米倉利紀の7thアルバム『i』は
本場R&BとJ-POPを繋げた
日本R&Bの完成形のひとつ

米国スタッフとのレコーディング

米倉利紀が邦楽での男性ヴォーカルによるコンテポラリR&Bを完成させたというのは、ここまで述べてきたような外形的なこと以上に、もちろんアルバム『i』の作品クオリティから大いに感じたところである。まず、ほぼ古さが感じられない。1998年は25年前、四半世紀前である。それにもかかわらず…である。まったく…とは言わない。さすがにドンシャリ感はあって時代を感じるものの、自分のようなR&B弱者が聴く分には、ほぼ古さはない。この辺はあとでも述べると思うが、生音が実にいい。同期も使ってはいるが、ギター、ベース、ドラム、キーボード、それぞれの音像がくっきりとしており、何と言うか、全体を通して上質な印象である。その辺も今となっても古さを感じさせないところではないかと思う。

彼はデビュー時から米国でレコーディングを行なってきたという。本作はニューヨーク録音で、プロデュース、アレンジをニューヨークのスタッフが手掛けた楽曲もある。そこは本作の大きなポイントだ。M1~M3を、Puff Daddyの名でも知られるSean Combsと共に多くのヒップホップをプロデュースしてきた“Prince Charles”Alexanderが手掛け、そして、M4、M9、M11に、1990年代を代表する女性ヴォーカルグループ、SWVのプロデューサーであったArty Skyeが参加している。本場のテイストを、鮮度を落とさずに直輸入していたといってもいい。しかも、M1~M3にそれを配しているのはかなり意図的であったのだろう。誤解を恐れずに述べれば、それは当時の日本のシーンへ過度に迎合するのではなく、世界標準のR&Bをやるということではなかったのではなかろうか。とりわけオープニング、M1「I will」がスローバラードであったことに米倉利紀の強い意志を感じる。己のやりたいことを貫いた上で、“まずはこれを聴け!”と言わんばかり。バラードだが、力強さを感じる。M2「Break it down」はアッパーなファンクチューンであり、続くM3「baby c'mon」もビートは強め。比較的正攻法で歌い上げているM1に比して、フェイクとアドリブを効かせてR&Bらしいヴォーカルを聴かせている。M3のサビでのファルセットを駆使した高音の歌唱はかなり聴きどころだ。聴きどころと言えば、この辺りはコーラスもいい。本場の女性ヴォーカルが米倉利紀のヴォーカリゼーションとしっかり絡むことで、楽曲の世界観を確かなものにしていると思われる。

M4「Drive me crazy」は世界的なシティポップブームで近年脚光を浴びる松原みきの作曲のソウルナンバー。ゆったりめだが、ブラスも入っていて音数は多め。それにもかかわらず、きっちりと整理されているのはプロデューサーの手腕が確かなものだと言わざるを得ない。アウトロでかなりハイトーンのアドリブが入るが、気持ち良く歌っているのはサウンドが与える高揚感によるものではないかと思わせる。アルバム前半はニューヨークで本場のプロデューサーの確かな仕事っぷりが示されており、米倉利紀が思い描くR&Bをしっかりと形にしている印象だ。

一方、河越重義氏が編曲を手掛けたM5以降も決して負けてはいない。サウンドはまったく見劣りしないと言っていいだろう。M5「East 14th Street」はダンサブルでファンキーなポップチューンで、ギター、キーボードが楽曲に推進力を与えている。ヴォーカリストのアルバムとは思えない…と言い切ってしまうのもどうかと思うが、サウンドの躍動感はかなりのものであろう。聴いていて実に気持ちがいい。

M6「Love in the sky(original version)」はアルバムの前年秋にリリースされた15thシングルの文字通りのバージョン違い。シングル版はアルバム後半のM14に収録されていて、聴き比べれば歴然で、M6は同期が控えめで、楽器のアンサンブルが強調されている。ドライなアコギ、キビキビとしたドラム、オルガンと、とてもいい音で録れているし、個人的には間違いなくこちらを推したいと思う代物だ。メロディーはシングル曲らしく、サビがキャッチーで、J-POPと言ってもいいはずだが、それをこういうサウンドと合致させたことに意味があったように思う。そうした楽曲でもあるから、セクシーでアーバンな雰囲気のM7「Mr.Lover」、しっとりと歌い上げるバラード、M8「ANNIVERSARY」へとアルバムがスムーズに違和感なくつながっていくのだろう。また、シングルだからと言って安易にアルバム2曲目に置かず、しかも、シングルとはバージョンの異なるバンドアンサンブルで聴かせているところにも彼のこだわりを強く感じるところだ。

OKMusic編集部

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