新国立劇場 2023/2024シーズン ライ
ンアップ説明会レポート【オペラ部門
】~危機の時代のオペラハウスのあり

新国立劇場で2023/2024シーズンのラインアップ説明会が開かれた。コロナで三年間、収入の減少、支出の増大などがあった後、世界情勢によって大幅な物価の上昇が起こり、新国立劇場の来シーズンもその影響を大きく受けたものになった。具体的には新制作が、オペラ、バレエ、演劇の各分野から一つずつ減らされ次シーズン以降に延期される。その結果、オペラ部門は新制作が3作品から2作品に、バレエはゼロになってしまった。一方、芸術的な内容に関しては、オペラ部門に関していえば、発表された演目と出演者自体には魅力的なものも多く、関係者の奮闘が偲ばれる内容となっている。
説明会には演劇芸術監督の小川絵梨子氏、オペラ芸術監督の大野和士氏、舞踊芸術監督の吉田都氏が出席した。このレポートではオペラ部門の内容をお伝えする。
(撮影:長澤直子)
冒頭にはまず、昨年6月に新理事長に就任した銭谷眞美氏からの挨拶があった。
2020年からのコロナ禍による劇場活動の困難さはあったがここまで公演を続けることができた。開場25周年となる今シーズンは、どのジャンルも順調に進んでいる。しかしながら今後については厳しい見通しがあり、「来シーズンにつきましては、芸術監督に、一部の演目の延期をお願いするとともに、オペラ、バレエのチケット代金を改定させていただくことになりました。この3年にわたるコロナ禍では、公演中止や、収容率制限によりまして、入場料収入をはじめとする劇場の収入が減る一方で、感染予防対策などの支出は増えておりました。そのような中で、経営努力を重ね、劇場運営を行なってまいりましたが、昨年からは戦争の影響による世界的な物価高、エネルギー価格の高騰によりまして、劇場の財政状況はさらに厳しいものになっております。この難局を乗り越えるためには、当初2023/2024シーズンに予定をしておりました、全ての演目の実施は財政上困難と判断いたしまして、大変苦渋の決断でございましたが、三部門とも一部の演目を延期することを芸術監督にお願いをいたしました」
「チケット料金につきましても、現状の価格を維持することが困難となり、オペラ、バレエにつきまして、やむなく値上げさせていただくことと致しました。お客様にさらなるご負担をお願いするのは大変、心苦しい限りでございますが、将来にわたってお客様にご満足いただけるような公演を展開するためには、チケット料金を改定せざるを得ず、お客様にご理解いただきたいと思っております」と述べ、「最初に厳しい状況の説明となってしまいましたが、来シーズンも各芸術監督のもとで、さまざまな工夫を重ね、質の高い公演を一人でも多くのお客様にお届けをし、皆様のお力をお借りして、舞台芸術の素晴らしさを発信し続けてまいりたいと思っております。劇場の役職一同、これまで以上の努力を重ねてまいりますので、何卒よろしくお願いを申し上げます」と締め括った。
ここ数年で起こった様々な事を考えれば理解できる状況ではある。チケット代の変更は2007年以来とのことで、演目によって多少変動するが、唯一、ワーグナー《トリスタンとイゾルデ》がS席31,900円からD席7,700円と、S席が3万円を超えてしまった。低額チケットの値上げ幅も全演目で大きい。ちなみに新国立劇場全体では、演目の数は減っているが公演数はトータルとしては増えているとのこと。
新国立劇場 2023/2024シーズン ラインアップ説明会 銭谷眞美 理事長 (撮影:長澤直子)
オペラ部門の説明は大野和士芸術監督がおこなった。まず10月の開幕は、新制作でプッチーニ《修道女アンジェリカ》とラヴェル《子供と魔法》のダブルビル。大野監督になってから続けている二本立てのシリーズで、今回の2作品に共通するテーマは“母と子の愛”。《修道女アンジェリカ》の出演者は女性だけで、特に主人公のアンジェリカには「プッチーニが書いた最も聖なる音楽」がある。それをプッチーニを得意としている名花キアーラ・イゾットン、そして先頃の新国立劇場のヴェルディ《ファルスタッフ》で素晴らしい演唱だったマリアンナ・ピッツォラートなどの出演で上演する。もう1演目の《子供と魔法》にはフランスの魅力的な若手クロエ・ブリオが子ども役で出演する他、齊藤純子、盛田麻央、河野鉄平などの日本で活躍する歌い手たちが登場。指揮はびわ湖ホールの芸術監督を長く務めた沼尻竜典、演出は粟國淳というコンビで、美しい舞台が期待できそうだ。
新国立劇場 2023/2024シーズン ラインアップ説明会 大野和士オペラ芸術監督 (撮影:長澤直子)
11月にはシーズンの目玉になると思われるヴェルディ《シモン・ボッカネグラ》の新制作がある。ヴェルディのオペラの中でもいぶし銀のような輝きを持つ名曲だが、新国立劇場での上演は初めて。世界の一流指揮者がこぞって指揮をしたがるこの演目を大野監督自らのタクトで上演する。演出は現代オペラ界屈指の演出家で、幅広い作品を手掛けてきたピエール・オーディ。長年オランダ国立オペラを率い、現在はエクサン・プロヴァンス音楽祭総監督を務めている。このプロダクションは東京で世界初演され、その後で共同制作のフィンランド国立歌劇場とテアトロ・レアルで上演される予定だ。タイトルロールにイタリアが誇る名バリトンのロベルト・フロンターリ、他のキャストもイリーナ・ルング、リッカルド・ザネッラート、ルチアーノ・ガンチなどヴェルディにふさわしい歌い手ばかりである。大野監督は「《シモン・ボッカネグラ》は私がごく若い時、東京藝術大学の一年生だった時に、先輩に『お前ピアノ弾け』と言われて、第一幕のとても大切な5重唱を弾いた思い出があります」「このオペラには貴族派と(ジェノヴァの総督となった)シモン・ボッカネグラに代表される平民派の人々の間の抗争が根底にありながら、そこには人間模様がものすごく複雑に描かれています」と語り、特にシモンと、生き別れになっていた娘アメーリアとの劇的な再会が描かれるのがまさにこの第一幕の五重唱であると身振り手振りで説明して、オペラへの期待を誘った。
新国立劇場 2023/2024シーズン ラインアップ説明会 (撮影:長澤直子)
その後は、12月のお楽しみ、ウィーンの香りがするJ・シュトラウスの《こうもり》をエレオノーレ・マルグエッレをロザリンデに迎えて上演、一月はチャイコフスキー《エウゲニ・オネーギン》の再演をドイツで活躍するロシア出身の指揮者ヴァレンティン・ウリューピン、圧倒的な声の持ち主エカテリーナ・シウリーナのタチヤーナ、ノーブルなキャラクターのユーリ・ユルチュクのオネーギンなどで上演、そして次にはイタリアの名バス歌手ミケーレ・ペルトゥージが題名役を歌い、上江隼人、ファン・フランシスコ・ガテルと共に、今イタリアで大注目のラヴィニア・ビーニがノリーナ役を歌う《ドン・パスクワーレ》が予定されている。
3月には、来シーズンのもう一つの特別な演目であるワーグナー《トリスタンとイゾルデ》が控えている。2010年に大野の指揮、世界のトップ演出家、グラスゴー出身のデイヴィッド・マクヴィガーの演出で新国立劇場が初演したプロダクションが帰ってくるのだ。今回も大野監督がタクトを取り、トルステン・ケール、エヴァ=マリア・ヴェストブルック、ヴィルヘルム・シュヴィングハマー、エギルス・シリンス、藤村実穂子など、国際的に活躍する素晴らしいキャストが出演。記憶に残る名演が期待できそうだ。
新国立劇場 2023/2024シーズン ラインアップ説明会 大野和士オペラ芸術監督 (撮影:長澤直子)
シーズンの後半も、中村恵理のヴィオレッタ、イタリア人の人気指揮者ランツィロッタでヴェルディの《椿姫》、イタリア人歌手が中心となったキャストと、コロナ禍でのブリテン《夏の夜の夢》で高く評価された飯森範親が指揮をするモーツァルト《コジ・ファン・トゥッテ》(ミキエレット演出)、イタリア・オペラを知り尽くした巨匠マウリツィオ・ベニーニが指揮するプッチーニ《トスカ》など、新国立劇場で人気の演目が選ばれている。
オーケストラは、《修道女アンジェリカ》《子供と魔法》のダブルビル、《シモン・ボッカネグラ》《こうもり》《椿姫》《コジ・ファン・トゥッテ》《トスカ》は東京フィルハーモニー交響楽団、《エウゲニ・オネーギン》《ドン・パスクワーレ》は東京交響楽団、《トリスタンとイゾルデ》は東京都交響楽団が演奏する。新制作の《シモン・ボッカネグラ》など、これぞオペラ!というドラマチックな歌が聴けそうな演目への新国立劇場合唱団の出演も楽しみだ。
新国立劇場 2023/2024シーズン ラインアップ説明会 (撮影:長澤直子)
大野監督は、コロナ禍で上演に多くの困難が伴った時に、拍手しか許されていない観客が掲げる〈Bravo〉と書かれたボードを見た出演者たちの、その後の舞台がより熱を帯びたものになっていたことに言及し、「意欲、活性度は確実に変わってきていると思います。やる方の人々、そしてお聴きになる皆さんも、『よし、今日は命をかけて演奏するぞ』『命をかけて鑑賞するぞ』、という熱気は高くなってきているように、私は思います」「困難はあってもその気持ちを、固く守り続けていきたいです」と決意を新たにしていた。
新国立劇場 2023/2024シーズン ラインアップ説明会 (撮影:長澤直子)
取材・文=井内美香  写真撮影=長澤直子

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