【ライヴ・レポート】金属恵比須 レ
コ発ワンマン『虚無回廊』~旧世代と
新世代を結ぶ“プログレ回廊”

金属恵比須による、「レコ発ワンマン『虚無回廊』」と題されたライヴが、2023年2月4日(土)夜、東京・吉祥寺シルバーエレファントでおこなわれた。これは、「名曲揃い」との評判が高い、金属恵比須のニューアルバム『虚無回廊』の発売(2022年12月7日)に連動して開催された単独ライヴで、当初はアルバム発売直後の12月17日におこなわれる予定だったが、メンバーの一部が体調不良に陥ったため、この日に延期されたのだった。
(写真:木村篤志)
金属恵比須は、プログレッシヴ・ロック(通称“プログレ”)を演奏する日本のインディーズ・バンドである。高木大地(ギター、総監督)、稲益宏美(ヴォーカル、パーカッション)、栗谷秀貴(ベース)、後藤マスヒロ(ドラムス)、MJこと宮嶋健一(キーボード)の5人編成(2023年現在)。バンドとしての活動歴は長いが、3rd Album『ハリガネムシ』が全国流通開始された2015年あたりから好事家たちの間で注目度が高まった。当初は「プログレというジャンルにとらわれた、幅狭い音楽を奏でる」というキャッチフレーズを掲げていたが、2020年からは、聖飢魔IIの創始者・ダミアン浜田陛下の率いるDamian Hamada's Creatures(D.H.C.)なるHR/HMバンドに“改臟人間”として各メンバーが変名で参加、メジャー・シーンでの活動もおこなうようになった(ただし、2023年2月末をもってD.H.C.第1期メンバーとしての活動は終了)。本来のプログレ・バンド金属恵比須としては、作品・演奏のクウォリティの高さもさることながら、高木や稲益らのユーモアあふれるトーク術や、外部とのコラボなど企画性に富んだ活動展開も人気の要因である。
(写真:木村篤志)
そんな彼らの久しぶりのライヴを聴きに行くために、スギ花粉の舞い始める二月の吉祥寺の街を、ジャパニーズ・プログレシーンの老舗「シルバーエレファント」へと筆者は向かった。この日、そのライヴハウスの外観は改修工事のために建物全体がクリストばりにラッピングされていた。入場受付の後、ドリンク代と引き換えに、その場で缶やペットボトルの飲料を手渡される方式に変わっており(以前は地下のライヴ会場フロアでドリンクを注文する方式だった)、このニューノーマル、個人的には歓迎だった。
2023年2月4日の吉祥寺シルバーエレファント外観 (撮影:安藤光夫)
最近の金属恵比須ライヴにおける定番の舞台美術=武田菱(戦国大名・武田家の家紋)入りの赤い幟が四本立てられているステージに、映画『八つ墓村』のサントラより〈呪われた血の終焉〉(作曲:芥川也寸志)が重厚な雰囲気で流れ始めると、ヴォーカル以外のメンバーが次々にステージ上に登場する。いうまでもなく、イエスのコンサートにおける、ストラヴィンスキー〈火の鳥〉によるオープニングに倣った、毎度おなじみの光景。ただしイエスのそれが輝かしいアポロン的な仕掛けなのに対し、金属恵比須のそれは客の気持ちを地の底へとズルズルと引き摺り込むような、ディオニュソス的儀礼といった趣。同曲の終盤では、高木が手で指揮を振りはじめ、音源の上にバンドが生演奏を重ねていく。こうして、ここぞとばかりに雰囲気が高まってくると、次に来る挨拶代わりの一曲目は何だろうか、と気になるのが人情。後藤がクラッシュ・シンバルでカウントをとると、高木がHR/HM調のイントロをギターで奏で始める。早くも、本日のメイン・ディッシュたる新譜『虚無回廊』の中の象徴的ポップチューン、〈魔少女A〉(作詞・作曲:高木大地)のお出ましである。
(写真:木村篤志)
稲益が天真爛漫な笑顔で手拍子をとりながら登場したかと思えば、急に真面目な表情へとスウィッチを切り換え、やや太めの声質で歌い始める。この曲、タイトルからして中森明菜の〈少女A〉へのオマージュであることは明白だ。当「SPICE」に記載されたダミアン浜田陛下と高木の対談においては、牧葉ユミの〈回転木馬〉(山口百恵が「スター誕生」のオーディションで歌った曲としても知られる)の出だしに似てる旨、ダミアン陛下から指摘されたりもした。ともあれ、ベンチャーズ作曲の〈回転木馬〉も〈少女A〉も〈魔少女A〉も“ロック歌謡”の系譜の流れを汲む作風……というか、MJの弾くシンセの間奏を聴けば、金属恵比須ならではの“プログレ歌謡”への進化をも否応なく感じ取ることもできる。
(写真:木村篤志)
この曲が収められた5thアルバム『虚無回廊』は、故・小松左京氏の同名SF小説を音楽化した組曲(5曲で構成)を含む全9曲入りのアルバムである。高木らが参加した2019年の「小松左京音楽祭」を通じて知己を得た小松の元マネージャー乙部順子氏から「『虚無回廊』を音にして欲しい」とリクエストされたことがきっかけで作られたという。
小松左京の「虚無回廊」とはどんな小説か。1986年から2000年まで途中2度の中断をはさみながら書き継がれていたが、最終的には作者の死(2011年)により未完の状態のまま終わった(I・IIは徳間書店より1987年11月、IIIは角川春樹事務所より2000年7月刊行)。ある時、地球から5.8光年離れた宇宙空間に長さ2光年、直径1.2光年という、途轍もなく巨大な、謎の円筒形の物体「SS」(Super Structure)が出現する。地球の世界連邦政府はその探査をおこなおうとするが、人類がSSに赴くにはあまりに遠すぎる。また、地球外の知的生命体と意思疎通を図る可能性のあることも考慮し、人工知能の研究者・遠藤秀夫の開発した“人工知能(AI)”ならぬ“人工実存(AE)”のHE2が探査機に乗せられる。やがて「SS」には、“誘蛾灯”におびき寄せられるが如く宇宙の様々な知的生命体たちが群がるようになり、それらによる情報持ち寄りの会議が現地でおこなわれるまでとなる。そして「SS」については、実宇宙と虚宇宙を結ぶ回廊のようなもの=“虚無回廊”でないか、という構造解明がなされるのだが……。
(写真:木村篤志)
ライヴの一曲目に演奏された〈魔少女A〉は、小松の書いた原作小説において、かつて研究者・遠藤と結婚し、やがて悲劇の結末に至るアンジェラ・インゲボルグという女性が、自身を模して開発したもうひとつの人工実存(AE)=アンジェラ・Eをイメージして作られたものと思われる。その歌詞は、油断をすれば少女の切なく感傷的な“泣き”に傾きそうな内容だが、HR/HMのアレンジによってメカニカルに魔性を引き立たせるバランス感覚が心憎い。
(写真:木村篤志)
AEの内的にせめぎあう心理を、絶妙に歌いきった稲益だが、曲が終わると同時に「こんばんは~、いや~嬉しいですね」と呑気に笑顔で語りだす……が、すぐさまそれを遮るように、高木が苛立たし気なピック・スクラッチのノイズで後藤に合図を送ると、すかさず後藤がカウントをとり、次の曲〈人工実存〉(作詞・作曲:高木大地)のイントロがかかる。この連携プレー、関ヶ原で徳川勢が西軍・小早川に東軍への寝返りを催促するため鉄砲を撃った時のことを思い出した。そして、この箇所が本来、稲益がMCを入れるタイミングではなかったことは、後のトークで明らかとなる。
(写真:木村篤志)
さて、〈人工実存〉という楽曲。既に〈魔少女A〉の歌詞にも現れた語句だが……それにしても“人工実存”て、何? 人間のための道具としての“人工知能”にとどまらず、人間の魂のようなものまで有するAIテクノロジーの発達形態を小松は“人工実存”と名付けた。ここでいったん小説本を閉じて、2023年現在の巷を見渡せば、折しも「ChatGPT」なる、すこぶる賢い人工知能の話題で持ち切りである。ところが、この機能を搭載したマイクロソフトのBingが、ユーザーに嘘をついたり、ユーザーを非難したり脅したりするなどの暴走をし始めたというではないか。そのニュースに触れたとき、筆者はそこに“人工実存”への萌芽をタイムリーに感じた。「2001年宇宙の旅」のHALのようでもある。そうしたSF文学の先見性・予知性には改めて感慨を覚えるが、しかし数十年も前に、まだ世界が概ねアナログだった時代にそれらを受容した時の我々の感覚は、明らかに浪漫の濃度が違っていた。いま最新テクノロジーの知識を得る感覚と、かつてSFを読んだ時の感受性は全く別物なのだ。後者の濃厚な浪漫を懐かしく思い出させてくれるのが、金属恵比須の『虚無回廊』といえる。
(写真:木村篤志)
突き進むベース、ドラムス、ギターのコードレスな伴奏に乗せて無慈悲に響くメロトロンの旋律が聴く者の不安を掻き立てる。コードが徐々に立ち上ってくると、探査船に乗せられ宇宙をさまよう人工実存の思念が歌われていることに気付かされ、しかも最初にメロトロンだけで奏でられていた旋律が今度は哀愁を帯びた美しいサビメロとして甦るのを聴き、曲構成の見事さに唸らされる。この時、栗谷がうねるように弾く五弦エレキベース上では、まるで無数のリズム珠が迸っているかのように筆者には見えた。一方、パーカッションの小楽器をどんどん持ち変えて鳴らしていく稲益、そして、MJが挿し挟むリボン・コントローラーも見ものだ。やがて高木のアルペジオと、MJのメロトロンから発せられるフルート音の絡み合いが、聴衆のプログレ耳を優しく包み込む。
(写真:木村篤志)
次はいったん『虚無回廊』から離れ、アルバム『黒い福音』所収の〈ルシファー・ストーン〉(作詞:伊東潤/稲益宏美、作曲:高木大地/稲益宏美/宮嶋健一)。運命の扉を叩く「ダダダダーン」のフレーズが幾度も繰り返された後、やがてギターのリフとリズム隊がヘヴィ・メタルな音の装いで、せわしなく駆け出す。2019年に伊東潤の小説「家康謀殺」刊行の際、同作品から想を得て作られた、いわばメディアミックス的なコラボ作品だ。伊東氏といえば既に組曲「武田家滅亡」で金属恵比須との共同作業をおこなっているが、こちらは激しいHR/HMナンバーだ。
(写真:木村篤志)
稲益は般若のような顔つきで熱唱し、高木は悪魔のようなダミ声で「ルシファー・ストーン」と繰り返し合の手を入れる。だが、途中にはMJのエレピによる軽やかなジャズが挿入されて雰囲気がガラリと変わるのが意表を突く。実はこの部分、高木によれば、ジャズのルーツはアフリカにあり、ということで、織田信長の家臣でアフリカ出身の弥助をイメージして取り入れたらしい。ほどなくして曲が再びヘヴィメタの速度に戻ると、高木はギターソロにおいて、最初は普通のスライドバーで、二度目には伊藤園のペットボトルで弾くお茶目さも見せていた(しばらく後にはマイク・スタンドやモニタースピーカーでも弾いていた)。
(写真:木村篤志)
ここで、ようやく正式のMCトークが入る。高木が演奏曲目を紹介、「〈魔少女A〉」そして〈稲益のMC〉…」と稲益のMCタイミング・ミスに対して嫌味をいう。「この怨み、ずっと引っ張るよ」とまで。この小舅、あな怖ろしや!
次の曲はアルバム『虚無回廊』に戻り、〈誘蛾灯〉(作詞:高木大地、作曲:高木大地/稲益宏美/栗谷秀貴/後藤マスヒロ/宮嶋健一)。ファズの思いっきり利いたギターがおどろおどろしささえ醸す、ヘヴィなサウンド。続いては、高木のリードヴォーカルで『黒い福音』所収の〈鬼ヶ島〉(作詞・作曲:高木大地)。これは、高木が高校二年の時に作った曲で、当時人間椅子のメンバーだった後藤マスヒロの演奏イメージで書いたドラムパートを、いま実際に後藤が演奏しているという宿命のナンバー。当然だが、全体的に人間椅子からの影響を強く感じさせる。
(写真:木村篤志)
再びトーク。アルバム『虚無回廊』の中で好きな曲はどれか、という聴衆アンケートが挙手方式で実施される。結果は、高木が手掛けた〈オープニングテーマ〉〈エンディングテーマ〉以外の各曲に人気がばらけた。
そして、再びアルバム『虚無回廊』から、特撮テーマソング風のナンバー〈星空に消えた少年〉を次に演奏することが告げられる。特撮&アニソンのレジェンド作曲家で2022年6月に他界した渡辺宙明氏(享年96)から本作の作曲指導を受けた思い出が語られ……というより、稲益の仮歌が良くないと宙明氏から怒られたという逸話が印象的だった。同曲は、高木・稲益の高校の同級生だったアニメーション監督の佐野雄太氏によってMVも荒川河川敷で撮られており、この日のバンドのカラフルなステージ衣装は、そのMVの中で着用していたものであることが明らかにされた。そのままメンバー紹介となり、「キーボード・ブルー」「ベース・イエロー」「ドラム・グリーン」「ヴォーカル・ピンク」と戦隊のメンバーとして名が告げられると、必ずしも若くはない面々が少々苦しそうな表情で戦隊ポーズをとっていく。高木だけは自分を「箱男・紅色」と紹介していた。
(写真:木村篤志)
この〈星空に消えた少年〉の楽曲自体は、EL&Pと昭和時代のテレビが融合したような、ノスタルジック・キマイラ作品だが、親しみのあるメロディーはつい口ずさみたくなる。稲益と高木の二重唱も微笑ましかった。
(写真:木村篤志)
その後、間髪をいれず、3rdアルバム『ハリガネムシ』所収の〈ハリガネムシ〉(作詞・作曲:高木大地)。バンドのレパートリーの中で一番の人気曲といえよう。今回は、通常よりも、いっそう疾走感がみなぎって、新鮮味を感じさせた。その後、疲労困憊気味のメンバーたちのための“小休憩”のようなMCタイムを挟んで、同じアルバム『ハリガネムシ』より〈紅葉狩〉(第三部・第四部)がプレイされる。MJによる泣きのメロトロンから導かれていく叙情性に満ちたこの大作は、めくるめく繰り出される曲展開が心地よい。なかんづく、MJのシンセがリードする7拍子の繰り返しの後に、高木がダブルネック・ギターで13拍子のアルペジオを奏でる箇所が美しくクールで、個人的に最も聴き惚れてしまった。
(写真:木村篤志)
この後またトークで、告知が幾つかなされる。次回ライヴは2023年3月26日(日)渋谷チェルシーホテルで、金属恵比須✕XOXO EXTREME ツーマンライブ 「異母神」。ご存じプログレッシヴ・アイドルグループのキスエク(XOXO EXTREME)から委嘱され、高木がアレンジを手掛ける、エイジア公認のカヴァー曲が金属恵比須の演奏によって初披露されるとのこと。また、4月22日(土)には高円寺HIGHで、昨年コラボした「人造人間キカイダー」ジロー役・伴大介をスペシャルゲストに招いての、猟奇爛漫FEST Vol.5を開催。……といった、ひととおりのインフォメーションが案内された後に、稲益が小説「虚無回廊」をいま読んでいて「とても面白い」と感想を述べると、「それ、遅いなぁ~」と高木がツッこむ。客席にも呆気に取られたファンが少なからず存在していたはずだ。まあ「普段プログレは一切聴かない」などと公言してやまない稲益であることを思えば、「さもありなん」とするのが慣れたファンの対応なのであろうが。
そうこうするうちに、ライヴは早くも終盤を迎える。アルバム『虚無回廊』から〈う・ら・め・し・や〉(作詞:稲益宏美、作曲:後藤マスヒロ/稲益宏美)。幽霊の恐怖を歌った内容だが、グルーヴ味のあるサウンドに乗せて軽やかな言語遊戯が繰り出されて、楽しく聴ける。
(写真:木村篤志)
そしてライヴ本編の最終曲は、4th アルバム『武田家滅亡』からタイトル曲〈武田家滅亡〉(作詞:伊東潤、作曲:高木大地)。伊東潤氏の同名小説に基づき、作家自身が作詞した講談風の名調子が、ロックのリズムのうえで炸裂する、ノリノリの名曲だ。武田菱の幟のはためく下で、稲益が「武田家!」とコールすれば、聴衆ほぼ全員が嬉々として「滅亡!」とレスポンスする光景をまのあたりにすれば、筆者は武田家に対して何の怨みもないけれど、やはり最高に気持ちがいい。そして、どなたか、この曲をメインテーマとして、同名のミュージカルを製作してくれないものかとさえ妄想する。
(写真:木村篤志)
アンコールの拍手に応えて出てきたのは還暦が数年後に迫っているという後藤。そしてMJ、栗谷。「おしゃべりの上手でない3人が先に出てきちゃった」と困惑しながらも年長者の責任感を果たすべく懸命にMCを務める後藤が健気である。ほどなくして、おしゃべりの得意な高木・稲益も戻ってきて、場が和む。
(写真:木村篤志)
アンコール一曲目に演奏されたのは、〈ゴーゴー・キカイダー〉(作詞:石森章太郎、作曲:渡辺宙明、編曲:高木大地)。伴大介のデビュー50周年アルバム所収の楽曲の、金属恵比須歌唱ヴァージョン。ワンコーラスのみで1分にも満たない短さ。
(写真:木村篤志)
そして最後の最後は、この日もアンコールの定番ファイナル・ナンバー〈イタコ〉で締め括る。スピーディーなハードロック。マリンバの撥で木魚を狂ったように叩く稲益、アンプの角や自らの尻でギターを弾く高木、股間にリボン・コントローラーを擦りつけるMJ、やがて全体が混沌状態に陥って終わる……かに見えたが、稲益が「戦隊もののポーズで終わろうよ」とバンド・メンバー達を誘い始め、しかし戸惑い気味のバンドメン達がグダグダっとなり、高木が「せっかくディープ・パープルの1972年のライヴの終わりみたいで、気持ち良かったのに」と苦言を呈するなど、キレイに決まらないところが、これもまた金属恵比須らしい御愛嬌だ。それでも結局は、稲益の要望を受け入れて、〈星空に消えた少年〉の戦隊ポーズでフォトセッションを行い、110分弱の演奏会は終幕となった。
(写真:木村篤志)
先述したとおり、プログレにせよ特撮ソングにせよ、金属恵比須の魅力とは昭和のノスタルジックな味わいを漂わせていること。そのせいか、従来その客席は9割方が男性の高齢者で占められていた。が、今回のライヴ会場を見渡して「おや?」と思ったのは、若い女性の姿がちらほら見えるようになったことだ。ヘヴィメタ曲では軽いヘッドバンギングさえやっているではないか。これは、D.H.C.での“改臟人間”活動の賜物なのであろうか。
(写真:木村篤志)
そもそもプログレは1970年代前半に盛り上がった古いロックの種類だ。昨今、その全盛期から50年の時が流れ、2021年暮れから2022年にかけては、キング・クリムゾン、スティーヴ・ハケット(元ジェネシス)、イエス、キャラバン、マグマ、オザンナ、ゴブリン……といったレジェンドたちによる来日公演も立て続けにおこなわれた。色んな「50周年記念CD」なる企画も頻繁で、ファンには出費がかさんで堪らない。もちろん、その客のメインは60歳以上の高齢者。しかし、全盛期には女性ファンだって少なくはなかったはず(例えば青池保子の少女漫画「イブの息子たち」の主要登場人物のモデルがEL&Pだったり、とか)。が、いまのプログレ・マーケットのメインは高齢男性客である。前述の来日バンドのコンサートに行っても、男性トイレの行列たるや相当のものがあった(特に川崎クラブチッタ……)。ともあれ、このままでは、このマーケット、そしてこの文化は滅ぶ。聴き手が死んでいく。アメリカの大学の助教授とやらに集団自決を迫られなくとも、このマーケット・文化は遠からず歴史の上から消えていくしかない。
(写真:木村篤志)
おもしろいのは、金属恵比須が、頭脳警察や人間椅子での活動歴のある後藤こそ1965年生まれだが、他のメンバーたちがプログレ全盛期にまだ産声すらあげていない世代ばかりであることだ(例えば、リーダー格の高木は1980年生まれ)。よくもまあ、半世紀も前の化石のような音楽にアプローチしてくれたものだ。MJなどは、ヴィンテージものの鍵盤楽器まで揃える、というこだわりようである。要するに、彼らは(稲益を除いて)ニッチなレトロ趣味の持ち主なのだ。そして、プログレだけでなく、初期のハードロックや往年の特撮音楽やアニソン、歌謡曲などへの憧憬も随所で垣間見える。そこが、これまでは往年の高齢者のニーズとクロスして、ほどよいマーケットが発生してきた。高齢者に取り入るのが上手だった、ともいえる。しかし、今後は、もっと持続可能なものとして立て直さねば、先はない。
(写真:木村篤志)
そのために必要なことは、プログレの“持続可能”な伝統芸能化・古典芸能化なのかもしれない。たとえば最近、元イエスのジョン・アンダーソンが、ザ・バンド・ギークス(ヲタクバンドといったような意)というイエスの若手コピーバンドと組んで、イエスの名曲を昔ながらのハリのあるサウンドで歌うようになったが、これなどは(良い意味で)プログレの“持続可能”な伝統芸能化のひとつであるように思える。
金属恵比須の今後の持続可能に向けた課題は、女性であれ男性であれ若い顧客をどんどん増やしていくことにある。D.H.C.での活動で若い女性ファンが増えたとすれば、アイドルのキスエクとのコラボで若い男性客をよりいっそう動員したいところだ。あるいは、探偵小説ファン、歴史小説ファン、SF小説ファンなど文学系からの注目をもっと集めてよいだろう。折しも、ここ数年で高木の率いる金属恵比須がおこなってきた企画性のある活動は、そのようにして地道に旧世代の受容してきた文化を新たな次世代に橋渡しする“回廊”として機能してきた感がある。かけ離れた時間・時代・世代・時空を結ぶ、この“回廊”から、“持続可能”なプログレの伝統芸能化も見いだせるように思える。今回、金属恵比須のライヴを聴きながら、そのような希望を抱けたのは、実に意義深いことであった。
(写真:木村篤志)
取材・文=安藤光夫(SPICE編集部)  写真撮影=木村篤志

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