REPORT / IN THE FLIGHT inc. 7th A
nv『SPOTLIGHT』《おめでとう、IN T
HE FLIGHT》――WWW Xで祝う、都市カ
ルチャーのメルティングポット 《お
めでとう、IN THE FLIGHT》――WWW
Xで祝う、都市カルチャーのメルティ
ングポット

Text by Yuki Kawasaki
Photo by Hiroshi Nakamura

4月2日(日)、東京・渋谷WWW Xにてクリエイティブ・エージェンシー「IN THE FLIGHT inc.」が主催するイベント『IN THE FLIGHT inc. 7th anniversary Vol.1 – SPOT LIGHT -』が開催された。
今話題の下北沢ADRIFTやhotel koe tokyoなど、クロスオーバー・カルチャーの仕掛け人でもあるrunpe率いるIN THE FLIGHT。かつては周年イベントを、今はなきナイトクラブ「SOUND MUSEUM VISION」で開催したこともあり、このパーティには昼と夜の文脈を意図的に横断するような趣がある。さらに同社は、音楽だけでなくファッションや映像制作まで手がけている。カッティングエッジなカルチャーを媒介に、“るつぼ”のようなコミュニティを創成してきた。特定のジャンルや分野に執着することなくカルチャーを追求することは至難の業であるが、IN THE FLIGHTはそれを今日に至るまで軽やかに実現している(本人たちにしかわからない苦しみはあるにしても)。
AKKO
その精神性は、オープニング・アクトを務めたAKKOのDJから発露していた。彼女は先述したVISIONの人気パーティ『trackmaker』にも出演していたDJだが、その選曲センスは実に多岐にわたる。楽曲の出自が国内か海外か、あるいはハウスかヒップホップかに関わらず、様々な音像を乗りこなす。それはまさしくIN THE FLIGHTがこれまで表明してきたスタンスであり、『trackmaker』の矜持であると感じる。
bane
この日のトップバッターはbane。RUNG HYANGのSNSに度々登場していたが、筆者はライブを実際に観るのは今回が初めて。実力の高さは認識していたが、そのパフォーマンス力はライブでも大いに発揮されていた。音源だけでは分からなかった、フィジカルな魅力が彼女にはある。未発表の新曲(4月19日リリース)として披露された「LIBERTY」は、4つ打ちのダンス・チューン。瑞々しさと薄暗さが共存したような曲だ。この日歌われた「Trip」や「依存ごっこ」も非凡な内容だが、この「LIBERTY」が最も耳に残った。リリースを楽しみに待ちたい。バンド・セットでさらに化けるポテンシャルを感じる。
DJ KRUTCHとのツーマン構成で登場したのは、おかもとえみ。「ANSWER」でスムースにフロアを盛り上げたあと、「POOL」と「ILY IMY」でメロウな気分にさせてくれた。当日が4月の初旬だったせいか、我々の新生活を彩るようなセットリストだったように思う。優しく柔和なビート・ミュージックが我々の背中を押してくれる。DJ KRUTCHの小気味よいスクラッチも相まって、軽快な心境になった。そしてきっとそれは、筆者だけではないだろう。
おかもとえみ
圧巻だったのは、その後に続く4曲だ。彼女がベースを持ち出し、ミニマルながらも編成に大きな変化を加える。それまでの打ち込み主体のサウンドに対し、人力によって奏でられる低音が鮮やかなコントラストを生んでいた。とりわけこの編成で聴く「subway」は、実に情感豊かな内容に仕上がっていた。彼女のアルバム『gappy』は2019年の10月に出た作品だが、寂しさと期待感が入り混じる今の時期にも沁みる。その流れで聴くフィッシュマンズ「IN THE FLIGHT」のカバーは、近年の坂元裕二が書く脚本のようなストーリー性があった。ラストに持ってきた「HIT NUMBER」は、フロアの熱気も相まり2番手にしてエンドロールのような趣さえ感じた。
「愛のままに(BASI feat.唾奇)」のカバーから早4年。ギター1本でヒップホップの弾き語りを行ったkojikojiは、ラップに革新的な視座をもたらした。原曲ではZulemaの「I’ve Got News for You」がサンプリングされているが、彼女のアコースティック・カバーでは当然ながらそれがわからない。けれども、その代わり言葉の力は増幅されているように感じられる。韻によるリズム感もむき出しになっているし、まるで音のテクスチャーをはぎ取ったようなニュアンスに聴こえるのだ。《離れる浮世 Sid And Nancy ローズの香り 世界はFancy Lauryn HillからCypress Hill つないで chill peaceな昼》と、ヒップホップの知識や文脈が生の感覚で流れ込んでくる。ライブでもその新しさは変わらず、テンポよく放たれる言葉がすとんと胸に落ちてきた。
打ち込み主体の彼女のオリジナル楽曲「for you」や「星を見上げる」も、そういった質感で再現されており、ウィスパーな歌声が真っすぐにオーディエンスに届く。中森明菜の「禁区」のカバーは意外性があったが、やはり彼女の作家性でもって、原曲の暗さを担保しつつも朗らかな印象が付与されていた。
今回のイベントにおいて、個人的に目が覚める体験をしたのはeillのライブだった。2018年に「MAKUAKE」がリリースされて以降、底知れない才能を様々な場所で開花させてきた彼女。いやはや、あれから数年経った今も全く底が見えない。むしろそのスケールは大きくなるばかりだ。1曲目の「ここで息をして」で圧倒的な身体性を見せ、一気にフロアの空気感を掌握。この手のイベントには自分のファン以外のお客さんもたくさんいることから、アーティストによっては多少アウェイな雰囲気も感じるかもしれない。しかしこの日の彼女には、そんなプレッシャーはほとんどなかっただろう。
eill
「WE ARE」は自身を奮い立たせながら、それをメッセージとして受け取るオーディエンスをエンパワーメントする迫力があった。《Oh, I am womanで only one 羨むものはあるけど ワタシを信じたい》――このフレーズには痺れた。「SPOTLIGHT」や「20」のような、少し前の彼女が表明した言葉もいまだに力強く聴こえる。むしろ、やはりスケールアップした分、そのサウンドから見えてくる景色はより多角的だ。20歳の頃よりも、もしかしたら“羨むもの”が増えてきたかもしれないし、暗い現実に喰らうこともあるかもしれない。それでも彼女は、美しい言葉で我々の背中を強く押してくれる。
イベント開催の数日前、この日のスペシャル・ゲストとしてお笑い芸人の又吉直樹(ピース)の出演が発表された。佐藤千亜妃との共作「日常みたいな」を披露するのかと思いきや、今回は朗読パフォーマンスを行うという。彼の自作の詩を、ステージで読み上げる。
又吉直樹(ピース)
「日常みたいな」(大変良い曲です)を聴くことはわなかったが、個人的には大いに満足できた。その詩のテイストというか、方向性が同楽曲に通底するものがあったからだ。素朴だけれども、ちょっと可笑しな描写が沁みる。《あれ、俺やで》が様々な文章に繋がってリフレインする。《年中半袖半ズボンのヤツおったやろ。あれ、俺やで》、《ライブハウスとかクラブに行くと、スピーカーの前で踊り狂ってる女がおったやろ。あれ、俺やで》といった具合だ。そのあと繰り返される言葉が《うるせぇ》に置き換えられ、また文章が生成されてゆく。曰く、《“うるせぇ”と言ってみることで、嫌なことから逃れらえる場合もあります》。《僕、テクノしか聴かないんですよね。……うるせぇ》、《ノストラダムスの予言って、結局当たってたよね。……うるせぇ》(これは気になるやろ! とは思ったが)。そしてここから、前半のフレーズはそのままに《うるせぇ》が《おめでとう》に変換された。《ノストラダムスの予言って結局当たってたよね。……おめでとう》。

そして《IN THE FLIGHT。……おめでとう》――“おめでとうパート”にのみ、このフレーズが追加された。可笑しな日常の描写から、華麗なるオチへ。なお、又吉はIN THE FLIGHTの1周年パーティにも来ていたそうだ
2月にお隣のWWWにてワンマン・ライブを開催したばかりの佐藤千亜妃。この日のフロアの反応を見る限り、彼女が直近の作品で表現している音楽は広く知れ渡っているように思われる。現行ビート・ミュージックに乗せた、メロウなダンス・ミュージック。「S.S.S.」や「タイムマシーン」は、その場のオーディエンスの体をナチュラルに揺らしていた。この日の編成は佐藤のほかにギターとシンセがひとりずつの、比較的コンパクトなものだった。つまりリズム隊の音は打ち込みだったのだが、その性質上、この編成でも心地よく聴こえる。とりわけ新曲の「花曇り」は、以前ライブで聴いた時よりも解像度が高く解釈できたように思う。こういった曲を期待感で溢れる今の季節に出すこと自体が、彼女の作家性を端的に表しているようではないか。それはもちろん逆張りではなく、彼女の純然たる世界観の話である。個人的な感覚を言わせてもらえば、この暗さには大いに共感する。――《いつかした約束 覚えててごめんね》。
佐藤千亜妃
打って変わって「夜をループ」のような軽快な楽曲を繰り出せるのも、彼女の強さだと思う。サビのリフレインをシンガロングする場面はワンマンでもみられたが、今回も顕在していた。有歓声でこの曲が披露されたのは前回が初めてだったが、やはりその光景は胸に迫るものがある。この3年間、オーディエンス側からアーティストへどのように思いや感謝を伝えられるかに様々な試行錯誤があったが、ようやく制約から解き放たれた。何かに制限があるときには相応のクリエイティビティが生まれるのも事実だが、やはり“解放”からくるパワーに比肩するものはない。この日のシンガロングは、それを教えてくれた。
この日のラストを飾ったのは、文字通り“伝道師”のRUNG HYANG。彼女が大学教授としての一面も持ち合わせているのは有名な話だが、eillもまた「ルンヒャンゼミ」の出身者である。その圧倒的な素養による深みを感じさせながら、同時に彼女には朗らかな魅力がある。例えば「CICADA」では、軽快な4つ打ちに乗せながら、そのメッセージは実に切実なものだ。しかも、そのアンビバレンスな表現を涼しい顔で、あまつさえ身体的な迫力でもってやってのける。「AWAKE」も難易度の高さを感じさせないほど、軽やかに歌い上げる。ダウナーな質感のダンスビートの上で、「Wake up」とリフレインしながら体温が上がってゆく快感。ただただ、圧巻である。
RUNG HYANG
これほど完全無欠に見える人が、新曲として発表したのは「weakness」。弱みそのものをみせ、人間としての不完全さも垣間見える。この人間的な手触りこそ、RUNG HYANGをRUNG HYANGたらしめているようにも思われる。彼女のYouTubeチャンネルには楽曲のMVのほかにVlog的な動画もたくさんアップされており、そのスタンスからもRUNG HYANGの柔和な人間性が分かるのではないだろうか。
block.fmでRUNG HYANGがホストを務める番組『恋と音楽のマッチングサプリ』(通称:ラブサプ)でお馴染みの“お題セッション”も、eillとおかもとえみをステージに呼んで急遽開催された。バックグラウンドで流れる音楽に合わせ、特定の言葉を掛詞として成立させ、その精度が最も高い人が勝者となる。そんなゲームだ。今回は「入社式(RUNG HYANG)」、「桜(おかもとえみ)」、「酒(eill)」がお題に選ばれ、それぞれのキーワードとしてあてがわれる。個人的には、「今までお題セッションを成功させたことがない」と言っていたeillが最も勝者に近かったのではないかと感じている。
締めには、今年3月にリリースされたばかりの「オトナの時間」を披露。彼女の伝道師としての立場と今の時期のフィーリングが合致し、極めてエモーショナルなメッセージソングとして響いた。

おめでとう、この日会場に足を運んだみなさん。おめでとう、IN THE FLIGHT。
【イベント情報】

IN THE FLIGHT inc. 7th Anniversary Vol.1 『SPOTLIGHT』

日時:2023年4月2日(日) OPEN 16:00 / START 17:00
会場:東京・渋谷WWW X
出演:
[LIVE]
おかもとえみ
佐藤千亜妃
eill
kojikoji
RUNG HYANG

[DJ]
AKKO

[OPENING ACT]
bane

[GUEST]
又吉直樹

■ IN THE FLIGHT inc. オフィシャル・サイト(https://intheflight.com/)
Text by Yuki Kawasaki
Photo by Hiroshi Nakamura

4月2日(日)、東京・渋谷WWW Xにてクリエイティブ・エージェンシー「IN THE FLIGHT inc.」が主催するイベント『IN THE FLIGHT inc. 7th anniversary Vol.1 – SPOT LIGHT -』が開催された。
今話題の下北沢ADRIFTやhotel koe tokyoなど、クロスオーバー・カルチャーの仕掛け人でもあるrunpe率いるIN THE FLIGHT。かつては周年イベントを、今はなきナイトクラブ「SOUND MUSEUM VISION」で開催したこともあり、このパーティには昼と夜の文脈を意図的に横断するような趣がある。さらに同社は、音楽だけでなくファッションや映像制作まで手がけている。カッティングエッジなカルチャーを媒介に、“るつぼ”のようなコミュニティを創成してきた。特定のジャンルや分野に執着することなくカルチャーを追求することは至難の業であるが、IN THE FLIGHTはそれを今日に至るまで軽やかに実現している(本人たちにしかわからない苦しみはあるにしても)。
AKKO
その精神性は、オープニング・アクトを務めたAKKOのDJから発露していた。彼女は先述したVISIONの人気パーティ『trackmaker』にも出演していたDJだが、その選曲センスは実に多岐にわたる。楽曲の出自が国内か海外か、あるいはハウスかヒップホップかに関わらず、様々な音像を乗りこなす。それはまさしくIN THE FLIGHTがこれまで表明してきたスタンスであり、『trackmaker』の矜持であると感じる。
bane
この日のトップバッターはbane。RUNG HYANGのSNSに度々登場していたが、筆者はライブを実際に観るのは今回が初めて。実力の高さは認識していたが、そのパフォーマンス力はライブでも大いに発揮されていた。音源だけでは分からなかった、フィジカルな魅力が彼女にはある。未発表の新曲(4月19日リリース)として披露された「LIBERTY」は、4つ打ちのダンス・チューン。瑞々しさと薄暗さが共存したような曲だ。この日歌われた「Trip」や「依存ごっこ」も非凡な内容だが、この「LIBERTY」が最も耳に残った。リリースを楽しみに待ちたい。バンド・セットでさらに化けるポテンシャルを感じる。
DJ KRUTCHとのツーマン構成で登場したのは、おかもとえみ。「ANSWER」でスムースにフロアを盛り上げたあと、「POOL」と「ILY IMY」でメロウな気分にさせてくれた。当日が4月の初旬だったせいか、我々の新生活を彩るようなセットリストだったように思う。優しく柔和なビート・ミュージックが我々の背中を押してくれる。DJ KRUTCHの小気味よいスクラッチも相まって、軽快な心境になった。そしてきっとそれは、筆者だけではないだろう。
おかもとえみ
圧巻だったのは、その後に続く4曲だ。彼女がベースを持ち出し、ミニマルながらも編成に大きな変化を加える。それまでの打ち込み主体のサウンドに対し、人力によって奏でられる低音が鮮やかなコントラストを生んでいた。とりわけこの編成で聴く「subway」は、実に情感豊かな内容に仕上がっていた。彼女のアルバム『gappy』は2019年の10月に出た作品だが、寂しさと期待感が入り混じる今の時期にも沁みる。その流れで聴くフィッシュマンズ「IN THE FLIGHT」のカバーは、近年の坂元裕二が書く脚本のようなストーリー性があった。ラストに持ってきた「HIT NUMBER」は、フロアの熱気も相まり2番手にしてエンドロールのような趣さえ感じた。
「愛のままに(BASI feat.唾奇)」のカバーから早4年。ギター1本でヒップホップの弾き語りを行ったkojikojiは、ラップに革新的な視座をもたらした。原曲ではZulemaの「I’ve Got News for You」がサンプリングされているが、彼女のアコースティック・カバーでは当然ながらそれがわからない。けれども、その代わり言葉の力は増幅されているように感じられる。韻によるリズム感もむき出しになっているし、まるで音のテクスチャーをはぎ取ったようなニュアンスに聴こえるのだ。《離れる浮世 Sid And Nancy ローズの香り 世界はFancy Lauryn HillからCypress Hill つないで chill peaceな昼》と、ヒップホップの知識や文脈が生の感覚で流れ込んでくる。ライブでもその新しさは変わらず、テンポよく放たれる言葉がすとんと胸に落ちてきた。
打ち込み主体の彼女のオリジナル楽曲「for you」や「星を見上げる」も、そういった質感で再現されており、ウィスパーな歌声が真っすぐにオーディエンスに届く。中森明菜の「禁区」のカバーは意外性があったが、やはり彼女の作家性でもって、原曲の暗さを担保しつつも朗らかな印象が付与されていた。
今回のイベントにおいて、個人的に目が覚める体験をしたのはeillのライブだった。2018年に「MAKUAKE」がリリースされて以降、底知れない才能を様々な場所で開花させてきた彼女。いやはや、あれから数年経った今も全く底が見えない。むしろそのスケールは大きくなるばかりだ。1曲目の「ここで息をして」で圧倒的な身体性を見せ、一気にフロアの空気感を掌握。この手のイベントには自分のファン以外のお客さんもたくさんいることから、アーティストによっては多少アウェイな雰囲気も感じるかもしれない。しかしこの日の彼女には、そんなプレッシャーはほとんどなかっただろう。
eill
「WE ARE」は自身を奮い立たせながら、それをメッセージとして受け取るオーディエンスをエンパワーメントする迫力があった。《Oh, I am womanで only one 羨むものはあるけど ワタシを信じたい》――このフレーズには痺れた。「SPOTLIGHT」や「20」のような、少し前の彼女が表明した言葉もいまだに力強く聴こえる。むしろ、やはりスケールアップした分、そのサウンドから見えてくる景色はより多角的だ。20歳の頃よりも、もしかしたら“羨むもの”が増えてきたかもしれないし、暗い現実に喰らうこともあるかもしれない。それでも彼女は、美しい言葉で我々の背中を強く押してくれる。
イベント開催の数日前、この日のスペシャル・ゲストとしてお笑い芸人の又吉直樹(ピース)の出演が発表された。佐藤千亜妃との共作「日常みたいな」を披露するのかと思いきや、今回は朗読パフォーマンスを行うという。彼の自作の詩を、ステージで読み上げる。
又吉直樹(ピース)
「日常みたいな」(大変良い曲です)を聴くことは叶わなかったが、個人的には大いに満足できた。その詩のテイストというか、方向性が同楽曲に通底するものがあったからだ。素朴だけれども、ちょっと可笑しな描写が沁みる。《あれ、俺やで》が様々な文章に繋がってリフレインする。《年中半袖半ズボンのヤツおったやろ。あれ、俺やで》、《ライブハウスとかクラブに行くと、スピーカーの前で踊り狂ってる女がおったやろ。あれ、俺やで》といった具合だ。そのあと繰り返される言葉が《うるせぇ》に置き換えられ、また文章が生成されてゆく。曰く、《“うるせぇ”と言ってみることで、嫌なことから逃れらえる場合もあります》。《僕、テクノしか聴かないんですよね。……うるせぇ》、《ノストラダムスの予言って、結局当たってたよね。……うるせぇ》(これは気になるやろ! とは思ったが)。そしてここから、前半のフレーズはそのままに《うるせぇ》が《おめでとう》に変換された。《ノストラダムスの予言って結局当たってたよね。……おめでとう》。

そして《IN THE FLIGHT。……おめでとう》――“おめでとうパート”にのみ、このフレーズが追加された。可笑しな日常の描写から、華麗なるオチへ。なお、又吉はIN THE FLIGHTの1周年パーティにも来ていたそうだ
2月にお隣のWWWにてワンマン・ライブを開催したばかりの佐藤千亜妃。この日のフロアの反応を見る限り、彼女が直近の作品で表現している音楽は広く知れ渡っているように思われる。現行ビート・ミュージックに乗せた、メロウなダンス・ミュージック。「S.S.S.」や「タイムマシーン」は、その場のオーディエンスの体をナチュラルに揺らしていた。この日の編成は佐藤のほかにギターとシンセがひとりずつの、比較的コンパクトなものだった。つまりリズム隊の音は打ち込みだったのだが、その性質上、この編成でも心地よく聴こえる。とりわけ新曲の「花曇り」は、以前ライブで聴いた時よりも解像度が高く解釈できたように思う。こういった曲を期待感で溢れる今の季節に出すこと自体が、彼女の作家性を端的に表しているようではないか。それはもちろん逆張りではなく、彼女の純然たる世界観の話である。個人的な感覚を言わせてもらえば、この暗さには大いに共感する。――《いつかした約束 覚えててごめんね》。
佐藤千亜妃
打って変わって「夜をループ」のような軽快な楽曲を繰り出せるのも、彼女の強さだと思う。サビのリフレインをシンガロングする場面はワンマンでもみられたが、今回も顕在していた。有歓声でこの曲が披露されたのは前回が初めてだったが、やはりその光景は胸に迫るものがある。この3年間、オーディエンス側からアーティストへどのように思いや感謝を伝えられるかに様々な試行錯誤があったが、ようやく制約から解き放たれた。何かに制限があるときには相応のクリエイティビティが生まれるのも事実だが、やはり“解放”からくるパワーに比肩するものはない。この日のシンガロングは、それを教えてくれた。
この日のラストを飾ったのは、文字通り“伝道師”のRUNG HYANG。彼女が大学教授としての一面も持ち合わせているのは有名な話だが、eillもまた「ルンヒャンゼミ」の出身者である。その圧倒的な素養による深みを感じさせながら、同時に彼女には朗らかな魅力がある。例えば「CICADA」では、軽快な4つ打ちに乗せながら、そのメッセージは実に切実なものだ。しかも、そのアンビバレンスな表現を涼しい顔で、あまつさえ身体的な迫力でもってやってのける。「AWAKE」も難易度の高さを感じさせないほど、軽やかに歌い上げる。ダウナーな質感のダンスビートの上で、「Wake up」とリフレインしながら体温が上がってゆく快感。ただただ、圧巻である。
RUNG HYANG
これほど完全無欠に見える人が、新曲として発表したのは「weakness」。弱みそのものをみせ、人間としての不完全さも垣間見える。この人間的な手触りこそ、RUNG HYANGをRUNG HYANGたらしめているようにも思われる。彼女のYouTubeチャンネルには楽曲のMVのほかにVlog的な動画もたくさんアップされており、そのスタンスからもRUNG HYANGの柔和な人間性が分かるのではないだろうか。
block.fmでRUNG HYANGがホストを務める番組『恋と音楽のマッチングサプリ』(通称:ラブサプ)でお馴染みの“お題セッション”も、eillとおかもとえみをステージに呼んで急遽開催された。バックグラウンドで流れる音楽に合わせ、特定の言葉を掛詞として成立させ、その精度が最も高い人が勝者となる。そんなゲームだ。今回は「入社式(RUNG HYANG)」、「桜(おかもとえみ)」、「酒(eill)」がお題に選ばれ、それぞれのキーワードとしてあてがわれる。個人的には、「今までお題セッションを成功させたことがない」と言っていたeillが最も勝者に近かったのではないかと感じている。
締めには、今年3月にリリースされたばかりの「オトナの時間」を披露。彼女の伝道師としての立場と今の時期のフィーリングが合致し、極めてエモーショナルなメッセージソングとして響いた。

おめでとう、この日会場に足を運んだみなさん。おめでとう、IN THE FLIGHT。
【イベント情報】

IN THE FLIGHT inc. 7th Anniversary Vol.1 『SPOTLIGHT』

日時:2023年4月2日(日) OPEN 16:00 / START 17:00
会場:東京・渋谷WWW X
出演:
[LIVE]
おかもとえみ
佐藤千亜妃
eill
kojikoji
RUNG HYANG

[DJ]
AKKO

[OPENING ACT]
bane

[GUEST]
又吉直樹

■ IN THE FLIGHT inc. オフィシャル・サイト(https://intheflight.com/)

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『心が震える音楽との出逢いを』独自に厳選した国内外の新鋭MUSICを紹介。音楽ニュース、ここでしか読めないミュージシャンの音楽的ルーツやインタビュー、イベントのレポートも掲載。

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