャ』と並んで、草笛にとって忘れ難い作品となったのが『シカゴ』だ。情夫殺しで収監された歌手ロキシーと、女囚の古株で、やはり殺人犯の元スター、ヴェルマが暗躍する物語は、現在もブロードウェイでロングラン中のリバイバル公演や、2002年公開の映画版でおなじみだ。ボブ・フォッシーが振付と演出を手掛けた、このシニカルなミュージカルが、初めてブロードウェイで上演されたのが1975年。草笛は、グウェン・ヴァードン(ロキシー)とチタ・リヴェラ(ヴェルマ)が主演した初演を観る機会に恵まれた。
「私は観た途端に、もしこれを日本で上演するなら、越路吹雪さんと2人でやりたいなと思いました。菊田先生の作品で御一緒していたし、プライベートでも仲良くさせて頂いたんです。それで日本に帰ったら、演出家の浅利慶太さんから『越路さんとやってみないか、日生劇場で』とオファーを受けた。コーチャン(越路の愛称)がロキシー、私がヴェルマ役です。ところが、その話は立ち消えになってしまいました」
「シャンソンの女王」で名高い越路吹雪だが、ブロードウェイの翻訳ミュージカルへの出演も多かった。写真は『メイム』(1967年)のプログラム表紙。

フライヤーのデザインは和田誠

 越路は、1980年に56歳の若さで死去。その後制作会社が変わり、今は無き新宿のシアターアプルで、1983年に『シカゴ』初演は遂にオープンした。草笛がロキシー、ヴェルマには上月晃、悪徳弁護士ビリーは植木等、MCに笹野高史、加えてダンサー時代の宮本亞門(当時は亮次)ら充実のキャストが揃う。演出・振付は、ブロードウェイ初演に出演し、フォッシーのアシスタントを務めたジーン・フットが来日し、しなやかで官能的なオリジナル振付を寸分違わずに再現。日本側の演出は、前述の「光子の窓」を成功させ、ブロードウェイ通でも知られる井原高忠が担当した。草笛は、フォッシー・ダンスをこう評する。
「激しい『ラ・マンチャ』の踊りとは対極にある、何とも魅力的なダンスでした。派手に踊ってしまわないで、その直前でこうしながら(肩と指を少し動かす)、一歩手前で抑える。全部見せない。私に言わせると、それが『粋』なんです」
〈ナウアデイズ〉のナンバーをリハーサル中の草笛(中央)と、ヴェルマ役の上月晃。左端が、演出・振付家のジーン・フット Photo Courtesy of Gene Foote

劇中で〈ロキシー〉を歌い踊る草笛 写真提供=草琇舎

■「チタと2人で、やってみようかしら」

 そして、『シカゴ』の初演をNYで観て、「ブロードウェイには、こんな素晴らしいダンサーで女優さんがいるんだ!」と草笛が驚嘆し、目標としたのが、同い歳のミュージカル・スター、チタ・リヴェラの存在だ。終演後に楽屋で初対面を果たし意気投合。以来、生涯の友人となった。2017年に放映されたテレビ番組「朝だ!生です旅サラダ」(朝日放送テレビ)で、NYで久々に再開した2人が、旧交を温める様子を御記憶の方もいるだろう。チタも草笛と同様に、90歳の今も現役で活動を続けている。
「1985年にチタが来日して、博品館劇場でショウをやった時は、亞門と一緒に前から2番目の席に陣取って、花を投げたり声を掛けて大向こうをやりましたよ。当時彼女は、日本ではあまり知られていなかったんです。それと随分前に、チタと2人で、日本でショウをやる話が持ち上がった事がありました。彼女に、日本語のセリフを憶えてもらってね。井原さんを誘ったら、演出を引き受けてくれる事になったのだけれど、その後企画は進展しなかった。これが私の唯一の心残りなの。無理矢理にでも、あの時に実現させれば良かった。でもチタも私もまだ動けるから、やってみようかな。久々に、彼女に電報でも打ってみようかしら(笑)」
博品館劇場の「チタ・リヴェラ・ショー」(1985年)で、『シカゴ』のナンバーをメドレーで歌い踊るチタ(主催=博品館劇場)

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