女性オペラ歌手3名による「ディーヴ
ァの宴」 ~ 尾崎比佐子、並河寿美、
福原寿美枝に聞いた

関西を中心に、オペラや宗教音楽といった日本のクラシック音楽シーンを牽引して来た3名のディーヴァによる夢の競演が5年ぶりに開催される。ソプラノ尾崎比佐子、並河寿美の二人と、所用で同日には話が聞けなかったメゾソプラノ福原寿美枝には別の日に話を聞いた。

―― コロナの事などもあって、5年ぶり4回目の「ディーヴァの宴」が開催されます。
尾崎比佐子:この3人が集まって歌うのは みつなかホール ならではですね。福原さんとはオペラの現場で顔を合わせることはありましたが、並河さんとは意外と一緒になる機会は無かったのです。忘れられないのが2010年の「みつなかオペラ」、ドニゼッティ『マリア・ストゥアルダ』で、私がマリア、並河さんがエリザベッタをやった時に、「あの二人、本当に仲悪いらしいで!」と周囲から噂されるほど、思い切って役になりきれました(笑)。
尾崎比佐子(ソプラノ)  (c)H.isojima
並河寿美:あれは凄い舞台でしたね。尾崎さんとは毎日のように、稽古終わりに仲の良いスタッフも一緒に御飯を食べて帰る関係でしたが、周りは随分気を遣っていたようです(笑)。3人の中では私がいちばん歳下です。少しだけですが(笑)。大変親しくさせて頂いていて、いつからか敬語を使う事を忘れてしまっていますが、お二方の事はとてもリスペクトしています。一緒に歌っていると、他の人の声の出し方などちょっとした事が気になったりするものですが、このお二人には「ここ、どうしてるんですか?」って気兼ねなく聞ける、居心地の良い関係です。
並河寿美(ソプラノ)  (c)H.isojima
尾崎:お二人とも凄い方で、リスペクトしていますよ。この人たちとならば良いものが出来るという信頼度は高いですし、同時に絶対コチラも下手な真似は出来ないという思いもあります。このコンサートは私にとっても特別で、やっぱり密かに負けられないなという思いもあるので、ソロで歌う曲は慎重に選んでいます。
―― このコンサート、第1部が独唱で第2部が重唱となっています。尾崎さんは第1部では何を歌われますか?
尾崎:作曲家 猪本隆さんの「ゆうれい屋敷」を歌います。実は昨年、長くお世話になった関西二期会を離れました。これからは日本歌曲を中心に歌っていこうと思っていたこともあって、以前、芦原昌子さんが歌われて気になっていた「ゆうれい屋敷」に初めて挑戦させて頂きます。作曲家の猪本隆さんの曲は、師匠の横田浩和先生も色々と歌われていたので、私も自分の新機軸として猪本作品をはじめとするあらゆる形態の日本歌曲を歌って行きたいと思っています。師匠へのオマージュ、そして新しい挑戦として選曲いたしました。
―― それは楽しみですね。並河さんは何を歌われますか。
並河:ヴェルディの『マクベス』に初めて挑戦します。どちらかと言うと、マクベス夫人はこれまで避けて来た役ですが、信頼するピアニストの高崎三千さんが強く背中を押して下さったので、初めて歌ってみようと思いました。正直、まだ恐怖心はありますが、この『ディーヴァの宴』の環境だったら歌えるのではないかと思い…。「みつなかオペラ」でお世話になっている牧村邦彦マエストロや演出の唐谷裕子さん、制作の丹治亜弥子さんが多方面で完全サポートして頂けるので挑戦してみようと思いました。
―― 第2部は重唱ですね。こちらの選曲はどのようにして決められたのでしょうか。
尾崎:みんなでアイデアを持ち寄って決めるのですが、楽しい時間ですよ。ソプラノ同士の二重唱って意外と少ないのです。少ない選択肢の中から何を選ぶか。並河さんとは同じソプラノでも声質は違います。私はレッジェーロと呼ばれる軽めの声ですが、年齢を重ねることでリリコと呼ばれる声質に寄って来て、少し重いものも歌えるようになって来ました。ただ、高い声は常に出しておかないと、どんどん出なくなります。今回、選んだ曲は、これまで3回のコンサートで取り上げた曲ばかりですが、ちょっとしたサプライズもご用意しています(笑)。
尾崎比佐子(ソプラノ)  写真提供:みつなかホール
―― 並河さんの声質は専門的には何と呼ばれるのでしょうか。
並河:私は基本、リリコの中に置いていますが、もう少し強めのスピントや、ドラマチックで重めのドラマティコあたりも、必要に迫られて歌う事もあります。ドラマティコの役は中低音の表現が一段と重要になります。中低音のこだわりが強くなり過ぎて、気付いた時には高音に余裕がなくなってしまう事もあります。やはりソプラノである以上、高音のクオリティは保たなければなりませんので、常にその事は意識しています。
このコンサート、魅力の一つがピアノを關口康祐さんが弾いて下さるところです。もう全幅の信頼を置いてお任せ出来る素晴らしいピアニストです。
尾崎:「ディーヴァの宴」は毎回、私たちをワルキューレ(英雄を天空に導く女戦士)に見立てて、關口さんのピアノでワーグナーの楽劇『ワルキューレ』より、“ワルキューレの騎行” で始まります。オーケストラと違って、ピアノ版の“ワルキューレの騎行”も格好良いですよ。
3人のディーヴァ(福原寿美枝、並河寿美、尾崎比佐子 左より)  写真提供:みつなかホール
―― 尾崎さんは並河さんと福原さんの事を、どんな風にご覧になられているのでしょうか。
尾崎:並河さんの歌は素晴らしいです。2015年“みつなかオペラ”のベッリーニ『ノルマ』の時、ダブルキャストの表裏だったのですが、最初、「高い声は少しセーブ気味に歌う」と仰っていたのに、どんどん声が出て来てびっくりしたことを覚えています。もう少し出せば、魔笛の「夜の女王」がやれるのではと驚きました(笑)。押しも押されぬプリマドンナなのに、常に自分を高めて行く姿勢が凄い。見習わなくてはいけないと思いました。
福原さんは関西二期会のリヒャルト・シュトラウス『ばらの騎士』のオクタヴィアンでご一緒して以降、あれよあれよという間にスターダムに乗っていかれて、驚きました。もちろんあの声は周囲が放っておかないですし、そうなるだけの裏付けはあるのですが、現場での集中力が凄い方です。時として、「置いていかないで!」と思う事もありますが、最後はイイ感じで上手く混ざるのです。お二方とも完成度の高さが保証されていて安心です。
―― 並河さんにもお聞きします。尾崎さんと福原さんはどんな方ですか。
並河:尾崎さんはデビューされてからずっと活動を拝見していますが、全てにおいて凄い方です。一言で言うなら完璧主義者。本当に格好良い方ですね。何事も、自信を持ってやっておられるのが分かります。そして最後までやり通す姿勢が凄いなぁと敬服しています。
福原さんは、意外にも自信無いような事を仰ったり、弱気な部分をお見せになるのですが、絶対に最後はやり遂げられる(笑)。そして、やはりあの声は他に無いですよね。宗教曲などでもご一緒する機会は多いですが、隣で歌っていても気持ちよくアンサンブル出来ます。
並河寿美(ソプラノ)  写真提供:みつなかホール
―― 尾崎さん、並河さん、ありがとうございました。最後にメッセージをお願いします。
尾崎:今日は仕事の都合という事で福原さんとはご一緒できませんでしたが、福原さんが私たちのことをどう見ておられるのか興味があります(笑)。ぜひ聞いてみてくださいね。「SPICE」をご覧の皆さま、「ディーヴァの宴」にぜひお越しください。大御所3人が並ぶとヒリヒリした感じでは⁈ などとトンデモナイことを言われる方もおられるようですが(笑)、和気藹々とした楽しい雰囲気のコンサートです。みつなかホールでお待ちしています。
並河:尊敬する大先輩のお二人と御一緒出来て光栄です(笑)。大好きな みつなかホール だから出来るコンサートで、私たちも楽しみにしています。ただ、客席数が500席足らずという事で、どうぞ早めの購入をお勧めいたします。コロナで久しぶりの開催となりましたが、一緒に楽しみましょう。お待ちしています。
皆様のご来場をお待ちしています  (c)H.isojima
それから数日後、メゾソプラノの福原寿美枝にも同じ質問を聞いてみた。
福原寿美枝:「ディーヴァの宴」は私も楽しみです。お二人は音楽家、演奏家として超一流です。共にソプラノですが、キャラクターも声質も全然違います。しかし、お二人の音楽に向き合う真摯な姿勢には頭が下がりますし、芸術性も素晴らしい。刺激的で緊張感のある本番までの制作期間がとても楽しいです。
第1部ではマーラーの“原光”を歌わせて頂きます。昨年、小泉和裕マエストロと九州交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団でマーラーの交響曲第2番『復活』を歌わせて頂いたのですが、今の私の人生に本当に大きな影響を与えてくれました。また還暦を前にして年齢を経るごとに、悩みも多く、発声の工夫は欠かせません。色々と工夫を重ねながらの『復活』です。關口さんの伴奏だからこそオーケストラの響を得る事が出来、第4楽章 “原光” を歌えると思い、選びました。
福原寿美枝(メゾソプラノ)  写真提供:みつなかホール
尾崎さんの歌をオペラという形で初めて聴いたのが、2001年の関西二期会『ランメルモールのルチア』でした。当時、私も尾崎さんと同じ神戸市混声合唱団で活動していましたが、こんなに素晴らしい歌手の存在に衝撃を受けました。テクニックは勿論、音楽の間や演技、全てが素晴らしかった。実は私、オペラは苦手で、ほとんど手付かずだったのですが、これではいけないと思い、それ以来必死に勉強し始めました。そして2年後の2003年に、関西二期会のリヒャルト・シュトラウス『ばらの騎士』で私がオクタヴィアン、尾崎さんが元帥夫人でご一緒しました。
並河さんは、ヴェルディの「レクイエム」でご一緒しました。とにかく持っているモノが規格外で素晴らしい。声の色も特別。それをご自身がよく分かっておられ、その素晴らしい声を存分に発揮され立派に歌いあげられる。ヴェルディの「レクイエム」では、隣で歌っていてアカペラの箇所で鳥肌が立ちました(笑)。そんなお二人と一緒のステージ「ディーヴァの宴」は、おそらく私が一番楽しみにしていると思います。ぜひ みつなかホール にお越しください。
福原寿美枝(メゾソプラノ)  (c)H.isojima
取材・文=磯島浩彰

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