文学座アトリエの会『挿話(エピソオ
ド)~A Tropical Fantasy~』(作:
加藤道夫)を演出する的早孝起に聞く

文学座3月アトリエの会『挿話(エピソオド)~A Tropical Fantasy~』が、若手演出家、的早孝起によって上演される(2023年3月14日~3月26日信濃町・文学座アトリエ)。かつて文学座にも所属していた故・加藤道夫の本戯曲は、加藤が戦時中の実体験をもとに書いた。第二次世界大戦終戦直後、遠い南の果てにある架空の島で起きる不思議な物語。1945年8月20日、「ヤペロ島」で任務に就く日本軍に突如終戦の報せが届く。島の住民たちは歓喜に湧くが、島を統治する師団長・倉田は終戦を信じられず戦闘準備を命令。ところが倉田の前に、島の住民と侵略により命を落とした亡霊たちが姿を現す……。1949年に文学座が初演してから、74年ぶりの再演だそう。本作は我々に何を届けてくれる?
■「加藤道夫さんの根っこにあるものを継承していくことが大事」
――的早さんは高校演劇を経て、大学時代に演出をされるようになったそうですね。役者になろうという発想はなかったのですか。
的早 うちは父方の家族がサッカーとか野球とかスポーツをやっていたんです。僕も小、中学とサッカーをやっていたのですが、いつの間にかやっていた感じで、違うこともやってみたいという思いが湧いてきました。たまたま入った高校で、演劇部が前の年に全国大会に出ていたものですから、せっかくならすごく一生懸命やっているところで挑戦しようと入部したんです。高校時代は役者をやっていましたが、大学に入ってから演じているときに自意識の高さが出てきてしまって、だんだん面白くなくなってきてしまって。そのときにたまたま、作品をつくるためにだれかが交通整理しないとまとまらないという状況になり、いちばん稽古にいる僕が演出をするということになったんです。そうしたら自分に向かう自意識よりも稽古のときに起こっていること、みんなの演技に集中できた。演出の方が素直に勉強したくなるし、アイデアも思い浮かぶし、僕には合っていたんですね。
――文学座さんには先輩演出家がたくさんいらっしゃいますが、どなたかの影響などはありますか?
的早 ありがたいことに、僕は皆さんと仲良くさせていただいていて、文学座の公演にどんどん付きたいと思っていたのもあり、本当にいろいろな方の演出助手などを経験させていただいています。自主企画で演出したときに、役者さんから、いろいろな演出家の言い方が混ざっていて面白いみたいなことを言われました。皆さんにいろいろ勉強させていただいていると思います。
2021年文学座12月アトリエの会『Hello〜ハロルド・ピンター作品6選〜』より『灰から灰へ』 撮影:宮川舞子
2021年文学座12月アトリエの会『Hello〜ハロルド・ピンター作品6選〜』より『景気づけに一杯』 撮影:宮川舞子
――このところ『女の一生』『欲望という名の電車』など劇団の財産演目について取材させていただいています。これも古い戯曲ですが、上演を決めるときにウクライナ、ロシアの紛争のことは頭にあったりしたのでしょうか。
的早 この戯曲は2016年に文学座の大先輩、川辺久造さんからいただいて一緒にトライ・リーディングと銘打って朗読形式で発表したことがあったんです。すごく良い作品だと思って、いつか絶対にやりたいと思っていました。ただ題材が戦争、第二次世界大戦ですから、いつしっかりと向き合うべきか、また向き合えるのかずっと考えていました。そして企画自体は、まだロシア、ウクライナ問題が起こる前に決まったんです。
 実はコロナ前から何か社会の閉塞感を感じていて、その閉塞感の中に自分たちが本来大事にしているものをタブーとする、でも社会から要請されるだけじゃなく、かなり深いところで我々の中に存在している気がしていました。それが人と人の断絶を深めているんじゃないかと。それがコロナによって表面化した感じがしたのですが、じゃあ我々はどうするんだということがこの戯曲にあり、いよいよやるタイミングだと思いました。今年のアトリエの会の企画募集があったときに、しかもテーマが「グレート・リセット〜危機を抱きしめて〜」だったことで、僕の中では直感的にすべてがつながったんです。その半年後にロシア、ウクライナの紛争が起こったときも、「ああやっぱり起こってしまった」という感覚がありましたね。つまり僕らの一般的な生活への価値観、世界的な国の動き、そういった諸々がすべて地続きのように感じるのです。
『挿話(エピソオド)~A Tropical Fantasy~』稽古場より
――そうした違和感は多くの人が感じていそうです。
的早 そうですね。ただ、ロシア、ウクライナの紛争が起こったことで、どうしてもこの戯曲とつなげて観ますから、もともと考えていた表現とは向き合い方をもう一段変えていかないと受け取られ方が変わってしまうと感じました。戯曲についても、戦争についても、ロシアとウクライナの紛争についても、第二次世界大戦についても、そしてコロナについても、みんなが今どう生きているのかも含めて考え直さないといけないと感じ、紛争が始まってからしばらくは悶々としていました。
――川辺さんは大大大先輩じゃないですか。何か託された意味を感じたりもしますか?
的早 リーディングをやったとき、最初は、川辺さんがこれをどうしてもやりたい、若い演出家とやりたいということで今回も出演してくださる横山祥二さんにお話があって、そこから僕につないでいただきました。戯曲を読んでから川辺さんと喫茶店でお話したんですけど、その時に、「岸田國士さんや久保田万太郎さんはよくやられているけど、本当に私たちのこれから先のために大事にすべき一人は加藤道夫さんだと僕は思う」とおっしゃって。「加藤さんの根っこにあるものを継承していくことが文学座にとってもみんなにとっても大事」とおっしゃった川辺さんの思いの広さ深さをどこまで受け取れているかはわかりませんが、僕も戯曲を読んで感動しましたし、このときのことは僕の中でとても大事にしています。
『挿話(エピソオド)~A Tropical Fantasy~』稽古場より
『挿話(エピソオド)~A Tropical Fantasy~』稽古場より
――上演するにあたっては、どういう演出プランをお持ちですか?
的早 方針として最初に打ち立てたのは子どもの目線で、善も悪もごちゃ混ぜに素直に感じ取った子どものような目線で、セリフだったり芝居の世界観だったりを表現したいと思っています。加藤さんは本当にピュアで、優しい方だったそうです。それは戯曲を読んでいても純粋さ、人や世界を見る目の優しさ、すべての人を温かく描く、何かを強く信じようとする、人の理想、根っこの善良性みたいなものをどうにか信じようとする、高い志や夢みたいなものが端々に感じられるんです。絶対に汚れや苦しみも深く知っているのに、ましてや加藤さんご自身も戦争での苦しい体験、マラリアで苦しめられた現実がある中で、もう一歩高い次元で理想と夢と優しさを追い求めて闘っている感じがする。その純粋さをどう僕らが親和性を持って、そこから学んだことを芝居に還元させてお客様に届かせるのかを考えていく上で、純粋性を頑張ろうだけではぼやけるので、演出家として僕はその純粋性を子どもの目線で考えていけないかをコンセプトにしたわけです。もちろん稽古をしていると純粋性だけでは立ちいかない部分も出てくるんですけどね。
――派手さはないけれど手堅いキャスティングの印象です。その辺の狙いはありますか。
的早 キャスティング考えるときに、僕の場合、この人はこの役に合うから頼もうという考えじゃなく、この戯曲世界にいそうな人として考えていくんですよ。劇団員の方々の中から20数名くらいに絞った後に、どの役かは決めずにどういう組み合わせになるとイメージに合った化学反応が起こりそうかを考えて、さらに絞って、10人くらいになったところから、配役を考えて一番いい組み合わせと思った俳優さんに声を掛けるんです。
――日本人と原住民ではどんな対比が表れてきそうですか?
的早 原住民の方はあまり時間の概念に対して厳密ではない感じですね。たとえば自分やだれかの肉体が死んだことが、肉体から土に移動して、土から木に移動してというように、もちろん感情的にはいろいろあるにしても、一つのサイクルの中でいいことだと考えていると思うんです。そこからいろいろと原住民の言葉をこれはどういう意味だろう、こっちではこういう使い方をしているよねというようなこともみんなで考えています。どうも時間というものを気にしてないとか、空間をありのままに大雑把に捉えているとか、個はあるんだけど自分の内と外に境界線がないとか。東洋思想で言えば全は1、1は全みたいな感覚でこの人たちいるんじゃないかということを発想の起点にして、戯曲の中の日本軍人と原住民では考え方が違うねということを拠り所にして考えています。
――最後に目指すところを伺えますか。
的早 戦争という悲劇を繰り返してはならないことはもちろん大前提ですが、終着点が決まっている中で捨て去られてしまった、語られなかった声や心、加藤さんの理想や夢というものが純粋に、優しく温かく、このアトリエという空間に存在できればいいなと思っています。

的早孝起

取材・文:いまいこういち

SPICE

SPICE(スパイス)は、音楽、クラシック、舞台、アニメ・ゲーム、イベント・レジャー、映画、アートのニュースやレポート、インタビューやコラム、動画などHOTなコンテンツをお届けするエンターテイメント特化型情報メディアです。

新着