手嶌葵の
『The Rose 〜I Love Cinemas〜』は
これからも時代を超えて愛される
不朽の歌集

その歌声とサウンドの普遍性

『The Rose 〜I Love Cinemas〜』が15年前の作品であることを意識しなかったのは、スタンダードナンバーが並んでいるからだけではない。歌声とサウンドとが大きな要因である。まず、何と言っても、手嶌葵自身の歌声だ。そもそもボーカルがいい意味で時代性を感じないのである。癖がない…と勢い、言いそうになるけれども、決して癖がないわけではないと思う。若干、ほんのわずかだがハスキーでもある。その声質が効いているのだろう。基本的な歌唱はウイスパー調であって、全体的にフワッとした印象ではあるものの、決して上滑りしていないというか、いい意味で落ち着いている。歌声が安定しているという言い方でもいいだろうか。その周波数の高さに比例するかのように(?)、しっかりとした存在感がある声だ。

丁寧に歌っているのもいい。フェイクやアドリブはなく、原曲のメロディーをとても大事にしていることが伝わってくる。昨今のいわゆるR&Bを全て揶揄するわけでないが、中には歌唱が独特すぎて“曲芸か!?”と思ってしまうようなヴォーカリストもいるような気がする。本人が好きにやっているのだからそれはそれでいいのだけれど、聴く側としては、ポップス、とりわけ長い間、耳に馴染んできたスタンダードと言われるような楽曲のメロディーラインは尊重してほしいと思う今日この頃である(個人の意見です)。その点、手嶌葵の本作でのヴォーカルは実直とも言っていいほどの丁寧さであると思う。リリース当時から好感を持っていたが、今回、改めて聴いてみて、その良さは強調すべきではないかと思った次第である。

その歌声を支えるサウンドの存在も聴き逃せない。オリジナル曲はそれぞれ異なる映画の主題歌・挿入歌なので、当たり前のことながら、原曲のサウンドは異なる。Nino Rota とBurt Bacharachで異なるし、Burt Bacharachが手掛けた楽曲でも「Raindrops Keep Falling On My Head」と「Alfie」とではタイプが違う。「Over the rainbow」と「Beauty And The Beast」とはともにストリングスが豪華に配されていて、如何にも映画音楽といった感じで、他楽曲とは種類が違う感じすらある。それぞれ時代も違うのでそれも当然なのだが、本作では、いい意味で原曲のサウンドは踏襲していない。強いて言えば、M1「The Rose」はBette Midlerのオリジナル曲へのオマージュを感じさせるものの、そうは言っても、踏襲しているのはピアノくらいで、全体には実に抑制の効いたアレンジを施している。変に盛り上がらない…というと完全に語弊があるだろうが、原曲と本作収録曲を聴き比べたら、そのニュアンスが分かっていただけるのではなかろうか。

本作のサウンドは概ねこのM1のテイストで作られていると言っていい。落ち着いたアレンジにしているという言い方でもいいかもしれない。M6「Beauty And The Beast」が顕著であろう。ミュージカル調というか、歌劇調というか、歌以上にサウンドが情緒たっぷりに盛り上がっていく原曲に対して、手嶌葵バージョンはそれとはまったく異なる、感情を抑えに抑えたようなジャジーな仕上がりになっている。繰り返しになるが、そうしたアレンジ面も古さを感じさせないことに寄与しているのは間違いない。とりわけ当代であった2000年代の流行のサウンドに合わせることがなかったのは大正解である。制作スタッフは誰ひとりそんなことは思ってもいなかっただろうが、仮にそんなことをしていたとしたら、目も当てられないことになっていただろう。今、2000年代にリリースされたダンスコンピレーションとかを聴けばそれが分かると思う。それらの多くはなかなか香ばしい作品集である。

OKMusic編集部

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