ジェフ・ベックの名演を収めた
スティーヴィ・ワンダーの
傑作『トーキング・ブック』
短くも美しい、息を止めて
聴き入ってしまいそうなジェフのソロ
10曲目、アルバムのエンディングを飾るのが「アイ・ビリーヴ」という美しい曲で、これまたキーボードからドラムまでスティーヴィがひとりで録音している。正式なタイトルフレーズ《I Believe (When I Fall in Love It Will Be Forever) 》がリフレインされながら歌われ、盛り上がるドラマチックな曲で、アルバムを締めるのに相応しいスケール感がある。美しいギターのアルペジオ風の…と思いきや、これもクラヴィネットをギター風に弾いている。他の曲でも聴かれるそのセンスに脱帽なのだが、一方で疑念が湧いてくる。別にギターのパートならシンセ、クラヴィネットではなくギターで弾けばいいじゃないかと。で、「迷信」のところで書いたが実はオリジナルのマスターテープにはジェフのギターのトラックが入っていたりするんじゃないのか? 揉めたのが原因でそのトラックは没になり、スティーヴィ自らクラヴィネットでそのプレイをトレースした? 根拠なく詮索するのは無意味なことなのかもしれないが、つい思ってしまうのは私だけだろうか。
話を本作がいかに意欲作であったかという部分に戻すと、やはりT.O.N.T.O. synthesizerとの関わりが大きいだろう。シンセサイザーは当時、まだ新進の楽器で、それを使うのはEL&P(エマーソン・レイク&パーマー)に代表されるロックの人たちが、一種飛び道具的に使うものだった。スティーヴィたちも、まだまだシンセをどのように使えばいいのか模索している段階だったと思う。それでも彼は独特の感覚、センスでもって、まやかしでもなく、流行りモノというわけでもなく、この機械を楽器として使いこなしている。変わった音色、キワモノ的な刺激音、人の手では弾けないようなフレージングが可能だと分かれば、「どうだ!」とばかりに試してみたくなりそうなものだが、そんなのはロックの連中にやらせとけばいいということだったのだろう。このアルバムでも聴かれる、それまでのソウルミュージックにはないシュールなサウンド、テイストとR&Bの融合は80年代に隆盛を極めるブラックコンテンポラリー(Black Contemporary)の扉を開けたと言えるのかもしれない。
アルバム『トーキング・ブック』は全米チャートで3位にまで上るヒットを記録している(全英でも16位と健闘)。休む間もなくスティーヴィはT.O.N.T.O. synthesizerとともに次作『インナーヴィジョン』、さらに『ファースト・フィナーレ』の制作に挑んでいく。
TEXT:片山 明