SUIREN『Sui彩の景色』

SUIREN『Sui彩の景色』

2020年7月より活動を開始した“水彩画のように淡く儚い音を描くユニット”SUIRENのヴォーカルSuiが、ヴォーカリストSuiになるまでのエピソードを描くコラム連載。Suiを彩るエピソード、モノ、景色をフィルムカメラで切り取った写真に乗せてお届けします。

文・撮影:Sui

小堀…高校入学後に結成したバンドのベーシスト。かなりベースが巧い。

土田…同じ高校のドラマー。同じ中学出身だがドラムが叩ける事は当時知らなかった。
高校内でメンバーが見つからなかった為他校のバンドに加入し活動していたが、江崎の構想する新バンド結成の為にSuiと江崎を引き合わせる。

江崎…他校のバンドマン。他校のバンドでメインギターのパートを担当していたが自らがやりたい音楽性のバンドを構想しSui達と共に新バンド結成。


あれは小学校低学年の頃だろうか。
僕は友達の家で水槽の中を優雅に泳ぐ熱帯魚を眺めていた。
観賞用に見事にレイアウトされた水草や流木。
その人工的に作られた空間の中に注がれた、カルキ抜き処理を施した水の中で、照明に照らされながらこの小さな命達は懸命に生きている。
「囚われの熱帯魚」
僕には不憫に思えて仕方なかった。
しかし、この魚達は日本の川や池、無論海でも生きてはいけないだろうと友達は言った。
仮に川や池で生きながらえたとしても、それは生態系を壊してしまう可能性があって、絶対にしてはいけない事なのだそうだ。

作詞や作曲というのは、海に潜る感覚に似ている。
初めのうちは浅瀬にも色々な発見があって、それを拾い集めていくうちに、もうこの辺りに新しい物など何もないといつしか気付く。
そうやって少しずつ深いところに潜り始め、また、新しい何かを見つける。
そして、もっと凄い物を見つけたくなる。
もっと深く、もっと深く...。
水圧が上がり身体を締め付ける。
太陽の光も届かない暗闇に包まれて、酸素の残量も残り僅か。
1度浮上しなければこのまま死んでしまうだろう。
しかし、深く潜った分だけ海面まで浮上するのは困難を極める。
命からがら沖に上がると、余りにも大きく深い海に対して畏敬の念が込み上げてくる。
そして、あの暗闇に戻る恐怖に足は竦む。
それでも、また新しい何かを求めて僕は深く潜る。
ここがまだ、ほんの小さな水槽の中だとも知らずに。
初ライブを無事成功させた僕等は地元で開催されるいくつかのイベントにオファーを貰った。
といっても、そのライブを観に来ていた仲間内のバンドマンからのお誘いが殆どだったが、そうして出演した、いくつかのイベントでライブを重ねる度にバンドの強度は増していき、演奏面もパフォーマンスの面もより洗練されていった。
特に高校生バンドのみが出演するイベントなどではトリや主催するバンドの1つ前の出番等、良い出順で演奏させて貰える事が多かったし、ライブの度に動員も増えていった。
僕たちは決して小さくない手応えを新生バンドに対して感じていた。
手応えはやがて自信に変わり、自信はパフォーマンスを更に向上させ、僕たちは向かう所敵なしという気分だった。

そんな折、ドラムの土田からある提案を受けた。
それは、県内で最も栄えている街の1番有名なライブハウスに出演しないかというものだった。
そのライブハウスには有名なバンドもワンマンツアーで来るし、インディーズでこれから売れていくであろう実力派のバンドもツアーで演奏しに来るのだそうだ。
そして、そういったインディーズのバンドはまだ全国区ではないため動員力が有名バンドと比較すると少ない為、地元のバンドと対バン形式のイベントに出演しその地方の新規のファンを獲得していくのだそうだ。
そこに土田は目を付けた。
「県内の猛者しか出演できないし、東京のインディーズバンドとも対バンできる可能性がある。俺たちもそういう箱に出て知名度を上げてかないとな。」

僕達のバンドの外交官であり情報通の土田が言うのだから間違いないのだろう。
「でも、どうやって出演するんだ?」
と僕が聞くと土田はこう応えた。
「デモ音源を作ろう。知り合いにレコーディングしてくれる人がいるからその人に頼んで2曲くらい録ってそれをライブハウスに送るんだ。気に入られれば良いブッキングに入れて貰えるかもしれない。」

そして、僕達は初めてのレコーディングをすることになった。
エンジニアとして今回僕らのデモ音源を録ってくれるのは土田の知り合いの社会人ドラマーの方だった。
ドラム、ギター2本、ベース、ボーカルの計5パートを2曲分録るとなるとデモとはいえそれなりに時間も労力もかかる内容だ。
ともすれば6〜8時間くらいはスタジオを抑えなければならない事と、土田の先輩が社会人である為、土日か平日の深夜しか時間が取れない。
地元で唯一のリハスタの土日を8時間ぶっ続けで予約する事はほぼ不可能だったし、深夜営業がなかったので、結局深夜営業をしているスタジオを求め、ライブをしにいく前に県内で最も栄えている街まで行くことになった。
深夜料金が格安ということだったので平日の夜22:00~6:00の8時間スタジオを抑えた。
土田の先輩が車を出してくれる事になり、自分達の機材とレコーディングに必要な機材を乗せて、バンドメンバーと先輩の5人が鮨詰状態になりながら片道2時間車を走らせた。
バンドでツアーを回るというのはこういう感じなのかなとこの時僕は思った。

現地に着くとラブホテルが立ち並ぶ如何にもな雰囲気の夜の街の中にそのスタジオはあった。
限られた時間を出来るだけ有効に使うため、迅速に全ての機材を搬入してセッティングする。
ドラムから録り始めて、ベース、リードギター、バッキングギター、ボーカルという順番にレコーディングは進んでいく。
他のメンバーが録音している時間は、スタジオのロビーで休んだりスタジオの外をフラフラと歩いたりして時間を潰した。
改めて外を出歩いてみると、深夜0時を過ぎてもネオンが煌々と光り輝いている景色はなんとも不思議で、地元の街にも歓楽街があるにはあったがこんなに都会的ではなかった。
生ぬるい夜風が僕の頬を撫でていく。
眠気覚ましにと、普段は飲まないブラックの缶コーヒーを飲んで、僕はなんだか少しだけ大人に近付いたような気がした。
そうして時間を潰して自分の録りの番が来ると、2曲分のバッキングギターを弾き、歌を入れた。時間が限られているのと、あくまでこの音源はライブハウスに聴かせるための資料としての物だったので、大きなミスがなければ録り直しもせずにサクサクと進めていった。
歌を入れ終わる頃にはちょうど朝の6時近くになっていて、ロビーで寝ていたメンバーを叩き起こし、急いで機材を撤収して、行きと同じく鮨詰状態になりながら帰路についた。
地元の街に着くと、有難いことに先輩がメンバー各々の家まで送り届けてくれた。
そして、家に帰って楽器や機材を自分の部屋に置き、シャワーを浴びて朝ごはんを食べて、いつものように自転車に飛び乗り学校へ向かった。
つい数時間前まで都会の歓楽街にいたことや、スタジオで演奏していたことが嘘のように、いつもの日常がそこにはあった。

そうして、数日かけて簡単なミックス作業を終えたデモ音源が完成すると土田は早速目的のライブハウスにその音源を送って僕らは返事を待つこととなった。
意外にもライブハウスからの返事はすぐにあって、数週間後にちょうどブッキングに空きが出ていたから生で僕等のライブを見てみたいということだった。

数週間という時間はあっという間に過ぎて、僕達はまた、あの歓楽街にいた。
大きな商業施設の1フロアにそのライブハウスはあった。
関係者用の入口で警備員から入館証を貰って機材を搬入し、エレベーターでそのフロアまで上り、長い廊下を歩きいくつかの扉を開けて進み、最後の扉を開けるとステージの袖に出た。
今はリハの転換中の様で、先程までサウンドチェックをしていたバンドが機材をステージから片付けている最中だった。
地元のライブハウスの3倍程の大きさのフロアとステージに真っ黒な内装。
ステージの袖からステージ、フロア、楽屋の3方向に道が別れていて、僕等は機材を置く為に楽屋の方向に向かって進むと通路の壁にはビッシリとバンドパスが張り巡らされていた。
楽屋は大部屋と個室の2部屋あって僕達は大部屋を使うことになっていた。
中に入ると更におびただしい量のパスが壁一面に貼られていて、中には知っている有名なバンドの名前もあって、このライブハウスの歴史の重みを感じさせた。

「荷物を置いたらブッキングマネージャーに挨拶しに行くぞ。」
土田がそう言って僕等を先導し、2つの楽屋に面した通路の更に奥にあるライブハウスの事務所の扉を叩いた。
中に入ると3〜4人のスタッフ全員が黒いTシャツにデニムという出立ちで、デスク上のPCを叩きながら仕事をしていた。
キョロキョロ事務所を見渡している他のメンバーを尻目に、土田が真っ直ぐ一番奥のデスクまで歩いて行く。
すると、一番奥の大き目のデスクに座っていた、細身で如何にも若い頃はバンドマンだったであろう、雰囲気を纏った年配の男性が土田を見つけ、
「おぉ、遠くからわざわざありがとう!」
と声をかけてくれた。
「お久しぶりです!」
と土田が言う。どうやら顔見知りらしい。
「うちのバンドのメンバーです」
土田に紹介されて一人ずつ挨拶をした。
「ブッキンマネージャーの篠塚です。よろしくお願いします。」
見た目とは裏腹に物腰の柔らかい丁寧な口調で話しかけてくれた。
僕とベースの小堀は緊張して軽く挨拶を交わす程度だったが、ギターの江崎は気さくに会話を広げて話を盛り上げていた。
江崎はこういうときに全く緊張を見せない頼りになる男だ。
「せっかく早めに会場入りしたんだし、次のリハは東京から来ているかなり良い感じのバンドだからリハ見ときなよ。本番も勉強になるけどリハも勉強になる。どういう所を意識してサウンドチェックしているのかとかね。PAとのやり取りも聴けるし、見といて損はないと思うよ。」
この日の出番はトップバッターだったのでリハーサルは一番最後の順番だったが、かなり早めに会場入りした為、自分達のリハーサルまではまだかなりの時間があった。
挨拶を済ませて事務所を出ると、僕等はその足で、篠塚さんに言われた通りフロアに向かった。
ちょうど東京から来ているというバンドのリハーサルが始まるところだった。
メンバーは20代前半くらいだろうか。ギターボーカル、ギター、ベース、ドラムのオーソドックスな4人編成のバンドだ。
ギターやベースを弾いては振り向いてアンプのツマミをちょこちょこといじっている。
そうして一通り各パートが自分の音の設定を終えると
「それじゃあ、ドラムからお願いします。」
とPAが促し、各パートが順番に音を出してサウンドチェックをしていく。
ドラム、ベースと順番に使う音色を確認していく。
地元のライブハウスと全く違う、重低音が腹の底にズシンときて、床が振動で揺れている。音の衝撃波を物理的に肌で感じるような感覚があった。
リードギターの順番が来ると、アルペジオでコードを鳴らし始めた。
クリーントーンの音色が余りにも綺麗で、地元のギタリストといえばギターは歪ませてなんぼという空気もあって全く違う楽器の音の様に感じられた。
そして、そのクリーントーンの音色にディレイをかけて、澄んだ弦の音色が重なり空間を埋め尽くしていく。
「なんて綺麗なんだ...。」
心の中でそう呟いた。
次に歪の音の確認をし始めるとソリッドでエッジの効いた、音の輪郭がしっかり見える歪み方で、音が潰れすぎておらず、これもまた見事な音色だった。
そして、ブースターを踏むとその上品な歪のギターの音圧が底上げされて、激しくも美しい旋律のギターソロが奏でられ、まるでCD音源のようなクオリティーだった。

ボーカルのバッキングギターと声もさらっと確認すると、PAが
「じゃあ、曲でお願いします」
と促す。
「じゃあ、M1をワンコーラスやります。」
ボーカルがマイクに向かってそう言い、ステージの上で目配せすると、ドラムがカウントを取る。
ワン、ツー、スリー...

思えば僕は今までプロのバンドの演奏というものを生で聴いた事がなかった。
音源を聴くばかりで、ライブ会場まで足を運ぶことはなかった。
実際このバンドがプロと言えるのか、音楽で稼げているのか、インディーズなのかメジャーなのか、そんなことはどうでも良かった。
ただ、この人達のメンタリティー、ステージの上での佇まい、そして、鳴らしている音は当時の僕にとって間違いなくプロのそれだった。
本番を待たずして、自分達との圧倒的な差に僕は愕然とした。
余りにも差が激しいと、実際にどれほどの距離があるのかを測ることすら出来ない。
普段自分がプロと認識して聴いている有名バンド達と、このバンドにも差はあるのだろうか。
僕にはそれほど差がある様には思えなかった。
ただ、今の自分にそれを推し量れるほどの物差しを持ち合わせていないことだけは分かった。
このステージとフロアの境目には、実際目に見えている以上の漠然とした距離が、まるで海のように広がっている。
足が竦む。
しかし、同時に高揚している自分が確かに存在している。
音楽という呪いに囚われている。
そして、ようやく気付いたのだ。
僕はまだ、水槽の中を泳いでいたのだと。

P.S
そんな高校時代から時は過ぎ2023年。
ライブ延期になってしまいました。
楽しみにしてくれていた皆さん。
関係者の皆さん。
改めてご心配とご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。

ライブ前日、僕は調整のため軽めに有酸素運動をして、整体に行って身体のコリというコリをほぐし、よし、サウナにでも行こうかなと闊歩していた時にその知らせは突然やってきました。
スマートフォンの画面には我々SUIRENのチーフマネージャーの名前が。
何事かと思い電話を取ると
「Sui君。落ち着いて聞いて下さい。明日のライブ、延期か中止になる可能性が出てきました。」
正に晴天の霹靂。
虚をつかれた僕は歩みを止め、とりあえず状況の説明を求めると、
「Ren君が39°の熱が出ていて、全然動けない状況です。」
まさかこんな事が起きるんだなと。
当たり前にライブするもんだと思ってたので反省しました。
当たり前じゃないんだよね。
しかも、1番悲しいのは楽しみにしてくれていた皆さんなのに、
僕達のことを心配してくれて…
皆さんの言葉に救われました。
本当にありがとうございました。

でも、nano.RIPEのきみコさんの言葉を借りれば、
「楽しみが先延ばしになっただけだから。」
出演者も会場とそっくりそのままで開催出来る事になったので
準備の期間も更に増えましたし、2/22にやるはずだったこと以上のものを振替公演ではお見せします。
5/12 GRIT at Shibuyaにてお待ちしております。

【ライブ情報】

『SUIREN presents「Naked Note 01」〜合縁奇縁〜』
5月12日(金) 東京・GRIT at SHIBUYA
開場18:00 開演19:00
出演:
SUIREN
nano.RIPE
上野大樹
Bucket Banquet Bis(BIGMAMA)
Opening Act:MAYA

<チケット>
ご予約はe +から
詳細:http://eplus.jp/suiren-230222/

SUIREN プロフィール

スイレン:ヴォーカルのSuiと、キーボーディスト&アレンジャーのRenによる音楽ユニット。2020年7月、最初のオリジナル楽曲「景白-kesiki-」を動画投稿サイトにて公開すると同時に突如現れ、その後カバー楽曲を含む数々の作品を公開し続けている。ヴォーカルSuiの淡く儚い歌声と、キーボーディスト&アレンジャーのRenが生み出す、重厚なロックサウンドに繊細なピアノが絡み合うサウンドで、唯一無二の世界観を構築。22年3月に初のワンマンライヴを開催し5月にTVアニメ『キングダム』の第4シリーズ・オープニングテーマ「黎-ray-」を含む自身初のCDシングルを発売。7月に配信シングル「アオイナツ」を発表し、12月に⻑編作品『アンガージュマン』の主題歌「バックライト」をStreaming Singleとしてリリースした。SUIREN オフィシャルHP

【連載】SUIREN / 『Sui彩の景色』一覧ページ
https://bit.ly/3s4CFC3

OKMusic編集部

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