鏑木・T・虎徹の背中にはジャズがよ
く似合う『The JAZZ of TIGER & BUN
NY 2023 at Billboard Live』横浜夜
公演レポート

アニメ『TIGER & BUNNY』シリーズを彩ってきた作曲家、池頼広が紡ぎあげた珠玉の名曲たちを豪華ジャズバンドの生演奏で届ける『The JAZZ of TIGER & BUNNY 2023 at Billboard Live』の横浜公演が2023年4月29日にビルボードライブ横浜にて開催された。かつてはジャズベーシストとしても腕を鳴らしたという池による演奏の他、そんな彼の30年来の仲間という一流のミュージシャンらが一堂に会し、会場へ駆けつけたファンたちをシュテルンビルトの街へと誘った。”強くてカッコいい”という一般的な主人公像とは一線を画し、決して王道ではないヒーロー作品だからこそ、そんな人生の酸いも甘いも嚼み分けた男たちの背中には、クールなジャズがよく似合う。
2011年4月に放映開始された1作目から、劇場版を2作、そして2022年に配信開始された2期と長らくファンに愛され続けている『TIGER & BUNNY』シリーズ。そんな作品の音楽をずっと手がけているのが今夜のバンマスでもあり、エレキベースの演奏も披露した作曲家の池頼広だ。

このレポートを読まれているのは熱心な作品のファンであるだろうから、アニメのあらましなどは端折るが、主人公の鏑木・T・虎徹という男はヒーローではあるが、旬の過ぎたシングルファーザーで、ヒーローとしても1人の娘の父親としても葛藤する、人間くさい男である。

奇しくもジャズという音楽は、20世紀初頭の黒人音楽がルーツの一つ、辛い労働時に歌われたワークソングが原点というところも、どこか落ち目のヒーローだった虎徹との親和性を感じる。そして、音楽を担当する池はジャズバンドのベーシスト出身。こうなると『TIGER & BUNNY』の音楽がジャズアレンジで披露されるのはある意味、必然的だったのかもしれない。
オリジナルよりもテンポを落とし、哀愁を感じさせるクールなアレンジで披露された「HEROES N.C.1980」からライブはスタートすると、続く「A Homey Place」では跳ねるようなピアノの軽快な音に合わせて、場内からも自然と手拍子が湧き起こる。2曲続けたところで「シュテルンビルト市民の皆さま、お帰りなさいませ!」と池からの挨拶があったが、ここからはバンドメンバーにステージを預け、5人での演奏が続いた。
ピアノとドラムとウッドベースのトリオから始まった「Evening Station」では、ソロパートで他のメンバーが合いの手を入れて盛り上げたり、楽しそうに演奏している姿が印象的だった。ボサノヴァ調の「Family Union」ではサックスがフルートに持ち替えたと思えば「After a Time -Sax-」では曲名の通り、圧巻のソロパートを魅せる。サックスとエレキギターが奏でるエレジーなサウンドに寄り添うようなピアノの旋律がまた心地よく、あっという間の3曲を終えると再度、池が合流し「The Red Moon」を披露する。
ステージの幕には真っ赤な月のようなスポットライトが照らされる中、まるでサイレンのような怪しげなギターが鳴り響く。そこへ事件の香りがする不穏なベースラインが重なると、セッションはだんだんと熱を帯びて盛り上がっていき、ドラムのチャイナが派手に鳴るクライマックスまで駆け抜けた。
「ここからは、今夜の1番のお楽しみです!」と池に呼び込まれて、ゲストの平田広明森田成一が登場しトークコーナーへと突入。「皆さんこんばんは!横浜といえば本牧ふ頭の〜。ほらアレ、なんだっけ?」と何かの小話を入れようとした平田に「何の話をしてるんですか?知りませんよ!」と、まるで虎徹とバーナビーのようなやりとりから、森田のキレの良いツッコミがいきなり炸裂し、破顔一笑。「平田さんがSNSでアレも食え!コレも食え!と煽るから、明日の分の食材がないってさっきクレームがあったんですよ!」とキッチンからの嬉しい悲鳴を森田が紹介しているうちに2人へグラスが配られ、まずは森田から乾杯の音頭に。
「バーナビーの乾杯といったら……皆さん分かりますよね?」と英語で「Cheers!」を唱和し、食事やお酒に舌鼓を打つ。「せっかくだから平田さんverも」と池に乗せられるも「いいなぁ、虎徹はそういうのないもん」と少しだけ悩み「ワイルドに飲むぜぇ!」と言ってみたものの「皆さん大人ですから、お酒はちゃんと帰れる程度で楽しんでね」とフォローを入れてたのには笑ってしまった。
フリートークだけでも十分に面白かったが、今夜は一応ライブということなので「おふたりは何か好きな曲などありますか?」という池の問いかけに対して「(作品と)関係ないスタンダードナンバーですけど『煙が目にしみる』とか好きなんですよね」と森田が答えると、即興でワンフレーズが披露されるというオシャレなサプライズも。虎徹たちが作品の中で入り浸っているヒーローズバーへ実際にやってきたような雰囲気が確かにあった。
「普段はもう演奏はめっきりしないし、20年ぶりぐらいにこのキャパのステージに立ちましたけど、客席との距離が近くでビックリですよ!」という池は「でも1番驚いたのは皆さんです。ソロやアドリブの後に拍手してくださったり、ジャズを聴き慣れたお客さんが多くて嬉しいです!あと、ビルボードのフードの売り上げの記録も実は更新したみたいで……コレも嬉しい!皆さんたくさん食べて飲んで帰ってくださいね」と思わず笑みがこぼれるトークパートだった。
ライブはラテンなビートを刻む「Lara Tchaikoskaya」から再開すると「Heart to Heart」と2曲続けて披露。「この曲はあたたかなクリスマスのイメージで、好きなんですよね」と池の注釈も入る。ここからの2曲は横浜公演のみ披露の「Fellowship」そして「Welcome Bar II」だ。「Fellowship」ではブルージーなギターサウンドに身をよじり、「Welcome Bar II」では心地よいレイドバックに身体を揺さぶられ、改めて今夜だけのジャズアレンジを存分に堪能できた。ライブも終盤戦を迎えたタイミングで、池の方からメンバーが紹介される。5人ともに30年来の仲間ということで、時間の都合上そこまでトークに割けなかったが、それでもあまり多くは語らずとも互いに身を預け合っている”信頼感”や”絆”が垣間見える瞬間でもあった。
続いての曲は「Life of a Hero」。自分だったら”悠久の安らぎ”のような曲名にでも変えてしまいそうなほどに温かくて優しく包み込むようなアレンジだ。戦いに明け暮れるようなヒーローたちの日々とは真逆のこのアレンジを「Life of a Hero」としている所に、私は『TIGER & BUNNY』という作品の真髄を感じずにはいられない。
再びサックスからフルートへ持ち替えた「Fiat Lux~聖書「光あれ」より~」では、シュテルンビルトに平和と希望で満ち溢れた日常が帰ってきた。そんな爽やかで晴れやかなフルートの音色が強く印象に残っている。最後の曲はもちろん「TIGER & BUNNY」。赤と緑に照らされたステージの、池のスラップから始まり、各々がソロパートを魅せる。アンコールでは再び「HEROES N.C.1980」が披露されたが、今度はテンポを速めたビートに合わせて、自然と手拍子も起こり、客席も巻き込んで会場は最高潮を迎えた。最後にはステージ上から最前席とのハイタッチが起こるほどの大盛り上がりをもって『The JAZZ of TIGER & BUNNY 2023 at Billboard Live』横浜公演の2部は幕を閉じた。

何といってもやっぱり、アニメ2期の配信開始から1年以上が経過してもこのような企画でコンテンツが続いていくことがファンとしては嬉しい。しかもそれが、まるで作品中に登場するヒーローズバーに入り込んでしまったかのような、より作品への解像度が高まる質の高い企画であるから尚更だ。今夜のように、音楽面から『TIGER & BUNNY』という作品を改めて振り返ってみても、アニメを初めて見たあの頃と同様の感懐を覚える。決してスーパーマンなんかではない、ボロボロで傷だらけのヒーロー。決してカッコいい姿だけではない、不器用な父親という側面も併せ持つからこそ、夢と希望だらけのヒーローソングなんかよりも、人生の酸いも甘いも抱き寄せたジャズナンバーが男の背中にはよく似合う。
レポート・文:前田勇介

SPICE

SPICE(スパイス)は、音楽、クラシック、舞台、アニメ・ゲーム、イベント・レジャー、映画、アートのニュースやレポート、インタビューやコラム、動画などHOTなコンテンツをお届けするエンターテイメント特化型情報メディアです。

連載コラム

  • ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!
  • これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!
  • これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!
  • MUSIC SUPPORTERS
  • Key Person
  • Listener’s Voice 〜Power To The Music〜
  • Editor's Talk Session

ギャラリー

  • 〝美根〟 / 「映画の指輪のつくり方」
  • SUIREN / 『Sui彩の景色』
  • ももすももす / 『きゅうりか、猫か。』
  • Star T Rat RIKI / 「なんでもムキムキ化計画」
  • SUPER★DRAGON / 「Cooking★RAKU」
  • ゆいにしお / 「ゆいにしおのmid-20s的生活」

新着